十五回目 6
さてと、黒虎起こそうかな。途中で見張りを交代してからは何かが襲って来ることもなく、平穏無事に朝を迎えた。
ここの生き物は夜行性が少ないのか。それだったら、ありがたいけど。
この世界に朝も夜も存在していることを当たり前のように考えていたが、本当にこの世界はどういう仕組みなんだろう。まあ、うだうだ考えるより、ここをクリアーした暁に製作者を探し出して、問い詰めるのが一番か。
起きた黒虎と魚祭りを開催して腹いっぱいになると、木に登り大樹らしきものがあった場所をもう一度確認して、川から一旦離れてそっちを目指すことにした。
その場所に近づくにつれて周囲から気配を全く感じなくなっている。植物は問題なく生えているのだから、生き物が恐れる何かがあるということなのだろうか。
肌がひりつくような感覚。これは『危険察知』が近づくなと警告を発してくれているのか。だとしたら従うべきなのだろうが、危険を承知で進まなければこのゲームはクリアーできない。
「黒虎、注意してくれ。危ないと思ったら即座に撤退するから」
「がうぁ」
忍び足で気配を殺し、俺が右側、黒虎が左側を警戒しながら進んでいく。
やっぱり生物はいないようだな。いや、それどころか植物も消え失せている。地面は地肌が剥き出しで荒地のようだ。
視界がクリアーになったおかげで視線の先にある巨大な木が目に入る。一見ただの木に見えるな。天を突くような高さと俺の体がスッポリ隠れるような葉を無視するなら。
葉っぱの形はクリスマスの飾りでよく見るギザギザの特徴的なアレだ。ということはヒイラギに近いのだろうか。
ん、よく見ると茎に無数の刺が生えている。刺さると痛そうだな。
「死体か」
ヒイラギもどきの周囲には様々な死体が転がっている。遭遇したことのある蟻や蚊やネズミの死体がうじゃうじゃと、数えるのも馬鹿らしくなるぐらいの数だ。
新鮮なものから白骨化しているものまである。まだ新しい方の死体は外傷がないように見えるが。死因は何なんだ?
余りにも不気味な光景に背筋がぞわっとするが、怯えるのも時間の無駄。訳の変わらない状況だからこそ、冷静に見極める必要がある。
「黒虎危ないと思ったら速攻で逃げるぞ。今は警戒を維持しつつ、あまり動かないでくれ」
注意を促し、周囲を見落としがないように観察する。動物か魔物かジャンルはわからないが生物の死体が無数に転がっている。新鮮な死体には大きな傷が見当たらない。
考えられることは毒殺か。
「黒虎、これを口に巻くぞ」
バックパックに入れておいたスーツの上着を取り出すと、黒虎の口元を覆うように巻き付けておく。何もないよりかはマシだろう。
俺はコートのチャックを鼻下まで上げておく。ただ、正直ここまでする必要はないと思っている。大気中にヒイラギもどきから毒の成分が漏れているなら、もっと広範囲の動植物が死に絶えている筈だ。
何故かこの巨大な木の枝が張り出している真下だけ、死体が転がっている。
「となると、葉と茎の棘か」
新鮮な死体の近くには寄り添うようにして葉や茎が落ちている。ミミズの死体の隣にある葉は齧られたような跡があるな。
あの棘や葉に毒があると見て、ほぼ間違いないだろう。なら、ここからとっととずらかった方がいいな。触れると厄介なことになる。
「黒虎戻る――」
黒虎が顔を上に向けているのに釣られ、同じように頭を傾けた。
声を掛けるタイミングを見計らっていたかのように、頭上から何枚もの巨大な葉が舞い落ちてきている。
ひらひらと揺れながら不規則な動きで墜ちてくる巨大な葉。一枚が俺の身体と同程度の大きさがあるから、かなり大きく避けないと当たるぞ。
「葉っぱに触れるな!」
俺の切羽詰った声にただ事ではないと理解した黒虎は、その脚力を活かして全力で撤退を始めた。
見とれている場合じゃないな。見上げながら俺も懸命に走る。
触れなければ問題ないのだろうが、あの鋭く尖った葉と棘がかなりの高さから落ちてくれば、質量と相まって俺のコートぐらい容易く突き抜けそうだ。
っと、危ない。今、葉っぱに掠りかけた。時折吹き付ける風が葉の動きを更にややこしくしてくれている。
どうしても避けきれない葉っぱは石の棍で叩き落としていく。巨大なだけあって、不規則な動きでも棍を振り回せば結構当たってくれるのは有難い。
もう少しでヒイラギもどきの木陰から抜け出せる。そう思った俺はそこで黒虎の様子が気になり、辺りを見回した。
黒虎の足の速さなら、もう既に安全圏へと駆けこんでいるよな。
そう思いながらも、注意深く視線を巡らすと……あっ。
「黒虎!」
俺の左後方で地面に倒れ、小刻みに痙攣を続ける黒虎の姿があった。隣には凶悪な形状をした葉が落ちている。
当たってしまったのか! どうする、助けるべきか?
