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サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
理不尽なゲーム開始

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七回目 後半

 水で喉を潤してから、ガラス板の前に座り込む。何を選ぶか決めないとな。

 状況の説明とライフポイントの回復は除外していいだろう。これは必須ではない。となると、レベルアップか特殊能力となる。


 レベルアップでどの程度能力が伸びるかが不明なのが恐ろしい。幾つレベルが上がるのか、そして能力がどれぐらい増えるか目安が無い。

 オリンピック選手並みの体になるなら迷わず選ぶが、どうだろうな。


 特殊能力はその名称でおおよその見当はつく。

 『気配察知』は生物の気配を察する力なのだろう。敵の場所がわかるのは中々便利だよな。出来れば欲しい能力だ。


 『暗視』暗闇で物が見えるで間違いないよな。明かりのない暗闇のステージがあった場合、これが無いと詰む可能性もある。


 『熱耐性』これって熱に強くなるって事なのか? 暑さ寒さに耐性ができるという考えでいいのか、少し自信が無い。


 『溶解液』黒虎の溶ける唾液のことだよな。いるかこれ? 自分にダメージがくるってことはないだろうけど、涎垂らしたら物が溶けるって不便だろ。


 『咆哮』これはわかる。二回目か三回目に黒虎が吠えて、体が動かなくなったあれだよな。俺がこれを覚えて黒虎が動かなくなるなら、かなり有効な手段だが、こういった能力は自分よりレベルの低い相手にしか効かないという条件が有ったりするものだ。


 あと特殊能力で気になる点は俺の所有する『根性』の隣にある2という数字だ。説明が不足しているので、これも憶測になるがゲームのようなこの世界なら、たぶん2は特殊能力ごとに設定されたレベルだろう。これが増えれば増える程、能力の効果が増したり、新しい能力に目覚めるというのが定番。


「どうすっかなー」


 一つ目のガラス板に書いていた文字には幾つものヒントがあった。まず、一面クリアーということは、まだ二面、三面とステージが続くということだろう。これで終わりということはあり得ない。

 もし、これで終わりなら、たぶん製作者はバランスを取る為にライフポイントを10に設定しているだろう。100もあるということは、まだまだ続くと言っているようなものだ。

 それから、悩みに悩んだ挙句、俺はレベルアップを選ぶことにした。


「思っている以上に上がってくれればいいが……」


 ガラス板の『一つ、黒虎を倒した経験値を与えることによりレベルが上がり身体能力が向上する』に触れる。


「おっ、おおおおおぅ」


 途端、体の内部から熱が放出されていくような高ぶり。全身に力が漲り、身体が軽くなった気がする。

 柔軟をしてから、その場で軽く跳んでみる。

 今、自分の身長と同じ高さぐらいまで、体が浮かなかったか?

 部屋内を走ってみたり、反復横跳びを繰り返してみたりした結果、ジャンプ力、反射神経、持久力が目に見えて上昇しているのがわかる。


「これは期待が出来るな」


 もう一つのガラス板に触れステータスを確認すると、


 山岸 網綱 レベル5

 体力  19+10

 精神力 23+10

 筋力  20

 頑強  21

 器用  17

 素早さ 19

 

 特殊能力 『根性』2

 ライフポイント 93/100


 おう、レベルが4上がって、ステータスが軒並み倍近くになっている。平均的に上がるわけじゃなく、少し能力にばらつきがあるのは、レベルが上がる際に影響を与えたステータスと関連があるかもしれないな。

 この選択は当たりかもしれない。身体能力が約二倍って冷静に考えると凄まじいよな。握力や背筋力も倍か。これって、格闘家に近い身体能力じゃないのか?

急激に成長した体が馴染むように、少し体を動かしておこう。


 柔軟と格闘技の経験もないくせに、シャドーボクシングの真似事をしてみた際の違和感もかなり薄れてくる。

 しかし、冗談みたいに体が軽い。基本すらなっていない、ただのパンチだというのに風を切るような音がする。これを選んだのは間違いではなかったな。

 準備も万端となると、次に水分補給が出来るのはいつかわからないので、大量に水を飲んでおく。

 本当は容器があれば水を持ち運びたいけど、今は何もないのでやりようがない。


「よっし、次のステージに進むぞ!」


 両開きの扉に手を掛け、一気に押し開く。

 むわっとする熱気が全身をなぶり、体から汗がにじむ。

 世界が赤銅色に染まり、ごぼごぼっと風呂のお湯焚きに似た音が何処かから聞こえてくる。天井は黒虎がいた所より軽く倍以上は高い。

 またも一本道なのだが今度は壁が存在しない。まっすぐ伸びた道は巨大な渓谷の上にできた自然の橋。その他に道は無く、何処まで続いているのか判断ができない。あまりの熱気に先の視界が歪み、正確な長さが見て取れない。だが、かなり長いのは間違いないだろう。


 それだけなら、まだマシだったのだが、最大の問題はこの熱気を生み出しているマグマの川が、一本道の下に流れていることだ。

 あの音の源はマグマの泡が弾けたものだった。

 幅が5メートル程度あるので普通なら落ちることは無いだろう。だが、その道の中心部に幅が2メートルぐらいの青く発光している地面がある。

 今、俺もその上にいるのだが、もし、この青いところから踏み出したらどうなるのか。

 ポケットに放り込んでおいたネクタイを取り出し、先端を青い光の外へと出してみる。


「おおっ、燃えた!?」


 ネクタイの先端から煙が上がり、引火すると見る見るうちにネクタイが消し炭と化した。

 この青い場所以外は灼熱地獄のようだ。絶対に道から逸れないようにしよう。

 自分自身に言い聞かせると、俺は慎重に青い道を進――もうとしたところで、止めた。


「スーツを水に浸しておけば、少しは楽かもしれない」


 水ももう少し飲み溜めておこう。そう思い振り返ると、扉は跡形もなく道も途切れている。

 まあ、何となくそうじゃないかと思ったよ。いちいち驚いてられるか。

 気持ちを切り替えると、俺は第二ステージの一歩を踏み出した。

 当初は順調だった。罠を警戒しながら速足で歩いていたが、地面に設置された罠もなく敵が出てくることもない。


「何だ、今度のステージは簡単じゃないか」


 と舐めた発言をした自分を殴りたい。

 確かに敵もなく罠もない。だが、この面は罠が無いのではなく、罠が必要なかったということに気づいた時は、何もかもが遅すぎた。

 汗はもう一ミリも流れない。唇も皮膚もミイラのように乾燥してひび割れている。頭はさっきから脳内を掻き回されているかのような鈍痛に悩まされていた。

 視界も揺れ、まともに歩くことすら困難になっている……。


「あ……う……」


 愚痴の一つも零したかったが、喉の水分は奪われ、息を吐き出すだけで精一杯だ。

 圧倒的な熱気に体中が干からびていく。

 今更だが……褒美で選ぶのは『熱耐性』が正解だったのだろう。

 本当に……今更だが。

 これで死んで、あの部屋のセーブポイントに戻ったとしても……あのセーブポイントは褒美を選んだ後でなければ起動させられなかった。


 つまり、どうしようもない。


 限界に達し、地面が近づいてくるが、もう耐える気力も体力もない。辛うじて顔を庇ったが、全身が強く地面に打ち付けられる。

 あ、あ、あ、意識が……脳に霞が……もう、考えることも……億劫だ。


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