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サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
第十ステージ

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協力戦

 前衛もお互いの実力を確かめる意図があるのか、各自バラバラに突撃していく。

 戦闘に参加する者のみが青い光を放つ地面から出ているようだ。他のメンツは安全地帯から真剣な眼差しを注いでいるな。まずは情報か。

 サイクロプスが煩わしそうに鈍重な動きで立ち上がっていくのが見える。彼らが辿り着く前に、数発入れておくか。


「記念すべき初ダメージは俺たちが貰おうか」


「イエッサー!」


「了承しましたわ」


 コンパウンドボウを構えると、隣に明菜が並ぶ。俺と違って弓を構える姿が、さまになっている。

 ここは彼女の実力を見極める為に第一矢は譲ろう。

 右手に矢を、左手に弓を持ち握りしめた拳を腰に当てている。そういや、弓道部の連中もこんな構えをしていたな。足を開く前に足踏みのような動作が入り、すっと拳を持ち上げ弦を引いている。

 素早い動きではないはずなのだが、無駄を省いたスムーズな動作に思わず見入ってしまっていた。


 矢が放たれ、行先を目で追う。サイクロプスの巨大な目を目指して真っ直ぐに突き進んでいる。

 速いな。俺のコンパウンドボウ程ではないと思うが、射撃の精度は俺よりも上だ。

 狙いを違わず目を射抜いたかのように見えたが、直前でサイクロプスが手で目を覆い、手の平に浅く突き刺さった。


「無念ですわ」


 矢を放ったままの姿勢で小さく呟いている。確か、放った後のポーズを維持することを残心と言うのだったか。学生の頃、その格好良さに惹かれたのを覚えている。

 明菜は弓道の経験者で間違いなさそうだ。


「援護射撃を開始します!」


 大声による宣言に驚き、声の主へ目を向ける。

 何故この人はうつ伏せになって地面に寝転んだのだろうか。戦争映画とかで、同じような体勢で射撃をするシーンを見たことがあるが、この場面で必要なのだろうか。

 二度銃声が響き、続いてもう二発銃弾が飛ぶ。銃口から炎のような光が四方に漏れ、勢いよく飛び出した弾丸を目で追う。

 弾速は明菜さんの矢を上回っているな。同じく目を狙ったらしいが全て防がれてしまったか。目元をカバーしている手に銃弾の跡が幾つも見える。

 明菜の弓より威力はアサルトライフルの方が上。となると、銃もなかなか有益な武器のようだ。問題は再利用できる矢と違い、消耗した弾丸をどうやって補充しているかだよな。


 撃ち終えた二人が俺を見ている。じゃあ、俺も披露しますか。

 彼らみたいに正規の射撃フォームを知らないので、自分らしく実戦的な動きをすることに決めた。瞬時にコンパウンドボウを構え、弦を引いてから放つまでの速度を最短でやる。

 その場で防御をしているだけの相手で、おまけにあれだけ的が大きいなら、慎重に狙わなくても外すわけがない。

 俺の放った矢は二人と同じく手の平に命中するが、彼女たちと違い根元まで深々と突き刺さっていた。


「ガグシュ!」


 サイクロプスが初めて声を出したな。俺の一撃は結構効いたようだ。


「これはこれは見事な弓勢ですこと」


「敵兵に損害を与えました!」


 二人とも称賛してくれている……よな。田中程ではないが二人とも個性が強い。

 もう一撃喰らわせたかったところだが、前衛が戦闘態勢に入ったので暫くは様子を見ることにしよう。誤射したらシャレにならないからな。

 二人も同じ考えのようで、構えは解いていないが気配が少し縮んでいる。んー、そういや『気配察知』から『気配操作』に進化したというのに、変わらず気配が読めるな。

 それどころか全員の気配が違うものに感じられる。サイクロプスは荒々しく強大なイメージ。明菜さんは穏やかに流れる川のせせらぎのように感じる。横道さんは何と言うか気配が揺らいでいる。無表情に見えて実は内心動揺しているのだろうか。

