最善
「リーダーどっちから行くのかな?」
またも分岐路に戻ってきた俺たちは、二つの通路を目の前にして迷っていた。
一番狭い方だと前衛が立ち回りにくく、罠が仕掛けられていた場合回避が難しくなる。
もう一つの通路なら、少し余裕もあるのでこっちの方がましかな。
「俺は右から二番目の方が良いと思うけど、みんなはどう思う?」
「うーん、私も二番目がいい。通路が狭すぎると何か怖いし」
「そうですねぇ。私も圧迫感のある空間はちょっと」
女性陣は俺と同じ意見なのか。残りの二人はどうだろう。
「自分は軍曹殿の指示に従います!」
「俺もどっちでもいいよ」
なら、決定だ。二番目に細い通路から潰していこう。
先頭は織子で『気配察知』と身体能力の高さを頼りに進んでいく。俺も警戒は怠らずに後方を警戒しつつ最後尾につく。
この通路は先に進むと、壁も床もレンガ造りの仕様になっていて、まるで煙突を横たわらせた中を進んでいるような気分になる。
道の幅も六メートル程度なので、全員が横並びになると殆ど身動きが取れなくなる。二人が並ぶぐらいが丁度いいかもしれない。
「網綱さん、気配感じる?」
「全く」
結構な距離を進んできているのだが、プレイヤーどころか魔物の気配も感じられない。道は微かに右へと湾曲しているようだが一本道なので迷うことは無い。
ここは罠もないらしく、ただ道が続いているだけ。気になる点と言えば斜度の緩い登り坂になっていることか。
「こういう登り坂って冒険活劇では定番の罠を連想させるな」
「上から大きな丸い石が転がってくる、アレでありますか!」
二人とも嫌なことを言わない。そういうのは口にすると実現するというのがお約束だから。まあ、流石にそんなべたべたな罠は無いと信じたいが。
何もないまま数時間歩き続けたのだが、終わりも見えず変化もなし。
体力的には余裕があるが取れる時に食事をしておくべきだと判断し、通路の途中で休憩となった。
「何か拍子抜けよね。また極悪な罠でも仕込んでいるかと思ったら、ただのレンガ道だし」
「何もないことはいいことですわ。平和が一番」
「ラブアンドピースであります!」
「だけど、今までの流れを考慮すると、ただで済むわけがないと予想できるのが困るよ」
だから、そういうことを口にするなと言っている。定番の罠というのは効率的だと考えるから流行るわけで、ここでそれをやられると全滅は必至だ。
「網綱さん。何か物音しない?」
何だ、フラグなのか。織子の声に全員が反応して口をつぐむと、耳を澄ましている。
確かに何かの音がするな。だけど、岩の転がるような音じゃない。最悪の展開ではないようだと、ほっと息を吐く。
あまりに小さい微かな声なので何を言っているのかは聞き取れないが、誰かの叫び声のようだ。それも複数。
「警戒を緩めずに、少し急ごう」
歩行速度を駆け足に変更して、俺たちは先を急ぐ。
人の声は徐々に鮮明となってきて、何を言っているのか理解できるようになってきている。
「……助けてく……」
「……誰か……」
「……ライ……イントがっ、ポイ……がっ……」
助けを呼ぶ叫び声で間違いない。ということは探索しているプレイヤーか。
通路の先から光が溢れている。白く温かみのある見慣れた光は解放されたセーブポイントの明るさと酷似している。
みんなを手で制すと、一人で先に進んでいく。
身を隠せる場所もないので、まっすぐ通路の終わりを目指す。
敵が待ち伏せていることも考慮はしているが気配は感じない。光が漏れているのは通路の先に広がる空間。この距離まで詰めると中を覗き見ることができる。
ガラス板三枚、水場……セーブポイントだなここ。俺たちを陥れた罠である青い光ではなく、条件を満たした後の白い光が床を覆っている。安全地帯になったと思うが確証がない。じっくり調べたいところだが、この部屋の奥には通路が存在していて、そこから悲痛な叫び声がひっきりなしに聞こえてくる。
時間を取られる訳にはいかない。腹をくくるか。
俺は一歩、部屋に足を踏み入れる――変化はない。それどころか、疲労が抜けていく感じがある。休憩所や解放されたセーブポイントと同じ感覚だ。
念を入れて一番左のガラス板に触れ、現れた文字を読む。
