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新しいの

 人は生まれながらにして平等ではない。

 使い古された言葉だが、それは事実だ。人の能力の大半は努力の量や育った環境ではなく、先天的な才能によるものだ。

 ……少なくともそう考えなければ、僕は今頃くるってしまっているだろう。

 今日だって、僕をあざ笑う声がちらほらと。


――おい見ろよ。あれが噂のお情け候補生だ。ひでぇ身なりだな。


――王の子供なんだろ? あれだけ優秀な王からどうやったらあんなのが生まれるんだ。


――そりゃ母親が悪かったんだろうよ。


 彼らは特に隠す様子も無く僕への感情をあらわにする。王の子供といえど、現時点で僕には何の権力も無いからだ。そして、自力で彼らを黙らせる力も僕は持っていない。

 だけどそれも、この三年が最後だ。



 この世界『トランポート』は四つの大陸から成る。そしてその大陸のそれぞれを一つの大国が治めている。

かつては大国同士の戦争により世界は火の海に覆われていたが、今では和平が結ばれ国際化もほとんど完成している。

この国際化の完成に際して、とんでもない意見が王たちの間で挙げられた。

――そろそろ国を一つにまとめてもよいのではないか、と。

 すでに言語の統一はあらかた済んでいるし、貨幣も統一されている。事実上もう一つの国になったも同然なのだ。

大陸一つ治めきるほどの器を持った四人の王は、皆偉大な知恵があった。そしてその知恵は、国を統一する選択がより国に繁栄をもたらすという決断を下した。

当然そこで重大な問題が浮上する。

――誰が『王』になるかだ。

 四人の王のうち誰かが統一した国の王となれば、他国から反対する者が後を絶たないだろう。よって王らは、新たな王を選定することに決めたのだった。

 そこで四大国の協力によって創られたのが、『セントラルアカデミア』だった。セントラルアカデミアは四大陸の中心に位置する孤島『セントラルアイランド』に建てられた。

ここでは世界中から貧富を問わず優秀な人材が集められ、『王』の在り方について教えを受けながら、同時に教師たちによって『王』として適任かを監視される。

卒業と同時に下されるのだ。勝者に冠を。敗者に無能の烙印を。

僕――シリウス・クローバルも王候補の一人だ。日ごろから優秀なわけではなかったけれど、一応王の息子ってことで選ばれたらしい。一応というのは、僕は王と下女の間に生まれ、母親のもとで育てられた子供だからだ。

