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サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
第九ステージ

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それぞれの結末

 この場に残ったのは俺と残りの二人。

 胡座をかいたまま頭をボリボリと掻いている杉矢の隣で、大の字になって雑草の上に寝転がっている田中。

 抵抗する気はないようだな。


「で、網綱。お前さんはこれからどうすんだ? 淡々と殺していく作業に移る気か?」


「煮るなりウエルダンにするなり好きにすればイイネー」


 自分たちが殺されるというのに、他人事のように呑気な口調だ。腹が決まって、自分らしさを取り戻したのか。


「二人がリタイア宣言したらゲームが終わるシステムなら、それが一番、気が楽なのだが」


 もし可能なら、経験値がこれ以上得られなくなるが、二人が穏やかに死ねるなら構わない。


「そんな優しい世界じゃないぜ、ここは。ワシらが死ななければ、先へは進めないときたもんだ。となると……よっし、網綱戦うぞ!」


 妙案が思いついたとばかりに、両膝を強く叩き、ぱんっという軽快な音が森に木霊する。

 諦めたと口にしたというのに、無駄な抵抗だと理解した上で歯向かうのか? いや、それにしては表情が明るい。悲壮な決意とかではないようだが。


「ジジイはもうボケたネー。さっき、諦めた言うたでんがなー」


「おう、ステージクリアーは諦めたぜ。戦う理由はそこじゃねえ。網綱、お前はこの先も生き続けなければならん。身体能力は大したもんだが、戦闘技能がまだまだあめえ。ってことで、ワシが鍛錬付けてやるぜ。命懸けの特訓と洒落込もうじゃねえか」


 まさかの提案だな。今から自分たちを殺す相手に鍛錬を付けてやるって、杉矢らしいというか、何と言うか……くそ、恨み言の一つでも言われるかと思ってて身構えていたのに……ありがとう。

 樽井さんのように口汚く罵るわけでもなく、俺の今後を気に掛けてくれるなんて思いもしなかった。罵倒される覚悟をしていただけに、上手く言葉が出ない。


「自分を殺す相手にクレイジジーヨ。でもまあ、仕方ないネ。ミーも手伝ってやんでー」


 田中も手伝ってくれるのか。お互いに色々あったが、こんな終わり方なら悪くないよな……本当に、悪くない。


「二人とも、ありがとう」


 気の利いた言葉が思いつかず、俺は深々と頭を下げた。

 人を信じられず疑い深くなった原因はこの二人だが、そのおかげで、ここまで戦えたとも言える。全ては結果論だが、今は素直に感謝させてもらおう。


「礼なんて言うんじゃねえよ。裏切り者のワシらに。まあ、名目は鍛錬だが、本気で殺しにいくから覚悟しやがれ。お前さんも寸止め何て野暮な真似するんじゃねえぞ。まあ、ワシらを生かす為に死んでくれるなら、別に止めやしないが」


