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魔法とは如何なるものか、という問いを時折受けることがある。
俺は一年前までフィセル王国の王子であったが、今はその立場を外れた平民の身であるからどうにかして日銭を稼がなければならない。しかしながら俺がそれまでやっていたことなど精々魔術の研究をくらいであった。当然、どうしたってそれを活かさなければならない。俺の専門は『戯曲時代』からそれ以前の魔術形式の発掘、研究であったのだが、当然ながらそんな学者の真似事をしたところで一切儲かりはしない。結果として、魔道具修理や魔法陣の作成というところでどうにか落ち着くことになった。フィセルは魔法産業が活発なのも良かったようである。
そして、その仕事の際に「本業は学者をやっている」というと先程のような質問を受けることがあったのだ。他にも「魔術はどうやって発動してるのか」というものや「魔力とはなにか」というものなどポイントこそ違うものの突き詰めていけば同じ問いに行き当たるものだ。また、魔術と魔法についても聞かれることがあるが、魔法というのはその名の通り『魔の法則』のことであり、魔術を含んだ、魔に関する業のことを言う。一方魔術は、一般に行使される魔法陣を用いた術のことである。魔法のほうが示す範囲としては大きく、魔術は魔法の一種であり、魔法には他にも魔力を含んだ植物を用いて作成する魔法薬等も示す場合がある。
曰く、「我々が当然のように使っているこの力はなんなのか」と。つまりは魔術の原理を問うているのだ。特に傭兵や魔法使い(一般の市民では施行できない魔術を代行する職業の人々のこと)など魔術に深く関わる者にその傾向が強かった。
確かにそれは俺も感じたことがある疑問だった。
明らかに魔法というのは異質だ。
我々人間が魔法無しに火を起こそうとすれば大変な労力がかかるし、一人では荷車を引くこともできない。しかし、ひとたび魔法の力を借りれば、一瞬で焦土を作ることもできるし、倉庫ほどの大きさの物だって空を飛ばして運ぶことができる。
例えば、魔術を行う際に我々が行うのは『指先等の場所から体内の魔力を噴出、それをインクとして空間上の仮想のパレットに魔法陣を描く』ということだけだ。呪文という方法もあるにはあるがあまり一般的ではない。まあ、どちらにしても同じことだ――なぜ、楽をした方が大きな結果が出る?
さらに、だ。あまり知られてはいないが、戯曲時代の書物に『なぜ物が落ちるのかを解明した男』の記述がある。驚いたことにリンゴが木から落ちるのを見てその原因――『引力』に気づいたというのだ。他にも、この世界の全ては粒でできているとか太陽が燃えているとかそういう本当かどうか判然としない色々な研究記録が戯曲時代の書物には残っている。
だが、ただの一つも魔法に関する記録はないのだ。
先の例のような突拍子もないようなことを思いつく人間がいたというのに、誰もが一度は感じる疑問を誰一人解こうとしなかった訳がない。
それは一体どういうことなのか。
魔法とは、魔術とはなんなのか。
俺は思う、その答えは『戯曲時代』にある、と。