 『気配操作』は上位互換で間違いない。あとは操作とある部分だが、そこは実戦で試してみるしかない。


「山岸様。目を離すと勿体ないですわ」


 明菜さんのさりげない忠告に意識を戻す。

 先陣を切ったのは――織子か。

 速い。身体能力が以前よりも上回っているのは間違いない。だが、それだけではなく、動きの一つ一つにキレがある。無駄を削ぎ落とした隙のない足運び。

 一気に間合いを詰め、見上げる程の体格差を物ともせずに懐に飛び込んだぞ。

 サイクロプスが棍棒を薙ぐが、屈んでその下を潜っている。近くまで来ていた他のプレイヤーが、怪力から生み出された一撃による風圧で、体が浮くのを懸命に堪えているようだ。

 織子はというと、平然とその場にしゃがみ込んでいるな。あれ、髪の毛が揺れていない。あっ、そうか『風操作』で無効化したのか。


 立ち上がる勢いを利用して、跳ねるように相手の膝下あたりに拳を叩き込んでいる。

 体格差を考慮すればそんな一撃では、相手を揺るがすことすら不可能なのだろうが『剛力』の特殊能力と『格闘技』の実力は伊達じゃないな。


「ガアアアッ!」


 サイクロプスが唸りを上げ、痛がっているように見える。棍棒を握っていない方の手を振り下ろすが、その程度の動きで織子を捉えられるわけがない。

 ステップを踏むように躱し、サイクロプスの拳が地面にクレーターを作り出している。

 そんなに織子に固執していると――ほらな。その隙を見逃すほど生易しいプレイヤーはここには居ないぞ。


 鴨井さんが無防備な背に斧を振り下ろし、他の面々も手にした武器を叩きつけている。切り裂かれ血も流れているが、致命傷には程遠く傷は浅いようだ。

 防具を身に着けていないというのに、己の筋肉のみで斬撃や打撃を受け切っているのか。こっちが押し気味だが、相手の破壊力が侮れないので追撃は控え、誰もが一撃離脱を徹底している。


「このまま持久戦に持ち込めば、勝利は確定でしょうか」


「いや、そう簡単に事は運ばないようだよ。傷口を見て」


 傍観者に徹していた明菜さんの問いに、そう答えた。

 俺が指摘した、切り裂かれた筈の傷口が見る見るうちに塞がっていく。どうやら怪力で尚且つ防御力と回復力も優れているときたか。

 敵の気配は再生時に少しだけ減っているようだが、それも直ぐに元の大きさに戻っている。下手したら無尽蔵の体力ということもありそうだ。


「回復持ちでありますか! 山岸軍曹殿、どういたしましょう!」


「誰が軍曹だ」


 心の中だけで突っ込むつもりが思わず声に出てしまった。

 あ、横道さんが少し嬉しそうだ。ツッコミ待ちだったか。と、和気藹々と会話を楽しんでいる場合じゃない。


「倒すとしたら、やはりあの目を潰すのが手っ取り早そうだ」


「そうですねー。となると、私たちの出番でしょう」


「ターゲットは一眼巨人の眼球であります!」


 横道さんのキャラが正直若干うざいが、これまでの戦いで性格が変貌したのかもしれないな。田中だってキャラを作ることで精神の安定を保っていた節がある。なら、乗ってやるべきか。


「そうだな。早い者勝ちの的当て開始だ。賞品は皆から賛辞となる。各自の健闘を期待する!」


「サーイエッサー!」


「それは楽しみですこと」


 この状況でおかしな話だが、少し楽しいと思ってしまった。自分以外は敵という状況が多かった弊害か。孤独には慣れたつもりだったが、それでも人との会話に心が弾んでしまう。

