スタート地点
ご指摘がありましたので、休憩所の設定を一部変更させていただいています。
「突然だが、スタート地点に戻らないか?」
充分な睡眠を取り、気力が体に漲っていることを確認すると、全員にそう切り出した。
あ、織子がポカーンと口を開けて、こっちを見ている。
「えっと、何で? 私たちは最前線を担当だよね?」
その疑問にみんな同意するようで、頭を縦に振っている。
「ほら、今回、このセーブポイントが罠だっただろ。これを死に戻りしたチームがあるなら伝えておきたいのと、スタート地点の安全地帯だと思い込んでいた場所って、ここと同じなら安全じゃないよな。サイクロプスは倒したが、あれがもし時間湧きなら安全地帯だと思い込んで、スタート地点から動かない人たちが、やばくないか?」
織子と横道さんがはっとした表情になる。
明菜さんと鴨井さんは会話途中で感づいたらしく、変化が無い。
「リーダーの言う通り、一度戻って現状の確認をした方が良さそうだ。まだ動いていない面々がいた場合、ここのセーブポイントを利用してもらった方が良いか」
他の皆も異論はないようで。俺たちは荷物をまとめると、来た道を戻っていった。
罠は発動済みなので進行速度は行きの倍以上だ。いとも容易く全員と別れた分岐路に着いた。目の前には大きな通路があり、その先にスタート地点がある。
「グウガアアアッ!」
獣じみた咆哮が大きな通路から押し寄せ、全身が軽く震える。これは経験したことがある感覚……『咆哮』か。
おそらくサイクロプスが放ったのだろう。安全地帯の有無は兎も角、再びあれが湧いたのは間違いない。
全員が顔を見合わせると黙って頷き、全速力で通路に飛び込んでいく。
速度を調整して、みんなと足並みを揃えながら全力で気配を探る。この距離なら気配を感じられるよな。
意識を集中して自分を中心にして探知範囲を広げていく。
巨大な気配。これはサイクロプスで間違いない。一度察知したことのある気配は違いが分かるようになっている。その大きな気配が……三つだと。
おいおい。時間湧きに加え三体に増えているというのか。エグ過ぎるだろこれは。
あの時は全員が揃っていたから完封できたが、安全地帯に残っていたのは五人。一チーム死に戻っていたとしても十人。
サイクロプス一体なら彼らだけでも何とかなるとは思うが、三体となると話は別だ。
更に気配を探ると、部屋の中に十のプレイヤーがいるのを感じられた。いや、今一つ減って九か。だが、直ぐに十に戻り、今度は一気に三減り。また十に戻る。
巨大な気配が二つ、復活ポイントの直ぐ近くにいる。サイクロプスが復活した直後を襲っているのか? ゲームならプレイヤーが良くやる戦闘方法だが……敵側がやるとは。なんて、悠長に考えている場合じゃない。
「サイクロプスが三体いる。プレイヤーが十人、死に戻ったところを狙い撃ちされているみたいだ。みんな急ぐぞ!」
懸命に戦っている彼らを見捨てるわけにはいかない。
助けたい気持ちもあるが、それよりも、これを考えた製作者の思い通りに事が運んでいることが気に食わない。きっと高みから見下し、ほくそ笑んでいるのだろう。
その表情を曇らせてやるぞ。
決意を胸に秘め、俺たちはスタート地点の巨大な空間に飛び込んだ。
「や、やめろおおっ!」
「くそ、くそ、これ以上死んでたまるか!」
そこは阿鼻叫喚の地獄絵図。死に物狂いでプレイヤーが抗っているが、その身体能力の差で強引にねじ伏せられている。
何とか逃げ出そうとするプレイヤーもいるのだが、出口付近に巨大な槍を構えたサイクロプスが佇み、逃げ出そうとする者を容易く返り討ちにしていた。
ただ増えただけではなく、三体のサイクロプスは全て武器を所有している。槍、大剣、手甲か。
この状況でやるべきことはたった一つ。通路に背を向けているサイクロプスへの一斉攻撃!
