十六回目 14
船ごと突入した扉の先には第五ステージに似た休憩所があったのだが、船で行くことが前提だったのだろう。休憩所のど真ん中に水路が一本通っていて停泊できるようになっていた。
「これで第六ステージクリアーか。揺れからやっと解放されるぜ」
「船酔いともおさらばデース。アースがラブリーね」
杉矢さんは兎も角、田中さんの意味不明っぷりはいつものことなので、スルーしておくことにした。
「うーーん、海の香りも嫌いじゃないけど、じめじめした空気じゃないのは嬉しいなー。ねっ、網綱さん」
「そうだな」
織子に対して、つい意識してしまいそうになる。樽井さんが仲間割れ目的で発言したとしたのなら、大成功とほくそ笑むだろうな。今の俺を見たら。
疑い始めたらきりがない。樽井さんの発言は参考程度に考えておこう。たった数日とはいえ付き合いの長さを重視するなら、織子を信じるべきだし。それに、厄介な特殊能力があったとしても、彼女が敵対行動をとらなければ何の問題もない。
色々と深読みしすぎだな。今まで通り友好関係を築いておけば何の問題もない筈だ。
「あんれー、何でシェイクしない地面にオンしたのに、揺れてるような感覚がありまんがな」
「今まで常時揺れている環境にいたから、脳と体が勝手に揺れに対応して、妙な感覚になっているだけだ。直ぐに普通になるぜ」
先に降り立った二人の会話を小耳にはさんだ状態で、俺も休憩所の床に立ったのだが……確かに揺れているような妙な気持ち悪さがある。
「え、そう? 別に平気なんだけど」
織子は違和感が無いようだな。『平衡感覚』の特殊能力のおかげか。
第六ステージクリアーの記念パーティーを開催してもいいのだが、その前にまずやるべきことがある。
休憩所の片隅にいつものセーブポイントとガラス板が三枚、当たり前のように存在しているな。何はともあれ褒美とステータスチェックだよな。
「さて、誰から褒美の確認しますか?」
「んー、確認だけなら皆で見ればいい。もし文面が違うなら、情報をすり合わせればいいだけだと、思うぜ」
「残念ながらその意見に賛成デース」
「私も賛成かな」
「じゃあ、そうするか」
ガラス板の前に全員が集まったので、代表して板に触れた。
――第六ステージはどうだったかい? 準備万端で挑んだ者もいればライフポイントをかなり消費した者もいるだろう。どちらにせよクリアーおめでとう。
さて、いつもの褒美を与える前に次のステージについて一つ情報を提供しよう。次はこの休憩所にいる他の人と協力して進むステージになる。今の内に友好関係を築いていくことをお勧めするよ。
では、お待ちかねの褒美だ。選んでくれ。
一つ、第六ステージ突破クエスト達成による経験値。
一つ、他人の心を一度だけ制限時間5分間覗くことが可能になる。
一つ、黒虎を人化させる。もしくは、黒虎に自分の所有している特殊能力を一つだけ覚えさせることができる。
厄介な褒美を一つ潜ませてくれたな、おい。
俺は感情を表に出さないように意識を払い、顔を動かさず目だけで全員の表情を探った。
杉矢さんは眉毛がピクリと一度動いたのみ。
織子は「ぇ」と小さく驚きの声を発した。
田中さんは――
「何ですか、この心をリーディングする褒美はー!」
あ、声に出しちゃうんだ。うん、駆け引きも考えずに、そういうリアクションをする田中さん嫌いじゃない。
「お前なぁ……」
額に手を当て杉矢さんが呆れている。
「あ、私のにもその褒美ありますよ!」
織子も宣言しちゃったか。じゃあ、上の二つは共通している褒美と考えていいのか。一番下の文字は見えていないよな。俺にしか意味のない褒美だから。
「俺もあるよ、その相手の心が読める褒美」
「ワシもあるぜ。田中よ、正直なのは結構だが、駆け引きをしようという発想は無いのか」
「キャロラインだと言うてるまんがな、このファックグランドファーザー。だいたい、何でフレンドに隠し事しないといけないネー」
あれって糞じじいって意味で使っているのか。そこは兎も角、俺たちのことを臆面もなくフレンドと言い切ってくれた。キャラとしてはあれだけど、人としては一番信用してもいい人かもしれない。
だけど、この態度と言動すら嘘でないかと疑う自分がいる。何もかもスッキリさせる為に、これ以上、みんなを疑わないで済む方法が、今ここに提示されている。
「しかし、この褒美は厄介だぜ。次のステージでチームワークが必須だと伝えておきながら、相手の心を読み取る褒美を用意しておく。いや、はや、人の心を乱すのが得意な奴のようだ」
「そんなの、皆で腹を割って嘘を吐かずに話せば済むことじゃないですか」
「織子、良いこと言うネ。その通りヨー。もう、みんなステータスも特殊能力もオープンにすれば、問題ナッシング!」
確かにそれが理想ではある。
その事が可能なら、こんなにも悩まないで済むのだけどな。
「その意見には反対するぜ。ワシとしても皆を信用したいとは思っている。だがな、明かしたところで、それが本当だと証明できんぞ。それこそ、そこの褒美にある、心を読み取るを選ばぬ限りな」
その言葉に誰もが沈黙する。
そうなのだ、結局、本当の事だという前提で話されても、それを確かめる方法がない。このままだと、思考の泥沼に沈んでいきそうだ。
貴重な褒美を、たった10分程度の心を読む時間を得る為に消費するのか?
