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サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
理不尽なゲーム開始

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十五回目 7

 結局、半日もたなかった黒虎は夜を待たずに息を引き取った。

 自分が死に戻りをしたら復活するとわかっているが、この悲しみはそういう理屈で覆い隠せるものじゃない。

 意味がないことだとはわかっているが、俺は川岸に穴を掘って黒虎を埋めた。

 黒虎は毒に負け、俺が耐えられた理由は『ど根性』のおかげだろう。身体能力だけなら黒虎の方が上回っているのだ、普通なら俺が先に死んでいるべきなのに。

 今も毒が完全に抜けたわけじゃなく、軽い頭痛と吐き気は持続しているが、ドクダミらしき草が入った鍋を無理やり流し込んでいる。

 今更なのだが、棍で葉を振り払った時、棍の能力である不壊を発動させておけば、葉を潰すこともなく毒の汁を浴びることもなかった。焦り過ぎていて、初歩的なミスを犯してしまっている。

 少しは冷静に状況を判断できるようになったかと自負していたのだが、情けない。


「久々に独りで探索か」


 黒虎が死んだ今、頼れるものは己自身のみ。万全の体調ではないので、今晩は木の上で過ごすことにした。

 これも黒虎がいてくれたら順番で見張りに立てたのだが。俺自身が思っている以上に黒虎は役に立ってくれていたのだと、今更になって実感している。

 バックパックは思っていたよりも重くはないが、背中にこれだけ大きな荷物があるというのは違和感というか動きが阻害される。黒虎を本気で戦わせる時は、バックパックを外させた方が良いかもしれないな。

 俺はいつもなら黒虎に預けている背を大樹に託し、バックパックを抱えるようにして眠りにつく。寝ている状態で発動するのかは不明だが『危険察知』を張り巡らすイメージを継続してみるか。


「独りか……」


 昨日と変わらない気温で白のコートは保温性が高いというのに、何故か肌寒く感じる、そんな夜だった。





「体調は……完璧じゃないけど、動けるぐらいには回復しているな」


 毒で思っていたより心身共に弱っていたようで、昼はとうの昔に過ぎ去っているようだ。

 木から降りると遅すぎる朝食を手早く作り上げ、いつでも食べられるように多めに作っておいた料理をバックパックへ収納しておく。

 黒虎の眠る場所に手を合わせると、俺は川岸まで進む。

 ここは水深も浅そうだし、川幅も広くない。いけるか。


 俺はバックパックの背負い紐を掴み、その場で回転をすると遠心力を利用して、向こう岸に放り投げた。川を越え二三度地面でバウンドしているが成功したようだ。

 バックパックは激しく動いても収納した物が破損しないのは実証済み。あれぐらいの衝撃なら何の問題もない。

 棍も同様にバックパックの近くへ放り投げておいた。


「次は俺の番か」


 助走をつけ全速力で川へ突っ込む勢いで走る。川岸の砂利の多い一帯に転がっていた大きな岩を踏みつけ、向こう岸に向かって大きく跳んだ。


「どっせええええい!」


 渾身の跳躍は俺の想像を超え、まるで重力が存在しないかのように体が宙を舞い、バックパックの更に向こう側へと着地した。


「10メートルはある川を余裕で超えるのか」


 自分の実力を甘く見過ぎていたかもしれないな。元の9倍以上の身体能力を得ているのを、たまに忘れそうになる。

 ここ数日……何度も死に戻り濃密な時間を過ごしているので勘違いしそうになるが、俺はここに来てからまだ一週間も経っていない。急激に変化してしまった自分の体を俺が把握しきれていない。


「力を制御せずに、思いっきりやってみるか」


 黒虎がいない今だからこそ、無理も無茶もやる価値がある。

 自分の実力を試して把握する。それもまた攻略への一歩に繋がると信じたい。


「絶妙なタイミングだな」


 バックパックはそのままに棍だけを拾うと、視界の先にある密集した木々の間から姿を現す――巨大なイグアナを正面に捉えた。

 全長10メートル近くはあるか。あれはもう、ドラゴンでもいい気がするな。

 如何にも頑丈そうな皮膚に、太く筋肉の浮き出た四本の足。普通ならどう考えても勝ち目のない化け物なのだが。


「俺だって強くなっている。だよな、黒虎」


 自分の実力を測る為に正面から当たらせてもらおう!

 棍を腰だめに構え、すり足で距離を詰める。イグアナもまさか俺が逃げもせずに挑んでくるとは思ってもいなかったのだろう、じっとこちらを見つめるだけで動こうとはしていない。

 相手の何処を狙うか。妥当なのは脚を狙い機動性を削ぐ。もしくは頭を狙って速攻で倒すかなのだが、あの巨体だからな。容易くやらしてくれるわけがない。相手の頭を下げさす為にも脚からいくか。


 すり足から大地を全力で踏みしめると、軸足で蹴り込む。緩やかな動きから一転して素早い動作。相手の意表をつく目的があったが、期待通り相手が反応しきれていない。

 相手の右に抜けるような走り込みからの、前脚を狙った本気のスイング。相手は避ける気配も予備動作もない。

 その脚もらった!

