正体
結論。亀の肉は少し臭みがあるが、悪くなかった。
ただ、火の鳥の方が美味しかったので、亀の肉は少量だけ持っていくことにしておく。甲羅の一部を何とか引き剥がし、一応バックパックに放り込んでおく。これだけ硬ければ加工したら盾代わりに使えそうだからな。
甲羅の中心部にちょこんと備え付けられていた扉を開け放ち、先へ進むとパッと見た感じは休憩所っぽいのだが、よく見るとガラス板は一枚しかなく、セーブポイントの前に円形の光を発している地面がある。
そして、次に続く扉も道も存在していなかった。
第六ステージの海があると身構えていたのだが、肩透かしを食らった気分だ。
「行き止まりか。おいおい、ここまで来て後戻りしないといけないのかよ」
「結論は早いんじゃないかな。まずは、調べて見てからにしよう」
これまでとは違い、あからさまに怪しい感じがするので俺が先に入り、棍で地面を叩きながら慎重に歩を進める。
特に変化もなければ、何か罠が発動する感じもない。となると、調べるポイントはガラス板とセーブポイントの前の怪しい光が漏れ出ている地面か。
ガラス板にそっと触れると、いつものように文字が浮き出てきた。
――ここは安全地帯になっている。さて、ここまで進んで、キミたちは自分たちの実力が以前とは比べ物にならないことを実感できたと思う。それが何を意味するのかは各自で自由に思いを巡らせてくれたまえ――
相変わらずの言い回しに、イラッとする。含みのある言い方だが実は何も考えていないとかだったらキレるぞ。
腹立たしさにガラス板を粉砕したい気持ちにかられるが自重した。
――この部屋のセーブポイントは特殊で、光る地面に乗りセーブポイントに触れながら念じると、今まで一度でも見たことのあるセーブポイントに飛べる仕組みになっている。是非、活用してくれ――
それだけか。行き止まりだが他のセーブポイントに移動できるというのは、かなり便利な機能だ。
二人を招きよせ、ガラス板の閲覧を勧める。二人が読んでいる間に周辺を探ってみたが、他に怪しいところはない。
「で、どうするよ。やっぱ、戻るなら仲間のいるセーブポイントだよな」
「沼地の前のセーブポイントに飛んで、警戒している奴らの不意を突くのもありじゃないか」
両方の意見とも魅力的に思える。何処に飛ぶか慎重に選ばないとな。
自分が飛べるセーブポイントは先に上げられた二箇所と、扉の先の休憩所にあった三か所だけ。休憩所のワープポイントは除外していいだろう。
となると、鴨井たちの場所か沼地の前かの二択になる。順当なのは鴨井の方だ。ただ、沼地前のセーブポイントに飛んで、殲滅側がその場にいたら凄まじく気まずい空気になるのは間違いないだろう。ちょっと、試してみたい気がする。
「鴨井たちのいるセーブポイントに飛ぶべきだろうな。だけど、その前に何があっても大丈夫なように、軽く打ち合わせをしておこうか」
この後に思いつく展開を幾つか例を出し、その場合の対処方法を指示しておく。
これで、転送後の対応は万全だと思いたいが、こちらの予想を軽く上回る経験を何度もしてきた。結局は各自臨機応変にということになりそうだが。
話がまとまったところで、全員で光の溢れ出る地面の上に乗り、セーブポイントに触れた。
操作方法に不安があったが、頭に今まで通ってきたセーブポイントが映像で浮かぶ。ここから選べばいいのか。脳内で映像にカーソルを移動させてクリックするイメージ。
その途端、身体が浮遊感に包まれ、青白い光に呑み込まれた。目を開けていられない程の光の奔流が収まると、目の前に驚いた表情の探索側プレイヤーたちがいた。
「えっ、はっ、軍曹殿!?」
