彼は
「皆さんがいなくなっていますわ」
「全員で周辺の探索に向かったのでありましょうか!」
明菜さんと横道さんは『気配察知』を所有していないらしく、セーブポイントに入るまでプレイヤーが居なくなっていることに気づいていなかった。
俺と織子、鴨井は気配を読み取ることができるので少し前から警戒して、かなり慎重に進んでいた。待機しているプレイヤーの中に『隠蔽』の使い手がいて、敵の目から逃れる為に発動している可能性を考慮していたのだが、甘い希望は脆くも崩れ去った。
ここは俺たちが罠を解除したセーブポイント。ここから先に通路はなく彼らが移動したとするなら、道は一本しかない。かなり前に移動を開始していない限り、途中で遭遇していた筈だ。
そもそも、彼らがこの短期間でやる気を取り戻せたとは思えない。サイクロプスに心を折られ、再び立ち上がるとしても、まだ時間が必要だと感じていた。
「おいおい。ここには10人のプレイヤーが残っているんじゃねえのか?」
剛隆の疑問は誰もが抱いていることだ。何故、いなくなったんだ本当に。
「怪しいな。10名もの人間がメモの一つも残さずに、忽然と姿を消すものだろうか。探索を開始したとしても、俺たちがここに戻ってくるのを知っていたよね。誰か人を残すなりするだろうに」
「食料が尽きたのでありましょうか!」
「それはありえませんわ。別れてからまだ一日も経っていませんし」
「探索に向かう気力もなさそうだったし、何処にいったんだろうね」
仲間があれやこれやと様々な意見を口にしているのを聞き流しながら、部屋中を歩き回り、何か痕跡が残っていないか調べている。
床に血の跡はない。争った痕跡は残されていない。そもそも、安全地帯では相手を傷つける行為は禁止とされている。殴っても斬りかかっても傷つけることができないので、鍛錬には向いているが。なので、誰かが凶行に走ったという考えもあり得ない。
何らかの事故で死んだとしても、この場に蘇るのだから誰もいないわけがない。
「もしかして……」
ガラス板に書かれている文字が変更されているのではないかと思い、触れてみたが一言一句変化がない。ここは変わらず安全地帯のようだ。
床全体が落とし穴になって落ちたのではないかと地面も念入りに調べてみたが、怪しいところはなかった。
「これは完全にお手上げかな」
「やる気が復活して探索に出ただけなら、何の問題もないのですが」
「まるで、自ら安全地帯から離れていったかのように思われます!」
「でも、途中で誰とも会わなかったよね?」
仲間の言う通り、自分たちの意思でセーブポイントを出ていったのなら悩む必要もないのだが、明らかに不自然だよな。
「よくわかんねえが、どっかに行ったとしても死んだら、ここに戻るんだろ? じゃあ、ここで休憩がてら待ってみたらどうだ?」
剛隆が頭をぼりぼりと掻きながら、欠伸交じりに口にした言葉を聞いて、少し頭が冷えた。
そうだな。何かの目的があって出ていったのか、罠にはまったのかは不明だが、死ねば戻ってくるのだ。ライフポイントが減っていたとはいえ1以下の人は誰もいなかった。
死ねばセーブポイントに戻ってくる、それは絶対に破ってはいけない絶対のルール。ライフポイントを一気に減らされることが無い限りは……。
「あっ」
最悪の考えが頭に浮かんだ。一つだけ、ライフポイントを全て減らす方法があることを、俺たちは知っている。
もう一つのセーブポイントの奥にあった紫色の泥沼。落ちた相手のライフポイントを全て吸い付くす最悪の罠。もし、あそこに誘い出されていたら。
「呑気に休憩していていいのか?」
思考の海に深く潜り過ぎていた俺の意識をすくい上げた声は、仲間でもなく、助け出したチームの誰とも一致しない。だけど、何処かで聞き覚えのある声。
はっとして顔を上げ、声の主へ視線を向ける。そこには鼠色のパーカーを着込み、フードを目深に被った――零士君がいた。
「零士君だったのか。キミも第九ステージをクリアーでき」
「ああ、いいよ。俺の正体を見抜いているのは知っているからな」
知っている? 彼の正体については織子が『看破』で見抜き、俺に教えてくれたが、その場には誰もいなかった。零士君が知るわけがないのだが。
