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サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
第九ステージ

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74/111

何を得たのか

『田中 伽魯羅印。ライフポイント40』


 相も変わらず機械音のような声が響く。

 これで田中は俺を警戒して、動きが鈍くなるだろう。こちらに迫ってくる気配は間違いなく杉矢だな。ここで戦うのは得策じゃない、この場から離脱するぞ。

 安全な距離まで移動したことを確認すると、今度は来生の死に戻り場所を目指す。

 時間切れランダム転移を狙うのか、それとも警戒しながら集合場所へ進んでいくのか。どちらにしろ、俺は相手が集合できないように妨害をしながら各個撃破を目指すのみ。


 それから、来生が懲りずに直接集合場所を目指しているところを射殺し、続けて光輝を射止めた。

 田中、杉矢両名には出来るだけ関わらないようにしながら、あの二人を重点的に狙っていく。来生の安全地帯に潜んでいると、ランダム転移で飛んだのが見えたので移動する。

 探索中に沢渡を発見したので、これも射抜いておく。

 基本的には集合場所付近に潜み、全員が合流するのを阻止することに奔走する。


 序盤は上手く立ち回れていたのだが、向こうもかなり警戒する様になり、田中と杉矢が先に死んだ方の安全地帯に先回りして、合流してからもう片方が復活するのを待ち、四人体制を常に維持するようになった。

 そうなると俺のできることは――


「悪いね」


 沢渡を倒すことだけ。もう生きる希望も失い、たださまよっているだけの彼に止めを刺した。


『沢渡 大輔。ライフポイント0により死亡』


 光の粒子となり大気に溶けていく彼は、このふざけたゲームから永遠に解放された。蘇ることのない本当の死。

 消えゆく直前の彼が穏やかな笑みを浮かべていたのは、見間違いではない。そんな彼を少し羨ましく思ってしまう。


 対戦相手の一人が消えた。これで、あの四人組に集中できる。

 あれから戦い続けているが、杉矢は未だに一度も倒していない。初めは戦っても勝てる未来が見えなかったので、徹底的に戦闘を避けてきたからだ。

 俺も何度か倒されているが、それ以上に残りの二人を葬ってきた。

 その成果もあり、残りライフポイントは来生6、光輝4となっている。田中は残り25だったか。杉矢は初期状態のまま63。


 そして、俺は現在――31。やはり、コンパウンドボウで消費した40ポイントが痛い。あれから16回殺されライフポイントは31となったが、かなりの手応えを感じている。

 自分の特殊能力なのだが確認のしようがないので断言はできないが、命がけの戦いを続けてきたことにより、新たな特殊能力に目覚めている可能性が高い。

 元々この世界では命のやり取りを続けることにより、特殊能力に目覚めるパターンが多かった。射撃の精度が急激に上がってきているので、それに関する能力を覚えていると思われる。


 それに、木の上で潜んでいると時折、田中たちが見落としたまま過ぎ去ることがあった。不意打ちの確率もかなり上がっている。もしかして……『隠蔽』を覚えているのではないかと、甘い期待を抱いてしまう。

 ここまでライフポイントを消費した成果はあった。それは断言できる。

 だが、これ以上ライフポイントを消耗するわけにはいかない。第九ステージがここで終わる保証もなければ、第十ステージも残っている。

 30……せめて20以上はポイントを残しておきたい。


「ケリをつけないとな」


 このスタイルで立ち回っても相手を殲滅できるかもしれないが、こちらの消耗も激しくなるだろう。数の暴力と生存本能は馬鹿にできない。窮鼠猫を噛むという諺もあるぐらいだ、追い詰められた人間を甘く見てはダメだ。

 なら、どうやってこの戦いに終止符を打てばいいのか。答えは単純明快。

 相手の心を完全に折る。それに尽きる。


 敵の気配は新たに決めたらしい集合場所に全員揃っているな。ここから距離はそう遠くない。徒歩で五分もかからないか。

 俺は忍ぶことを止め、堂々とした足取りで相手が待ち構えているであろう場所を目指す。今までは、実力差を感じさせない狙撃メインだったが、今回は方針をガラッと変えさせてもらう。

