十一回目 前
「頑張ったよな」
自分を褒めてやりたい。あれから、がむしゃらに棍を振り続け、蝙蝠を何匹も潰し砕いた。
普通なら直ぐに倒れてもおかしくないぐらいの傷を負っていたのに、あれだけ耐えられたのは『根性』の力か。
結局、最終的には血を吸い取られ、まともに動けなくなったところに一斉にたかられ……後は覚えていない。
前回の死は無駄ではなかったと言い切れる。棍の動かし方がかなりスムーズになってきていた。そりゃ、長年鍛錬してきた人の足元にも及ばないだろうが、それでもかなり様になっていたと思う。
「よっし、あの感覚を忘れないうちに、あそこまで戻るとするか」
スタート地点に戻っているというのに、手元には棍がある。肩に担ぐと、今までと違い堂々とした歩みで、進んでいく。
第一ステージの扉前に移動すると、ピクリとも動かない黒虎へと棍による渾身の一撃を叩き込む。
無抵抗な相手を一方的に蹂躙した。
「立場がまるで逆になったな」
左手で黒虎の遺体を掴み引きずる。ステータスでは力は上がっていない筈なのに、前よりも黒虎を運ぶのが苦じゃない。右肩には棍も担いでいるから重量は増しているのだが。
理由はわからないが、強くなっているのなら何の問題もない。
扉を押し開け中に入ると、毎回お馴染みのガラス板に触れる。
残っている特殊能力は『溶解液』『咆哮』か。これは『咆哮』でいいな。どうにも『溶解液』に価値を見いだせない。それどころか……その考察は後でいいか。
あと一回で全部の特殊能力を奪いきる。そうしたら、もう黒虎と戦わないですむ。
一方的な虐殺というのは、心に負担が大きい。正直、苦行に近い。
「考えるのはやめだ、やめ」
第二ステージ攻略の準備を整えると、ステータスを確認しておくのを忘れない。
山岸 網綱 レベル5
体力 19+40
精神力 23+40
筋力 20+5
頑強 21+5
器用 17+5
素早さ 19+5
特殊能力 『根性』8『熱耐性』5『石技』2『気配察知』2『暗視』2『棍技(我流)』1『体幹』1『咆哮』1
ライフポイント 89/100
持ち物 特製石棍(不壊)
特殊能力が軒並み上がっているぞ。上がるのは嬉しいが、都合が良すぎないか。
ゲームとして考えるなら、これぐらいは当然かもしれないが成長が早すぎる。『棍技』と『体幹』も増えているし。
体幹って確か頭手足を除いた体の事だったか。そこがしっかりと鍛えられると、体中の筋肉にも影響を与えるとかだったか。ダイエットをやっている会社の後輩が体幹について熱心に語っていたからな。筋力、頑強、器用、素早さの+5はこのおかげなのだろう。
俺としては大歓迎な展開だが、事が上手く運びすぎると取り敢えず疑うことが癖になりつつある。この場所は疑い念には念を入れても、まだ警戒が足りないぐらいだ。
「第二ステージもとっとと終わらせるぞ」
扉を潜り、黒虎を焼いてから、もも肉を二本貰い受ける。
相変わらず暑いのは暑いが、殆ど気にもならない。初夏ぐらいの気温にしか感じない。
今は棍をスーツの上着を紐代わりにして背中に背負っている。左腕にはいつものコンドーム水筒。右手には、こんがり焼けたもも肉。
相変わらず酷い格好だが、生き延びる為には見た目はどうでもいい。
きつく縛りつけたとはいえ、棍をマグマの中へ落としては一大事なので、駆け足ではあるが背中を気にしながら、一本道を走り抜けていく。
時間はかかったが難なく第二ステージをクリアーした。水ともも肉も一つしか消費していない。もう、第二ステージまでで死ぬことは無い、と思う。油断さえしなければ。
休憩所に入ると、荷物を全て地面に置いて。褒美を選ぶことにする。
今回は迷いが一切ない。経験値を貰おう。
全身に力が漲る、あの感覚が蘇った。また、かなり身体能力が向上した気がするが、そこはステータスで確かめればいいか。
山岸 網綱 レベル10
体力 34+40
精神力 41+40
筋力 33+5
頑強 34+5
器用 29+5
素早さ 28+5
特殊能力 『根性』8『熱耐性』6『石技』2『気配察知』2『暗視』2『棍技(我流)』1『体幹』1『咆哮』1
ライフポイント 89/100
持ち物 特製石棍(不壊)
レベルが5上がって、ステータスも順調に成長している。俺がここに来たばかりのステータスと比べたら約三倍になっているぞ。
地球なら人類最強を名乗っても許される身体能力じゃないかこれ。
これなら第三ステージも、かなりやれそうだ。
「二回目でクリアーできるかもしれない!」
……というのは死亡フラグに成りかねないから、自重しておこう。
レベルアップによる身体の齟齬を無くすために、棍を手に払う、突く、叩きつけるといった動作を繰り返す。
前回、失敗した頭上で棍を回す動きを念入りに練習する。
