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拍手に包まれて

ホルンの音を感じた瞬間、俺は、あの金色の光を思い出した。

ああ、もう一回、吹きたい。あの音を、もう一回吹きたい。


俺の母親と父親が知り合ったんは、高校の器楽部(オーケストラ)やったらしい。高2の父親がホルンを吹いてて、母親が高1で同じホルンに入ったんやって。

だから、自動的に俺はホルンを親から教わった。親の教え方が良かったのか、親の血が受け継がれてるのか、ホルンは結構楽しかった。6歳の誕生日に、新しい金ピカのホルンを買ってもらったときは、めっちゃ嬉しかった。

小3くらいのときに、親に連れられて本物のオーケストラを見に行った。まだわけわかってない頃やったから、プロが演奏してても何がいいのか分からんかったけど、ホルン吹いてはるっていうのは分かった。

演奏が終わってホールから出た時、親が、ちょっと俺から目を離した。その隙に、俺は何を思ったのか演奏者の楽屋に入り込んだ。で、そこが、運良く金管奏者の楽屋やったんや。

「…あれ、誰の子や?」

トランペットを持ったおっさんが俺を最初に見つけた。他の人たちも、一斉にこっちを向く。

「誰か、この子のこと知ってる人おるかー?」

おっさんが呼びかける。あたりがしーんと静まり返った。そんなん当たり前で、誰も知ってる人はおらん。

「あの、ホルンの人いますか!」

多分、めっちゃ迷惑やってんな。だってさ、演奏が終わって、やっと休めるところを、知り合いでもないKYな子どもと戯れなあかんねんから。

「じゃ、受付まで送り届けてくるわ。」

「あー、ごめんなさいねぇ、木津さん。」

木津っていうらしいそのおっさんは、トランペットをケースに直して、俺を受付に連れて行こうとした。その時やった。

「ちょっと待ってください、木津さん。君、ホルン好きなん?」

若いお兄さんが、おっちゃんを止めた。お兄さんは、片手にホルンを持っとった。

「はい!幼稚園の時からやってます!」

元気よく答えた俺の腕を、そのお兄さんは掴んで自分のホルンの前に連れていった。

「吹いてみる?あ、ツバ抜きしてちゃんと拭いたから大丈夫やで。」

差し出されたホルンは、キンキラキンの金色やった。俺は、目を輝かせた。

「おいおい陽太、そんなちっちゃい子にかまってやんと、ちゃんと休み。お疲れ様やねんから。」

隣にいたチューバのおじさんがそう言った。俺は一瞬ムカついたけれど、小3にして怒りを抑えた。昔の自分、超偉い!

「いいじゃないですか。ちょっとくらい。はい、吹いてみ」

俺は、ホルンを構えた。息を吹き込む。

…そのホルンから、幻が出た。小3の俺でも分かった。このホルンは、滅多に出すことができない幻の音を持ってる。

「すごい…」

「この子、才能あるんちゃうか!?」

そんな声が耳に飛び込んだ。え、俺が才能ある?

「この子もそうやけど、このホルンもな。さすが、ウォーン・フィルメンバー、坂上(さかがみ) 陽太(ようた)のホルンや。」

チューバのおじさんが、はっきりと言った。

「ウォーン・フィル」。その時俺はこの言葉を知らんかった。世界的にも有名な、オーケストラ。

このお兄さんが、そのオケの一員なんや。

小3の俺は、もう一度ホルンを吹こうとした。構えて、息を吸い込む。

…その瞬間、楽屋のドアが勢いよく開いた。俺は、やっと現実に戻った。

「すいません!うちの息子が…」

母親は、俺からホルンを取って、謝りながらお兄さんに返した。

「さ、真一、行くで。」

なぜか謝りもせえへんかった父親が、俺の背中を押した。

ホルンを貸してくれたお兄さんは、残念そうにこっちを見てた。でも、目だけは違った。

(また来いよ)

幼い俺でも、ジーンときた。絶対に、また来るて、自分に言い聞かせた。

今度来た時には、もっとホルン上手なってよう。もっと練習しよう。そう思った。


けど、次の日の日曜日、父親がおらんくなってた。


母親は、小6の姉と、小3の俺、そして小1の妹に、事情を説明した。離婚やって。

お互い、別々の道を歩んでいくことに決めた、母親はそう言った。

「ママ、パパのこと嫌いになっちゃったん?」

まだ小1の優香が泣きそうな顔でそう言った。母親は、答えへんかった。かわりに、こう言った。

「パパとママを間違えて出会わせてしまったんは、ホルンやの。ホルンがあったから、あんたらにも辛い思いさせてしまってん。だから、もうママ、ホルンは教えへんことにしたから。夕美、真一、優香。お願いやから、もう、ホルンは吹かんといて。」

