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優くんへ お昼ご飯チンして食べてください

-第二章


「クローバル君、まだどの部活動にも入部してないでしょう」

 その日の僕はいつもの授業の後、いつも胸の大きな先生に呼び出されていた。

「僕は覇道を行く者だ。馴れ合いなど必要ない」

「またそんなことを言って……。良いですか? 本校では生徒全員の部活動参加が義務づけられています。入学式の日にも話しましたね?」

「……う、うむ」

 愚か者め。覚えているわけないだろうが。だが口には出さないぞ。入学してから一カ月、賢い僕は学習したのだ。こやつは怒らせないほうが身のためだと。

「本当に覚えていますか?」

 椅子に座っている彼女は、訝しげな目でこちらを見上げた。動きに合わせて胸がゆさゆさと揺れる。

「ぼ、僕を疑うのか!? 無礼な。王は嘘を吐いたりしない」

「そうですか。では質問します」

 そう言って人差し指をぴんと立てる。

 指の先に何かあるのかと思って天井を見上げると、「真面目に聞きなさい」と怒られた。僕が王になったらこういう理不尽を無くしたい。

「この学校は何故そのような方針をとっているでしょうか?」

「む。そうだな……」

 部活動か。この学校は世界中の国が合同で経営しているのだから、意味のないことはしないだろう。ならば重要な目的があるはずだ。

 何か、何か無いか? 部活動と言えば放課後。終わるころには夕方だろうだから、帰ればすぐ食事だ。

 ……食事か。そういえばアルドラが来てから、食べ物に怪しい薬が入っているのではないかと思うと、何を食べても気が休まらない。安全な食事がしたいものだ。

「腹が空いたなぁ……」

 頭を殴られた。

「何をする! 馬鹿になるだろうが!」

「貴方はもう十分馬鹿です! 正解は『王族や貴族は人付き合いが大切になるので、生徒同士の関係をより深めるため』でした! バーカ!」

「馬鹿は貴様だろうが! いつもすぐに手を出しおって! そんな風に胸に養分がいっておるから――」

 言葉をそこで止めた。

 同時に僕の顔直前で拳も止まる。……死ぬかと思った。

「胸が……何か?」

「何でもありません」

「そうですか。じゃあ早く部活動に参加してくださいね」

「はい。そうします」

「よろしい」

 先生は頭を下げて立ち去ろうとする僕に、ひらひらと手を振った。そしていつものように腕を組もうとして、自分の胸部を一瞥した後、それを抑え込むように上から腕を組み直した。

 職員室を出ると、大きく深呼吸する。二度と胸の話題は口に出さぬようにしよう。

 恐らく次は命が無い。

 


