油断
「おはよう」
夢を見ない深い眠りから覚めて体を起こすと、探索側のメンバーに挨拶をした。
「おう、おはようさん」
「おはようございます、網綱様」
既に起きていた剛隆と明菜さんが微笑みと共に挨拶を返す。他のメンバーも軽く手を挙げてくれているな。
殲滅側も全員起きているのか。ここからは頭を切り替えて、今後の対策を練らなければならない。まずは、こちらの戦力の確認からか。
探索側の生き残りは、俺、零士、剛隆、明菜さん、それと剛隆のチームメイト四人。この八人のみだ。
そして、敵側である殲滅側の残りは織子、横道、センター眼鏡、その他六人の合計九人。
人数としてはこっちが不利だが、戦力としてはどうなのだろうか。織子と剛隆は似たようなタイプで、実力も拮抗していると思う。遠距離担当は横道と明菜さん。あとははっきりしているのは、零士の『水使い』センター眼鏡の『闇使い』と『土使い』が両チームに二人ずつといったところか。
第十ステージまで生き抜いたプレイヤーは属性操作系の特殊能力が、使い系に進化している人が殆どだと思った方がいいだろう。
こうなると、鍵になるのは俺ということに……なるんだろうな、はぁ。
今回、作戦を立案したことにより味方の信頼を得られたが、敵の警戒心を煽る羽目になった。今も殲滅側の視線が俺に集中している。
俺は少し知恵が回る参謀的ポジションと考えられているようだ。人を信用せずに警戒して織子や横道にも、敵を倒してレベルが上がることを話さなかったのは正解だったな。
殲滅側と戦う際に重要なのは、こちらの拠点。これは最適な場所を思いついているので、そこで迎え撃つのが妥当な所だろう。
「目が覚めたようだな。体の方はどうだ」
「おや、気遣ってくれるのか。元気そのものだよ」
歩み寄ってきたセンター眼鏡に軽い口調で返答する。後ろには横道と織子がついてきているようだ。二人とも表現しづらい顔をしているな。敵だからそれっぽい表情をしようと努力しているが、無理をしているので頬が引くついている。
「そうか、鴨井との戦いの立役者だからな、心配の一つぐらいするさ。ここからは再び敵対関係になる訳だが、あんたらどうするつもりだ」
「飯を食ったら、ここから出て行くよ。暫く追わないでくれたら、有難いところだけどね」
そう口にして、センター眼鏡の目を見据える。
眼鏡の鼻当てを指でくいっと上げ、小さく息を吐いているな。これはどっちの反応なんだ。
「ああ、構わないよ。それぐらいは融通を利かすさ。そうだなセーブポイントを出てから2時間はお互い一切手出しは無し。これでどうだ?」
「充分だ」
この約束が守られる保証はどこにもないのだが、口約束でもしておけば守ろうと思ってしまうのが人間だろう。まあ、そこであっさり裏切れる人もいるだろうが、一応、共に強敵を打ち倒したという連帯感も生まれた間柄だ。これぐらいは融通してやろうという気になってくれれば儲けものか。
まあ、警戒はしておくが。
「んじゃ、飯にするか。大きな戦いを終えた後だから、ちょっと豪勢にいこう」
第五ステージもどきで食材は大量に仕入れてきたので、探索側を集め部屋の隅で細やかな祝勝会を開催した。
食材はふんだんにあり、調味料も第九ステージで杉矢と田中がライフポイントと引き換えに大量購入してくれたので、まだまだ余裕がある。とはいえ、八人もいるから程々にしないといけないが。
ささっと料理を作り、飲み物は果汁の搾り汁をコップに注ぎ、飲み食いが始まった。盛り上がる俺たちを尻目に、部屋の片隅で保存食を口にしている殲滅側がいる。
ちらっちらっと、こっちの様子を羨ましそうに見る視線を感じるな。食は結構重要なポイントだと思うのだが、調理器具や食材を揃えていないプレイヤーばかりだ。
まあ、ライフポイントを減らしてまで食関係を改善しようとは思わないか。
更に盛り上がっていく俺たちと対照的に殲滅側が落ち込んでいくな。ここは戦国大名を見習って敵に塩を送っておくか。少しでも恩を感じて、追撃の手が緩まるなら願ったり叶ったりだ。
