Tutorial1:再起
俺はなんのために生きているのだろう。
毎日朝早くから出社して働いて、ぼろぼろの体に鞭打って歩き、終電で帰る。
家について一杯の酒を飲み、明日に備えて眠る。
たまの休日も、残っている仕事や家事で潰され、できた少ない時間を睡眠に使う。
そんな一週間が無限に続く。娯楽や趣味もない。生きる意味が存在しない。
ただ、生きているから生きている。
電車に揺られながらそんなことを考え、嫌気がさして目をつむった。
改札を出て、会社へ向かう。俺の職場は割と駅から近く、徒歩10分といったところだ。
ふと、周りのビルを見渡す。いつもと何も変わらない。日常の光景。
それが急に回った。何が起こったのかわからない。地面が上になり、天は下を向いた。
自分の体が浮いていることに気付いたのはその少し後だった。薄れゆく意識の中、前を向くとトラックの運転手と目が合った。
その時やっと自分が車にはねられたことを理解した。
-ああ、死ぬのか。
不思議と後悔はなかった。死にたくないという気持ちさえなかった。そんな自分が、とてつもなく嫌だった。
目が覚めると、そこは真っ白な世界だった。病院などではない。ベッドも、窓も、扉さえも存在しない。あるのは身に覚えのない端末と、中央に鎮座する大きな謎のキューブだけだ。
様々な疑問が湧く中、とりあえず端末を起動しようとしてみるが、起動方法がわからない。ボタンなどは一つもないため、俺の知っている端末のように下部のボタンを押して起動するタイプではないようだ。
いろいろ試していると、画面がスライドして横に伸び、ただでさえ薄い端末がさらに薄くなった。
と同時に端末が起動し、中央のキューブが輝き始めー
「ようこそ、第零世界へ。」
透き通るような女声で、キューブが話し始めた。
「それでは端末をご覧ください。そこにあなたの能力が示されています。」
言われるがまま端末を確認する。左の画面には「万物への束縛」といういかにも技名らしいものが記され、右の画面には「固定能力」という簡素な説明がしてあった。
「あの、さすがにもうそろそろ質問していいですかね…?」
頭のキャパシティを完全に超えた俺は、声だけは素敵な無機物に話しかけた。
「では、チュートリアルを開始します。召喚用意。実行者は衝撃に備えてください。」
どうやらこの無機物に返答する機能はないようだ。つまり俺は留守番電話に残されたメッセージと会話していたようなものだ。死にたくなる。
「チュートリアルステージに移動します。衝撃に備えてください。」
無機物はそんな俺に構うことなくアナウンスを続ける。
キューブの輝きがいっそう強くなり、地響きが起こる。
輝きはどんどん増していき、目も明けられないほどの輝きになった。
その状態が数秒続いた後、その光はだんだんと収束していきー
目を開けるとそこは、元いた場所ではなく、コロッセオのような、いわゆる闘技場だった。
そして目の前には、見たことのない生き物、いや、化け物が立っていた。
頭は獅子のようだが酷く歪み、背中からは翼が生え、肉は細いが手足の爪は鋭く尖っている。
「それではチュートリアルを始めます。あなたが救世主たる者であることを願って。」
アナウンスが終わると同時に、キューブが消えた。そして化け物は大きく叫び、俺に向かって突進してきた。
ーここは地獄だったか。
俺はこの時ようやく、死にたくなかったと思うことができた。