信用、虚偽、疑惑、迷い。心がざわつく。何が正しいのか何が間違っているのか、俺に判断が出来るのか。
「証明? そんなのイージーでんがな、まんがな! ミーがステータスオープンするから、みんなルックオッケーよ」
胸を張って言い放つ田中さんを、俺はぼーっと見つめてしまった。
確かにステータスを他人も見られるなら、相手の能力は全て明らかになる。この方法なら疑心暗鬼も消え、互いを信用するしかなくなるが……。
自分の手の内を全て見せていいのか? 本当に信用していいのか?
何度も自分への問いかけをしてみるが、答えは出そうにない。
「どうよ、このナイスな提案! こんなので褒美を一つ使用することはナッシング! ミーを見直したのなら、ディナーはおかず一品増やすとイイネー」
ドヤ顔なのが若干うざいが、彼女の提案のおかげで俺たちの関係が一歩進展するかもしれない。どうする、本当に、どうすればいい。
「そう、だな。腹をくくるか。俺もその提案に乗るぞ。ステータス見せても構わねえぜ。これ以上は腹の探り合いも面倒だしな」
まさか杉矢さんがそっちにつくとは。慎重な人だから、躊躇うと思っていたのだけど。
ここで、まだ決断できていないのが俺と――織子だ。
腹を割って嘘を吐かずに話そうと言っていた彼女が、俯いたまま唇を噛みしめ口を開こうとしない。そうか……なら、俺の行動は決まっている。
「俺もステータスを見せるよ」
田中さんは屈託のない笑顔を見せ、杉矢さんは「ほぅ」と息を吐いた。
織子は今にも泣きだしそうな顔で俺を睨んでいる。あの表情は何を語っているのか。怒っているのか悲しんでいるのか……後悔しているのか。
俺には判断が付かなかった。
「私は……本当は、見せたくない……嘘をついていたから。これがバレたらきっと幻滅される……」
涙声でそれだけを伝えると、俯いたがまま肩を震わせている。
嘘か。それがナニを示しているのか。
レベル? 特殊能力? それ以外のこと?
疑問が次から次へと頭に浮かぶが、質問を口にすることは無い。皆と同じく黙って、彼女から話してくれるのを待つだけだ。
「でも、私だけ見せなかったら、もっと疑われる。だから、二度と後悔しないように皆さんにステータスを公開します」
「後悔と公開がかかっているネ」
「黙っとけ」
悲痛な表情で決断を口にした織子の発言に、田中さんが余計なことを呟き、杉矢さんに小突かれている。
彼女は真ん中のガラス板の前まで移動すると、それに触れた。表面が仄かに光を放ち文字と数字が浮かび上がってきた。
「これが今の私の状態です」
そう言って浮かんだ文字を見やすいよう横にずれる。ガラス板を覗き込むとそこには、彼女の本当の力が示されていた。
焔 織子 レベル25
体力 82+1000
精神力 60+1000
筋力 88+50+100
頑強 91+50
器用 75+50
素早さ 83+50
特殊能力 『不屈』1『熱耐性』7『格闘技』12『気配察知』7『暗視』5『体幹』10『剛力』5『頑丈』5『努力』7『釣り』5『平衡感覚』5『風操作』5『看破』5
ライフポイント 42/105
持ち物 ライダースーツセット(不壊) 封印のナイフ(不壊)
その実力に思わず息を呑んだ。
彼女から教えられていた能力の多くが嘘、もしくは隠されていた。この事実はそれほどショックではない。俺だって話していない特殊能力がある。
全てを明かさずに秘匿するのは当たり前のことだ。
ただ、無いと偽って『気配察知』の訓練を共にしていたという事実は、少し、ほんの少しだけ悲しかった。
レベルが俺と同じで、特殊能力の多さ。それに加えライフポイントの残りと、いわくありげな武器。これがどういうことを意味しているのか。
つまり彼女は死に戻りを利用して、褒美を何度も選んでいたという揺るぎない事実が、このステータスやアイテム一覧である。
俺に偽りの情報を伝えていた。それがわかれば、今まで培ってきた信用は一気に崩れさる。それがわかっていたからこそ、ステータス公開を拒んでいたのだろう。