毒でもう助からないかもしれないし、ここで死んでも俺がしに戻りをしたら復活できる。無理する必要はない。上からは、まだ無数の葉が舞い落ちてきている。目標はこのふざけたゲームのクリアーだ、履き違えるなよ。
「なら、何で走っているんだろうな俺は!」
頭でどうこう理屈をつけても体は既に黒虎を助けようと走り出していた。
死んで復活ができるからといって、命を粗末にしていいという問題じゃない。まだ生きている仲間を助けることに迷う必要など――ない!
「邪魔すんなっ!」
黒虎を覆い隠そうとする葉っぱを棍で薙ぎ払い、すぐ傍に駆けつける。
息は荒く、目は閉じたままか。
「黒虎!」
「が……ぁぅ」
今にも消え入りそうな弱々しい鳴き声だ。早く安全な場所に運んでやりたいが、背負って運んだら葉っぱがもろに黒虎に当たってしまう。
今はこうやって黒虎に葉が当たらないように、棍で地道に打ち落すしか手は無いのか。だが、終わりはあるのか……まだ枝には無数の葉が青々と茂っている。
「きりがないぞ」
体力の消耗も心配の一つだが、葉や茎を打ち払う度にほんの少しだが、潰れた部分から液体が飛び散っているのだ。今のところ大丈夫だが、これも蓄積されると害になるのは確かだろう。
どうすればいい、どうしたら。
このままでジリ貧になるのは目に見えている。ならば。
近くの葉の尖っている箇所に俺は腕を押し付ける。結構強めにやってみたのだが、白のコートが破れることはなかった。
不壊は伊達じゃないな。これなら、いけるか。
葉が途切れる瞬間を見計らって、黒虎が背負っているバックパックを緩め、腰辺りから尻尾の付け根にバックパックがずれるようにした。露出した上半身には俺が着ていた白コートを被せる。
これである程度は葉や茎を防げると信じるしかない。
黒虎の下へ体を潜り込ませて背負うと、全力で駆ける!
かなり重いが今の身体能力なら小さな子供を背負っているのと大差ない……と思う。余計なことを考えずに、この一帯から抜け出ることだけに集中しろ。
巨大な葉が天から降り注ぐ中を俺は全力疾走をしている。まるで葉に意思があるように俺の近くばかりに落ちてきているが、何とか今のところは黒虎にも俺にも当たっていない。
だが、幸運はそう続かなかった。
視界の端に緑の何かが割り込んできたかと思うと、俺を掠めて腕に赤く細い線が走る。
「くそっ、効き目抜群だなっ」
頭に鈍痛が響き、視界が揺れる。が、男はど根性!
レベル9まで上げた特殊能力を今見せつけないでどうする!
足が震えそうになるが気合で震えを押し殺し、ただ前に進むことだけを考える。
更に足へ茎の棘が当たり、痛みと震えが際限なく押し寄せてきた。
だが、まだいける。まだやれる。背中から伝わってくる体温を無くさぬ為に、俺はまだ動ける!