「じゃあ、遠慮なしで」


 刀とトンファーを構える二人を前にして、俺は棍をぎゅっと握りしめる。

 命懸けの鍛錬だ。二人の技と動きを出来るだけ吸収してみせる。

 それが、二人の命を喰らってでも、前に進むことを決めた俺が出来る、唯一の恩返しだから。


「では、よろしくお願いします!」


「あいよっ」


「トレーニングスタート!」





「シット! 隠蔽さまになってきたネ……」


 胸に矢を受け、田中が光となって消えていく。

 草むらに潜み、無理のある体勢からの狙撃だったが命中したようだ。濃密な鍛錬の成果か、射撃の腕がかなり上昇しているのが実感できる。


『田中 伽魯羅印。ライフポイント1』


 あと1か。永遠に続くわけがないとわかっていたが、あと一回の命だと知ってしまうと、胸にこみ上げてくるものがあるな。


「おいおい、感傷に浸っている場合じゃねえぞ」


 空気を切り裂く微かな音に反応して、上体を逸らす。

 死角からの攻撃だったが、我ながら華麗に躱せた。


「かーっ、もう掠りもしねえか。」


 目で捉えられなかった速度の斬撃も今なら、刀の刃紋も鮮明に見えるようになった。

 自分の身体能力もそうだが、ちょっとした体重移動や足運び。関節の動かし方や身のこなしが以前とは比べ物にならないぐらいに上達しているのを感じる。

 杉矢さんの教え方が丁寧でポイントを掴みやすく、それを実戦で叩き込まれるので、異様なまでの急成長へと繋がっている。


「んじゃ、とっておきの突きを放つぜ。卒業試験のようなもんだ。対処してみやがれ」


 刀を正眼に構え、すっと腰を下ろす。

 防御を捨てた渾身の突きが今放たれようとしている。これは杉矢の自称最終兵器らしく、今まで何度も見せられてきたが、完全に避けきったことは一度もない。

 コンパウンドボウを手放し、背負っていた棍を手に取る。

 すり足で間合いを詰める相手に対し、俺も教え込まれた上半身を揺らさない独特の歩法でじりじりと距離を詰めていく。


 二人と鍛錬を開始して、早三週間。長いような短いような日々だった。

 思い返せば色々あったな。三人分の食料を合わせても一週間が限度だったのだが、杉矢がライフポイントを消費して一ヶ月は耐えられる量の食料を買い込んだりもしたな。

 鍛錬を始めて一週間後に、来生、光輝の両名がふらっと現れ、購入した食料の残りを置いていくと、最後に礼を言って森の中に消えていった。

 そして、森に銃の発砲音が響き、二人のライフポイントが0となったことを告げる放送が虚しく流れ、俺は黙って目を閉じ二人の冥福を祈るしかできなかった。


 あの時、とても穏やかな表情をして感謝の言葉を口にしたのがとても印象的だった。光輝は別れた妻が引き取った子供で、半年に一度しか会えない関係だったそうだ。来生の過ちでそうなったそうなので、自分が文句を言う権利はなかったらしい。

 ずっと後ろめたい気持ちがあったが、この一週間でその思いは払拭され、最後に本当の父と娘になれたと喜んでいた。


 本当は仲を取り戻したからこそ、もっと生きたいと願った筈だ。それなのに、恨み言の一つも言わず、礼を言ってくれた。俺が死んで光輝を生き残らせた方がいいのではないかと、何度、悩んだことか。

 だが、結局、その提案を一度も口にしなかった。

 そんなことをしたら、俺が手にかけてきた黒虎、樽井、沢渡の死が全て無駄になってしまう。いや、違う。どんなに言葉で取り繕っても、本当の答えはたった一つ。


 死にたくないんだ俺は。


 醜く足掻き、他人の死に胸を痛め、恨まれ罵倒されても、俺は生きたい。理屈じゃなく生きたい。ただ、それだけなんだ。今ようやく、それがわかった。


「網綱、遠い目をしているぞ。戦闘中に余裕を見せるのは個人の自由だが、死ぬぞ?」


「すまない。もう大丈夫だ」


 殺気交じりの視線に射抜かれ、思い出の世界から引き戻される。

 今なら確実にやれただろうに、何だかんだ言っても待ってくれるのが杉矢だよな。

 俺の目に光が戻ったのを確認したのだろう、裂ぱくの気合と共に杉矢の姿が、ぶれた。

 身体能力の向上により、弾丸の回転数を数えられるぐらいの動体視力を手に入れた俺でも、完全には捉えきれない動き。


 右肩口付近に何かが来ると『危機察知』が告げている。この鍛錬で磨き上げられた『危機察知』の精度は信頼に足りる。

 棍の先端を地面に付け、体の側面に這わす様に斜めに向ける。

 剣の軌跡が棍の表面を削り、遅れてやってきた風圧が顔の側面を叩く。

 体が泳いだ状態の杉矢の胸元に全力で拳を叩きつけると、あばらを砕き、その奥で守られている最重要臓器を破壊した手応えが伝わってきた。

 俺の一撃はそれでは収まらず背中から拳が飛び出す。


「がはっ、はぁ、はぁ、見事だぜ」


 吐血と共に称賛の言葉を贈る杉矢は、茶目っ気のあるウインクを一つ残して消えた。


『豪徳寺 杉矢。ライフポイント1』


 これで二人とも残り1。

 思うところはあるが、もう、うだうだ考えるのはやめだ。

 その場に腰を下ろし、二人がやって来るのを待った。死亡したら、ここに集まると決めているので、迎えに行く必要はない。

 仰向けに転がり空を仰ぐ。澄み渡る大空にぽつぽつと雲が浮かんでいる。晴天だよな……このまま、昼寝でも楽しめたら最高なのだが。


 第九ステージの二回戦。生き残ったのは俺、田中、杉矢の三名。そして、二人は後一回死んだら、ゲームオーバーとなる。死に戻ることも二度とない。

 って、また堂々巡りで答えの出ない問答を続けるつもりか。


「やめだやめ。もっと建設的な思考をしないとな」


 第九ステージは二回戦で終わりなのか、それとも三回戦もあるのか。あえて説明を省いているのだろうなと予想はつく。

 終りが見えない故に、勝利を確信したものはライフポイントを温存しようとするだろう。実際、俺も消費を避けるために相手の前に姿を現し、無駄な抵抗をさせなかったわけだが。