「織子、横道ぃー! 料理が余ったからそっちにおすそ分けしたいんだが、いるかい?」
「本当でありますかっ! 是非、是非!」
「もらいます! いただきます!」
返答早っ。獣じみた動きで一気に間合いを詰めた二人が、目を輝かせて呼吸も荒く並んでいる。何と言うかお預け中の犬みたいだ。
あっ、零士君が少し和んでいるな。ポチミのことを思い出したのかもしれない。
「じゃあ、この鶏肉と栄養バランスを考えて野菜炒めも持って行って」
この世界の野菜っぽい植物は生で食べても大丈夫かどうか怪しいので、果実以外は基本火を通して食べることにしている。
手作りの大皿に料理を山盛りにして手渡すと、二人が喜んで殲滅側の方へ帰っていく。こっちではなく、向こうに戻る二人の後姿に寂しさを覚える自分の未練たらしさに苦笑してしまう。
俺の手料理は殲滅側でも好評なようで、感謝の言葉を何度も聞くこととなった。料理を作った者としては、美味しいと言ってもらえるだけでも充分なのだが。
全ての料理を平らげ、まったりと食休みをした後に俺たちは立ち上がった。敵対する相手に断る必要もないのだが、一応声を掛けておくことにする。
「今から俺たちは移動するけど、あんたらはどうする?」
俺の問いかけに答える者は誰もいなかった。ただ、床に転がったまま、小刻みに痙攣し続けている。
口から泡を吐いている者もいれば、白目を剥いて気絶している者もいるな。人によって効き目は様々で、どれぐらい効果があったか一人一人記憶していく。
「網綱よ……これはさすがに、酷くないか?」
剛隆が殲滅側を見下ろしながら、眉根を寄せて忠告をしてきた。探索側の他の面々も同じ意見らしく、寝転がる殲滅側に同情している。
何と言うか、まだまだ甘いなみんな。
「これは油断した方が悪いと思うよ。注意深ければ野菜炒めに仕込んだ毒草に気づけた筈だ。まあ、それに、別に殺すつもりで仕込んだわけじゃないからね。毒草は火を通すと麻痺毒が増すらしくて、こんな感じになるんだよ」
ちなみに自分の体で立証済みだ。使える毒なのはわかっていたので、色々と人体実験を繰り返した甲斐があった。少量とはいえ服毒するのは勇気がいったな。
プレイヤーの大半は毒関係の耐性を得ているようだが、それでもここまでの効果があった。毒はまだまだ使い道がありそうだ。
「あと、セーブポイントって休憩所に似ているから誤解しがちだけど、安全地帯なだけで傷が治ったり状態異常が回復したりする効果は無いからね。あっちの扉があった休憩所っぽいところはその効果もあるみたいだけど」
セーブポイントの部屋に回復効果があったら鴨井が生き延びている可能性がある。それを確かめる為にも、この実験は必要だった。
「酷い……網綱……さん……」
織子は辛うじて声が出るようだ。
「第十ステージは如何にして相手を騙すか。それが勝利条件の一つだよ」
我ながら外道だとは思うが、笑顔でそう答えておいた。
あ、味方がどん引きしている。生き残りたいなら、これぐらい姑息な真似はしていかないと。ここでの口約束なんて何の価値もないのは、重々承知していると思っていたのだが。
「さて、このまま、痺れている殲滅側を紫の沼地に放り込もうか」
「え、いや、網綱様、それは流石に酷くはありませんか……」
「ほ、本気?」
更に味方との心の距離が広がった気がする。物理的にも距離を置かれているが。
最終的には相手のライフポイントを全部削るか、心を折らない限り探索側の勝ち目は薄いというのに、まだまだ非情には徹しきれないようだ。
「まあ、キミたちがしないなら俺が全部やるよ」
そう言って、殲滅側に近づいて行くと――素早く三人が立ち上がった。さっきまで震えていたのは動けない振りをしていただけか。なるほど。
「毒の耐性が強いのが三人ってことか。また一つ有益な情報を得られたよ」
鴨井が『状態異常耐性』を保有していたように、他のプレイヤーも毒や状態異常に強い特殊能力を保有していても何ら不思議ではない。