俺だけが猛反対やった。ホルンを、もっと吹きたいって、昨日思ったばっかりやのに。

姉と優香は、ゆっくりとうなずいた。そして、姉は、自分のホルンを母親の前に置いた。

「こんなん、もう要らん。」

母親は、俺の方に顔を向けた。嫌や。絶対、嫌や。ホルンだけは誰にも渡さん。

「真一、早よホルン出し。」

姉が声を荒げた。

「嫌や。吹かんといたらええねんやろ。置いといたらええやんか。」

俺は静かにそう言った。姉が、「ちょっと真一!」と俺の背中を叩く。

「真一。ママとかあんたをこんな風に不幸せにしたんは、ホルンやねんで。」

母親は、防御態勢に入った。姉も、母親の肩を持つ。優香まで、こくこくうなずいている。

それでも俺は反対やった。ホルンがない方が俺にとって不幸せや。

急に姉が立ち上がった。その目の色で、すぐに分かった。

「姉ちゃん、やめて!」

姉は、俺のホルンをケースから出して、持ってこようとした。俺は、夢中で姉に覆いかぶさった。

「ちょっ、ちょ、真一!!!」

ガッシャーーーン

不吉な金属音が、俺の鼓膜を大きく震わせた。目の前に、姉がうつ伏せになって倒れていて、ホルンが、床に転がっていた。

「夕美、真一!?」

母親が駆けつけた。姉は、唇を切っていた。俺は、ホルンを拾い上げた。

あ…

ホルンは、壊れた。

ベルとマウスピースがへこんでて、レバーはバラバラに外れてた。

俺は、手の力を失った。そして、その隙に、母親が俺の手から使い物にならなくなったホルンを奪った。

俺の手元には、空っぽのホルンケースが残った。


母親の考え方はひねくれてる。自己満のために、なんで子どもの好きなものを奪うんや 。

俺は、それ以来母親に笑顔を向けたことがない。

母親は、その半年後くらいに別の人と結婚した。優しいけど、俺はその人を父親なんて思ってない。「お父さん」なんて呼んだことない。

その人は、ギターを俺に習わせた。でも俺は、ギターなんて弾きたくもない。嫌いや。

ホルンが吹きたい。

それしか思わん。

「タッキー?」

はっと我に返ったら、そこはサッカーのフィールドやった。俺の肩を叩いたんは、暁月やった。

「なんか、ぽけ〜っとしてたよ?」

暁月はちょっと笑って、前にいる霧谷と夕陽の横に並んだ。

ふと足元を見ると、サッカーボールが転がってた。

「タッキー、なんでホルン習ってたこと言ってくれへんかったん?」

ヤッキがポツリとそう言って、俺は顔を上げた。

「別に習ってたんやないで。やってただけ。」

「もしかして独学?」

「なわけないやん。母親に教わっただけやし。」

母親っていう言葉にムシャクシャして、俺はサッカーボールを蹴り上げた。ボールは、ゴールのポストに当たって、芝生の上にみっともなく転がった。

「そうか。」

ヤッキは、それ以上何も聞かへんかった。ヤッキは、俺の家の事情を全て知り尽くしてる。母親が離婚して再婚したこと。俺が母親の再婚相手を父親と認めへんこと。俺が、家庭の全てを受け止めてないこと。

ヤッキと俺は、親友や。ヤッキにやったら、なんでも喋れる。ヤッキは、他人の秘密を絶対漏らさん。俺は、ヤッキを信用してんねん。おそらく、ヤッキもそうなんやろう。

俺は、父親を失っても、別にどうってことなかった。ヤッキがおったから。

ヤッキに俺は怒りを全部ぶちまけた。八つ当たりした。怒鳴った。そんなことすんのは、最低や。でも、ヤッキは何も言わんかった。ただ、「いいよ、俺に全部愚痴って」って言ってた。

だからこそ、俺もヤッキの八つ当たりを受け止めた。おっと、これはヤッキの秘密やから、言ったらあかん。

やっとホテルにたどり着いたとき、霧谷がちょっと立ち止まった。

「ねぇ、ホテルの7階に卓球ブースがあるの。」

霧谷は得意そうにそう言った。さすが、もと喜島住民!

「行く!」

暁月と夕陽が声をそろえた。俺たち男子陣もうなずいた。

「7階の中でも、奥の方にあるから誰もわからないと思う。」

じゃ、貸切状態ってことかい!いいねぇー!