――テニス部にて。

 僕は帽子のつばをくいっと上げると、ラケットを天に向けてかざした。

「はっはっは。見よ皆の者。ナイスショットだろう」

「……はい、素晴らしいホームランですシリウス王子」

「そうか! これがホームランというやつか!」

 テニス部に王子はもったいないということで入部を丁重に断られた。これがサヨナラホームランというやつか。


――将棋部にて。

「王手です、シリウス王子」

 部長がパチリと駒を鳴らした。僕の王将を護る駒は一つもない。

 だが僕に不安や緊張は無く、むしろ相手の方が固くなっているようだった。当然だ。何せこの僕を前にしているのだからな。

「……部長よ」

「……はい」

 額の汗をハンカチで拭きながら応える。

「駒以前に、僕こそが王だ。試合に勝ちたいのなら、この僕の首、打ち取って見せよ」

「……参りました。投了します」

 僕の勝利に終わった。


――オカルト研究会にて。

「ここでは心霊現象や超常現象など、人の力を超えた――」

「帰る」


「むぅ……。中々僕にふさわしい部活が見つからないな」

 先生に渡された部活動リストを眺める。体験入部をしていない部活動は、残り一つとなっていた。

 生徒が授業を受ける北棟からかなり距離があるため、人通りの少ない南棟。もともとは管弦楽部などがあったらしいが、今ではもう潰れてしまっている。

 現在南棟で行われている部活動はたった一つだ。

 少し古くなっている校舎に、僕の足音だけが響きわたる。突き当りまで歩くと、『文学部』の立て板の前で足を止めた。

「ここで最後か……」

 ドアノブを掴んで横にスライドさせる。ドアが開くと同時に、紙の臭いがした。図書館よりも古書店に近い。古い紙独特の臭いだ。

「失礼する」

 部屋に入って辺りを見渡した。長机が一つあるだけの窮屈な部屋だ。壁に沿って天井まである本棚が並んでおり、その中には紐で束ねられた本がいくつもぎっしりと並んでいた。

 臭いの正体はこれか。

 一通り見渡した後、部屋の中心に視線を向ける。

 窓から差し込む日の光を一身に浴びる、黒い髪の少女。来客には目もくれず、本の字列を指でなぞる。学年章を見るに僕と同じ一年生。

 見紛うことはない。以前僕を侮辱した女だ。

 此処で会ったが百年目。僕が受けた辱め、倍にして返させてもらうぞ!

「この学校の生徒だったのか。あまりに貧相な身なりだったから、何処かの屋敷の下女かと思っていたぞ」

「貴方は服を着てすらいなかったのだけれど」

 そうだった。僕の愚か者! これじゃあ恥の上塗りではないか!

「あ、あの時はそういう気分だったのだ!」

「何処までも人迷惑な気分ね」

「う、うるさい! 貴様、この僕に口答えするのか!」

「どの『僕』なのか存じていないのだけれど、変態を馬鹿にしてはいけないという校則でもあったかしら」

「な、何だとぉ~」

 思わず地団太を踏む。だが彼女の言葉を反芻して、あることに気づいた。

 ……もしやこの女、僕が誰だか知らないのではないか? 成程だとすれば、こやつが偉ぶっているのにも納得がいく。

「ふん! ならば教えてやろう! 僕はクローバル国の王子、シリウス・クローバルその人だ!」

 腰に手を当て胸を張った。

 どれほどの力を持つ貴族か知らないが、王より偉い者などいない。僕の地位を知り、頭を垂れて許しを乞うが良い!

 しかし彼女が本から手を放す様子はなく、本を一ページめくる間に「あらそう」とだけ言った。

「あらそう、だと!? 僕は一国の王子だぞ! 何だその態度は!」

「貴方が誰であろうと私には関係無いもの。それより五月蠅くて本が読めないわ。用が済んだのなら出て行って頂戴」

 本ならずっと読んでいるではないか。

 それより立場が関係無いとはどういうことだ? この世界に王子を無視して許される者などいるはずないのだが。

 もしや、こやつも何処かの国の王族なのか? 

 考えあぐねていると、コンコンとドアが二度ノックされた。

「失礼します」

 入って来たのは、腕に『生徒会』の腕章をつけた男だった。

「黒峰さん、新入部員は来ましたか?」

 彼の言葉に、『クロミネ』と呼ばれた彼女は歯切れ悪く「いいえ、まだよ」と返した。

 おい先ほどまでの威勢はどうした。

「そうですか。以前にもお伝えしましたが、新入部員が三名以上いないと文学部は廃部になります」

「ええ、分かっているわ」

「それでは期限は入学式から一カ月の今日までですので、活動を行うのは今日まででお願いします。出来るだけ早く別の部活動に参加してください」

 今度は返事を返すことなく俯いた。

 ふむ。部員が足りなくてこの女は部室を追い出されそうになっているのか……。

 ざまあないな。日ごろの行いが悪いからだ。

 鼻で笑って嫌味の一つでも言ってやろうかと思っていたが、その時、僕の脳内に一筋の閃光が走った。 

――これはチャンスなのではないか?

 僕に対する態度から、この女はただならない地位にいると予想がつく。だがそれを僕に言わないところを見ると、立場を隠さなければならない事情があるのだ。

 そこで僕が部の廃部を阻止して文学部に入れば、彼女に大きな恩を売ることが出来るし、そのうち彼女の正体を知る機会も訪れるだろう。何より、あの胸の大きな先生に怒られずに済むではないか。

 ……天才だ。天才だ僕は!