気にはなるが、その疑問は後回しだ。彼には聞くべきことが山ほどある。
「ねえ、零士君。何で姿を消していたの? それに、さっきの呑気に休憩していていいのか、って何?」
織子が早口でまくしたてるように質問をしてくれたので、俺の訊くことがなくなった。質問の内容はまさに聞きたかったことだ。
「いなくなった理由か……まあ、それはおいおい話すさ。もう一つの答えは、ここにいた奴らが何故いなくなったのかを知っているからだ」
本当に零士君なのか? 感情の起伏が一切感じられない冷めた声をしている。以前の彼はもっと感情的で、表情も豊かだった。そんな彼が、第十ステージに来るまでの間に、人生観が変わるような何かがあったのか。
ああ、そうか……第七ステージで常に一緒にいたポチミという少女が、今は彼の隣にいない。それが全ての答えかもしれないな。
おそらく彼は俺と同じく、第八ステージで最愛の相棒と戦うことになり、その手にかけてしまった。それは思春期の少年の在り方を変えるには充分すぎる出来事だ。
「何故、いなくなったのか教えてもらえるのかい?」
「ああ、その為に接触した。俺は思うところがあって、スタート地点にいた奴らから距離を置いて様子を探っていた」
思うところ……か。其処だけを抜き出して考えるなら、殲滅側に所属しているように聞こえるが。決めつけるには早計過ぎる。
「このセーブポイントに移動したのを確認してから近くに潜んでいると、三人のプレイヤーがやってきた。そして、ここにいた奴らに何かを吹き込み、全員揃って出ていっちまった」
三人のプレイヤー。思い当たるのは、紫の泥沼の手前のセーブポイントにいたプレイヤーたちだが。何故、彼らはここまで来たんだ。それも五人一緒ではなく三人だけというのが気になる。
「それから何処に向かったのか知っているのかい?」
「跡をつけたからな。奴らは分岐路の右から二番目の通路を進んでいったぜ」
悪い予感程、良く当たってくれる。俺の考えと彼の情報を照らし合わせると、一つの場所が導き出される……紫の沼地だ
「みんな、もう一つのセーブポイントに急ごう」
「待ってくれリーダー。急に現れた彼の言うことを無条件に信じるつもりか? 知り合いのようだが……あの話を覚えているだろ」
最後の部分は俺にだけ聞こえるように鴨井が囁いた。
彼は零士君が殲滅側だと疑っているのだろう。もし、そうだとしたら、俺たちをおびき出す為の罠だろう。
だけど、俺の最悪の予想があまりにも彼の説明と合致している。彼の話が本当だとしたら辻褄が合うのだ。
「確実性の全くない勝手な予感だが、今動かなければ取り返しのつかない事態になる気がする。俺だけが様子を見てくるから、みんなは待っていてくれていい」
最悪の展開が的中していた場合、一刻を争う。説得する時間すら惜しい。ここは単独で動いた方が良いかもしれない。
「横道さんと明菜さんは、ここを死守して欲しい。誰がきても絶対にここを動かないでくれるかな。何かあった場合、遠距離攻撃できる人材がいた方が守りやすいんだ。頼んだよ」
本当は不確定要素の多い彼らを連れて行くは危険だと判断しただけだが。
「軍曹殿が、そうおっしゃるのなら従うまでです」
「わかりましたわ。必ず帰ってきてくださいね」
こういう時は従順な二人だと説得の手間が省けて楽でいい。
問題は織子と鴨井か。織子は信用に値する……というか信じたい。共に来てくれるなら、頼もしい限りだが強制はできない。
鴨井は残ってくれたら、残った彼らを安心して任せられる。一緒に来てくれるなら、それはそれで頼もしいが……完全に信じ切っては無いので、正直二人きりにはなりたくないというのが本音だ。
「二人は判断を任すよ。待っていてくれても良いし、ついてきてくれてもいい」
「んー、じゃあ、俺はキミの帰りをここで待つことにするよ。ええと、零士君だったかな。彼が嘘を言っていて、ここにいた彼らが死に戻りをして帰ってくるかもしれないしね」
鴨井は残るのか。安心したような、残念なような複雑な気分だ。
織子はというと、俺と他の人の間を行ったり来たりと視線がさまよっている。そして、口を一度噤んだ後、意を決したように口を開く。
「私はついていきます。前衛がいた方がいいよね」