――この場所は敵が寄りつかない安全地帯だ――
と書いてあった。これが嘘ならルールも何もかも信用できなくなる。いくら外道の製作者でもゲームが崩壊するような愚かな真似はしないだろう。
「みんな大丈夫だ。来てくれ!」
仲間を招き寄せると、先の通路を調べておく。
同じくレンガの通路なのだが、10メートル程度進んだ先で直角に折れ曲がっている。プレイヤーらしき声はその先から響いてくる。
ここでようやく、気配を感じ取ることができた。五人のプレイヤーらしき気配。それ以外には何も感じられない。気配は小刻みに揺れているようだが、その場から動いてないな。どういうことだ。
他の気配がないということは、気配の感じられない機械やゴーレムといった無機物の敵と戦っているのかもしれない。でも、それだとプレイヤーがその場から動かないのが不自然過ぎる。
叫んでいる内容も助けを呼ぶ声ばかりで、状況全く掴めない。
「網綱さん、どう?」
追いついてきた織子が通路を覗き込んでいた俺の隣から、同様に先を見つめている。
「気配はあるが、動きが無い。何か移動を阻害する罠にかかったのかもしれないな」
「動きを止めるだけで、殺される訳でもなく放置というのが変じゃないか。魔物が現れたり、即死系の罠が連動しないと意味がないような」
鴨井さんも、同じ考えか。
動きを止めたのなら、そこから飛び道具や毒ガスでも流し込めば、そこで試合終了だろうに。
そもそも、動きを止められているだけなら、あんなに懸命に助けを呼ばない。曲がり角ギリギリまで移動すると、危険を承知で声を掛ける。
「助けに来た! 今どういう状況なんだ! 罠があるのか?」
「助けがきたっ!? ど、何処にいるんだ、は、早く助けてくれ!」
歓喜と戸惑い、そして何よりも焦りを含んだ声。状況を説明する時間すら惜しいということか。死んだとしてもセーブポイントに戻るだけだ。プレイヤーは死ぬことに慣れている。ただ死ぬだけなら、そこまで取り乱しはしないだろう。
「状況がわからない。罠があるなら、こちらも近づけない」
「説明している時間が惜しいんだっ!」
「早く、早くしてくれ! ライフポイントが残り僅かなんだ!」
「ふ、二桁を切っちゃう! 何でもいいから、助けてっ!」
ライフポイントが残り僅か? 二桁を切る? ……つまり、継続してライフポイントが減り続けているということか!?
「罠があるなら余計に近づけない! そこの角を曲がっても罠の範囲には入らないのか?」
彼らには悪いが、こんな状況だからこそ慎重にいかないと。
木乃伊取りが木乃伊になってはシャレにならない。
「大丈夫だ! そこ曲がって直ぐの部屋で地面が陥没して、そこに俺たちがいる! だから、早くしてくれ!」
追い詰められた状況で嘘を吐く余裕もない、と判断した。全速力で曲がり角に突っ込み、身体ごと横に向き、その現場を目視した。
声の伝えた通り、セーブポイントの部屋を一回り大きくした空間があり、足元が陥没している。深さは5メートル程か。濃い紫色の見るからに体に悪そうな、泥のようなモノの上にプレイヤーの首が乗っている。
いや、首から下が紫色の泥に埋まっているのか。
「これはライフポイントを徐々に吸い取る罠だ! 早く何とかしてくれ! このままでは、いずれ0になってしまう!」
また最悪な罠を仕込んでくれたもんだ。助け出すにしても頭しか出ていない相手をどうしろと。彼らに近づくのはどう考えても愚策。ロープを垂らしたところで這い上がることは不可能。だとすると……。
「みんな、先のセーブポイントでセーブはしたのか?」
「ああ、全員セーブ済みだ! それがどうし――」
彼はそれ以上言葉を続けることが出来なかった。即座に撃ち込まれた――俺の矢を頭に受けて死亡したから。
「何をしているのですか、網綱さん!」
「軍曹殿お気を確かに!」
何か言っている仲間を無視して、更に四度矢を放ち、全員を一撃で仕留める。プレイヤーが光の粒子となって消え、誰もいない紫色の毒の沼だけが残った。
「ああ、そういうことか」
「流石ですね、網綱さん」
鴨井さんと織子は俺の考えを瞬時に察してくれたようだ。
