十六回目 10
このまま二人と一匹で海を流離い続けるのもありじゃないか。そう思い始めた矢先、俺の気配察知は新たな気配を捉えてしまった。
「網綱さん、あそこに二人います!」
彼女が指す方向には日本で何度も見たことのある、小さなクルーザー……よりも漁船に近い船が波間に漂っていた。甲板には男女の姿があり、こっちに向かって懸命に手を振っている。
目を凝らして見ると、確かに男女のようだ。男性は俺よりも20ぐらいは上に見えるな。四十代半ばぐらいか。白髪交じりの長い髪を後ろで縛っている。ワイルドというかダンディーというか、男として魅力的に思えてしまう、理想とする男性像だな。俺も年を取ったらあんな感じになりたいが、無理だと断言できるのが悔しい。
無精ひげの生えた日本人の顔なのだけど、外国の俳優のようなイメージを受ける。胸元を開け放ったワイシャツに、洗いざらしのジーパン姿が悔しいぐらいに似合っている。
また隣に並び手を振っている女性が目を引く美しさだ。
髪形には詳しくないので、当たっているかどうか自信が無いがショートボブだったか、首筋が見える短さで髪色は日本人ではあり得ない金髪。歳はたぶん俺と同じぐらいか。
袖のないシャツにローライズにも程があるだろうと、文句の一つも言いたくなるレベルの目に毒過ぎる短パン。露出度が半端ない。
スタイルも文句のつけようがない。顔にはこれといって特徴が無いのだが、それはつまり整っているということだ。平均的な顔っていうのは美形だと言うしな。
「何か、映画のラストシーンみたいだ」
「うん、下からスタッフロールが流れてきそう」
まあ織子も平均ランクを軽く超えているけどな。何だろう、あの人たちを助けると、俺だけが浮く自信がある。見捨てるか。
「それじゃあ、風を頼む。俺は舵を動かすから」
「わっかりましたー」
流石に良心が咎めたので、素直に船を寄せることにした。
船の縁から上半身を乗り出し、クルーザーにいる人たちへ声を掛ける。
「どうしましたかー」
「おーい、助けてくれ! 動力源がいかれちまってな。困り果てていた」
「お願いしマース。このままでは干物になっちまうでんがなー」
男性の方は声も渋く、男の魅力満載で羨ましい限りなのだが、もう一人の露出度高めの女性が予想外だった。
話し方がアニメに出てくるニセ外人っぽい。おまけに妙な関西弁も混ざっている。
何と言うか、キャラ濃すぎるだろ。ダメだ、この人たちに囲まれたら俺の存在が消え失せる。やはり、見捨てるという選択が得策か。
「救助は構いませんが、こちらに移る場合、その船を捨てることになりますよー」
「網綱さん、縄梯子降ろすねー」
俺が止める間もなく縄梯子が投じられた。くっ、遅かったか。
冗談はさておき、甲板に上がった二人は思ったより元気に見える。男性の方は俺のバックパックと同じデザインの物を背負っている。たぶん、同じく褒美で手に入れた品だろう。
「ふぅー助かったぜ兄ちゃん。食料は尽きかけているわ、嵐に遭遇して沈没しかけるで散々な目に合ってな」
バックパックを甲板に降ろして苦笑いを浮かべる姿に、見とれてしまいそうになるってどうなんだ。そっちの気があるわけじゃないのだが、一つ一つの仕草が悔しいぐらいにさまになっている。
「オウ、とってもピンチでんがなー。こんなオッサンと無理心中は勘弁デース」
「おいおい、選ぶ権利はこっちにあるんだぜ。乳臭いガキには用がねえよ」
「はっ、老人は介護施設でセフレでもゲットするがいいでんなー」
お互い口汚く罵りあっているが、本気ではなくじゃれている様にしか見えない。何だかんだ言っても仲は悪くないのだろう。
あと、女性の方は顔が北欧系のハーフっぽいが、発言が外人というより、テレビで見たことのある、昔ブレイクしていた芸人を彷彿とさせる。あと、適当な関西弁を挟むのがうざい。
