殺し合い
扉を抜けるとそこは――第八ステージで見た会場に瓜二つだった。
剥き出しの地面に、周囲を取り囲む壁。頭上からの明るすぎるライト。全く同じだよなこれ。
唯一違う点は、俺の前で驚いている――ふくよかな体形をした女性の存在だ。
「樽井さん……」
「あちゃー、まさかこんなところで、網綱ちゃんに会うなんてね」
四十代後半から五十代っぽい、何処にでもいそうな気の良さそうなオバサン。その手に巨大なトンカチを握っていなければだが。
茶色く染められ緩いパーマの効いたショートカット。土色のセーターと灰色のロングスカートは最後に会った時と同じようだ。
バツが悪そうに頬を指で掻いているが、その目つきは鋭く俺を観察している。
「やっぱり、怒っているわよね。ほんとおおおおおうにごめんなさいね! 私は最後まで反対したんだけど、多数決で押し切られて。謝って済むことじゃないってわかっているけど、この通りよ」
土下座をして誠意を見せているつもりなのだろうが、何の感慨もない。
以前なら少しは心が動いたのだろうけど、今では全てが滑稽に見えるだけだ。
ここから先、油断は一切必要ない。生き残る為に状況を冷静に見極め、相手の挙動、自分も含めた発言の一言一句を完璧に覚えろ。
「気にしていませんよ。生き残る為に相手を騙し、必死になる。当たり前のことですから」
ある意味本心を口にする。その答えが意外だったようで、顔だけを上げ俺を見ているが、心底驚いたような表情だ。
「許してくれるのね! ありがとう。ずっとずっと後悔していたのよ……ぐすっ、本当にごめんなさい」
立ち上がり深々と頭を下げている。
それすら、どうでもいいと感じている俺は――
「もう謝らなくていいですよ。それよりも、状況の確認をしましょう。扉を開けたらここだったのですが、樽井さんも?」
「ええ、そうよ。第八ステージをクリアーして、休憩室を出たらここだったの。どういうことなのかしら」
嘘は言っていないように見える。自分と同じようにいきなりこの状況なのだとすれば。
「たぶん、暫くすれば説明が入るのではないでしょうか」
俺の言葉を肯定するかのように、空からノイズの音が響き、そしてあの男の声が聞こえてきた。
『第八ステージをクリアーした猛者両名。樽井及び山岸。素直に称賛の言葉を贈ろう。見事だったぞ。さて、早速だが、この第九ステージの説明をさせてもらおう』
名を呼んだということは、リアルタイムでこちらを観察しているということか。第九ステージともなると生き残りが僅かなのかもしれないな。ここからは全てのプレイヤーを関係者が観ていると考えるべきだ。
それなりの対応を心掛けておこう。
『樽井、山岸で殺し合いをしてもらう。そして、最終的に生き残った者が勝者となり、次の対戦相手に挑むこととなる』
樽井さんが目を見開き驚いた……振りをしている。あれはわかっていた顔だな。この状況だと誰もが予想のつく展開だ。正直、思っていた通り過ぎて苦笑いを浮かべてしまった。
やはり、ここで殺し合いが始まるのか。ここまで性質の悪いゲーム内容を続けてきた製作者だ。これぐらいのことはやって来るだろう。
最悪の展開の一つとして覚悟はしていたが、それでも踏み切れるか自信は無い。
だが、この展開は幸運でもある。田中さんや杉矢さんと、あんな別れ方をしたからこそ、戦うことが可能かもしれない。慣れ合ったまま、このステージで再会したら俺は……本気で戦えただろうか。
『さて、戦いを始める前に質問を受け付けよう。ただし、一人一つまでだ。それも答えられる範疇だがな』
一つだけときたか。この問いに命運がかかっている。かもしれない。
ちらっと樽井さんに目を向けると、顎に手を当てて考え込んでいるようだ。俺と殺し合いをすることについての動揺はあまりないように見える。年の功と言うべきか、それとも開き直っているのか。俺には判断がつかない。
質問内容をどうするか。色々聞きたいことはあるが、たった一つとなると……やはり、これかな。
「じゃあ、樽井さん。俺から質問しても構いませんか?」
「え、ええ、どうぞ」
今から殺し合いをするにしては落ち着いている俺の言動に不信感を覚えているのか。さっきまでとは違い本気で驚いているようだ。
「では、次の対戦相手と言っていましたが、第九ステージは何人倒したらクリアーになるのでしょうか」
樽井さんも同じ疑問を抱いていたようだな。こくこくと頷いている。
『いい質問だ。答えは不明。ただし、最低でも二人以上は倒さなければならない。とだけ伝えておこう』
言葉を濁してきたか。ここで倒さなければならない人数がハッキリすれば、今後の戦い方が変わってくるのだが。
まあ、樽井さんだけで済むとは微塵も考えてなかったが、下手したら最後の一人になるまで戦わされる可能性も出てきたな。