水分を補給して、肉を食べ、少し仮眠をして棍を振り回す。それを、何度も何度も繰り返す。
最終的に、もも肉を全て食べきったが体調は万全。
「じゃあ、行くか」
毎回話しかける相手もいないのに口にするのは、俺の中で区切りをつける為の儀式みたいなもんだ。
扉がゆっくりと開いていき、俺は暗闇の中に飛び込んでいった。
前回よりもかなり周囲が見やすい。自分の着ているスーツの色も辛うじてだが識別できる。棍の先端も問題なく目視できているな。自分を中心とした半径5メートルぐらいは見えるようだ。
それでも充分とは言えないが、これなら目で相手の姿を追うことも可能だろう。
『気配察知』も精度が上がっているようで、敵を捉える距離が広がっている。動きのない気配が幾つも頭上にあるのは、天井にぶら下がっているからか。
蝙蝠って確か、口から超音波を出して反響させた音を耳で捉えることにより、相手の位置を把握する。だったか。なら、もしかして。
周囲から一斉に蝙蝠が迫ってくるのを察知すると、俺は出来るだけ引きつけて――
「ヴオーーーーーーッ!」
『咆哮』を発動させた。
俺を目掛けて一直線に突き進んでいた気配が急に動きを止め、真っ逆さまに地面へと墜落していくのがわかる。
これが『咆哮』本来の威力による結果なのか、蝙蝠だから大音量の声に超音波をかき乱されてこうなったのか、判断はつかないが効き目があったことだけは確かだ。
地面に転がる蝙蝠たちを俺は棍で一匹残らず潰していく。黒虎に対しては同情していたくせに、蝙蝠はサクサクと殺せるのは気配を頼りに、見ないでやっているからだろう。
目を向けたところで暗くてよくわからないから、残虐性は薄れているのだが。
それに相手が憎くて殺しているわけじゃない。『気配察知』『棍技』の鍛錬と、このステージクリアー後をふまえての行動だ。
それから、蝙蝠の気配を察知しては『咆哮』で迎撃して、地面に転がる相手を叩き潰す。という作業を続けながら進んでいく。
しかし、あれだ。特殊能力が一つ増えただけで戦況が一変する。このゲームをクリアーするにはやはり特殊能力が鍵か。
『咆哮』七発目となると喉がかなり疲れてきた。コンドーム水筒……このネーミング色々と危険な気が今更してきたから、ゴム水筒にしておこう。まあ、それに口をつけて喉を潤し、大きく息を吐く。
戦闘は理想的な展開だ。それはいいのだけど、問題はゴールがわからないって事だ。周辺は見えるが遠くは暗闇で、尚且つだだっ広い空間なので目印もない。
正直、真っ直ぐ進んでいるかどうかも怪しい。『気配察知』は敵の存在を示していない。近くにはいないようだな。
「ちょっと、休憩するか」
水はまだあるが、肉を残しておくべきだったな。まさか、ここまで広いとは。飢え死にフラグが目の前で大きく振られている。いや、それはフラッグだ。
ボケても誰も対応してくれないのは、寂しいを通り越して虚しいぞ。でも、寂しいと思えるということは少し余裕が出てきている証拠だな――餓死しそうだけど。
一応スーツのポケットに何匹か蝙蝠の死骸を入れているが……いざとなったら生で……いくしかないのか。
寄生虫とかの心配は後回しだよな。食中毒になったとしても休憩所に入れば治る筈だし。できれば避けたいが、いざとなったら実行するしかない。
蝙蝠を生食するという壁を超えられるなら、食料不足が解決する。う、うーん、まあ、保険だし。非常手段だから、非常手段だから。
「生臭ぇ。血って、結構いい塩味になるな」
何匹食べても慣れそうにない味だ。血のぬめっと感が口内に広がり、肉の生々しさと噛み応えが何とも言えない。
ただ、血に含まれた塩分が唯一のメリットだろう。
十匹以上の蝙蝠を生で頂いてきたが、今のところ体調を崩していない。あれか、頑強とか体力が高くなったから、この程度ではやられない強靭な胃袋を知らぬ間にゲットしたのかもしれない。
水を節約しているとはいえ、残りは心もとない。
また『暗視』のレベルが上がったらしく、視界が更に広がっている。
見える範囲が伸びたおかげで、この空間のデカさが今まで以上にリアルに伝わってくるので……心が折れそうだ。本当に何もない、ただ広いだけの空間が広がっているだけだからな。
かなりの距離を歩いているというのに、終わりが見えない。たぶん、第三ステージに入ってから一日は過ぎている。
少し前から『気配察知』に引っかかる対象がいないのも気になるところだ。このステージの敵を殲滅したとしたら、食料補給ができなくなるということだ。その前に水が無くなるだろうけど。
本格的にやばいかもしれないな。餓死ってどれくらいの期間食べなければアウトなのか。三、四日か? そうなら、まだまだ余裕はあるが。
こうなったら根気よく歩き続けて『暗視』『気配察知』の能力を伸ばして脱出の糸口を見つけるしかないか。