目を合わせるだけで全員が理解してくれたようだ。セーブポイントでの長時間の戦いを経て、意思の疎通もスムーズになっている。
前衛の二人が一気に距離を詰める。俺たちは通路との境目付近で脚を止め、各自が武器を構える。この距離なら部屋の端にいたとしても問題は無い。
二人の駆ける音は決して静かではないのだが、それよりも悲鳴や戦闘音が大きく、至近距離まで気づかれることが無かった。
流石に真後ろまで接近すると感づくか。振り返ったサイクロプスの目に容赦のない銃弾と矢が突き刺さる。
「グウギャアアアア!」
両膝を突き目元を押さえて仰け反るサイクロプス。簡単に喉元を晒したら……そこに鴨井さんの振りかぶった斧が叩きつけられ、切断とまではいかなかったが致命傷を与える。
織子は断末魔を上げる間もなく倒れ伏すサイクロプスにはわき目もふらず、その隣を駆け抜けていく。
彼女のターゲットは復活したばかりのプレイヤーを執拗に襲っていた一体か。仲間の叫び声に反応して、残り二体は両方ともこちらへと振り返っている。
隙だらけで攻撃のチャンスなのだが、プレイヤーたちもまさか俺たちが通路から戻ってくるとは思ってもいなかったのだろう、呆気にとられて動きが止まっているな。
「何しているの、攻撃のチャンスでしょ! 皆で生き残る為に頑張ろうよ!」
織子の叱咤激励に我を取り戻したらしく、プレイヤーたちが一斉に襲い掛かっている。敵は俺たちと復活したプレイヤーに挟まれる形となり、防戦一方となっている。
俺を含めた後衛三人組はサイクロプスを牽制しつつ、死ぬほどではないが傷を負い動けないプレイヤーを回収していく。
倒れ伏したまま動かないプレイヤーが四名いるが、死ななかったのを運が良かったとは言い切れない。彼らが死亡していたら、スタート視点から全快状態で復活できるので戦力として活躍できた。
動けない状態で放置されたことにより、死亡したプレイヤーたちが容易く殺される状況を作り出してしまったのだ。
怪我人を一纏めにして部屋の隅に移動させると。残り一体となった敵に集中砲火をして、戦闘終了となった。
「助かったあああっ! ありがとう!」
「もう駄目かと思ったわ。本当に、ありがとう!」
「はあああ、おかげさんで生き延びたぜ」
口々に感謝の言葉を投げかけてくる。かなり追い詰められていたようで、涙目で何度も頭を下げるプレイヤーもいた。
「感謝はそこまでで。皆さん、早くこの場を離れましょう。またサイクロプスが湧きかねません!」
そう告げると、歓声が一瞬にして止む。
傷の軽いプレイヤーが荷物を纏め、素早く準備を整えている。動けないプレイヤーたちの荷物も持ってくれているようだ。
無傷な者は怪我人を担ぎ出立の準備は整った。再び他のプレイヤーが現れて、同じ目に合うかもしれないが、まずはこの人たちを安全な場所へ移動させるのが先決だ。
怪我人を引き連れて移動しているのだが、敵は排除済みなので特に問題なく、俺たちが開放したセーブポイントに辿り着いた。
五人ではかなり広く感じた空間だったが、更に十人追加されると窮屈さを感じる。
怪我人を床に横たえさせると、傷薬をアイテムとして所有している人が何人かいたようで、見る見るうちに傷が治っていく。
傷も完治し、彼らも一息つけて落ち着いてきたので、何があったのか訊ねてみると、だいたいは想像通りだった。
彼らが言うには、探索チームが出て行ってから、暫くするとサイクロプスが一体復活したそうだ。青い光の中にいれば安心だと油断していると、暫くしてもう一体追加。
それでも安全地帯なら相手も手が出せないと思っていたら、二体が襲い掛かってきて、あっという間に蹂躙され再び蘇ったところを襲われるという、最悪なループが発生したそうだ。
それでも何とか足掻いていると、探索中に全滅したチームがスタート地点に復活したので、何とかしのげそうだったらしいが、更に一体追加され……という流れらしい。
「なあ、ここは本当に大丈夫なのか?」
と不安がるプレイヤーに、ここであったことを話すと、どうにか落ち着きを取り戻した。
まずは充分な休養を取ってもらうことにしよう。さっきの出来事で戦意が挫かれているようなので、今後役に立つかどうか。
最悪、ここで待機してもらうしかない。ちょっと狭いが、死ぬよりはましだろう。
「ねえねえ、網綱さん。これからどうするの。ボスを探すのも大事だけど、他の探索チームにスタート地点の事を教えてあげた方が良くない?」
俺の隣にちょこんと座った織子が耳に手を当て、小声で相談してきた。
他のチームに情報の提供か。そういや、鴨井さんが非常時にはスタート地点に集合という指示を出していたな。
となると、教えておくべきか。あの時の分岐路でこっちはセーブポイントのあるこの部屋で行き止まりだった。どっちにしろ道を戻って、あの分岐で別の道を選ばなければならない。