「網綱様、いったい何処から?」
「驚きの帰還方法だな。おかえり」
横道、明菜は驚きのあまり挙動不審になっているが、鴨井は軽く目を見開いただけで、本当に驚いているのか怪しい。相変わらず、読めない人だ。
「ただいま。こっちの状況を先に話した方が良いかな?」
「ああ、頼めるかい。こっちは殲滅側との小競り合いはあったけど、基本は現状維持だからね。そっちの話に興味があるな」
他のプレイヤーも頭を縦に振っている。小競り合いが気にはなるが、先に話しておくか。
紫の沼地で何があったのか、そして通路の奥がどうなっていたのか全て包み隠さずに話すことにした。ここに殲滅側がいたとしても特に問題のない内容だと判断してのことだ。
「へえー、そんなことになっていたんだ。こっちはね、織子さんだけが一人で戻ってきて、殲滅側に遭遇して網綱たちがやられたって言うんだよ。少し離れた場所に複数の気配を感じたから、セーブポイントに入られる前に、横道君と明菜さんに頼んで狙撃してもらったら本性を表したよ。隠れていた殲滅側のプレイヤーも姿を現したから、こっちは全員ここでセーブして、戦ったんだけどね……敵に回すと織子さんは強いな。かなり痛手を受けて、基本的に引きこもり遠距離メインの戦いに移行していたところだよ」
俺たち戻ってきたことが嬉しいのか、鴨井がいつにもなく饒舌だ。他のプレイヤーも柔らかい表情になっている。
殲滅側という敵対するプレイヤーの存在に疲弊していたところに、死んだと思われていた俺たちが帰ってきて、心の安定と戦意を取り戻したのかもしれない。
「軍曹殿が無事で感無量であります! 自分は信じていましたっ!」
「無事で何よりですわ。織子さんのことは残念ですが、よくお帰りくださいました」
二人は俺の手を取り、心底喜んでくれているように見える。この状況を素直に受け取れずに、端から疑っている自分に嫌気がさすが、それが生き延びる為だと諦めた。
「お前ら、元気だったか! 俺はこの通り、めっちゃ元気だぜっ!」
剛隆は元チームメイトと盛り上がっているようだ。かなり信頼されていたのだろう、歓声どころか涙ぐんでいるプレイヤーもいる。
零士は壁に背を預けて、他のメンツと距離を取っている。相変わらずだな。
さて、問題はここからだ。
「網綱たちが戻ってきてくれたおかげで形勢逆転できそうだ。戻ってきたばかりで悪いけど、今後の方針を決めておこうか」
「そうだな。明菜マップを見せてもらっていいかい。地図を見ながら説明したいから」
「どうぞ、お使いください」
明菜からマップを受け取り、鴨井や他のプレイヤーにも見えるように、すっと前に出す。
マップを中心にプレイヤーが取り囲む布陣となった。
「ここが俺たちのいる場所で、殲滅側はこの通路を通ってきた。隠し通路が存在していない限り間違いはない筈だ。気配もその方向からで……鴨井間違いはないか?」
「ああ、ここに繋がる道は一本しかないからな。向こう側のセーブポイントから――」
マップに表示されている、もう一つのセーブポイントを指差して鴨井が説明している最中、俺はマップをすっと持ち上げた。
そうすることにより、鴨井の指がマップの画面に触れる。その瞬間、光が溢れ出す。
「うわっ、何だこの光は!」
「目が眩むであります!」
覗き込む形になっていたプレイヤーたちの悲鳴が漏れる中、俺は棍を伸ばして対面にいる鴨井以外のプレイヤーを弾き飛ばした。
「うおおおっ」
「何だ、何が起こっている!?」
目の見えないプレイヤーたちが部屋の隅に転がり慌てふためいているが、そんな彼らを尻目に俺と剛隆、零士の三名は武器を構えた。
くそっ! 本当に最悪の予感だけは的中率半端ないな!
