十六回目 12
「釣り番組に出ることもあるかもしれないだろうが、これぐらいで酔ってんじゃねえよ」
「ジーザス、シット。この中途半端なスイングが、逆にアウチね……オウ」
嵐の中でもクルーザーでも酔わなかったらしいのだが、田中さんは最近釣りの最中に船酔いすることが多い。
海面の揺らぎを見ていると催眠術にかかったかのように、頭がくらくらしてくるらしく、ああやって甲板にダウンしている。
「田中さん、そんなんじゃ、水着で魚釣りとかやっている色物バラエティーで起用されませんよ」
「織子ちゃん……キャロラインね……何で、色物限定ヨー」
まあ、その口調と露出度の激しい格好だと需要はそうなるよな。
何かのきっかけでブレイクしてもおかしくないキャラだと思うのだけど。
「でも、芸能人を目指すならモデルやった方が受けそうだけどな」
「あれに言わせると、人を笑わすのが夢らしくてな、お笑いじゃないと意味がないそうだ。バイトでモデルもたまにしているとは言っていたぜ」
才能よりも夢を選んだのか、ちょっとだけ田中さんの株が上昇した。涎を垂らして甲板で痙攣している姿なんてバラエティー向きだよな。
もし、元の世界に戻れるならツイッターで拡散してあげないと。貴重なスマホの電源を利用して写真を撮っておいた。
「まあ、あのキャラが確立したのはここにきてからっぽいがな。ライフポイントも残り少なくなってきて、色々と吹っ切れたようだぞ。ああやって、気分を無理やりにでも高揚させてないと……自分を保てないのかもしれんが」
杉矢さんが釣り竿の先を見つめながら、ボソッと呟く。
あれから聞いた話によると、明言はしてないが杉矢さん自身は、結構ライフポイントが残っているらしい。だが、キャロライン……じゃない田中さんは二桁を切っているそうだ――織子と同様に。
何故そんな情報を伝えたのか杉矢さんに訊ねると、頬を掻きながら意味深な表情でこう告げた。
「お前さんはお人好しだ。その事を知ったら、どんなことがあっても、あのバカを犠牲にして助かろうと思えなくなったろ? 一応、これでもアレを気に入っていてな。すまんが、ワシと同じようにアイツの面倒を見てやってくれや」
何処か少し照れたようにも見えた杉矢さんの横顔に、出し抜かれた気持ちは消え失せ、黙って頷くことしかできなかった。
俺だけがクリアーするなら、死に戻りを利用するいつもの策が使えるのだが、彼女たち二人を無事クリアーさせるには、死んではならない。って普通なら、当たり前のことだよな。
「ところで地図だとどの辺りですか」
「おう、ちょっと確認してみるぜ」
釣りの最中に背もたれとして利用していたバックパックから、B4サイズの白い板を取り出すと、スマホを画面で操作する様に杉矢さんが触っている。
あれはライフポイント10で得られる地図でキャサリンさんの所有物だそうだ。
命を削って手に入れた地図はかなりの高性能で、拡大縮小機能もあり自分の現在地も表示されている。
織子と二人きりの時は目的もなく波間を漂うしかなかったのだが、この地図のおかげで何処に向かうべきかもはっきりした。
何もない地図の南東に小さな点が存在していたのだ。それを拡大してみると、どうやら島らしく進路を変更してそこへと向かっている最中。
ライフポイントが少ない二人が居るので、このままクルージングを満喫して日々を過ごすという提案もあったのだが、野菜類が乏しくなり魚だけではいつか体を壊すという結論に達した。
それに、時間をかけすぎることによる罰則が存在していても不思議ではない。何事にも用心をするに越したことはない筈だ。
あの島がどういったものであれ、食料の確保とクリアーへの情報集めに立ち寄ることとなったが、どうにも嫌な予感がしてならない。
『危険察知』が反応しているのかどうか判断が難しいのだが、後ろの首筋辺りがチリチリと焼かれるような感覚が続いている。
「もう少しっぽいぜ。平和な船旅もそろそろ終了かもしれん」
「命懸けのゲームの最中だと忘れそうになるなぁ」
それぐらい穏やかで平穏な日々だった。だが、ここはそんな優しい世界じゃない。
死に戻りの日々を乗り越えてきた、あの感覚を思い出せ。腑抜けた精神とも別れを告げないと。