窓が付いていて、外の風景が眺められるエレベーターに乗って、7階まで上がる。

卓球は、無料で遊べた。広〜い部屋に、卓球台が3台。俺たちは、集合時間ギリギリの18:30まで卓球で白熱バトルを繰り広げ、急いで夕食場所のレストランに行った。

夕食は全員、ハンバーグ、から揚げ、ポテト、コールスローサラダ、ご飯、豆腐の味噌汁。最高やった。ハンバーグは黒毛和牛使ってるとか言ってたし、から揚げはカリッとしてて、ポテトはホクホクで、サラダのドレッシングはホテル特製ソース。美味いーーー!

「おい、ハンバーグ、タッキーのん大っきない?」

がめついヤマが俺の食べかけのハンバーグを覗き込む。やば、盗られる。俺はとっさにハンバーグを口に突っ込んだ。絶対渡さんからな!

「あ、山田くん、あっちにおかわりあったよ!」

救世主、霧谷!ヤマは、「おうっ!?」と気がそっちに向く。バカやなぁ。

霧谷が、俺を見てちょっと笑った。口の横に、ソースがついてるんが、なんか…無邪気というか…

「可愛いっ!」

うっ…どきんとした。暁月も、霧谷のソース(?)を見つけたみたいやった。霧谷は、恥ずかしそうに「どこ?」と全然違う所に指を当ててる。

「レク係の人は食べ終わったら舞台広場集合な!」

ニッセンが言った。あっ、俺レクやった。急がな。

残りのご飯粒を一気に飲み込みながら、俺は皿を片付け始めた。

食後のデザートならぬ食後のレクリエーションでは、有志が何人か固まって出し物をする。出し物の内容は、何でもいい。喜劇でも、漫才でも、クイズでも。レク係は、レクリエーションがスムーズに進行するように仕向ける司会役や。

「タッキー、司会の紙持ってるやんな?」

杉原が訊いてきた。杉原もレク係で、最初の挨拶みたいなんを一緒にやる。

「持ってきたで。ってかさ、漫才とかで有志がスベりおったら俺らどう反応したらええんか分からんよな」

俺はそう言いながら、ポケットから司会の台本を出して杉原に渡した。

「あー、分かる分かる。だってコンビがコンビやし。」

杉原は、ニヤッとして、

「…田辺美来と住田香苗やもんな。」

田辺と住田。夕陽となんかあった2人。気になる。やっぱ気になる。

「女子ってあんまウケへんよな。ネタがおもんない。」

杉原は、お笑いの批評家や。若手の芸人を徹底分析してるらしい。TVに出てるような人の漫才まで批評するくらいやから、女子がやるような緩い漫才なんて、ツッコミどころ満載なんやろうな。

「っつーかさ、田辺ってすぐ泣くし、ワガママじゃね?なのにさ、なんで住田が仲良くしてあげてんんのかがわからんわー。」

さすが杉原、観察力があるな。まさしくそうやん。…女子に興味あるからかもしれんけど。

「そーいやさ、住田って夕陽と仲良くなかった?でもこの頃夕陽ボッチやん。」

やっぱり、ほかのヤツやって女子の事情心配してる感じやん。俺だけとちゃうくない?

「ま、でも俺らが関わることでもないか。あ、別に気にせんでええで。…それよりかまんように言うの練習しとかな。」

どでっ。なんで杉原も、女子のこと客観視すんねやろ?ヤッキとはもう仲直りしたけど、まだわからん。

「おい、杉原、大樹!早よ来い!」

うわっ、恐っ。3組の太田先生や。

「遅いぞ、お前ら。レク係の自覚足りてんのか?」

わー、ごめんよ、太田先生ー。

3分間のお説教ののち、俺たちはレクリエーションの設営を始めた。椅子並べて、マイク準備して…

そして30分間の労働ののち、レク係以外の人も集まってレクリエーション開始!

「おし、杉原、いくぞ。」

俺は、向こう側の舞台袖におる杉原に合図してから、舞台広場の照明を全部落とした。

「えっ、何?」

「嘘やん!」

辺りがどよめく。その声を聞いてから、俺は舞台にかけられたスクリーンに、パワポを映した。

よっしゃ、異常なし。ちゃんと、「まずは、西村先生のありがたーーい御言葉」って映してるな。

「これからー、ニッセンことー、西村先生にー、ありがたーーい御言葉をー、頂こうとー、思いまぁす。」

アナウンスが流れた。まず、みんなはパワポを見て笑う。次に、放送の「ニッセンことー」で笑う。そして、アナウンスの杉原の声で笑い転げる。おっし、予想通りや。俺は、ニヤッと笑って舞台の真ん中に走り出た。

「な、なんやねん!はい、これ、違う!バカヤロウ!」

舞台袖に向かって、できるだけ大声で(マイク使ってないから)、そう言った。笑いそうになるけど、あかん、俺は笑ったあかん。漫才でも喜劇でも、笑かす方が笑ってもうたらおもんなくなるんや。

スクリーンの画面が、パッと変わる。今度は、文字が流れて出てくるようにしてある。見ろ!俺のパワポ技術!