平衡感覚も失われてきた。痛みも頭だけじゃなく全身に広がっている。手足が冷たくなってきた。おまけに痺れもある。
でも、まだだ。まだだ。まだ、死ぬ気はない。
動け、動け、動け俺の身体。
もう、何処まで進んだのかもわからない。視界もぼやけているから、ここが安全圏なのかも判断できない。
体中が痺れ感覚も僅かしか残されていないが、まだ倒れるわけにはいかない。今、何もかも投げ出して倒れたらどんなに楽か。でもな――
「毎回毎回、素直に死を受け入れると思うなよっ」
今回は俺の命だけじゃないんだ。黒虎を背負っている。命を背負っている。
なら、諦めるのはまだ早い。足掻いて足掻いて、どうにもならなくなってからでいい。全てを放り出すのは。
動ける、まだいける。やれる。すすめ。
「はぁはぁはぁ、気を失っていたのか?」
意識がいつ途切れたのか思い出すこともできないが、俺の視界には川が見える。セーブポイントのある休憩所ではなく、川がある森の中だ。
これが三途の川なら笑えないが、どうやら第五ステージの川沿いらしい。
正直、毒の影響でまだ頭が揺れているような感覚と鈍痛が続いていて、体調は最悪だが『ど根性』と精神力、体力の高さで何とか動ける。
「黒虎……大丈夫…か」
呼吸が弱くなっているな。呼びかけにも無反応だ。
黒虎の毒をどうにかしてやりたいが毛が多くて傷のある場所を探し当てるのすら難しい。俺の腕と脚にも傷があるが、黒虎のように体毛があるわけじゃないので周辺が濃い紫に変色しているのがわかる。
まず、俺をどうにかするか。
サバイバルナイフを取り出すと、『発火』の能力により刃を炙る。一応、熱で消毒をしておいたが、問題はここからだ。
傷口とその周辺の肉を削ぎ落とす。それが正しい治療法だとは思えないが、今はそれ以外に手が無い。
正直、自分の手で肉体を斬るという行為に躊躇いも恐怖もあるが、何度も食われ何度も死んできたんだ。
「この程度でびびるなっ!」
まず、脚の変色した部分を浅く、勢いよく、一気に削ぐ!
「がっ……ぐっっ」
ああ、くそっ。今なら注射も内視鏡カメラ一気呑みも余裕だぞ、こらっ!
このまま、腕の変色した部分も同じ処理をする。迷っている時間が惜しい。
そして、川に入り傷口から血と共に毒を洗い流す。
川の冷たさにぶれていた視界が少しましになったか。毒と共に力が抜けていく感覚に慌てて川岸へと戻った。
腕の傷にはネクタイを巻き、脚の怪我にはシャツを巻いておく。これで止血できればいいが、頑強さがこれだけ上がっているのだから、何とかなると信じるしかない。
自分の処理をしていて気づいたのだが、毒が注入された傷口は石のように固くなり膨らみがあった。つまり、黒虎の体を弄って同じような感触があれば、そこが毒に触れた個所だ。
腹側とバックパックがあった場所は無視して、他の部分を弄っていく。
あった、右の前足と、左足の付け根である尻の部分か。
「黒虎ごめん、毛を剃るよ」
サバイバルナイフで豪快に毛を削ぎ、地肌を剥き出しにすると、やはり肌が変色していた。
黒虎はもう意識を失っているから、麻酔の必要もないな。
そのまま、毒で変色している部分を削ぎ、水筒の水で洗い流す。傷口を縛る布の類が全くないので、バックパックから食べられる巨大な野草を取り出し、細長く裂いて包帯代わりにした。
「あとは、黒虎の体力と回復力次第か」
毒がある程度抜けたとはいえ、俺も体中に毒が回っている。40度近くの熱を出した時に頭痛を混ぜ合わせたような状態だが、体は何とか動く。
「栄養のあるスープでも作って……」
意識が何度も飛びそうになるが唇を噛みしめ、辛うじて耐える。鍋と簡易コンロと予め下準備をしておいた食材を出し、スープを作る。肉以外にも解毒の効果を信じて、数枚の草も入れておく。
この草は昔の話になるが、林間学校で自称植物博士の友達が語っていた内容を思い出し、念の為に採っておいた薬草。白い四枚の花弁の中心から小さな花が棒状に伸びた――巨大なドクダミに似た植物だ。
そして、震える手で自分がまず一口食べる。味覚も麻痺しているようで味はわからないが、食べなければならない。回復するにはまず栄養だ。
「黒虎、少しでいいから食べるんだ」
口を開ける気力すら失われているのか。俺は強引に口をこじ開けると、肉は無理そうなので頭を傾けさせスープだけを流し込んだ。
喉が膨らみ飲み込んだのを確認すると、更にもう一口と黒虎に与えていく。
頑張れ黒虎。一緒に生き延びるんだ。




