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サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
理不尽なゲーム開始

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十五回目 4

 このステージの最大のメリットは食料不足の心配がないところだ。

 野菜の一つ一つが特大サイズなので、一個で一食を補えそうだ。俺の腕ぐらいの長さがある焼き芋を今食べているが、これだけで限界が近い。

 黒虎はまた現れたネズミの丸焼きを七割近く食べきっている。もしかして、今まで食事制限をさせてしまっていたのだろうか。あの体格だからそれぐらい食べても不思議がないよな。ここでは思う存分食べてくれ。


 残りの焼き芋を口に放り込んでから、俺は近くの石を割り、棍で形を整形して平べったい一枚の板を作り出した。普通、石をこんなに簡単には加工できないものだが、これも『石技』の効果なのかもしれない。

 それを更に野球のホームベースに似た形に加工して、棍の先端に繰りつけた。


「がうぅ」


「ん、これかい? これはシャベルもどきだよ。ここに大きな穴を掘りたくてね。黒虎も手伝ってくれるかい」


 俺の作業を興味深げに見つめていた黒虎と協力して、地面に穴を掘っていく。黒虎も前足で地面を掻いているが、凄まじい勢いで砂を掻き上げ、俺よりも作業効率が良い。

 この調子なら、そんなに時間は必要ないか。

 予想通り完成までそんなに時間はかからなかった。穴は俺がすっぽり入るぐらいの深さで、幅が5メートル近くある。長さは頑張って20メートル近く掘ってみた。


「でだ、黒虎――を出来るだけしてくれるか」


「ぐあーぐあー」


 黒虎も了承してくれたことだし、俺も準備をしておこう。これで上手くいけばいいのだけれど。

 やるべきことを全て終え、俺と黒虎は大木の上に陣取っている。

 前回と同じ流れなら、もう来ても良い時間なのだが。


「っと、噂をすれば何とやら。黒虎近づいてきたから物音はたてないように」


 俺の注意に従い黒虎は黙って頷いている。

 地鳴りと複数の何かが走り迫ってくる振動が木の上にも伝わってきた。その音の源へと目を向けると、黒い蟻の群れが一条の糸のように連なっているのが視界に入った。

 やはり、前回と同じく蟻の通るルートは同じようで、俺たちが丹精込めて作り上げた落とし穴の上を、蟻共は何も知らずに通り過ぎていく。

 蟻が落とし穴の上を通り過ぎようとした瞬間、木に括りつけておいた植物の蔦を、サバイバルナイフで切断する。


 この蔦は落とし穴に被せてある巨大な葉っぱたちと繋がっていて、蔦で引っ張られることにより落とし穴の蓋は蟻が載っても潰れることはなかったのだが、支えを失った蓋が一気に崩落する。

 真っ逆さまに落ちていく蟻。そして後列の蟻も前に着いていくかのように落とし穴へ自ら跳び込んでいく。さすがに途中で蟻の列は止まったのだが、20以上の蟻が落とし穴の餌食になっていた。


 よしよし、計画通り。穴に落ちた蟻がもがいているが、ぬるぬるして上手くいかないようだ。じゃあ、本番といきますか。

 『発火』『火操作』により作り出されたピンポン玉程度の火の玉を、木の上から落とし穴の中へと放り込む。

 穴に落ちた火の玉は予め仕込んでおいた、溶解液をたっぷり含んだ枯れた葉や雑草に引火して、爆炎が吹き上がる。


「おおおおおっ」


 思っていた以上の火力に思わず声が漏れたが、蟻たちはそれどころじゃないようで俺の声は聞こえていないようだ。

 穴の外にいた蟻たちは異常な事態に戸惑っているようで、列が乱れ穴の炎を遠巻きに眺めているように見える。落とし穴の中は全滅のようだが、残っている蟻はまだ20近い。

 多いな。俺と黒虎が仕留めるには厳しい数だ。


「黒虎、溶解液の塊を蟻に向けて吐いてくれるかい。穴から吹き上げる炎に当たるようにして」


 俺が何をしたいのか理解してくれたようで、黒虎は顔を仰け反らして『溶解液』の塊を乱射している。『溶解液』の仕組みは不明だが喉が渇きそうだ……後で一杯水を飲ましてやるからな。

