5
「じゃあ私は清掃員を呼んできますので、先に中に入っていてください」
言われた俺はポケットから鍵を取り出し、中に入った。
入るとすぐにダイニングキッチンがあり、玄関から見て右と左に一つずつドアがある。向かって右が俺の部屋だ。
マントを玄関扉前の外套掛けにかけると、自分の部屋に入り、ブーツも脱がずにベッドに飛び込む。そうしたときには玄関先のミンチのことなんて一切頭の中には残っていなかった。俺の心中を占めるのは墓の前でのクレエのこと、ではなくこれからのことだった。
父上が死んでから一年が経った。死んでから一年が経つというのはこの国、というかこのあたりでは特別な意味を持つ。一年という区切りをもってその人物は完全に死んだ、天に召されたこととするのだ。というのも先程の食中毒の件もそうだが、場合によるものの、人間は生き返るものなのだ。詳しいことは分かっていないが、基本的に食中毒や事故死など突発的な死は大体蘇ってくる。長患いの病や老衰などではほとんどダメ。殺人は本当にケースバイケースとなるが、自殺で帰ってこなかった者はいないらしい。そういったことから考えて巷では『寿命に達していないものは生き返ってくる』とされている。
一年という区切りは最長で十ヶ月後に蘇った人物が確認されているからだそうだ。
そして、俺の父親の死因は殺人。本当にどっちか分からないものだったが結局、こういう結果になった、と。母上の時は、十ヶ月過ぎるまで引っ張ったのだが、今回は事情が事情なので、早々に終わらせてしまったのだ。
少し気分が悪い。
両親共に天に召されてしまい、親戚はいるものの――かくいうクレエも王家の分家筋なので、血は繋がっている――天涯孤独というわけではないが、もう家族はいない。
今度は、チクリと胸に痛みが走る。そして、その痛みと連れ立って脳裏に現れるアイツ。こういうことを考えるといつもそうだ。まるで忘れるなといわんばかりじゃないか。
思わず舌打ちが零れる。嫌なことを思い出した。
付きまとう幻影を振り払う為に現実の頭を振った。別に髪の毛にくっついているわけではないのだからそれで彼が去っていくわけは無いのだけれど、それでも軽くのうが揺れて頭がくらくらするのを感じることで、少しだけ気分が晴れた。
節目の日にこんなことを考えるものじゃないな。もっと別のことを考えよう。
えーと、そうだな。そういえば、今日から公式にフィセルの王が変わるんだな。ヴァセリン・ダーカーか。しかし、あいつが国王とはな。確かに父上とはいつも衝突していたが、こんな手に出るとは。しかし、あいつがな……。
すると国名も変わるんだろうか。かつて一度フィセル王室が倒されたときは変わらなかったとされているのだが、今回はどうなるだろうな。
こんなことを考えてどうする。 もっと楽しいことを考えよう。無理やりにでも気分を上げよう。
そうだ、ついに俺は、王家じゃなくなったのだ。ずっと求めてきたことじゃないか。とはいえ、これからも今日のような暗殺者は差し向けられたりするのだろうが、それでも、これで俺は――
「自由だー!」
叫ぶと同時にベッドから跳ね起きる。すると外からばたばたと忙しい足音が聞こえ、扉を跳ね除けるようにクレエが入ってくる。
「大丈夫ですか!」
そんな彼女の心配する表情も喜びに打ち震える俺の姿を見て掻き消える。
「どうやら、要らぬ心配だったようですね……アホ面してないでさっさと夕飯の準備を手伝ってください」
アホ面って……仮にも昨日まで一国の王子だった奴に言う言葉じゃないだろうに。
まあいい。俺はもう王族でも貴族でもないんだ。夕食の準備でも何でも手伝ってやろう。