 彼らが陣取る場所は少し開けた、森の中にある小さな空白地帯。何度か狙撃したポイントなので、全て把握済みだ。

 綺麗な円形ではないが、直径10メートル程度は木が一本も生えていない。そこで周囲を取り囲まれて一斉攻撃をされたら、圧倒的に不利な地形。

 だが、あえて俺はその場に飛び込んでいく。


 木々の間をすり抜けて、光の射し込む場所へと俺は躊躇うことなく進み出た。

 そこには扇状に彼らが配置されていた。右から、田中、杉矢、来生、光輝の順か。全員が武器を手に構え、準備万端と言った感じだ。


「ずっと潜んでいたお前さんが、姿を現すなんてどういう風の吹き回しだ?」


 切り出してきたのは、やはり杉矢か。

 世間話でも始めそうな軽い口調だが、その目はギラギラと危険な輝きを宿している。


「いえ、そろそろ、決着をつけようかと思いまして」


「今まで、俺との戦いを避けていたお前さんがな……マジで何考えていやがる」


「単純に力比べをして、諦めてもらいたい。ただ、それだけですよ」


 杉矢の眉根が寄り、見るからに訝しんでいる。狙撃兵と化していた俺が正々堂々と戦う宣言をしたら、そりゃ誰でも疑うか。

 他の面子も俺の発言に戸惑っているようで、一様に表情が優れない。


「さあ、誰からでも構いませんよ。もちろん、不安なら全員でかかってきても文句は言いません。圧倒的な力量の差を見せつけて上げます」


 俺は背中に背負っていた矢筒とコンパウンドボウを地面に降ろし、棍を構える。


「あっ……この人嘘を言って……ない」


 光輝の呟く声に反応して、全員が彼女の顔を凝視している。

 嘘を見抜く能力のある彼女の発言は、俺の言葉が真実だということを証明してくれた。


「どういうことだ。慢心しているのか……網綱が勝てると思い込んでいるなら、嘘ではないということになるが」


「ふん、虚勢を張るの良くないネー。スナイピングしかできないのに、ビッグマウスはいただけませんヨー」


 俺の実力を知る二人なら、こう反応するよな。織り込み済みだ。


「どちらにしろ、戦ってみればわかることです。散々、撃ち殺された恨み忘れていませんよ」


 杉矢と同じく刀を扱う来生が、刀身を抜き放ち、ぬらりとした妙になめらかな動きで俺に迫ってきた。

 一対一なら問題なく勝てると判断したわけか。俺は自意識過剰になっている、ただの無謀な奴だと判断したようだな。


「杉矢さんじゃないなら、この棍も必要ないな」


 棍を地面に突き刺し、両掌を上に向けて肩を竦める。

 その動作は挑発としての威力を最大限に発揮してくれたようで、目尻を吊り上げ踏み込んできた来生が、脳天から真っ二つに切り裂きそうな勢いで刀を振り下ろす。

 俺はその一撃を余裕のタイミングで躱す。勢い余って地面に刀が突き刺さっているのを目の端で眺めながら、無防備な腹に拳をめり込ませた。


「ぐがっ!」


 体をくの字に折り曲げ、来生の体が宙に浮かぶ。そして、そのまま山なりに吹き飛ぶと、受け身も取れない状態で地面に堕ち、何度も転がった挙句に動きを止める。


「おい、何だその動きと力は……まさか特殊能力を何か隠し持っていやがったか」


「パンチが見えなかった……ネ」


 俺の発言が過信によるものではないと理解してくれたようで、二人は目を見開き呆然とこちらを見ている。光輝はあまりのショックに声も出ないようだ。


「特殊能力じゃないですよ。ただの――身体能力です」


 そう、肉体の能力だけで相手を完封した。相手より数段上の身体能力で圧倒しただけの話。


「おいおい、笑えねえ冗談だぜ。身体能力の差だと? 第六ステージクリアー後に能力の確認をお互いにした時、お前さんはワシのレベルと同等で、身体能力は劣っていた。あれから褒美に経験値を選び続けたとしても、それはワシらも同じだ。差が広がることはあっても、縮まること等ありはしねえぞ」


「そうですね。普通なら確かにそうです。でも」


 俺は発言の最中に跳び出すと、田中に向けて走り込む。散々、隙を付くような真似をしてきたので、相手も警戒していたのだろう。俺の動きに反応して、捕まるわけにはいかないと全力で逃げに徹するようだ。

 『瞬足』『逃げ足』を有する彼女に本来なら俺が追い付くわけがないのだが、逃走を始めたばかりの彼女の腕をあっさりと掴む。


「な、何で、私がっ!」


「ふんっ」


 鋭く呼気を吐く音と鞘鳴り。間合いを詰めていた杉矢が田中の腕を掴んでいる、俺の手を切断するつもりで居合を放ったのか。

 その動きを目で追いながら、あっさりと手を放し、わざと紙一重で刀の下を潜って見せた。それがどれだけ難しく、力量の差が必要なのか、杉矢だからこそ瞬時に理解できたようで、刀を抜いたポーズのまま固まっている。

 二人から距離を取り、空き地の真ん中に立つ。

 転がっていた来生も何とか意識を取り戻したようで、光輝に肩を借りながら立っている。


「おわかりいただけましたでしょうか。って、もう丁寧な口調もやめるか。この状況だとただの嫌味だな。これで圧倒的な力の差は把握できただろ。普通に戦ってもねじ伏せるだけの力量の差があるということを」


 慢心でもなんでもなく、実際に彼らとは力の差が大きく開いている。自分のステータスを見せることが可能なら、それだけで相手が諦めるほどの差が。


「どういうことだ。第七ステージと身のこなしが違い過ぎる。10程度レベルが上がった程度では納得できんぞ。いったい、何をやりやがった」


 ここでネタばらしといくか。


「第八ステージが特殊だったようで、俺は黒虎と戦うことになってね。そこで黒虎を倒した褒美に、黒虎の何かを一つ貰えることになった。そこで俺が選んだのは――レベルアップの能力」