俺に掴みかかりそうな勢いで詰め寄ってきていた後衛組は、二人の反応が予想外だったのだろう、俺と織子たちの顔を交互に見比べ、挙動不審になっているぞ。
「落ち着いてくれ二人とも。あの状況で最悪な展開は時間を掛けることだ。どんな仕組みかは知らないが、あの毒の沼っぽいのはプレイヤーのライフポイントを吸い取ることができるらしい。あのまま、放置していたらライフポイントは減り続け0になっていた」
ここまで説明すれば理解してくれたようで、はっと目を見開いた後に、手を打ち合わせて頷いている。
「だから、セーブしたか訊ねたのですね。手をこまねいているよりも、殺すことによりライフポイントを1だけの消費で済ませた」
「そうでありましたか。自分が早計なあまり上官に歯向かうような真似をしてしまいました! 何なりと処罰を与えください!」
二人が納得してくれたのはいいが、横道さんが暑苦しい。これが素でやっているなら大したものだが……いや、成りきりプレイだとしても大したものか。
「そういうのいいから。何があったのかは、セーブポイントに戻っているチームから聞こう」
ここで考察を始めるよりも確実で、時間の短縮になる。
仲間を引き連れてセーブポイントに戻ると、復活した五人にプレイヤーたちが床に座り込んでいた。
俺の姿を見た途端、全員が素早く立ち上がると一気に間合いを詰めてくる。
理由があったとはいえ、俺が殺したという事実は事実だ。復讐されるのではないかと身構えた腕を取られた。
速いっ! 『瞬足』系の特殊能力を持つプレイヤーが一人いたのか!
樽井さんのように、ここから絞め技や投げ技に繋がれると不味い。そう思い、蹴りで引き剥がそうと――
「ありがとう! キミのおかげで死なずに済んだ。本当に……ありがとう」
涙目で礼を言われ、振り上げかけていた脚をそっと下した。
他のプレイヤーも口々に感謝の言葉を口にして、助かったと喜んでいる。判断は間違っていなかった。実は内心はひやひやものだったので、ほっと胸を撫で下ろす。
「結局、何があったのです?」
彼らが落ち着いたタイミングを見計らって、鴨井がそう切り出した。
思い出しただけで寒気がするのか、自分を抱きしめるような動作をする女性プレイヤーもいる。そんな彼らのリーダーらしき、ジャージ姿の青年が口を開いてくれた。
「ここでセーブをしてから、充分に体を休めて先に進んだんだ。まっすぐ行ってから曲がったところに大きな部屋があって、全員が部屋に入ると一斉に床が抜けて、あの有様さ」
部屋丸々一つ分の落とし穴とは豪勢な。
この罠の悪質な所は、セーブポイントをしたばかりだから、死んだとしても直ぐに戻れると、プレイヤーの油断を突く最悪のタイミングで仕掛けているところだ。
セーブしたばかりで緊張感が緩んだところに、直接殺すのではなくライフポイントを吸い取る罠。死に戻りを無効化する最低の罠だ。
そもそも、ライフポイントを吸い取る罠が存在するのが、まず理不尽過ぎる。
俺たちが助けに来なければ、彼らは間違いなくライフポイントを全て失っていた。鬼畜仕様にも程がある。
「すまない。ライフポイントが一桁に落ちてしまった今、俺はもう積極的に探索することはできない」
力なくうなだれる彼の心は、この一件で折れてしまったのだろう。
他のチームメイトも同様らしく、俯き誰も視線を合わせようとしない。このチームが復帰するのは、もう無理かもしれないな。
サイクロプスにやられたチームも、再び立ち上がれるかは微妙なところだと考えている。こうなってくると、まともにやれるのは俺のチームと、もう一チームだけとなってしまった。
ライフポイントが一桁とはいえ、まだ何回か死ぬことが可能ということだ。本来、人の命は一つ限り。一度死んだら終わりな所を、数回死ねるという保険がついている。
だけど、今回の罠は、ライフポイントがある限り死に戻れるという油断を逆手に取った。スタート地点もそうだ。死に戻ること自体が罠という……まあ、セーブポイントが罠だった俺たちも大概だが。
「前途多難だな……」
思わず呟いた言葉に、チームメイトは重々しく頷くのみだった。
皆さんのおかげをもちまして、ポイントが1万を超えました。
これからも、よろしくお願いします。