明るく振舞っているが、何処か表情が曇っているように見えるのは、気にし過ぎだろうか。
「おう、じゃあ、俺も手伝うぜ! 状況はさっぱりだが、助けてもらった恩は返さねえと、男が廃るってもんだ!」
まさか、剛隆がついてくると言いだすとは思わなかったな。彼は裏表が無いように思えるから、おそらく大丈夫だとは思うが……ここで断るのも不自然か。
「頼む、助かるよ」
「話がまとまったようだな。じゃあ、いくぞ」
吐き捨てるように言葉を口にすると、零士君が背を向けて返事も待たずに駆け出す。彼も参加してくれるのか。未だに謎が多く、気を許すことはできないが、罠だとしてもここは動く場面だと……思う。
最悪、罠にはまったとしても織子だけを救うことが出来れば、それでいい。酷いようだが、それぐらい割り切れなければ、最終ステージを乗り越えられない……そんな気がする。
こうして俺たちは臨時のチームを組むこととなった。
織子、剛隆、零士君と一緒の四人。予想外のメンツとなったが、個々の能力は秀でている筈だ。上手くやるしかない。
先頭の零士君はかなりの速度で走っているが、この程度なら無理なくついていける。先に進んだ彼らが敵を倒してくれたのだろう、一度も敵と遭遇していない。このまま何もなくいけばいいが。
そんなことを考えながら走っていると、少し速度を落とした零士君が隣に並んだ。そして、ちらっと俺に視線を向けると、小さく口を開く。
「網綱。あんたは殲滅側じゃないよな」
ギリギリ、俺の耳に届く声量でとんでもないことを口走ってくれたな。
「殲滅側ってなんだい?」
「惚けなくていい。あんたが鴨井という奴と話していた内容は全て聞かせてもらった」
聞いていただと。あの時、零士君の気配は近くに無かった。『隠蔽』で隠れていたとしても『気配操作』に進化した俺の察知能力から逃れるのは並大抵のレベルでは無理だ。
「何か勘違いしていないか。俺は見ていたわけじゃない、聞いていたんだ。この耳でな」
そう口にした零士君は走りながらフードに手を掛けると、俺にだけ見えるように少しずらした。
彼の頭の上には二つの先端が尖った、犬の耳が乗っている。
これはもしかして――
「ポチミの耳なのか」
「やっぱり、あんたならわかるか。俺はアイツから耳を受け取り、異常に発達した聴力を手に入れたんだよ。あんたらに察知されない遠方から、話を全て聞き取れるぐらいの聴力を、な」
やはり、彼も大切な自分の欠片と戦う羽目になり、その一部を譲り受けたのか。俺はレベルアップの能力、彼はポチミの発達した聴力を。
「だから、話の内容は把握済みだ。そして、移動した奴らがセーブポイントで交わしていた話の内容も全て知っている」
その言葉が何を意味するかを瞬時に理解し、乾いた喉を潤す為に唾を飲み込んだ。
「セーブポイントにきた三人は全員殲滅側だ。チームの残り二人は、騙し討ちをして紫の沼地に放り込んだそうだ。それから、ここにやってきてセーブポイントが安全じゃないと口走った。そして、網綱、あんたらが安全なポイントを見つけたから呼んでいると、嘘を並べ誘導したんだ」
俺の名前を利用して、罠にハメたのか。話が本当だとしたら、彼らには遠慮も容赦も必要ない。
しかし、五人のうち三人が殲滅側だったというのか。残りの二人は不運としか言いようがないな。だが、九人もいて全員が素直に従ったというのは、出来過ぎな気がするが。
「ちなみに、何人かは訝しんでいたが、セーブポイントにいた四人が行くべきだと強く主張して、結局全員が向かうことになったようだ。誘導した奴らは殲滅側で間違いない。呼びに来た奴らと小声で罠にハメる算段をしていたからな」
おいおい、思ったよりも殲滅側が多いぞ。下手したら探索側と同数という最悪の展開もあり得る。
だとしたら、尚さら騙された奴らを助け出さないと。罠にはめられた彼らは間違いなく探索側だという証明になる。
しかし、殲滅側の三人も仲間と共に罠に落ちていたよな。あれはわざとだったのか、それとも本当にはまっただけなのか疑問が残る。もし、殲滅側だけは罠の効果がないというオチなら、探索側が更に辛くなる。
「急ごう」
速度を上げ、彼らが向かっているであろう紫の沼地へと駆けていった。