「でも、本当にいいのかな。もう少しのんびり船旅をしても……」
野菜不足になり栄養が偏ったとしても、すぐにどうこうなる訳じゃない。ライフポイントの残りが少ない二人に配慮するなら、ギリギリまで船の生活を楽しむ方が幸せなのではないか。俺が何度も悩んできた事がそれだ。
「前も言ったじゃねえか。いいんだよこれで。あの二人も納得しているしな。それにだ、お前さんもあまり長引かせるのは得策じゃないと思っているんだろ」
「ただの勘だから、根拠も何もない」
「だがな、俺はお前の勘というか予感は当てになると考えているぜ。網綱は、こう言ったら何だが、一番初期能力が低かったにも関わらず、一番上手くこのゲームをこなしている。それは、お前さんと製作者の思考回路が似ているから……ってのは考え過ぎか?」
確かに俺は初期ステータスがこの四人の中で一番低かった。昨日、晩飯時にステータスの話が盛り上がって暴露大会となったのだが、俺以外の三人はスポーツの経験者や、日頃から体を鍛えていたりしたので、初期値の殆どが俺を上回っていたのだ。
それだけならまだしも、二人とも特殊能力を初めから三つ以上所持していたんだよな……。
壊滅状態の俺だというのに、誰よりも少ない死亡回数でここまで辿り着いた。杉矢さんのライフポイントは正確な数字が不明だが、俺よりは低い。あのクルーザーに30ポイントを消費したと口にしていたから。
そこから導き出された答えが、杉矢さんが口にしていた「製作者の思考回路が似ている」に繋がるのだろう。確かに予想が的中していたことが多く、相手の思考が読めるということは似ているとも取れる。
こんな性格の腐った製作者と考えが似ているかもしれないという可能性……胸糞の悪さに吐き気が込み上げてくる。
でも、俺の読みが鋭いと言われるよりも、こっちの方が説得力はある。最悪な気分だが、その事により生存率が上がるのであれば、甘んじて受け入れてやるさ。
「その予想が正しければ、俺の悪い予感の的中率も馬鹿にできないと」
「そうなるよな。一応言っておくが、考えが似ているからと言って、ここの製作者のような外道と網綱が同等なんて言う気はないぞ。発想が同じだとしても、それを行動に移すか、馬鹿な考えだと一笑するか、その差は歴然だ」
そうだな。犯罪者の気持ちが理解できる人がいたとしても、実際に犯罪行為に走る人と行動に移さない人とでは雲泥の差がある。
「まあ、あれだ……悪い、例えが酷すぎた」
「いや、むしろ、すっきりした。もう少し、俺の勘を信用してみることにする。ありがとう、杉矢さん」
「おう、頼りにしているぜ」
肩を強めにバンバン叩いているのは照れ隠しなんだよな。前に田中さんからこそっと教えてもらった。
うだうだ考えるのはこれぐらいにしよう。死に戻り前提の、初見殺しが基本のステージばかりを経験してきた。余計なことを考えていたら、それだけ死が近づく。
「網綱さん、何か見えてきたよー!」
「オウ、マジですがなー。ファッツ? あれはアイランドにしては……」
珍しく田中さんが言い淀んでいる。目を凝らしてその方向を睨んでいるようだが。
視線の先にあるのは青の世界を侵す小さな異物といった感じなのだが、距離が近づくにつれてその姿が明らかになっていく。
一番目立つ大きな物体は島で間違いない。中心部が盛り上がっているのは山か。緑も結構豊富に思える。距離がありすぎるので全体の大きさが把握できていない。
「結構でかい島だぜありゃ。うちの町ぐらいの規模はありそうだな」
その表現わかりにくい。一日で島を一周するのは不可能なぐらいの大きさはあるみたいだが。島については他に気になる点は無いのだが、問題はその島を取り囲むようにして点在している、灰色の巨大な扉の存在だ。
おそらく第六ステージのゴールだとは思うのだが、第五ステージと同じぐらい扉が大きい。それだけではなく、扉の上部に電光掲示板のような物が乗っかっている。
「あの数字なんだろう?」
織子の呟きは皆も抱いていた疑問だったようで、誰も答えを返せずに首を傾げるだけだった。
電光掲示板のような物には、白く輝く数字が表示されている。島を取り囲む扉は見える範囲だけでも20以上あり、その全てにそれが乗っている。
「あれー、ナンバーが一致してませんでんがな」