 俺の説明を聞いて真っ先に反応したのは杉矢。そして、田中も言葉の意味が理解できたようで、顔から血の気が失せ、蒼白になっていく。

 黒虎の能力を良く知らない来生と光輝は理解できていないようだ。


「説明不足か。俺が第一ステージの隠し要素で手に入れた黒虎。あんたの所の学ラン君が連れていたポチミと同じだよ。その黒虎は敵を倒すと経験値がもらえレベルを上げることが可能だった。第八ステージの褒美には、黒虎から何か一つだけ得ることが出来る。とあった。特殊能力や部位を譲り受けることも可能とはあったが、それだけとは書いていなかったんだよ」


「そこで、お前さんは黒虎の敵を倒して経験値が貰えるという利点を……手に入れたというわけか」


「その通り」


「じゃ、じゃあ、沢渡と合流しないで、倒したのも……」


「経験値を得てレベルを上げる為だ」


 妙な口調で話す余裕もない田中の質問にあっさりと答える。


「執拗に杉矢との戦闘を避け、私と光輝を狙い続けたのも……」


「レベルアップをして身体能力を向上させるのが目的だよ」


 来生は頭の回転が早いようで、今の状況がどれだけ絶望的なのか瞬時に理解したようだ。音もなく地面に崩れ落ちた。

 光輝は俺の発言が嘘でないことを知り、生きる希望を失ったのか目を閉じて天を仰いでいる。


「この戦いが始まったばかりの時でも、杉矢……さん相手なら一対一なら勝てる可能性はあった。だが、四人で組まれるのは予想外で、安全を期すために各個撃破を徹底したんだよ。その結果、充分な経験値を得ることができた」


 実際樽井さんと何度戦ったのかは不明だが、ガラス板でレベルを確認すると50とあった。戦う前はレベル30だったので、彼女と繰り返された戦闘で20も上がったことになる。

 プレイヤーを倒すことによりレベルアップの効果があるとわかり、俺の方針は決まった。


「はあああぁぁ……完敗だ網綱。完全にしてやられたぜ、負けだ負けだ」


 杉矢の心はぽっきりと折れてしまったか。その場に胡坐をかき、何度も膝を叩いている。


「まあ、罰が当たったのかな……ネー。やんなー」


 大阪弁を混ぜ込んでいるキャラだというのを今更ながらに思い出したようだが、その声に覇気はなく、俯き大きく息を吐いた。


「ま、まだだ。何故あんたらは諦められる! 命が懸かっているのだぞ! わずかでも望みがあるなら戦うべきだ!」


 来生は痛みが薄れてきたのか自力で立ち、俺に切っ先を向けて唾を撒き散らしている。

 その隣に立つ光輝も来生に寄り添いながら戦う意思を見せていた。


「その発想はご立派だが、戦ってどうする? 四人で挑み勝てたとしよう。その後は? 今回、網綱が姿を現したのは、いつでも俺たちを殺せるという意思表示だ。ここで倒せたところで、また潜まれて狙撃されるのがオチだぜ。網綱は別に全員を殺さなくていいんだ。誰か一人でも殺せれば、また強くなる。俺たちとの差が更に開いていくだけだ。そこんとこ理解しているか?」


 杉矢の言う通り。俺は殺されたとしても、誰か一人でも道連れにすれば経験値を得ることが出来る。これ以上、強くなる可能性が残されているのだ。

 それに引き換え、彼らは特殊能力が強化されることはあっても、身体能力が向上するレベルに変動はない。


「もう、勝ち残る見込みは皆無なのだな。そうか……すまない、光輝。せめて、お前だけでも生かして上げたかった」


「いいの。ここまで生きてこられただけで、充分だから、パパ」


 慈愛溢れる表情で優しく頭を撫でる来生。目を細めて、それを受け入れている光輝。

 二人は親子だったのか。名字は違うが、言われてみればどことなく似ている気もする。

 助け合い懸命に生きようとする親子の人生を俺は終わらせるのか。俺なんかじゃなく、彼女が生き延びた方が喜ぶ人も多く、きっと価値があるだろう。

 だけど、それでも俺は……生きる。そう決めたのだ。


「網綱君。申し訳ないが、娘と話をしてきても構わないだろうか。最後に父として一緒にいてやりたい」


「私も最後はパパと一緒にいたい……お願いします」


 深々と頭を下げる親子の最後の願いを無下に断れたら、俺はもう人ではないのだろう。

 今更、慈悲や良心なんて言葉は薄ら寒いだけだが、それぐらいは受け入れられる人間でいたい。そう、人間でいたいのだ。


「ああ、構わないよ。このステージに時間制限はないみたいだから、何日でも好きにしてくれ」


 俺は彼らに目を向けずに、顔を背けたまま言い放つ。

 二つの気配が揃って遠ざかっていく。彼らがどのようにして最後の時を過ごすのか。ほんの僅かでもいいから、穏やかな時を過ごしてほしいと思うのはエゴなのだろうか。


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