「ええと、取りあえずはお二人の名前を伺ってもいいですか?」
「お、まだ名乗っていなかったか。ワシの名前は豪徳寺 杉矢という。ご近所の奥様方には、杉様と呼ばれているぜ」
名字も含めて渋いな。一人称がワシなのか。近くに来てわかったのだが、かなりの高身長だ。180は軽く超えているな。俺より確実に10センチは高い。大きく開いた胸元を見ても胸板が厚く、鍛えられた肉体を惜しみなく晒している。
「ミーは、田中キャロラインでんがなー。大阪人とアトランティス人とのハーフなんやでー」
「…………」
どう反応していいかわからずに、隣でため息を吐いている豪徳寺さんに視線を向けた。
「取扱いに困るだろ。面倒くせえから無視していいぞ。こいつ、売れない女芸人でな。個性的なキャラを履き違えて、絶賛迷走中だ。美人ハーフ系大阪弁キャラを目指しているらしいぞ。ちなみに英語は苦手らしい」
「何トークまんがなでんがなー」
ビシッと裏拳を豪徳寺さんの胸に叩きつけている。顔は笑っているが、目が笑っていない。今のはツッコミなのだろうが、それにしては威力があり過ぎる。
「昼ごはん食べましょうか」
対応にどっと疲れたので、ご飯を食べている間は静かになるだろうと早めの昼食をとることにした。
「オウ、シーフードのエキスがお口の中で、ひぐううぅぅ、溢れるぅぅぅ。はああん、たまりませんなー」
一口食べる度に大袈裟なリアクションと、意味不明なコメントやめてもらえないかな。
「いつか食レポの仕事が来た時の為の練習らしいぞ。毎回やるから、今の内に慣れておいた方が身のためだぜ」
我関せずと箸を進めていた豪徳寺さんが、呆れ顔の俺と織子にアドバイスをしてくれた。豪徳寺さんはたった一人で、この鬱陶しいトークを聞かされ続けていたのか。よく耐えられたもんだ。
しかし、芸人なのか。テレビを殆ど見ない生活だったからか、見た記憶が一切ない。織子に視線を向けると、目で何を訴えかけているか理解したようで頭を左右に振っている。
「芸能人なのですか。豪徳寺さんも俳優とか似合いそうですよね」
「おう、良くわかったな。ちょっと手を出しているぜ」
そうなのか。この人若い頃かなりモテただろうな。役者としても大成しそうに見えるけど、そこら辺は詳しく訊くのも失礼な話か。
「俳優? ユーが? ぷはははははは、どうせアクターって言っても、アダルトな――」
あ、いい音がしたな。後頭部を押さえて、田中さんが蹲っている。
「これが本場物のツッコミだぜ。勉強になったろ」
「女を殴るなんて、サイテーすけこまし野郎でーす」
よくわからない関係だな。俺たちと同じく気が付いたらここに連れてこられていて、この海ステージで溺死寸前の田中さんを、豪徳寺さんが拾ったらしい。
それから、二週間近く一緒に過ごしていたとの話だった。
「あっと、兄ちゃん……ええと山岸だったか」
「網綱でいいですよ」
「これからネットロープと呼びマース」
「やめてください」
中学生の時に定着しかけたあだ名を思い出すので、素早く釘を刺しておいた。
「じゃあ、網綱。お前さん、特殊能力を訊ねてきたが、止めておいた方が良いぞ。自分の能力を他人に明かすこともな。それに、助けてもらってなんだが、こんな怪しい二人組を簡単に船に上げるのも危険だぜ」
「やはり、そうですよね」
豪徳寺さんが言いたいことはわかる。こんな殺伐としたゲームだ、恩を仇で返す人がいてもおかしくはない。それこそ、ライフポイントが残り少なければ、相手を殺してでも生き延びたいと思って当たり前だ。
「まあ、俺もこのバカも裏切るような真似はしないが。この礼、いつか必ず返す」
「フール言う人がフールなんやデース。ミーもベリー感謝ね」
心からの感謝の言葉に思える。だが、この人たちが芝居をしていたとしても、それを俺は見抜くことは可能なのだろうか。