「おい待て生徒会の者よ」

「あなたはシリウス王子。はい、何でしょう」

「この部には僕が入る。よって王族権限で、部の廃止を取りやめよ」

 フフンと胸を張る。

 しかし男はため息一つ吐くと、「それは出来ません」と首を振った。

「この学校に居る以上、貴方も一人の生徒です。王子だからと言って、特例を許すわけにはいかないのです」

「何だと!? 貴様は何様のつもりだ! 家柄と階級を答えろ!」

「やめなさい」

 僕の怒号を黒峰の冷たい声が遮った。

「何なのだ貴様は! 僕がせっかく力を貸してやろうとしているのに!」

「貴方の助力など必要ないわ。それに貴方がやろうとしているのは人助けではなくただの我がままよ。惨めなマネはおやめなさい、馬鹿王子様」

 冷ややかな視線を僕に向ける。

 さらには彼女の言葉に、生徒会の男がフフフと吹き出した。「失礼」と慌てて咳払いをするも、口角は僅かに震えている。

 ……何故だ。何故僕がこのような目にあっている!? 僕は王子だぞ! 此処にいる誰よりも優秀で、誰よりも偉いはずだ。

 それなのに、どうして僕が馬鹿にされなければならないのだ!

 思わず地団太を踏みそうになっていると、部屋の入口から声が聞こえた。

「私も加われば、人数が足りるんじゃないですか?」

 聞き覚えのある声だ。というか、ここ最近は毎日嫌と言うほど聞いている。

 ……何処から嗅ぎつけた、化け物め。

 トコトコという可愛らしい足音も、彼女とセットだと胡散臭い。

「私もこの部活動に参加します。それで問題無いですよね、生徒会さん?」

 手を胸に当てると、小首を傾げて再度言った。

 男は頬を赤らめながら呆けていたが、首をブンブン振って理性を取り戻す。

「だ、駄目です、アルドラ王女。貴方は中等部の生徒ですから、部活動に入ることは出来ません」

「そんな固いこと言わないで下さいよ。生徒会の人は皆良い人だって、いつもお兄様から聞いていますよ」

 何の話だ。生徒会の奴らなど今日初めて会ったぞ。そして評価は最悪だ。僕を馬鹿にする奴は皆死ね。

「それでもなりません。僕ら生徒会はこの学校のため、そして生徒のため、常に平等である必要があります。個人の勝手を許すわけにはいかないのです」

 そう言って高らかに胸を張った。その姿には一切の曇りがない。

 さすがのアルドラもこれには参ったのか「そうですか。残念です」と肩を落とした。

 しかし次の一言で、場の空気は一変することとなる。

「……そう言えば、学年集会の時に使う椅子を買い替えた話ですけど」

「い、椅子!? どうしたんですか突然。椅子がどうかしましたか!?」

 男の様子が一変した。所々声は震えているし、額にはびっしりと汗をかいている。一体どうしたというのだろうか。

 アルドラは男の顔を覗き込みながら、にっこりと笑った。

「いえいえ。何となく思い出しただけで、特に深い意味は無いですよ。ただ、予算は七百脚分使用されているのに、使用人に確認させたら六百脚しか無かったものですから、どうしてかなと。確か椅子の発注、受け取りは、生徒会が一任されてましたよね?」

「そ、それは……」

 言葉に詰まった男は、せわしなくハンカチで汗を拭う。

 ……つまりは計算が合わないということか? 仮にそうだとして、だからどうしたというのだ? 椅子の百脚や二百脚、誤差の内だろうに。

 しかし僕の思惑とは裏腹に、男の顔色はそぐわない。

 遂には男が何か言うよりも早く、アルドラが「そもそも」と続けた。

「そもそも、この学校の全校生徒は六百人弱しかいないのに、どうして七百脚も椅子が必要なのでしょうか? 学校は多めの予備ということで承認したようですが、本当にそうですかね? しかもその『多めの予備』は見当たりませんし」

「ぐっ……」

 歯を強く噛む音がした。男の身体は僅かに震えていて、拳は固く握られていた。

「ですがそれなら椅子百脚分の予算は何処に消えたのでしょう。本校にふさわしい椅子を購入していますから、百脚分となると結構な額になりますよね。まあ私たち王族からすればはしたお金ですが、高校生のお小遣いには少し多いかもしれませんね」