僕に候補の権利を渡すかで一悶着あったらしいが、何だっていい。折角転がり込んできたチャンスだ。

僕はこの世界の王になる。そして証明してみせるんだ。お母様が間違ってなんかいなかったってことを。



「――えーそれでは、この問題をシリウス・クローバル君。前へ出て解いてみなさい」

「……分かりません」

僕は力なく肩を落とした。

それを見た先生がやれやれと首を振る。周りからはクスクスと笑う声が聞こえた。

「全く困るよ君。世界の王になる者は誰よりも識者でなくてはならない。この程度の問題、並みの数学者でも解けるよ?」

「……はい、すみません。勉強不足でした」

 先生はもう一度やれやれと言った後、「それでは」と続けた。

「それでは、他に答えられる人」

「「「はい」」」

僕を除くクラス中から手が上がった。皆少しでも先生からの評価を上げるため必死なのだ。僕だって気持ちは負けていないつもりだが、学力で彼らに圧倒的に劣っている。

まだ授業初日だと言うのに、それをまざまざと思い知らされた。

「それではアルドラ・クローバル君、代わりにやってくれるかな」

 先生の指名を受けて、彼は「はい!」と勢いよく立ちあがった。詰まることなく、すらすらと黒板を数列で埋めていく。

 書き終わった直後、答案に大きな丸が記された。

「正解だ。おいシリウス君、君もお兄さんをみならいなさい」

 「はい」と頷こうとしたが、其れよりも早くアルドラ兄様が反応した。

「やめてくださいよ先生。私と彼は父親が同じだけであって完全な兄弟ではない。現に彼には王の継承権は無いですし、ただの他人ですよ」

「あ、アルドラ兄様……」

「私を兄と呼ぶな! 王の失敗作めが!」

 怒号が教室に響き渡る。

 すると僕とアルドラ兄様の間に、先生が割って入った。

「ま、まあまあアルドラ君。家庭の事情は複雑かもしれないが、今はそれくらいにしときなさい。あまり騒ぐようだと、減点対象になりかねないよ?」

 それを聞いたアルドラ兄様は即座に頭を下げる。

「申し訳ありません。少し頭に血が上ってしまいました」

「うんうん大丈夫だよ。君は優秀な生徒だからね。下らないことでチャンスを無駄にしてほしくないんだ」

 それからすぐに授業が再開した。労りの言葉が僕にかけられることはなかった。

その日は授業が午前中で終わって、僕は寮へと帰宅した。王族や貴族は自分たちの力を示すべく豪華な屋敷を近くに建てるらしいが、僕にそんな財力はなく、学校が生活費を負担してくれる寮暮らしだ。

ドアを開けると、メイド服を包んだ女の人が立っていた。肌は雪よりも白く、反して髪は漆黒よりもさらに黒い。

一瞬部屋を間違えたのかと思ってドアの標識を確認したが、やはり僕の部屋だ。

「あ、あの……」

 目で伺うと、彼女はぺこりと頭を下げた。腰まであった髪が、足首の辺りまで垂れる。まつ毛が驚くほどに長かった。

「お帰りなさいませ、シリウス・クローバル様。今日から三年間貴方の生活のサポートをさせていただく、クロミネアゲハと申します。どうぞよろしくお願いします」

「あ、あの……使用人を雇った覚えは無いんですけど……」

 雇っていないというか、雇えない。僕にそんなお金があったのなら、食費や生活費に回している。

 だがクロミネさんは、「問題ありません」と言った。

「私は貴方のお父様、つまりは王の命によって派遣された者です。以降三年間分の給料は、すでに支払われておりますので」

「お、お父様が……?」

「はい。『精一杯選定戦に励め。期待している』とのことでした」

 僕は思わず下唇を噛んだ。

 ……何だよ。今更どういうつもりなんだ。僕と母さんが城を追い出されてから、連絡だって一度もよこさなかったくせに。

「帰って下さい」

「それはどういう意味でしょうか?」

 小首をかしげる彼女の背中を押して、ドアの方へと運んでいく。

「お父様の血からなんていりません。僕は僕の力で王になります。お給料が支払われているなら、もう働かなくたっていいでしょ」

 しかし彼女はするりと僕の手を抜けて元の位置に戻ると、「そうはいきません」と首を振った。いきなり目標を失った僕は、勢い余ってドアにぶつかりそうになる。

「王直属の使用人たる者、報酬に見合った働きが出来ねば信用を失います」

「じゃあちゃんと仕事してましたって言っときますから! だから帰ってください! 僕は貴方やお父様の力が無くたって、ちゃんとやっていけますから!」

 今までだってそうだったんだ。家事だって家計を支えるのだって、自分一人でやってきた。それに何より、お母様を見捨てた男の力なんて僕は――

「シリウス様」

 思考を彼女の言葉が遮った。

「失礼ですが、シリウス様は他のご学友よりも成績の程が芳しくないとお見受けします」

「……それは――」

「学業に専念する選択と家事をやりながら勉強をする選択、どちらが貴方にとって有益か分かっているのではないですか」

 両手の人差し指を立てて揺らしてみせる。

 僕は何も答えることが出来なかった。

「つまらない意地を捨て、自分や大切な人の利益になる選択をなさって下さい」

「……分かりました。わがままを言ってすみませんでした。これから三年間、よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げる僕に、彼女はさらに深く腰を折った。

「いえ、こちらこそ無礼な発言の数々をお許しください。これからの生活の中で、何時如何なる時も貴方の生活をサポートし、貴方を王にすべく尽力することを誓いましょう」

 何だか結婚式みたいな発言に、僕は少し照れて頬を掻いた。

 クロミネさんは顔を上げるや否や、すぐに部屋の奥にある二段ベッドの方へ目を向ける。

「では早速生活の中での決まり事を設けていきましょう。シリウス様はベッドは上と下、どちらがお好みですか?」

「……え!? 一緒に暮らすんですか!?」

「先ほど申し上げた通り、何時如何なる時もサポートいたしますので」

「……やっぱり帰ってもらってもいいですか?」

「駄目です」

 こうして僕とクロミネさんの生活が始まった。

 