「何のつもりなのかな、網綱」
光が消え、目も慣れてきたのだろう。鴨井が穏やかな笑みを浮かべ、小首を傾げている。
この状況でも笑っていられるのが不気味だが、怯んでいる場合じゃない。
「何のつもりか。それはこっちの台詞だ。さすがにこれは予想外だったよ」
俺はマップの画面を鴨井にも良く見えるように突き出した。それを見た途端、鴨井の顔からすっと表情が消えた。
柔らかく大らかな雰囲気が掻き消え、能面のような無機質な顔に冷たい光を宿した瞳。それが、全ての答えなのだろう。
「何でお前が触れた途端に、今まで通ったこともない道まで表示されたんだろうな」
そう、鴨井に触れさせたマップには小さな脇道から隠し通路と思しき細長い道まで全てが表示され、マップの隅々まで完璧に埋められた状態で完成していた。
「いつから気づいていた」
声に『威圧』の効果を加えているのか、聞いているだけで背中に冷たい汗が溢れる。地の底から湧き出たような闇を連想させるような声。温和で優しげな雰囲気は何処にいった。
「いつからも何も、気づいてすらなかったよ。マップに触れた人の進んだことのある場所が更新されると知って、試しにやってみた。ただ、それだけだよ」
「はあぁぁ……まさか、そんなオチだとは。バレないように細心の注意を払っていた俺が馬鹿みたいじゃないか」
額に手を当て疲れたようにため息を吐く鴨井から、目が離せない。セーブポイントの部屋で安全地帯だというのに、心臓を鷲掴みされているような息苦しさ。嫌な予感なんて生易しいレベルじゃない。『危機察知』を失ったというのに、心が逃げろと叫び続けている。
何とか動く眼球で他のプレイヤーの様子を観察するが、顔面蒼白で全身を震わせガチガチと歯が鳴る音が幾重にも響いてくる。
これが『威圧』だと仮定すると、圧倒的な力の差があるってことだよな。おいおい、どれだけ力を隠していた。
「お前……何者なんだ」
「んー、教えたじゃないか。探索側だって嘘は言ってないよ」
口元だけニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべていやがる。そんな顔で言われても説得力なんてあるわけがないだろ。
「本当にそうなのか? なら、俺たちの味方で間違いないのか?」
この返答によって未来が大きく変わる。異様な強さを秘匿していたとはいえ、味方であるなら何の問題もない。むしろ、頼もしい限りだ。
だが……それでは、マップが全て埋まった説明がつかない。第十ステージに入ってから、彼は一度たりとも単独で行動していない。そこが解明されない限り、信用できるわけがない。
ここまでの情報で導き出される答えは――
「もしかして、製作者なのか?」
「ああ、そっちに勘違いしたのか。違う違う、キミたちと同じ、こんな馬鹿げたゲームに強制参加させられた、ただのゲーム好きさ」
肩を竦めおどけた仕草を見せる鴨井には、胡散臭さしか感じない。だが、あの余裕の態度で嘘を吐く理由が無い。真実を言う理由もない訳だが……。
「じゃあ、何故マップが全て埋まっている。第十ステージに来てから、あんたは単独で動いたことがないだろ。辻褄が合わない」
「ほらゲームしていたら、マップとか全部埋めたくならない? 寄り道をして全てマップを埋めて宝箱を全部拾ってから進むって基本だろ。あっ、聞きたいのはそっちじゃないのか。ええと、確かにマップが埋まっているのはおかしいよな。でも、答えを聞けばきっと理解してくれるよ。あ、ごめん、味方なのかという問いに答えていなかった。それはノーかな」
手汗が一気に噴き出し、棍が汗で滑り落ちそうになった。
味方じゃない。だが、探索側だというのは嘘じゃない。矛盾だらけじゃないか。
「言っていることが矛盾していると思っていないかい。でも、間違いじゃないよ。俺は探索側であり、殲滅側でもあるから。言ったろ、第十ステージでクリアー条件を選べたって。だから俺は……両方選んだのさ。俺のクリアー条件は探索側を全員殺し、強力な魔物を倒すこと。両方やってのけないといけないのが、辛いところだねぇ」
何を言った、今、こいつは、何を言った!?
「そんなに驚いてくれるとは、明かした甲斐があったな。ちょっと楽しくなってきたから、もう一つの疑問にも答えてあげよう。何故、マップを全て埋めることが可能だったのか、それは――」