 アルドラはフフッと笑うと、獲物を見据える虎のような目を男に向けた。勝利を確信した捕食者の目だ。

「先日スペディアン王国で最新の電子機器が発売されたそうですね。何やら他社の十年先を往く機能性だとか。そして最近の生徒会室の消費電気量から考えますと……」

「……分かりました。部の存続を認めましょう」

 男は力なくうなだれた。

 成程。生徒会は不正を働いていたのか。それなのによくあれほど偉そうなことを言えたものだな。そんなだから、アルドラにボコボコにされてしまうのだ。馬鹿め。

 会った時より幾分か小さく見える男の背中を見送りながら、ゆっくりと部室の扉を閉めた。そして黒峰の方へ向き直る。

「さあこれで一件落着だ。僕に感謝しろ」

「よくもそこまで堂々と出来るものね。貴方は何もしていないというのに」

「愚か者め。アルドラは僕の妹であり、時期に僕の部下となるのだ。アルドラの力は、僕の力と言って過言ではない」

「そうですよお兄様。私はお兄様の右手であり、左手であり、そして右手です」

「……何故右手を二回言ったのだ?」

「何をするにもお申し付けください、お兄様は何もしなくて良いですからということです」

 そう言いながら抱き着いてくるアルドラを、頭を掴んで無理やりに引きはがした。

「結構だ。僕は何でも出来る」

「そうおっしゃらずに。私はお兄様の為に存在しているのですから」

 尚も諦めずに距離を詰めようとしてくる彼女の力は、どうやら僕より強いらしい。腕が押し返されそうになるのを何とか意地で踏ん張った。

「ねえ」

 僕ら二人の喧噪を、黒峰の声が遮った。

「何だ。今立て込んでいるのだが」

「どうしてわざわざ私を助けたのかしら? 貴方たちにとって何の利益も無いと思うのだけれど」

「私はお兄様が助けようとしてたからです」

 アルドラが即答した。「お兄様は?」と首を傾げる彼女に、僕も首を傾げてしまった。

 どうしてだったか。途中から生徒会の男に対する怒りで頭が一杯になって、詳しいことは覚えていない。

 しかしまあ本当のことを話してまた馬鹿王子などと言われるのも癪なので、代わりに、話を一つしてやるとしよう。僕が思い描く、これからの王の話を。

「貴様に『王』とはどうあるべきかの話をしてやろう。王とは民を護るべき者だ。よって、王となる僕が貴様を助けることは、当然のことなのだ」

 どうだ。僕は立派であろう? アルドラだって隣で目を輝かせている。頭を撫でようとしているのは恐らく気のせいだ。

 さあ黒峰よ。僕の前に跪くがいい。

 だが「そう」とため息交じりに言うと、再び文庫に目を落とした。

「黒峰舞蝶よ」

「む?」

「私の名前。知っていた方が良いでしょう?」

「あ、ああ。僕は――」

「知っているわ」

「……そうか」 

 僕と黒峰の会話はそこで終了した。やはりこの女とは仲良く出来そうにない。

 それにしても、文学部に入って何をすればよいのだろうか。本を読むのはそんなに好かないしな……。

 何となく本を読む彼女を眺めていたが、本のページがめくられることは無かった。この女、本を読むのが相当遅いのだな。




 次の日の放課後。僕はいつものように家に帰ろうとしていたところを、アルドラに引き留められた。

「部活に行きましょう、お兄様」

「……何故此処にいる? 中等部と高等部の校舎は離れているはずだぞ」

「私も昨日から、文学部の部員ですから。それより部活動をお休みすると、怖い先生にまた怒られてしまいますよ?」

「むぅ……」

 確かに、それは何よりも避けねばならぬ事態だ。

 しぶしぶ(きびす)を返し、文学部の部室へと足を向けた。あの女がいると思うと、足が重く感じた。

 部室が近くなってくると、隣を歩いていたアルドラが二歩進みドアを開けた。僅かに軋む音が廊下に響く。そろそろ改装した方が良いのではないか?

 そんなことを考えながら部屋に入ると、彼女は当然そこにいた。

「やあ、黒峰」

 返事は無い。おのれ、やはり腹の立つ女だ。

「こんにちは、黒峰先輩!」

 続けてアルドラが挨拶をすると、今度は顔を上げ、「こんにちは」と微笑んだ。

 何だこの扱いの差は。

「良く来てくれたわアルドラさん。待っていて、今お茶を淹れるわね」

 本に栞を挟むと、立ちあがってポットのある方へ歩きだす。

「おい」

「……あら居たの、馬鹿王子さん」

「僕は馬鹿ではないと言っているであろうが! そして王子へ挨拶を忘れるな!」

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