名前のない鬼の行動
朝起きて鏡を見たら角が生えていた。オデコから2本も。ああ、僕は鬼になったんだと思い、さほど気にもせず、顔を洗って口をゆすいだ。「朝食を一緒に」と言う妻の声がドアの向こうから聞こえた。
「すぐに行くよ」
僕はそう言うと、濡れた顔をタオルで拭いてダイニングに向かった。キッチンテーブルに並べられた朝食が朝の光りを受けて眩しく輝いていた。僕は椅子に座って妻を待った。
光り輝く今日の朝食は和食だった。焼き魚に味噌汁、漬物、野菜サラダ、御飯、たまごフリカケ。先に食べたい気持ちを抑え、急かすように妻の方を見た。妻はエプロンを畳んでキッチンカウンターに置くと、待ちきれない僕を見て微笑んだ。
僕は声に出さずに『早く』と言った。
彼女は何も言わず、笑顔のままテーブルについた。朝食を前にした妻は嬉しそうだった。僕はその嬉しさにあやかろうとテーブルに身を乗り出して彼女にキスをした。薄い唇の感触と化粧水の香りがした。
2人で一緒に手を合わせ、いただきますを言って僕たちは朝食を食べ始めた。
僕は焼き魚の上で陣取っている大根おろしに醤油をかけて、魚の身をほぐしながら食べた。味噌汁を飲み、野菜サラダにゴマだれをかけたところで、あっ、そうだったと頭に生えた角のことを思い出した。すっかり忘れていた。
「オデコに何かできてる?」
なんの前触れもなく、僕は前髪を上げて妻にオデコを見せた。妻は僕のオデコを凝視すると、箸を持ったまま、
「何もできてないけど。どうかしたの?」と言って不思議そうな表情を浮かべた。
僕は見間違えてなんかいないし、妻は嘘が嫌いだから、きっと僕にしか見えていないのかもしれない。
「ごめん、なんでもない」僕は話を切って野菜サラダを口にした。
妻は気になる様子で
「眠れなくなる。何かあったの?」
「そんなにたいしたことじゃないよ」僕は野菜サラダを飲み込んで答えた。
「教えて欲しいな」
「帰ってきたらね。今はあんまり時間ないから」
「じゃあ、私はこのモヤモヤした気持ちで今日1日を過ごさないといけないんだ」
彼女の突き出した唇にまたキスがしたくなったけれど、僕は我慢をして、
「うん」とだけ答えて、御飯をほおばった。
完成日不詳