「今夜のレクリエーション娯楽番組を楽しむために、次のことに注意しようね♡」

おネェ風に書いてみた。クスクス笑いが起こる。

「その一、ウンコを漏らさないようにね♡漏らしちゃったら、始末が大変なのよ♡」

下ネタ発動!これは、俺が考えたんじゃなくて、お下品な杉原クンが考えたんですよ。

「その二、カップルは、いちゃつかないでね♡非リア充にとっては、超迷惑行為ね♡」

例えば、栄田(えいだ)(らん)郁也(いくや)とかな。小6に上がってから付き合いだしたらしい。ほんまませてる(・・・・)わぁ。

「その三、思いっきり笑ってね♡」

最後のは我ながらイマイチ気に入らん。思いつかんかったな。

「では、楽しんで♡」

最後までおネェで突き通して、パワポ説明は終了…はぁ?

「実はおネェだった、たっきぃより♡」

どっと広場が湧いた。おい、杉原!くっそー!

「ではー、プログラムを進めたいと思いまぁす。おネェの大樹くんは、舞台袖にはけてくださーい!」

杉原のアナウンスが流れて、クソ野郎と思いながらも俺は舞台袖にはけた。

イロイロあったけど、まぁ、成功かな?

トップバッターは、なんとなんと生島たちのダンスや。なんやねん、うっざいなぁ。

「こんにちはーっ!みんなー、楽しんでるー!?」

最近人気のAKB48みたいなカッコした生島ら7人が、しゃなりしゃなり出てきた。本物とはまるで違うブスの塊やん。

もちろん、女王の生島がセンターポジション。アイドルぶってるんがほんま気持ちが悪い。オゥェッ。

「では、一曲目!『恋するフォーチュンクッキー』です!」

よく聞く音楽が流れて、生島がマイクを口に近づけた。

「恋する〜フォーチュンクッキ〜♫」

音程が、全く取れてない。全音外してる。俺の方がまだ上手いわ。あ、音程っていうのは、音の微妙な高低のこと。音程が取れてないっていうのは、例えばドの高さやのにレの高さで歌うとかな。まだ、ドをド♯で歌うんやったらまだマシや。でも、生島の場合、ドやのにレとか、ソやのにシとか。外し過ぎ。ま、音楽やってないとわからん話やけどな。ちょっと自慢。

ソロボーカルが、阿部に移った。阿部も半音階くらいズレてる。まだ生島よりはマシやな。でも、顔が不細工なつくりやから、どっちも同じくらいキモい。

さんざん気持ちの悪い歌を聞かされて、やっと生島のグループの出し物が終わった。

次は、そう、田辺美来と住田香苗の、漫才。夕陽はこのことどう思ってんねやろ?

「次はー、お笑いコンビ、『ミク&カナエ』さんによる漫才でぇす!」

みんなの笑い声を聞き流しながら、俺は舞台袖から客席の方をちらっと見てみた。えっと、夕陽は…?

ありゃ?夕陽おらんくね?

どこ探しても夕陽がおらん。どこいったんやろ?

「タッキー、始まるで。」

違うクラスやけど、同じレク係の森岡(もりおか)真美(まみ)が、俺の服の肩んところを引っ張った。おっと、ごめん。

「どーもどーも!ミク&カナエでーす!」

田辺と住田が、向こう側の舞台袖から、顔を紅潮させて出てきた。やっぱ、緊張するよな。

1週間前くらいかな?俺はヤッキが出るお笑いコンテストに、「代理」で出場した。なんで「代理」かっていうと、ヤッキの相方、南哲士(アダ名はテツ)が、緊張に耐えられんくて逃げたから。たまたま一緒におった霧谷愛乃と、テツのセリフを半分こして瞬間暗記して、ヤッキが舞台で固まってるとこに、救助!俺と霧谷、天才!

けど、結局替え玉は違反やってことで、審査の対象にはならんかったけど。お笑いに人生賭けるって言ってたヤッキは泣いてたけど…その後イロイロあって、ショックから立ち直った。そのイロイロっていうのはヤッキ本人に聞いてみ。おもろい話聞けると思うで。あ、もう聞いたか。

「ーって、そーいうやつってぶりっ子ぶりぶりなやつちゃうんー?」

住田のそんな声が聞こえて、客席からなんか…冷たい爆笑があがった。

…ヤな感じ。

「森岡、今どんな内容の話なん?」

森岡に訊いてみた。

「え、あぁ…、なんて言ったらいいねんやろ。多分…、しずかちゃんのこと話題にしてたんちゃうんかな?」

夕陽のこと?

