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「昔、あの爺は言っていたんだ。『始祖の生き写しが始祖をもう一度この世に呼び出す』という伝説があるんだって」
クレエは目を見開く。
「『始祖の生き写し』、陛下ですか!?」
そう、俺は昔からずっと始祖の生き写しだとか生まれ変わりだとか言われて育ってきた。伝承によれば始祖は黒髪に紫の瞳、エルフ特有の長い耳を持ち、魔術に長けるが俊敏さに欠ける、とされている。あまり認めたくないことだが最後の部分まで全て俺に合致する。そして爺も一度だけ生前の始祖に謁見したことがあるそうだが、俺は始祖と顔立ちまでそっくりらしい。
ちなみに爺も始祖の時代にはフィセルに住んでいなかったらしく、そのせいで名前を知らなかったとか。
俺が彼女の言葉に頷くとまた考えるような表情をして、
「なるほど、それが本当なら陛下にしかできませんね……」
「勿論、戯曲時代に生きていたのだから確実な話を聞けるわけだ」
ただ、問題なのは通常人間が生き返る場合、死んだ場所に突然現れると聞くが――俺はまだ死んだことがないので実感したことは無い――始祖もそうなったら話が聞けるかわからないという点だな。
「そういうことですか。陛下がそれをしたいというのであればどこまでもお供しましょう。さしあたって、まずは城に行ってメシス翁に話を聞くことから始めましょうか」
「そうだな。早速明日にでも行ってみることにしよう」
話はまとまった。
正直、クレエに「そんなわけのわからないことには付き合えません」と拒絶されてしまわないか冷や冷やしていたが杞憂だったようだ。
安心したところでクレエをみると悪戯っぽく笑う。
「しかし、始祖が陛下と似ていたってことは始祖もこんなにヘタレだったわけね……実は全然似てないんじゃないかしら」
むっ。
結構、心に来たがどうにも否定できない自分がいる。
仕方ないので人から言われたというだけでない俺がその『生き写し』であろうという確実とも言える根拠を話す。
「伝説によれば始祖は俺と同じモノと契約を交わしていたらしいぞ」
これまた驚きの事実だったらしいクレエは、今日三度目の表情で言う。
「風の精霊とですか!? そう言われると信憑性がある……」
実際は俺も始祖も風の精霊んか契約してないんだが、まあ同じものであることに変わりはないし契約できるのが珍しいことも同じだ。
なんだか納得したような様子であったクレエはふとなにかに気づいてグラスを持った。「そういえば、まだ乾杯してませんでしたね。せっかくですから、最後に」
そう言われれば俺に異論はない。空だった杯にワインを注ぎ直して、目の高さに掲げる。
今日のような、故人が死んで一年経った時に乾杯をする場合は、冥福を祈ると共に未来に向けて乾杯するのが通例だ。
クレエもグラスを掲げて、口上を述べる。
「獅子王に冥福を。そして、私たち二人の未来に」
俺もそれに続く。
「狸親父に冥福を。そして――」
そこまで言って続きを考えていないことに気づいた。少し考える。
「始祖の未来に、かな?」
それがおかしかったように微笑んだクレエと同時に声を上げる。
「乾杯!」
カチン、とガラスがぶつかって軽快な音が鳴った。