さて、問題はここからだ。俺の質問を踏まえた上で樽井さんが何を訊くのか。
「はぁ……勝利したとしても、人殺しを続けないといけないのね……じゃあ、この戦いが終わったら休憩室に戻れるのかしら。それとも次の人との連戦になるの?」
『最終的な勝者が決定し、生き残った者は休憩室に戻される。そして、扉を再び潜れば次の対戦者との戦いが始まる』
なるほど。この二つの情報で充分だ。博打要素は僅かながら残されているが、たぶん、俺の考えは間違えていない。
ここでどう振る舞い、戦うかは決定した。
第九ステージをクリアーする為の最良の道筋が頭に浮かんだ。その通りに行動できるかどうかは、また別の問題だが。
『質問はこれで終了だ。お互い悔いを残さないように戦ってくれたまえ。それでは、試合開始だ』
もう少し感情を込めて言えないものか。殺し合いを始めるにしては、盛り上がりに欠ける開幕宣言だ。
俺は棍を樽井さんに突き出し、少し膝を曲げる。
樽井さんも一応、ハンマーを構えてはいるが表情は戸惑っているように見える。
「本当に殺し合いをする気なの? お互いどうにか抜け出す方法を探すべきじゃないかしら」
平和的な意見だ。だけど、嫌いじゃない。
殺し合いを押し付けられたが、それ以外の抜け道があるのならそれに越したことは無い。
「それもそうですね。私は別のステージで壁を壊したら別の人のステージに入り込めたことがありました。何処かに抜け道が隠されている可能性はあるかも……しれませんよ」
そう言って、敵対する気が無いことを見せつける為に棍を下ろした。
それを見て樽井さんも緊張が解けたようで、笑みを浮かべハンマーの先端を地面に置く。
「網綱ちゃんが話の分かる人で、ほんっっとうに良かったわ! ポイントの奪い合いはできても、人殺し何てとんでもないわよね!」
触れて相手のポイントを奪うのと、実際に殺すのとではハードルの高さが、走り高跳びと棒高跳び以上に差がある。
魔物や動物は殺してきたが、人を殺すとなると話が違う。正直、内心ホッとしている自分がいる。
「じゃあ、私はこちら側を調べますので、樽井さんは反対側の壁をお願いします」
「わかったわ」
隠し通路やクリアーへの何かが見つかるとは正直思えないが、何もしないよりはましだ。火の鳥のステージで隠し扉を見つけた要領を思い出し、壁を棍でコンコンと叩いていく。
背後からは同じように壁を叩く音がしている。
暫く、黙々と作業を続けていたのだが、樽井さんが沈黙に耐えられなかったようで、大きな声で語り掛けてきた。
「網綱ちゃんは、もし、もしも、抜け道が見つからなかったら……本当に私と殺し合いをする気なの?」
声が少し震えている。そりゃそうだよな。平和な日本で生きてきた人間が、躊躇いもなく人殺しを出来る方がどうかしている。
こんなところに放り込まれ、命懸けのゲームをやらされ何度も死んだことにより、死ぬことに対しての恐怖は薄れかけていたが、自分が死ぬのと相手を殺すのとでは話が違う。
この後、何もなければ――俺は樽井さんをこの手にかけることができるのか?
「正直、人殺しなんてしたくはないですけど、俺は死にたくもないです」
「そうよね……そうよね」
俺の言葉に感じいるところがあったのか、噛みしめるように言葉を繰り返している。
こんな風に会話を交わせば交わすほど、いざという時に踏み出せなくなりそうだ。でも、それでも、俺は生き延びたい。いや、願望なんて甘い考えじゃ無理だ。俺は生き延びる。
「ところで、樽井さんは第八ステージどうやってクリアーを? まだポイントが足りなかったのでしたよね」
「ああ、そのこと。ほら、毒を投げつけられて一時的に体が痺れていたんだけど、何とか毒が抜けたら、まだ他のグループが魔物と戦っていたのよ。その混乱に乗じて、倒れているプレイヤーから、ポイントを拝借したの」
そういう流れか。あと少しだという話だったから、意外とあっさりとクリアーできたようだ。
あれで全滅しないで良かったと思う反面、こうやって戦う羽目になるのであれば、容赦なくポイントを奪うべきだったのではないかとも思ってしまう。
先がわからない状態だったから、全ては結果論なのだが。
そこからは特に話題もなく、お互いに壁を叩く音のみが響いている。徐々に、音が大きくなっているということは、樽井さんが近くまで迫ってきているのか。
一周するまであとわずかになった。やはり隠し通路や、この場を乗り切る秘策が思いつくわけでもなく、時間だけが過ぎてしまった。
「何もなかったようですけど、もう少し調べて――」
そう提案して振り向いた俺の目に映るのは、視界を埋め尽くすのは灰色の何か。
そして、顔に触れると同時に突き抜ける凄まじい衝撃――