胡散臭い口調の田中さんが指摘している通り、数字がまちまちだ。0~4までの数字が規則性もなしに輝いているようだ。
「んー、開いている扉には1~4の数字で、閉まっている扉は0ってか。何か意味があるのか?」
杉矢さんと同様に、俺も気になっているのはそこだ。
閉まっている扉は全て0で、開いている扉は1~4。考えられることは――
「扉に入れる人数制限か」
閉まっている扉は人数制限に達したから0。開いている扉には、そこに入れる残りの人数が表示されている。そう考えると辻褄が合うような。
「そう言われると、それっぽいぜ。なるほどな。だったら、ワシらが入るべき扉は4となっている扉か」
「おそらくは。だけど、何で人数制限をしているのかって話だよな」
「次のステージは多人数で挑むからじゃないかな! 四人パーティーはロールプレイングゲームの基本だし」
確かにと織子の意見に同意しそうになるが、そんな単純な答えでいいのだろうか。チームプレイが必須のステージなら、この四人で挑むことに反論は無い。
幾つもの扉と数字。これだけでも警戒するには充分なのだが、更に気になるポイントがある。扉付近を漂う多種多様な船の存在だ。
甲板には何人もの人影が見える。うちの船より大きな船体はないようだが、同じように手作りしたであろう船も数多く見受けられた。
「あいつらも同じプレイヤーなのだろうな。ワシらと同じく様子見をしているのか」
「おそらくは……黒虎船内に隠れておいてくれるかい」
黒虎の姿を見て敵と判断して襲い掛かられる可能性を考慮して、暫くの間は隠れてもらうことにする。
ここまで生き延びてきたプレイヤーなら用心深くて当たり前だ。あんな怪しい扉に躊躇いもせずに突っ込む愚か者は、存在しないと考えるべき。
見える範囲だけでも結構な数がいる。どれだけ多くの人が強制参加させられて、死んでいったのか。それを考えるだけで、製作者への怒りが込み上げてくる。
「オープンしているドアにレッツゴーでんがなー。ハリーハリーハリーポッ……」
著作権に引っかかる発言をする寸前で杉矢さんのツッコミが炸裂した。逸る気持ちはわからなくもないけど、せめてあの数字の謎を解いてからにしたい。
どの船でもいいから扉を通ってくれないかな。それで立証されるのに。
「いったーいネッ! この男尊女卑マン! 今日こそ決着をつけてやるんやでー」
勢いが強すぎたようで頭を押さえて涙目の田中さんが、杉矢さんに飛びかかっていく。身体能力が向上しているのに加えて、『瞬足』という特殊能力持ちである田中さんの動きは、人の動きを軽く凌駕している。
集中して見ていないと残像が見えるぐらいの速度で、杉矢さんの周囲を走り回っているのだが……欠伸しているな杉矢さん。
「トゥデイこそ誰がトップか教えてやりまくりでんがなあああっ!」
叫ぶと同時に最高速に達した田中さんの姿が甲板から消える。注視していたというのに、俺の目は彼女を見失ってしまった。
杉矢さんは足元に転がっていたモップを足で拾い上げると、彼女が消えたとほぼ同時にその場に座り込んだ。モップの柄を突き立てたまま。
「ぶじゅるああああぁぁ」
情けない悲鳴と鈍い音が響き、モップの柄に顔面を打ち付けた田中さんがズルズルと滑り落ち、甲板でお尻を突き出したまま、土下座をするような格好で伸びている。
「だから、いい加減学びやがれ。お前の動きは直線的過ぎるんだよ。加速がつき過ぎて、咄嗟の方向転換ができてないと、何度言えばわかるんだ、この空っぽな頭は」
柄で田中さんの頭を叩くと、木魚のような軽い音色がする。
この二人の戦い――じゃれているのはいつもの事なので、俺も織子も傍観しているだけだ。田中さんも本当に怒っているのではなく、構って欲しいだけなんじゃないかと最近思うようになった。
だが、このひと悶着というかいつものショートコメディーはかなり注目を浴びてしまっているようで、何隻かが近づいてきているな。
この船体の大きさも、目立つ要因なのだろう。
さて、どうするか。穏便に話が出来る相手なら情報収集をする手もあるが、向かってきている六隻の内、五隻は少し間を置いて止まり、一隻だけ接近中か。
『気配察知』が三人の気配を捉えている。
先ずは相手の出方次第か。