 炎に触れ無数の火の玉となり蟻たちを撃ち落していく。今の攻撃で7匹が死滅。周囲にいた蟻にも火が飛び散っているから、何らかの損傷を与えている。


「上出来だ、黒虎。一気に殲滅するぞ!」


「がうーっ!」


 混乱に乗じて襲い掛かった俺たちに成す術もなく蟻たちは倒されていき、40近くいた蟻の群れの駆除を完了した。

 ここまでは以前の経験を生かした作戦だったので、ある意味予想通りの戦果だ。こんなに上手くいくとは思っていなかったが。

 さて、ここからは未知の領域となる。前回の計画通り右側の空き地を目指すとするか。

 穴から吹き上げていた炎はもうくすぶる程度だが、蟻の焦げた臭いが鼻につく。


 あの炎を見て何かが寄ってこられては面倒だと、俺と黒虎がその場を離れようとした、その時。

 『気配察知』が巨大な気配を捉えた。何だ、このバカでかい気配は!?

 あのネズミよりも火の鳥よりも大きく、歪な気配。背筋に冷たい汗が流れ落ち、全身が震える。


「黒虎やばいぞ! 木の上に緊急退避だ!」


 返事も待たずに俺は大木の上に登り、大きな葉の影に身を潜めた。黒虎も俺に倣い近くの葉の裏に逃げ込んでいる。

 気配の移動速度が速すぎる。かなりの巨体だというのに黒虎の本気走りに追いつきそうな足の速さだ。あれから逃げるとしたら黒虎は何とか逃げ切れるかもしれないが、俺は絶望的だな。

 息を殺し、何者かが現れるのをじっと待つ。縦揺れの大きな振動が徐々に大きくなり、木々が何本も薙ぎ倒されているのが見える。高さはそれ程ではないようで、木々の合間に時折、鋭く尖った背びれのような物が幾つも見えている。


 そして、それが黒蟻たちを焼き尽くした落とし穴の前に姿を現す。

 如何にも頑丈そうな灰色の皮膚は鱗のようにも見える。二つの鋭い目に大きく裂けた口。尻尾は体の長さと同程度はあるようだ。そんな巨体を支える四本の足から伸びる五本の指は妙に長い。


「これは、ドラゴン……じゃないな。イグアナだっ」


 一瞬、巨大な体躯をしているのでドラゴンや恐竜と見間違えそうになったが、あのフォルムは爬虫類好きの友人が飼っていたイグアナに近い。

 イグアナって草食か雑食どっちだったか。ここのイグアナっぽいのが地球と同じかどうかの保証など全くないが、相手が植物を好んで食べる相手なら、争いを避けることも可能だ。


「あっ」


 俺の希望は脆くも崩れ去った。俺たちが倒した蟻の死骸を食べているぞ。雑食っぽい。

 しかし、あのイグアナ、ネズミの数倍は大きいぞ。戦ったらタダでは済みそうにない。

 蟻の死骸を全部平らげ、落とし穴の丸焦げの蟻をちらっと見たがようだが、食べられないと判断したみたいだ。そのまま踵を返して、森の中へと消えていった。

 気配が遠ざかるのを確認すると、大きく息を吐く。


 ネズミ、蟻の対処は出来ると浮かれていたら、今度は巨大なイグアナか。まだ他にも生物がいそうだ。このエリアは気を緩めると、速攻で死ねるぞ。

 食事と気温の変化に解放されたと思ったら、今度はサバイバルゲーム開始かい。

 易々と死ぬ気はないが、クリアーする為には何としても生き延びて、多くの情報を得ないとな。


 木から降りると、『気配察知』『危険察知』を全開にして進んでいく。黒虎も同様に警戒してくれているので、敵が至近距離に来るよりも早く気づくことができるだろう。

 そういえば、さっき気配を感じた時に冷や汗が流れ、俺の心が警鐘を鳴らし続けていたのは『危険察知』の効果なのだろうか。本能的にやばいと感じたからな。これからはその感覚も大事にしたほうが良さそうだ。