それを確かめる為の言動だったのだが、まんまと三人が引っ掛かってくれた。にしても、切れ者を演出する為に無理な口調と雰囲気を頑張っているが、そろそろ疲れてきた。
「なっ、能力持ちをあぶりだす為の芝居だったのっ!?」
俺の策にはまったことを知り、毒の影響がないプレイヤーが目を剥いて叫んでいる。
「あ……うん、そうだ」
「その間は何!?」
いやー、一応その予定ではあったが、全員に毒の効き目が有ったら別なことも考えていたからな。
「さて、ここでキミらを全員で押さえ込んで、簀巻きにして沼地に放り込んでもいいが……味方が乗り気じゃないみたいだからね」
そこまで割り切れないというのは味方として頼りない感じがするが、人間性を残しているという点では羨ましくもある。
実際、そこまでやる気はなかったし、汚れ役は一人で受け持つことにするか。
それに、彼らが死に物狂いで抵抗している間に、倒れている彼らが復活したら形勢は逆転してしまう。
ここは俺の非道さと容赦のなさを相手に浸透させることが成功しただけで、良しとしよう。益々、俺に対して警戒するようになるが、今度はそれを逆手に取ればいいだけの話。
「じゃあ、俺たちは移動するけど、追ってくるなよ? 今後は一切容赦しないから」
忠告をしておくことで、暫くは俺たちを追おうともしないだろう。俺のことを過剰評価してくれている今なら脅しも有効だ。
俺たちは全員を連れ立ってセーブポイントの奥の通路から出て行く。こっちは紫の沼地があるのだが、そこは伸縮自在の棍で橋を架けて順番に渡ることにした。
一応、追手を警戒して沼地と繋がっている通路に『土操作』で蓋をしておいてもらう。あと、通路から出て直ぐの沼地の縁にある土をある程度除去するように指示をした。下に大きな空洞ができる感じで。
表面上はただの地面だが、ある程度の重さが加わると崩れ落ちる罠をイメージしたのだが、上手くいったらお慰みだ。
「何と言うか……網綱を敵に回さなくて良かったと、心底思ったぞ」
「同意する」
剛隆と零士が酷いことを口にしている気がするが無視だ。後ろで他のプレイヤーが何度も大きく頷いているのも気のせいだ。
これで相手は俺のことを過剰評価してくれれば御の字。相手の行軍を少しでも遅くできれば、その分、こちらが自由に動ける時間が増える。
通路を抜けて第二ステージもどきの溶岩ステージに入る。やはり、全員が『熱耐性』もしくは『熱遮断』を所持しているようで、何の問題もないようだ。
溶岩に架かる人口の橋を渡る際に、所々、これ見よがしに地面を掘ったり、調理器具に入っていた鉄串をそっと道の脇に刺したりしておく。
「何をしているんだ、網綱」
「これかい? こうやっておくと罠がありそうだろ。相手の警戒心は今マックスだろうからね。実際には何もないが、足止めにはなると思うよ」
あ、また味方との心の距離がぐんと伸びた気がする。感心と呆れが入り混じっている感じだな。これぐらいは戦記物や戦争関連の歴史本を読んでいたら初歩の策略だと思うが。
合計十か所以上、罠っぽい感じで実は何もないという疲労が残るだけの罠もどきを大量に設置して満足していると、仲間はもう何も言わずに手伝ってくれている。
最後に地面が崩れる元々の罠が仕込んでいた地点を飛び越え、扉の前に立つ。
「あっ、土使いの人、扉の前一帯の地面の下にひび割れや空洞を作っておいて」
何か言いたげに口を開きかけたが、これが効果的なのを理解しているようで、黙って従ってくれた。
ずっと罠っぽいのを警戒させられ、うんざりしていたところに本物の罠。決まると爽快だろうな。それを確かめられないのが残念だ。
「じゃあ、次に進もうか」
扉を開け放ち、俺たちは前へと進む。休憩所があったので、ここで全員セーブをすることにする。今、沼地の前のセーブポイントに死に戻りをすると、碌な目に合わないのは火を見るよりも明らかだからな。