 内心で歓喜の声を上げる俺の全身に影が落ちた。その瞬間、全身が総毛立ち『危険察知』が警鐘を激しく打ち鳴らす。


 視線を上げると同時に『発火』を発動させて、全身を炎に包ませた。俺を丸かじりしようとしていたイグアナの口が火に触れ、閉じかけていた口が開き顔を背けている。

 何と言う速さの噛みつきだ。そういや、爬虫類とかって昆虫を食べる時、異様に頭の動きが速いな。黒虎のような動物と同じように考えていると命取りになりそうだ。

 俺も相手との距離をとったので仕切り直しになったか。

 やはり、火を放つ相手を食べる気にはならないか。今も火を放出し続けているので、イグアナが手を出せないようだ。これを上手く使えば何とかなるかも知れないな。


 相手に逃げられては実力を試すこともできないので、一旦、『発火』を切る。

 お、首を傾げているな。まずは接近戦に持ち込むことが優先。おそらく相手の攻撃方法はあの異様な速度の噛みつき。尻尾も強力そうだが……トカゲ系って尻尾を武器にしたりするのだろうか。ゲームなら後方の敵に攻撃する手段の一つとしてよくあるが。

 くらったらタダじゃ済まないな。警戒しておくに越したことはないか。

 だとしたら迂闊に後方へ回り込むのは危険かもしれない。側面がベストか。脚に生えた爪も中々凶悪で鋭い……決めつけは止めておこう。


 火が消えた俺なら食えると思ったのか、しり込みしていたイグアナが再度やる気を出したようだ。ドタドタという表現が似合う豪快な四足歩行でこちらに迫ってきた。

 迎え撃つ為に棍を構え、駆け足気味に間合いを詰めていく。あの頭の動きに集中していたのだが、相手は右前脚を振り上げ鋭い爪を振り下ろす。

 ああ、爪も使ってくるのかっ!

 あの質量を正面から受け止めるのは無謀だと避けることに専念して、もう一度相手の右へ抜けるように斜め前に跳ぶ。

 振り下ろされた前足の風圧で髪が揺れる。掠りもしなかった攻撃後の今がチャンスだと、棍を掲げその脳天に叩きつけようとしたのだが――左!?


 風を切る音と、『危険察知』が告げる警戒音。その二つが重なり、迷わずその場に伏せた。

 頭上を通り過ぎていく太く長い何かを目の端に捉えた。あれは、尻尾か。

 やはり、尻尾も強力な攻撃方法の一つだった。躱すことに必死で棍は尻尾に跳ね飛ばされてしまっている。無手となったが、今度こそ攻撃後の絶好のチャンスだ。

 素早く立ち上がると、膝を曲げて力を溜め込み全力で跳躍する。着地地点はイグアナの頭だ!