本道以外は地図に載っていないので、この通路より細い二本の道から選ぶしかない。って、この死に戻りしてきたプレイヤーがどの道に進んだチームか聞いておくか。
そういや、探索に加わらなかったプレイヤーは全員いるのだろうか。ざっと見回してみるとすぐに見つけられた。
インパクトのある格好をしている人が多かったのでよく覚えている。タキシード、動く寝袋、ミニのワンピース、西部劇のガンマン。あれ、もう一人の一番地味な格好をした鼠色のパーカーを着込んだ人がいないぞ。
混乱に乗じて逃げたのか? そもそも、サイクロプス戦ではいたのか……記憶が曖昧だ。格好が地味なのもあるが、そこまで観察している余裕がなかった。
はぐれたのなら、何とかしてやりたいところだが、今のところ、それらしい気配を見つけたら近づいてみるしか手がない。
「網綱さん、難しい顔しているよ。また一人で考え込んでいるの? 私は頼りにならないかもしれないけど、鴨井さんたちに相談してみたら? あっ、愚痴とか雑談なら幾らでも聞くからね!」
早口でまくし立てているのは照れ隠しなのだろう、ほんのり頬が赤らんでいる。
彼女を見ていると心配になる時がある。再会してからというもの俺に気を使うあまり、無理をして必要以上に明るく振舞い、周囲を盛り上げてくれているのではないかと。
そうまるで、ムードメーカーだった田中の代わりをしているかのように……思えてしまう。
彼女は確かに明るく元気な一面もあったが、冷静さと計算高さも持ち合わせていた。なのに、そんな素振りも見せず、あえて愚か者を演じているような違和感が付きまとっていた。
「ありがとう。別に難しいことを考えていたわけじゃないんだ。ほら、探索チームに加わらずにいたのって確か五人だったよな」
自分の事を優先にして欲しいのだが、今は見守っておくか。何か別の考えがあっての行動だとしたら余計なお世話だろうし。
「あ、うん。そうだね、私も覚えているよ」
「で、ここにいるのってそのうちの四人だろ。パーカー着ていた人がいないから、はぐれたのかと心配になって」
「あー、零士君、確かにいないね」
「そうそう、零士……えっ、あのパーカーって学ラン着ていた零士君なのか?」
零士君って樽井さんのチームにいた、ポチミを連れていた学ランの男の子だよな。それにしては雰囲気が違い過ぎたような。
ポチミの姿がなかったということは第八ステージで俺と同じ目に合い、色々思うところがあったのかもしれない。人型で言葉を交わし、仲も良く……それ以上の関係だったとしたら、あの若さだ、価値観や人間性に変化が生じたとしても不思議ではない。
「うん、私ってさ……看破の能力あるでしょ。あれって、相手の身体能力を読み取ることができるぐらいだったけど、使っていたら相手の名前やレベルもわかるようになったの。だから、零士君だって直ぐにわかった」
なるほど。『看破』はやはりかなり有能な特殊能力だな。
織子が第九ステージを乗り越えられたのは、この能力の存在が大きかったようだ。
「ということは、織子は俺のレベルも把握しているのか」
「それがね、何故か網綱さんと鴨井さんのは見えないの。なんでだろ?」
首を傾げうーんと唸っているが、予想はつく。おそらく『隠蔽』の効果だろう。隠蔽には隠すという意味がある。姿だけではなく、自分の能力すら隠せる力があったとしても不思議ではない。
今の話、重要なポイントはそこじゃない。鴨井さんの能力も見えないというところだ。彼も『隠蔽』もしくはそれに似た特殊能力を有しているということだ。
実力を隠していることは予想の範囲内だったが、俺が思っている以上に厄介な人かもしれないな。
「たぶん、隠蔽かそれに似た能力を所有していて、それが看破を防いでいるのだと思うよ」
「ああ、なるほど! 一方的に覗き見できるのはずるいもんね。防げる能力ないと、有利過ぎるし」
どうやら納得していただけたようだ。取り敢えず、鴨井さんについては保留にしておくしかない。信じ切れる関係に成ったら、お互いに特殊能力を明らかにするのもいいな。
これからの行動に優先順位を付けるとすれば、他のチームとの合流。迷宮の探索。零士君の発見だな。彼には悪いが、一人を助ける為に仲間を危険に晒すわけにはいかない。
あくまでも目標は第十ステージのクリアーなのだから。
それから助けたチームはどの道を担当していたのかを聞き出し、残りの二チームが進んだ進路が右端とその隣だとわかった。小さい脇道二つとなると、地図にも記載されていないな。
サイクロプスとの戦闘が済んでから一度も休憩を取っていないが、ここは時間との勝負だと割り切り、俺たちのチームは彼らを残して先に進むこととなった。