危険性は把握しているが、それ程、危機感がないのはライフポイントの余裕と、死に戻りが出来るという強みだ。もし、ここで本性を表して、この人たちが俺を殺したとしよう。そうなったら、次回からは気を付ければいいだけの話。
俺が心から信頼しているのは黒虎だけだ。
「あっ、黒虎のご飯忘れてた! 悪い、黒虎ご飯だよ!」
「黒虎? この船にはまだプレイヤーがいるのか」
豪徳寺さんが口にしたプレイヤーという名称なのだが、話し合いの最中に参加者の事をそう呼ぶことに決めた。全員が別々の呼び方をしていたので。
「ああ、黒虎はさっきざっと説明をした、仲間になった虎ですよ」
呼び声に応えて、船内から黒虎が姿を現した。二人ともぎょっとした表情になったが、あらましは説明しておいたので、すぐさま理解してくれたようだ。
「ほう、立派な虎じゃねえか。こんな相方がいるなんて羨ましい限りだぜ」
「オウ、グレイトね! このマウスうるさ、くたびれ男とチェンジしまへんかー」
怯えるかと思ったのだが好印象のようだ。事前の説明とここまでの苦難で俺と同じく精神が鍛えられたのだろう。
「お二人ともお疲れの様ですから、風呂にでも入ってからぐっすり休んでください」
「風呂だとっ!」
「バス!?」
二人とも過剰に食いついてきたな。まさか、風呂があるとは思っていなかったのだろう。
船内には風呂を作ろうとして断念したのだが、実は船内ではなく船外に風呂が備え付けられている。いや、正確には風呂目的ではなく、釣った魚を長持ちさせる為の生け簀として製作した。
甲板の船首付近に蓋がしてあって、そこに四角い窪みが彫ってある。海水を入れる予定だったのだが、雨の日に蓋の隙間が空いていたようで、そこに雨水が溜まっていたのだ。
あ、これは風呂できるんじゃね? という判断により『発火』で沸かした結果、露天風呂が完成した、という経緯である。
昨日も大雨が降ったので、水は潤沢にあるから問題ない。
「マジか、おまけに露天風呂とは……」
「極楽ヘブンね! じゃあ、まずはレディーファーストで決定やー。織子ちゃん一緒にゴートゥーバス!」
「あっと、えっと、先にいい?」
「ああ、構わないよ。お湯沸かすから、先に二人でどうぞ。豪徳寺さんは後で良いですか」
「おう、もちろんだぜ」
日本人に風呂というのは何よりのご馳走なのかもしれない。二人とも助け出してから一番良い笑顔を見せている。
お風呂に手を突っ込んでいつものように風呂の温度を調整して、丁度いい湯加減になると二人を呼んだ。
「待ってましたーデース。ゴウトクジーサン、風呂覗いたらアナルホールインアームして、奥歯シェイクしマース」
奥歯の英単語がわからなかったな。少しだけ彼女のキャラが掴めてきた気がする。
「娘と歳の変わらねえガキの裸を見て何しろってんだ。もっと色気を出せるようになってから、言いやがれ。終わったら呼べよ。んじゃ、網綱。船の中で待っとくか」
「そうですね」
スタイル抜群の二人が揃って入浴するという絶好のチャンスを逃していいのか? と本能の訴えは無視して、豪徳寺さんと一緒に船内へと入った。
呼ばれたらすぐわかるように出入り口付近の床に座り込むと、正面に胡座をかいて豪徳寺さんも座っている。えっ、何か近くないか。あのふたりの誘惑に微塵も揺るがなかったということは、まさかそっち側の性癖がっ!
「網綱、変な想像してねえか。ちょいとな、お前さんと腹を割って話がしたいと思っていた。内密にな」
あの二人がいない、このタイミングで話を持ちかけてきたか。
俺も幾つか尋ねたいことがあったから丁度いい。このやり取りは織子には聞かせたくないないようだしな。
「ええ、俺も話したいことがあったのですよ」
「なら、丁度いい。まずはワシの考えを聞いてもらうとするか……網綱よ、この非常識な世界、どう考えている。俺はこの世界は、異星人たちの遊び場だと考えている」
……えっ?




