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「あらお兄様、今日は素直に部活動に行くんですね」

 今日も今日とてアルドラは高等部の校舎にやってきた。

「う、うむ。まあな」

 昨日の一件で、やはり彼女には並々ならぬ教養があることが分かった。ならばその知恵を盗んでおいて損はないだろう。

 さすが僕、向上心が留まるところを知らない。

 アルドラは「そうですか。良いことです」とにっこり笑うと、僕の隣に並んだ。

「そういえばアルドラよ。貴様はクロミネが何者か知らぬのか?」

「え、何のことですか?」

 小鳥のように首を傾げる。

「あ奴の気風と知識からして、ただならぬ身分であるのは間違いないだろう。だから何処の家の者か探っておるのだが、一向に分からないのだ」

 僕がそう言うと、アルドラは成程成程と大仰に頷いた。顎に手をやって暫し虚空を見つめた後、いつもの笑顔を浮かべる。

 そして、

「私にも分かりません。ただこの学校の生徒の方々とは一風違う考え方を持っているようなので、お兄様が学ぶことは多いかもしれませんね」

 と悪戯っぽく言った。

「うむ、やはりそうか」

「え!?」

「……どうした?」

「お兄様が誰かより劣っていることを認めるなんて、天変地異の前兆です! 明日は槍が降りますよ!」

「何を言っている。クロミネは僕と同等の地位を持っているのだろう? ならば僕と同じかそれ以上の能力を持っていても当然ではないか」

 すると今度は「はぁ~」と大きなため息が漏れた。

「あーやっぱりですか」

「何がだ?」

「いえいえ。ただ、お兄様にとっては相変わらず、偉いイコール凄いなのだなと」

「当然だろう?」

 高い地位とは、下々の者を束ねる力を持つ者に与えられるのだ。それらの者を動かし、集団を一致団結して動かすために。

力のない者が高い地位を持っているならば、その地位というものが存在する根本の理由が成り立っていない。

「いえ、まあ、そういうところも好きですよ、シリウスお兄様」

「本当に何なのだ?」

 首を傾げてみるも、数歩前を行くアルドラに僕の姿は見えないだろう。だから返答は返ってこない。

仕方なく彼女追って僕も足を速めた。相変わらずの寂れた廊下に、二つの足音が交互に響いていた。


☓ ☓ ☓ ☓ ☓ ☓ ☓ ☓ ☓ ☓ ☓ ☓ ☓ ☓ ☓ ☓ ☓ ☓ ☓ ☓


「以前部活動体験の時、囲碁部の部長と対戦したのだがな」

「ええ、していましたね」

 アルドラがこくりと頷く。

「いや何故知っている? ……まあ良い。とにかくあ奴が言ったのだ。『シリウス様の石を私の石で囲みましたので、この石は頂きますね』とな」

「普通はそうですよね」

「ああそうだろう、普通ならな。だが僕は言ってやったのだ。もし僕がこの石だったならば、敵に囲まれたくらいで降参などしないとな。そしてその石をつまんで大きく動かしてやった。敵は一瞬で吹き飛んだぞ。ハッハッハ」

「まあお兄様ったら! 素敵です!」

「……ねぇ、ちょっと」

 アルドラのパチパチという拍手をクロミネの冷たい声が遮った。

 何だと言うのだ、今良いところだというのに。

「どうかしたか?」

「先ほどから少し五月蠅いのだけれど。そして何より、会話の内容がこの上なく不毛だわ」

「何だ、今の武勇伝は気にいらなかったのか? ならば別の話をしてやろう」

 しかしクロミネはこめかみに手を当てると、「違う、そうじゃないの」と首を振った。

「ここは文学部なのだから、少しはそれらしいことをしなさい。本を読むなり詩を味わうなり。……とにかく、静かにして頂戴」

 最後の部分をやけに強調して言った。何だ単に自分が本を読みたいだけではないか。だが彼女は入学して早くも僕の怒らせないほうが身のためランキング上位に食い込んでいるので、逆らわないことにした。

 彼女の言葉を受けて、部室をぐるりと見回す。壁に沿って並んだ本棚に、相変わらず眠たくなりそうな書物がぎっしりつまっていた。手に取る気にはとてもなれない。

「というかそもそも、文学部の活動とは何だ? 本当にただ本を読むだけなのか?」

「そうよ。嫌なら辞めてもらっても構わないわ」

 即答する。

 そしてその即答を、アルドラが「いえいえいえ」と否定した。

「何言ってるんですか先輩。文学部の本質は、素晴らしい作品に触れることよりもむしろ、そこから生み出されるなにかしらですよ」

「いいえアルドラさん。世の中には無数の名作が溢れているわ。一生かけても知りつくせないほどにね。だから、他のことをしている暇なんてないのよ」

 今度はクロミネが諭すように返した。

 ……何やら哲学的な話をしているようだな。まあ僕としては会話に加わるのもやぶさかではないのだが、ここは一つ上に立つ者として見守っておいてやろうと黙っていると、アルドラが眉を八の字に曲げた。

