1 初志
ふと思ったのだ。文字を刻んでおきたいと。
止め処なく流れる時間の中で、泳ぐのをやめて息をつく瞬間がある。目的に向かう足を溜め、振って進む手も下ろし、流転する思考も止めた時、どこからか湧いてくるこの気持ちがそれだった。
すごく陳腐な言葉にも聞こえるが、これが心というものの本質であると思う。
本当に真っ白になった時に湧き出てくる自分の中の源泉。それが色々な動きを止めた時に上澄みまで沸き上がるのだろう。
それにはいつも驚かされる何かがあった。自分の認識していなかった自分の欠片が含まれているからだ。
でも、大抵はそれを精査することもなく、日々の疲れを癒すため、重い瞼に任せて忘却の途につくのだ。ーーなんともったいないことか!
年を経たら凝り固まった自分に気づく。こうあるべきだ、こういう人間のはずだ、と自分で自分の形を虫の外骨格のように張り巡らせてしまう。それが内側から湧き出るものに蓋をしてしまっているに違いない。
私は日々の間隙では常にスマートフォンを握っている。刺激を求めているのだ。外情報から自分が面白いと思えるものを探すために。まさに消費するだけの作業だ。これはますます外骨格を分厚くしているに違いない。
今日からは外骨格の柔らかい場所から内側を覗きに行こうと思う。湧き出る何かをしっかりと受け止め、それを見つめ、触り、嗅ぎ、咀嚼しようと思う。
そしてそれを記していきたい。
大した話ではない。自叙伝になるのか、ノンフィクション小説になるのか、SFになるのか全くの未知だ。ただ一つ、それが自分の中から湧き出た何かであることだけは揺るがないようにしたい。
これからも合間にスマートフォンを握る姿は変わらないだろう。でも本質は厚塗りから掘削へと転換しているはずだ。それが今後の人生にどのように影響するかはわからない。でも、それが人生の醍醐味だと思う。今までの人生は素晴らしかった。これからも素晴らしいものであることを願いたい。