 放課後の教室で鈍い音とうめき声が交互に繰り返されていた。今は丁度警備員の見回りが来ない時間なので、それに気づく者は無い。

 教室の中には二人の人影があった。一つはアルドラ・クローバルのものだ。アルドラが横たわっている男の腹を蹴るたびに、少し遅れてうめき声が教室に響く。 

「ア、アルドラ様……もう……限界です」

 男が涙ぐみならうずくまった。

 されど彼を蹴る足は止むことがない。

「ああぁ!? こっちは三年間サンドバックになるだけでお前を庶民から貴族にしてやってもいいと言っているんだぞ! 家で待ってる家族がどうなってもいいのか?」

 すると男は諦めたように口をつぐんだ。

 それからしばらくの間、鈍い音だけが繰り返し響き続けた。



「――シリウス様、起きてください。シリウス様」

 体を揺らされて僕は目を覚ました。目の前に居るのは、すでにぴっしりとメイド服を着こんだクロミネさんだ。

 あれ、もう朝か? 朝早起きする癖はついているはずなんだけど……。

 目蓋を擦りながら窓の外を見ると、まだ辺りは真っ暗だった。

「あ、あの、今何時ですか?」

「五時ですが」

「……早くないですか?」

「人の脳は起きて三時間してから完全に覚醒すると言われています。よって一限の授業で最高のポテンシャルを発揮するには、この時間に起床するのが最適だと思われます」

「はぁ、そうですか」

 鉛のような体を持ち上げてぐーっと背伸びをした。まだ頭がぼうっとする。

「それでは朝食の準備をしておきますので、顔を洗ってランニングしてきてください」

「朝から走るんですか?」

「早朝に有酸素運動をしておくと、勉強の効率があがります。それに、王たる者何をするにも体力は必要ですから」

 彼女は顔色一つ変えずに淡々と告げた。どうやら王を目指すと言うのは、僕が想像していた以上に大変なことらしい。

 ランニングが終わって汗を流すと、朝食を食べて授業が始まるまで勉強を教えられた。主に他の皆が此処に入るまでに教育係に教えて貰っていたことと、今日の授業の予習だ。クロミネさんの解説はアカデミアの先生の倍分かりやすくて、さらにその倍速かった。

 八時になって教室に向かう頃には、僕は既に満身創痍になっていた。

「あ、あの……クロミネさん」

「何でしょう?」

「これ毎日続けるんですか?」

「当然です。むしろ今日は初日なので優しくした方だと思いますが」

「そ、そうですか……」

 先ほどからしているめまいが一回り大きくなったのを感じた。両頬を強く叩いて、意識を覚醒させる。

 こんなんで挫けていては駄目だ。僕は王になるんだから!

「もう少しペースを落としますか」

 クロミネさんが顔を覗き込んでくる。それに僕はニカッと笑顔で返した。

「もっとキツめでお願いします!」

 彼女はフフフと微笑んだ。

 教室に付くとクロミネさんに別れを告げて席に着いた。授業が終わる時間にまた迎えにくるそうだ。

 帝王学の教科書を眺めていると、アルドラ兄様が僕の元へ歩み寄ってきた。

「おいシリウス」

「な、何でしょうアルドラ兄様」

 アルドラ兄様は監視カメラに映らないように舌打ちした。

「兄と呼ぶなと言っているだろうが!」

「す、すみませんアルドラ様」

「まあいい。それよりお前、使用人を連れてくるなんて良い身分じゃないか」

「ああ。あの人はお父様が手配してくれたそうで」

「王が……?」

 途端にアルドラ兄様は顔を歪めて僕への憎悪を顕わにした。まるで汚物でも見るかのように僕を見下ろす。

「あまりいい気になるなよ? 王は貴様に情けをかけただけだ。お前を息子だなんて、微塵も思っていないのだからな」

 彼の言葉に、僕は思わず唇を噛んだ。

 丁度その時、帝王学の先生がドアを開けて入って来た。

 するとアルドラ兄様は顔色をさっと変え、素早く席に着いた。先ほどまで明らかだった感情は少しも感じ取れない。そういうところは流石王の息子だと思う。

 僕も首を大きく振り、授業に集中するべく前を向いた。


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