「でも、それだとこの部活動わりとすぐに無くなっちゃいませんか? 部員も足りない成果も無いじゃ、生徒会は抑えられても教員を誤魔化すのは難しいかもですよ?」

「…………」

 返答はない。どうやら口論の軍配は僕の妹に上がったらしい。

 しかし何故かアルドラの方が両手を体の前で合わせると、頭を下げてクロミネの顔を上目使いで覗き込んだ。

「それに、私見てみたいです! 先輩の素晴らしい作品を! 和歌でも、ポエムでも、短編小説でも!」

 そんなことを謳いながら、無邪気――に見える瞳を輝かせる。

 クロミネは一瞬アルドラの頭に手を置こうとしたかと思えば、はっとした表情でその手を抑え込んだ。その後大きなため息が一つ漏れる。

 撫でてやれば良いのに。割と本気で喜ぶぞ、うちの妹は。

「わかったわ。やりましょう。顧問の先生にも、出来るだけ早く部活動らしいことをしろと言われていたしね」

 そう言って席を立つと、棚から紙とペンを取り出した。



「――もうちょっと待ってくださいね。……出来ました!」

 アルドラを最後に、全員分の作品が完成した。

 今回はとりあえず全員詩を書くことになった。こうやって時たま作ったものを文集にでもして提出すれば、体裁は保てるだろうということらしい。

「まあ何でもいい。それより早く発表にしようではないか。僕はかなりの傑作が出来た自負があるぞ」

 勢いよく鼻息を鳴らす。

 するとアルドラがヒラヒラと右手を挙げた。

「はいはーい! じゃあまず私からいきまーす!」

 持っていた用紙を翻して僕たちに見せる。


――お兄様素敵です!


 何処からどう見ても見紛うことない僕への愛が綴られていた。

「というか、これでは詩というよりむしろ独り言ではないか」

「お兄様の魅力は万の言葉を以てしても語りきれませんから、ならむしろこっちの方がシンプルで良くないですか?」

 フフフと嬉しそうに笑うアルドラに、僕は思わず「ふんっ」と顔をそむけた。何を照れてしまっているのだ! どうせこやつは演技でやっているのだぞ!

 そんな僕を見てアルドラは、僕の頭を撫でようと手を伸ばした。やめないか、王子としての威厳を失ってしまうだろう。……おい、ちょ、本当にやめないかって。クロミネ恐ろしい顔でこっち睨んでるから! 今にも僕狩られちゃいそうな勢いだから!

 アルドラを無理やりに引きはがすと、咳払い一つしてクロミネに視線を向ける。

「そ、それでは、貴様の詩を見せてもらおうか」

 そう言うと、クロミネは急に先ほどまでの勢いを無くした。腕を組むとばつが悪そうに僕から目を逸らす。

「……ねえ、やっぱりやめにしない? いきなりは難しいわよ。せめて今日は持ち帰って明日発表にするとか……」

「おやおやどうしたのかねクロミネ君。君ともあろう者が逃げるとは情けない。いいか覚えておきたまえ。王とは、上に立つ者とは、どんな状況でも結果を出さねばならないのだ」

 可能な限りの角度で見下してやった。さてはコイツ、芸術の心得が無いな? まあこれだけ冷徹な女だ。芸術を愛でる心などあるはずもない。どうやら遂に僕の時代がやってきたらしいな。

 ハッハッハと高笑いしていると、クロミネは大きくため息を吐き、遂には紙を裏返して僕らに向けた。


――アルパカ可愛い。


 何処からどう見ても見紛うことないアルパカへの愛が綴られていた。……そうか。好きなんだな、あのブサイクなやつ。

 初めはブサイク動物好きの変態との距離感を見直そうか考えたが、よく見ると『アル』の下に『ド』の文字が二重線で消されていることに気づいた。

 だからそんなにアルドラが好きなら言ってやればよいと思うのだがな。

 しかしアルドラもクロミネの気持ちを酌んだのか、クロミネの身体にぎゅぅっと抱きついた。

「クロミネ先ぱぁい!」

 猫撫で声のアルドラに、クロミネはすっかり懐柔されて頬を緩める。しばらくアルドラを眺めていた後、思い出したようにこちらを向いた。

「そう言えば、貴方の詩はどうなったのかしら」

 待っていましたとばかりに僕は胸を張った。

「はっきり言おう。この三人の中で、僕の詩が最も優れている!」

「そうなの。では見せて頂戴。私にあれだけのことを言ったのだから、それ相応の物を期待しているわ。出してみなさい、『結果』を」

「まあそう焦るな。事を急いてはなんとやらだ」

やや不機嫌そうに眉をひそめるクロミネを手で制した。

「掛詞というものを知っているか」

「……ええ、知っているけれど。一つ言葉に二つの意味をかける技法でしょう?」

「ああ、それを凝らしてみたのだ」

 そう言って僕は、堂々と僕の最高傑作を披露した。


――ふとんがふっとんだ


「どうだ、言葉がかけられているだろう? これにより意味が深まるというわけだ」

 ドヤドヤとクロミネを見下ろす。

 驚愕した顔を予想していたのだが、何故だかクロミネは頭を抱えた。

「では聞きたいのだけれど……」

「む、何だ?」

「その掛詞を使って深めた意味は何かしら?」

「それは勿論、布団が吹っ飛んだんだから、その意味を深めて……あっ」

 特に意味なんてないな。



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