虫の音
Mさんがその音に気付いたのはその部屋へ転居して間なしの頃である。就職が決まり、なにかと便利であろう実家の近くにマンションを借りたのだという。
実家の部屋の荷物を片っ端から持ち込んだせいで出来た段ボールの山。埒があかないので生活に必要なものだけ取りだすと、恐らく押入れを改装したと思われるクローゼットに押し込んだ。
そんな引っ越しが完了した初日の夜だった。
──チリン…チリチリチリーン
「たぶん鈴虫?かなんかの声なんですよね」
小さく、だがはっきりと聞こえた。
部屋を調べ、音の出所を突き止めるのにそう時間はかからなかった。
それは荷物を押し込んだクローゼットからだった。
「荷物引っ張り出してみようと思ったんですけど…私、虫が苦手で…」
数日後、弟が虫退治に来てくれたそうだ。
日が暮れしばらくすると虫の声が聞こえてきた。
場所は変わらずクローゼットの中からだった。
クローゼットを調べると音の出所はちょうど、押し込んだ段ボールの裏側のようだ。
「動かすよ…」
弟の掛け声に合わせ、Mさんは殺虫剤を構えた。
段ボールが動く、が何も出てこない。
何もいない空間からはチリーンと変わらず虫の音が聞こえる。
その後もクローゼット内はもちろん、業者に頼み壁裏なども調べてもらったが音の主は見つからなかった。
「いまでも聞こえますよ。はじめは怖かったけど今では別に…風情あっていいでしょ?」
Mさんは見えない同居人といまでも暮らしている。