 三回戦もあると仮定するなら、次もルールが異なったとしてもプレイヤーと戦うのは、ほぼ間違いない。


「残り31か。これは多いのか少ないのか」


 もう一度プレイヤーと戦うとなれば、不安の残る数だが……クリアーとなり第十ステージだけなら、31もあれば問題なく思える。今まで一つのステージで30回も死んだことはない。

 ただ、この性悪製作者なら、最終ステージの難易度を馬鹿みたいに高く設定しそうだ。

 あと気になることは――


「織子はどうしているのだろう」


 元気はつらつで裏表のない人物に思えたが、実は能力を秘匿して、俺に嘘を吐き続けていた。今思えば、命を助けられた相手とはいえ、全てを明かすのは愚策だよな。

 彼女は警戒して慎重に行動していただけだ。

 そういや、第九ステージは縁のある人物とばかり戦う羽目になった。偶然とは思えない遭遇率。他の皆もそうなのかと尋ねてみたのだが二人は、第七ステージの崖の上で潜んでいたメンバーの一人と戦ったそうだ。

 やはり、何かしら接点のあった相手と戦わせるシステムらしい。

 そこから考察というか、普通に考えると三回戦があるなら対戦相手は織子の確率が高いか。


「そうなると、ここで終わってくれないかね」


 いざ戦う場面になれば、相手を殺すことは可能だろう。それぐらいは割り切れるようになっている。

 でも、これ以上、知り合いを殺さないで済むなら、それに越したことはない。って、最近悩み過ぎだな。このままじゃ、若くしてストレスでハゲそうだ。


「遅いな二人とも」


 何とはなしに『気配察知』を発動させてみたのだが、二つの気配が寄り添っているのが感じられた。二人きりで話したいこともあるよな。

 そういや、結局二人の関係は良くわからなかった。

 一番しっくりくるのは、ボケとツッコミだよな。もしくは、破天荒な娘と多芸な叔父。

 実際は芸能事務所の先輩と後輩らしいが――まあ、どうでもいいことか。男女の関係を探るなんて野暮ってもんだ。

 それに、今更知ったところで意味がない。もう、二人と二度と会えなくなるのだから。


「そういや、決めてなかったな」


 鍛錬を付けてくれるという話だったが、二人は残り1のライフポイントとなり、この後どうするつもりなのか。

 最後まで鍛錬を付けてくれるのか、それとも――

 そんな俺の疑問は悩む間もなく、直ぐに解決された。


『田中 伽魯羅印 豪徳寺 杉矢 ともにライフポイント0。二回戦勝者、山岸網綱』


 感情のこもっていない冷たい声を聴きながら額に手を当てて息を吐き、静かに瞼を閉じた。

 最後にもう一度話をしたかったな。二人は何を思って自害を選択したのか。

止めを刺すという俺の心の負担を取り除くために、二人は何も言わず自ら死を選んだ。いや、これは俺に都合のいい考えすぎる。

 どれだけ考察しようが、答えに辿り着くことは無い。そう、永遠に……。


「よし、いこう」


 立ち上がり、尻についた土を払う。

 俺が動き出すのを待っていたかのように、ステージの木々が消滅する。一呼吸の内に全ての木々が消え失せ、大きな空間が広がる殺風景なステージに戻っていた。

 どうやら、ステージの真ん中付近にいたようだ。どの方角を見ても壁がかなり遠い。クリアー条件を満たしたらしいが、出口らしき扉が見当たらない。

 俺が潜ってきた壁沿いの扉も消滅している。


「さて、どうしたもんか」


 もう一度ぐるりと見回してみたが、扉は何処にもない。

 壁際を調べてみようかと思い、一歩踏み出したところで足元から地鳴りが伝わってくる。背後に違和感を感じて振り返ると、地面から扉がせり上がってくるところだった。

 無駄に凝った演出だが何の感慨もなかったので、ノブに手を掛けその先へと進んだ。


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