「こりゃ、スゲエな。ワシも結構やるもんだと思っていたんだが、嬢ちゃんのステータスは半端ねえぞ」
「オウ、めちゃ凄いでんがなー! アンビリバボーでグレイトよ! これだけパワフルガールだったら、ハート強いネ!」
杉矢さんは感嘆の声を漏らし、田中さんは額をビシビシと何度も叩き、天を仰いで両腕を広げている。かなりのオーバーリアクションで驚いてみせているのは、場の重苦しい空気を吹き飛ばす為に、わざと道化を演じてくれているのだろう。
「ごめんなさい。私は嘘ばかりついていました。助けてくれた、網綱さんを信用できずに、ずっと嘘をついて隠して……それどころか同情を誘う為にライフポイントも偽って……」
時折見せていた悲しげな横顔は、ライフポイントの残りを気にしていたのではなく、俺に対する罪悪感だったのかもしれないな。
内容を知っても不思議なぐらいに怒りは全く湧いてこない。悲しくはあるが、思っていたよりかショックを受けていない。精神力が上がっているおかげなのか、それとも、この程度の事は考慮していたからなのか。
むしろ、今は清々しい気分だ。喉の奥に引っかかっていた小骨が取れたような、スッキリした気持ちでいる。この程度の嘘だったのかと安心しているのかもしれない。
人はわからないから疑い、不安になってしまう。隠し事が明らかになったことにより、俺は胸のつかえが取れたのかな。
「織子」
「は、はいっ」
呼びかけに過剰に反応をした織子が、目に涙を湛えながら俺の目を見つめている。
その姿が、これ以上、嘘偽りを重ねないという真摯な態度に見えたのは、俺の都合のいい幻想なのかもしれないな。
「特殊能力の看破と封印のナイフについて、訊いてもいいかな?」
「はい。看破は相手の能力を見抜いたり、幻術の影響を受けないみたいです。この能力で皆さんのレベルと身体能力だけは、今でも読み取ることが出来ます。特殊能力は全く見えません。封印のナイフは褒美の武器であったから、何かに役立つだろうと選びました」
『看破』はかなり有効な能力だぞ。特に対人戦――プレイヤーと戦う時に真価が発揮されそうだな。この特殊能力があることを知っていたら、さっきの交渉前に女の子を見てもらえばよかった。特殊能力は見えなくても、身体能力だけである程度の予想は立てられる。
封印のナイフは使ってみないことには何もわからない。相手の特殊能力を封印できるなら、切り札にもなるが。
後はまたじっくり話を聞くとするか。これ以上ここでとやかく言うのは彼女を追い詰めることにもなりかねない。
「織子。一応言っておくけど、そんなに怒っていないから。全く怒っていないと言えたらカッコイイのだろうけど、そこまで人間出来ないんだ、ごめんな。でもね、ここでは生きる為に嘘をついて当たり前だと思う。ほんの数日共に過ごしただけの相手を全面的に信用する方がおかしいから。だからさ、あまり気にし過ぎないでいいから……俺からは以上だよ」
もっと気のきいたセリフは無かったのかと自分が情けなくなるが、今の俺にはこれが精一杯のようだ。思っていたよりかは動揺もしていないが……やっぱり、ショックだったんだな。全てを許して受け止めるぐらいの度量があってもいいだろうに。
「ワシからは特にいうことは無いぞ。ワシも結構秘密にしていることが多いからな」
「じゃあ、ミーもシークレットいっぱいネ。女は秘密がある方が魅力的言うやんけー」
「ありがとう、みんな……」
杉矢さんはわかるが、田中さんに秘密があるようには思えない。ただ張り合う為に言っただけだろ。
でも、彼女の明るさに助けられているのは確かだよな。感謝しています。
俯いて目元を拭っている織子は暫くそっとしておこう。
「ではー、次はミーのオーダーね!」
「いや、お前は最後のオチ担当だ。ワシからいこう」
織子の一件で全て終わった気になっていたが、まだ二人分と俺の分も残っていた。
気持ちを切り替えて二人の能力を頭に叩き込んでおくとしよう。