 相手の目が俺を視認して、巨大な顎が大きく開き、俺をいただこうと待ち構えている。


 所詮、爬虫類か。さっきのことを何故、簡単に忘れるんだろうな。

 俺は腰に装着していた控えの武器サバイバルナイフを手に取り、そのまま相手の口に飛び込んでいく。そして、口が閉じられる瞬間に最大出力で『発火』を発動させた。

 上下から圧縮しようとしていたイグアナの口内が火で炙られ、肉の焼ける匂いが届いてきた。慌てて吐き出そうと口を開いているが、素直に出てやる気は毛頭ない。

 手にしたサバイバルナイフを上顎へと突き刺し、そのまま喉へ向かうように切り裂いていく。


「おおおっ」


 切り裂かれ燃やされている痛みにイグアナが悶え苦しんでいるようで、体が激しく揺さぶられているが、このナイフを離すつもりはない。

 切り裂いたナイフを一旦引き抜くと、今度は避けた傷口に突き刺し、肘まで抉り込む。

 そしてそこから、腕と手だけに『発火』を発生させ火力を最大にする。

 ナイフの先端が上手くいっていれば脳に達しているだろう。それでなくても、この発火によって脳やその付近が焼かれたら……どうなる。

 答えは――徐々に動きが弱まり、ピクリとも動かなくなったイグアナの死体が語ってくれていた。


 口内から顎を押しのけ出てきたのだが、びっちゃびちゃだな。

 イグアナの唾液で全身がぬらぬらと濡れている。全身が燃えている時は唾液も遮断できていたのだが、切れた途端にこの有様だ。

 服ごと川に飛び込み、汚れと唾液を洗い流す。白のコートの撥水加工は大したもので、唾液も表面についていただけらしく、いとも簡単に洗い流してくれた。

 問題は髪に浸透していることなのだが、強引に髪を洗いなんとかましになった……ような。シャンプーとかがないからこれが限界か。

 『熱遮断』があるので水の冷たさも苦にはならないが、一応乾かした方が良いだろうと川岸で枯れ枝や枯葉を集めて、焚き火をすることにした。

 火があれば生き物が寄ってこないだろうという考えもあってのことだが。


「やり過ぎたか……」


 枯れ葉も枯れ枝も大きすぎるので、焚き火というよりはキャンプファイヤーのような高火力になってしまった。

 このままだと森の木々に燃え移ってしまうのではないかと心配になったが、いや、待てよ。いっその事、森を焼き払うという豪快な手法もありじゃないか。

 自然破壊という点では問題になるだろうが、そもそも、こんなわけのわからない糞ゲーをやらされている俺が、そんなものに配慮する必要性は皆無だ。

 ここは川岸だから、いざとなれば川に逃げ込めばいいだけだしな。あれ、意外といい手段じゃないのだろうか。


 そんな汚い作戦を思いつきほくそ笑んでいると、急にあたりが暗くなってきた。

 空を見上げるとさっきまでの快晴が嘘のように、分厚い雲が広がっている。これは、一雨来るかもしれないな。消火の必要もなさそうだ。

 辺りもまるで夜を迎えたように暗くなり、気温も一気に下がってきた。燃え盛る焚き火の明かりが、力強く周囲を照らしている。

 まあ、灯りが無くても『暗視』があるからどうとでもなるけど。

 雨宿りをする場所が必要だと判断して、川岸から離れようとした足がぴたりと止まった。


「あ、やばいなこれ」


 『気配察知』が無数の気配がこちらに向かってくるのを捉えている。その数は一、十、二十……数えるのが馬鹿らしくなる。

 無数の気配が四方八方から俺を追い詰めるように迫ってきて、逃げ場のないことを悟った俺は開き直って、その場で突っ立っている。どうしようもないからな。

 気配が何であるか目視できるようになり、正体が明らかになった。

 巨大な毒々しい羽の色をした蛾の群れ。


 角が四本もあるカブトムシ。

 鋭利な鎌のようなものが生えているクワガタ。

 蛍光塗料でも付けているのかと思わせる、光り輝くカナブン。


「ああ、虫って光に集まる習性があったな……」


 その虫たちが俺へと迫ってきて――焚火の中へと次々と飛び込んでいく。


「うおおおおっ、熱っ! 熱っ!」


 これこそ飛んで火にいる夏の虫ってやつか。勢いよく虫たちが飛び込むので、火が周囲に飛び散り、森にも引火し始めている。俺も近くにいるのは危険すぎるので、焚き火から離れたいのだが……集まってきたのは虫だけではなかった。

 焚き火を遠巻きに取り囲んでいる、イグアナやネズミの姿が何匹もいる。

 動物たちは火に集まった虫狙いなわけか。焚き火から離れたら動物の餌食。焚き火に近いと跳び込んだ虫たちのとばっちりを受ける。


 どうしろと。

 いざとなったら川に飛び込んでやり過ごすしかないか。周囲を警戒しながらじりじりと川面に向かって歩を進め……進め……あれ、体が鈍い?

 足が思ったように動かないぞ。全身が重いような、感覚が鈍くなってきてないか。

 一歩進むだけでも全身の力を込めなければ、体が動こうとしてくれない。意思が神経に伝わっていないかのような、手足が俺の物じゃないような違和感。

 その原因であろうモノに俺は気が付いた。あの毒々しい蛾がやってきてから大気に漂う鱗粉。あれに神経性の麻痺毒のようなものが含まれているのじゃないか。


 蛾の鱗粉には毒が含まれているものもあるって、何かで見た記憶がある。ゲームの武器にも毒蛾のなんたらとか言う武器もあったしな。

 くそ、体は麻痺して動けないのに、思考は普通にできるのが忌々しい。川岸に寝そべり、微動だにできない体で焚き火に昆虫が突っ込み、焼け死ぬのを眺めるしかできない。

 このまま、俺が見過ごされるのなら何の問題もないが――そんなに甘くないよな、この世界は。

 焚き火から離れすぎていたのが原因なのだろう。俺の近くにイグアナとネズミが数体やってきている。互いを牽制しながら誰が俺を喰うかでもめているようにも見えるな。


 やめてっ、私の為に争わないでっ!


 くそ、声が出たら言いたかった台詞なのに。今から食われるのを待つ身だというのに、よくもまあ、こんな冗談が思いつくものだと自分でも感心する。神経が図太いどころの話じゃないな。

 どうやら、イグアナで最も体格のいいボスっぽいのが俺を食べることに決まったようで、のっしのっしと歩み寄ってきた。

 ああ、その大きな口で食われる訳か。どうせなら、この麻痺は睡眠作用も付加して欲しかったな。眠っている間に食われるなら苦痛も恐怖も薄れただろうに。

 顎が閉じられる瞬間俺は――『発火』を発動させた。


 ふはははは、ざまあみろ。そう簡単に食われる気はない!

 動けなくても全力で足掻いてやる。最後の最後まで抵抗して、俺の不屈の闘志を見せつけて……あ、その巨大な爪を振り下ろすのはちょっと、タンマで――


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