 互いに気配を探りながら駆け足気味で進んでいるが、このエリアは無数の気配が蠢いている。大小様々で比較的小さな気配は群れを成していることが多く、やたらとデカい気配は単独で動いているようだ。『気配察知』のレベルが高いおかげなのか、一度遭遇した相手の気配は区別がつくようになっている。

 蟻はかなり数がいるようで、俺が倒したのもほんの一部のようだ。相変わらず隊列を組んで森林中を動き回っている。イグアナも他にも個体がいるようで、あれよりかは小さい気配を二三箇所探知済みだ。

 ネズミは案外希少種なのかもしれない。あれから一度も同種の気配を感じていない。


 それ以外の気配は五つ。

 動きが鈍く、気配が曖昧な生物。これは単体もいれば群れているのもいるようだ。

 立体的で不規則な動きをするのは、飛行系の生物だろう。これは基本的に単独で動いている。

 同じく気配は空中から感じるが、木の枝に止まっているのかあまり動きのない気配がポツポツとある。

 この三種は気配の大きさ系統から察するに昆虫型だと思う。


 残りの一つはネズミと似た大きさと強さを感じる気配。

 最後の一つはイグアナと似ている。

 つまり、昆虫ではなく動物や爬虫類系統の可能性が高い。といっても、この訳のわからない世界なのだから、そんな法則を無視する化物がいてもなんらおかしくないのだが。

 一番初めに上げた、動きの鈍い気配が単体で近くにあるので、物音を立てずに接近しているのだが、姿が一向に見えない。反応は十メートルも離れていないのに何もいない。


「黒虎も気配を感じるだろ?」


「ぐうーっ」


 頷いているよな。やっぱり、間違いじゃない。でも、何処だ。木の上とかじゃなく確かに地面に……いや、もっと低い位置にあるぞ。


「もしかして地中か」


 俺の呟きを肯定するかのように目の前の地面が盛り上がり、そこから太く長いピンクに近い色をした、歪な何かが飛び出してきた。

 その先端には丸く穴が開いていて、穴の内部には無数の突起物が連なっているのが見えた。あれって歯なのか?

 そんなことを考える余裕すら与えてくれないようで、その穴は俺を頭から呑み込もうと襲い掛かってきた。


「よくわからんが、叩き潰すぞ!」


 動きはそんなに素早くなかったので、軽く横にステップして躱したところで、初めて相手の側面から姿を確認できた。

 太く長い身体が地中から伸びている。手足は存在せず、体には線のような皺が規則的に並んでいる。あ、これ、ミミズだ。

 口があまりに凶悪すぎるが横から見たら完全にミミズだった。

 攻撃を外し、地面に顔面を埋没させたミミズが、そのまま地中に潜ろうとしていたので、無防備な胴体を石の棍で殴る。

 野球少年時代に練習で車の古タイヤを打った時と手ごたえが似ているなと、どうでもいい感想が頭に浮かんだが、そこから更に力を込めてミミズの胴体に棍をめり込ませた。


 その一撃がかなり効いたようで、地中に潜りかけていたミミズの頭が地面から飛び出したところを黒虎が噛みつき、引き千切る。

 頭を失った後も胴体が未練たらしく蠢いていたが、暫くすると完全に動きが止まった。

 地面に横たわる長くピンクなミミズの死骸を見て思ったことは。


「これ、食べられるのかね」


 それだけだった。俺も野性的になったもんだ。


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