「特定の人にべったりくっついて、しょうもない理科の話して博士ぶって、いつも独りでって…、しずかちゃんのことやんな?なんか、あんまりよくない気がする」

ソレ、全然お笑いになってないやん。ただ、ぶりっ子っていう単語と、夕陽の悪口入れたかっただけやろ。

なんやねん。最低やな。多分、いや絶対ヤッキがマジギレしてると思う。俺でもキレてるくらいやねんから。

「次は霧谷さんの悪口…」

森岡が、青ざめた顔を俺に向けた。霧谷の悪口?

「そーいうやつほど将来ゴキブリみたいなどブスになんねんー!」

こいつら、お笑いをわかってない。でも、客席からは冷たい笑いが起こる。

こんなヤツら、今すぐ壇上降りろ。

「今すぐ、壇上を降りて!!」

…?一瞬、俺は固まった。この声、聞いたことある。細いのに、よく響く声。

霧谷や!

「はぁ?」

住田が、メガネを光らせた。ううっ、怖!

霧谷、逆らわんとき!住田怒らしたら怖い…

「こんなの、お笑いじゃない!ただの悪口じゃない!聞いた人が、傷つくだけっ」

「邪魔しやんといて!霧谷さん!」

田辺が、霧谷の言葉を遮った。客席が、ざわつく。どうしよう、運営側としては、続けるか。一旦客席の明かりをつけて、先生の指示を待つか。

「タッキー、どうする?」

森岡が俺に訊いた。スポット係の水澤(みずさわ)とも連絡をとらなあかん。ちらっと、スポットの光源のある客席の上を見ると、水澤がこっちの状況を伺っていた。

レク実行委員リーダーは俺や。俺が判断するしかない。

「ちょっと霧谷、ふざけやんといて!」

生島グループも斬り込んできた。ややこしくなってきたな…!

「タッキー、ここは一旦先生の指示聞いた方がよくね?」

杉原が、アナウンスのマイクを切って俺にそう言った。

いや、俺は。

「水澤、聞こえるか?」

トラーシーバをポケットから出した。

『はい。聞こえます。どうぞ。』

さっすが、落ち着いてる。

「続行する。客席の照明は落としたまま、舞台の照明だけ明るめに点けて。どうぞ。」

俺は、そう言った。「え?」と森岡の声が横からする。

「了解。どうぞ。」

俺はトラーシーバをしまった。

「何すんの、タッキー。」

杉原が言った。

「まぁ、なんとかやってみる。時間の無駄遣いはしたない。」

俺は、マイクを持って舞台袖を出た。

「そこ、黙れ。」

自分の声が響いて、ちょっとびっくりした。

「まず、関係ない生島、阿部、青葉。自分の席に座れ。」

3人は、しぶしぶ席に座った。

「で、田辺と住田。確かに今のお笑いは、人の悪口はいってる。不適切。別にレク係の権力じゃないけど、今のはあまりにも不適切。しかも、予定時間の3分を大幅に超えてる。だから、プログラムを進める。」

落ち着いて、ハッキリと。田辺と住田にわかるように、簡潔に。

「っく…、ミク、行こ。」

数秒睨み合ったけど、ついに住田が折れて田辺を連れて舞台袖にはけた。…よっしゃっ!

ちらっと舞台袖を見たら、杉原と森岡が強くうなずいていた。「頑張れ」って言ってるみたいやった。

「霧谷さんの言う通り、人の悪口とか、皮肉とか、そんなんはお笑いとちゃいます。それを踏まえて、出し物してください。」

最後にこうシメて、礼した。

舞台の下におった霧谷は、俺を見てホッとしたように微笑んだ。うん、よく頑張った、霧谷!

「じゃ、次…」

俺がそう言いかけたとき、客席から拍手が湧き起こった。

「タッキー、かっこええ!」

「さすが、人気者!」

ヤマとヤッキが、そう叫んでる。

1組の河ちゃんも、3組の太田先生も、ニッセンも、教頭の稲田も、校長の甲斐先生も、みんな笑って、手を叩いてた。

嬉しい。めっちゃ嬉しい。でも。

ああ、これが、オーケストラの後やったらいいのになと思った。

ホルンを最後まで吹ききって、汗を流しながら、拍手を聴きたいと思った。


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