 っと、気を緩めるのは後だ。ここは後衛としての役割を果たそう。

 巨人の周りを動き回るプレイヤーを射ないように細心の注意を払う。明菜と矢と横道の銃弾が何度もサイクロプスの体を穿つが、相変わらず傷は浅い。

 二人も目を狙っているのだが、あの巨大な目はかなり視界が良好らしく、瞼を閉じるか手でガードされている。


 全力で放てば瞼ぐらいなら軽く打ち抜けそうだが、まだ全力は隠しておきたい。となると、相手の動きから予想を立てて、タイミングを見計らって射るしかない。

 相手の図体がデカいおかげで、基本的に上半身より上が突出しているから体に当てるだけなら楽なのだが、あの大きな目は思ったよりも高性能のようだ。

 いつでも放てるように弦を限界まで引いてチャンスを窺っている。

 そうそう、弓は六割程度の力で引っ張れるように弦の張りを調整しているので、手を抜いているようには思われないように細工済みだ。


 前衛と連絡が取れれば、タイミングを合わせてもらうことも可能だろうが、そんな手段はない。となると、相手の動きを予測するしか……その時、突然脳裏に映像が過ぎる。


 ――織子が相手の小指の先に拳を振り下ろし、痛みの余りサイクロプスが仰け反り、怒りで充血した織子を睨みつけている――


 何だ今のは……今、あまりに鮮明な映像が一瞬だが頭に浮かんだ。え、まさか、これって。

 確証はないが俺は織子の動きに注目しながら、いつでも放てるように弦を限界まで引く。確か、あの映像では織子が素早く相手の左足の前に滑り込み、その足の小指に……。


 織子が大地を踏みしめ拳を振り上げる場面が目に入ると同時に俺は、弦から手を離した。小指を殴られ仰け反ったサイクロプスの充血した目に、鏃が吸い込まれていく。

 やっぱり今のは『未来予知』の力か。全く同じ動きが脳内で再生されたよな。

 神がかり的なタイミングで巨大な目を射抜かれ、視力を失ったサイクロプスはプレイヤーたちの敵ではなかった。目元を押さえて跪いている相手に群がり、渾身の一撃が体の随所を抉り切り裂き砕いていく。


 あっという間に血に塗れた肉塊となったサイクロプスだったモノは、全身が発光したかと思うと光の粒子となり空間に広がり消えていった。

 ここの魔物は第九ステージのプレイヤーと同じ消え方をするのか。

 前衛の皆は手を打ち合わせ、歓声を上げて喜びを表現している。その内の何名かは俺の矢が決定打になったことを理解しているようで、時折鋭い視線が飛んでくる。あと、戦闘に参加しなかった数名からも、同じように探るような視線を感じるな。

 実力はまだ隠しておきたいが、鴨井さんも含めて、そう簡単に欺ける相手ではないようだ。


「あらまあ、山岸様は見事な腕前ですなぁ。師匠と呼ばせて貰ってもよろしくて?」


「よろしくないです」


「流石は軍曹殿であります!」


「誰が軍曹だ」


 やばいな、この二人に懐かれそうだ。悪い人たちじゃないと思うが、もう俺は人と必要以上に親しくなる気はない。それに言葉を交わした程度では、人を信用できなくなってしまっている。

 その人の存在が大きくなればなるほど……別れが辛くなる。信じていた人に裏切られた時の例えようの無い苦しみは、二度と味わいたくない。


「網綱さん! 援護射撃ばっちりだったよっ」


 手を掲げて走り寄ってきたので、手を打ち合わせる。


「ええと、二人も援護ありがとうね!」


 この人懐っこさと明るさが織子の美点だよな。あの時以来、織子は隠し事をすることを止めた。無理をしている訳じゃなく、こっちが自然体なのだと思う。


「二人ともかっこよかったよ! それって弓道部で使っている弓だよね。そんなにおっきいのに良く扱えるね。すっごいなー」


「ありがとうございます。慣れると結構簡単ですのよ」


「それって銃だよね! 迷彩服も渋くていいっ」


「この良さがわかるとは、素晴らしい選定眼であります!」


 どうやら、後衛の二人と馬が合ったようで、十年来の付き合いがある友人のように、楽しそうに会話をしている。これも織子の人柄のなせる業か。


「山岸君、目を射抜いてくれて助かったよ。みんなも、ご苦労様」


 俺たちにねぎらいの言葉を掛けているのは、やはり鴨井か。偏見かもしれないが学生時代に生徒会長や役員をやっていそうだな。

 戦闘に参加した面子は盛り上がっているが、参加せずに青い光のゾーンから一歩も動かなかった面々はじっとこちらを見つめている。

 思ったよりも心の乱れが無いな。『気配操作』で気配を探るが揺らぎが殆どない。


 まあ、それぐらいで心が揺れるような人間だったら、ここまで勝ち残ることは不可能か。

 得物を除けば、見た目はただの日本人といった感じのプレイヤーたちだが、その中身は数多の修羅場を潜り抜けてきた精鋭。

 自分だけが特別といった驕りは捨てないとダメだ。この中に俺と同じ道を進んだ者がいないと言えるのか。

 静かにこちらを観察している奴らの方が厄介なのではないかと、思い始めていた。


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