グランプリ
僕は、鏡に映ったド派手な真っ赤のスーツを着て、青いリボンを首につけて、髪の毛をお父さんの整髪料でセットした自分の姿をまじまじと見た。…今日で運命が決まるんや。
僕の名前は峰 泰紀。将来の夢は、芸人。今日、僕の夢がかかるコンテストに出るんや。
「泰紀、切符代、持った?」
「うん、持った。あーそうや、水筒に水入れといてくれへん?喉乾いたら喋られへんから。」
「わかった。頑張ってな、お母さんあとから車で見に行くから」
「うん」
僕はうなずいた。そして、机の上に置いたままになってたハガキを手に取った。
『少年少女漫才コンテスト!小学校3年生~中学校3年生までの芸人を目指す方を募集します!応募者全員の中から抽選で30組を選出し、O県R市アメリカンホールで5分以内の漫才を披露することができます。グランプリに選ばれし2人組は、7チャンネルの『マグロの☆嘘やろ!?』に出演可能です!是非とも…』
僕らは、これの抽選に見事引っかかった。そして、今日、グランプリを狙いに行く。僕らには、グランプリしか目に入らん。優秀賞とか、特別賞なんて知らん。僕らはグランプリになるんや!
「じゃあ、行ってくるわ!」
「行ってらっしゃい!」
篠原駅で、テツと待ち合わせしてる。僕は、駅近くの繁華街を通り抜けていった。周りの人たちが必ず僕の方を向く。なんか、気持ちいような恥ずかしいような…よう分からん気分になってた。
「ヤッキ!」
僕と同じ格好をしてるからすぐに分かった。テツは、顔が完全に完熟トマトになってた。周り、気にしすぎやろ…
「行こう」
僕は、切符を買って(買うのに約5分間のロス)改札を通った。テツもその後に続く。
篠原駅は、改札を通ったらすぐ左に階段がある(残念なことにエスカレーターは無い)。僕は、その階段をしぶしぶ上ろうとした。…その瞬間、背後に気配を感じた。
「きゃっ!」
誰かとぶつかったっ!僕は慣れへんローファー履いてるから、ドデーンてこけた。危なっ!幸い、僕は手を先に地面につけてたから頭は守れた。でも、ほんまに危機一髪やった。
「ヤッキ!大丈夫!?」
テツが僕を抱き起こした。…で、ぶつかった人大丈夫か!?僕はすぐに横を見た。
「霧谷!」
「峰くん?」
この前転校してきた超美人の霧谷愛乃!?霧谷は、いたたた…ってつぶやいて起き上がろうとした。なんか重そうな荷物を持ってて立ち上がられへん。僕は、霧谷の荷物を持って、テツが霧谷を立たせた。あ、これ、バイオリンやん。荷物の形は、あきらかにバイオリンやった。
「あ、ありがとうございます…ごめんなさい…」
霧谷は深々と頭を下げて、僕から例の荷物を受け取った。
「えっ、もしかして、峰くんと南くん…漫才コンテスト?」
「そうやで。なんで知ってるん?」
タッキーになんか聞いたんかな?
「うん…あのね、私、コンテストの開会式でヴァイオリン演奏するの。なんか、出演者の緊張感を和らげる演奏をしてくれって、お母さんの知り合いに頼まれて。」
偶然っ!って、霧谷のバイオリン演奏!?そういえば趣味がバイオリンって言ってたな。
ちなみに、僕はパーカッションを習ってる。ティンパニとかシンバルとか色んな打楽器をまとめて「パーカッション」って言うねん。だから、音楽については詳しい方やと思う。バイオリンだって知ってたし。今回の漫才でもその要素、取り入れてるし。
「あっ、それより、電車の時間、大丈夫なの!?それで急いでて、こけちゃったんだけど…」
えっ?僕は超高級ブランド品の金ピカ腕時計を見た。電車が来るまであと10分くらい。全然余裕なんですけど。もしかして霧谷、意外とドジなんかなあ?見た目はめっちゃ真面目そうやのに。
「まだまだやで。早すぎるわ。」
「あっ、そうなの!?ごめんなさい」
「いやいや全然。」
謝ることないやろ。やっぱり霧谷て、天然?
「じゃあ、ちょっと早いけどホーム行っとこか?」
テツが言った。そうしよか。僕たち3人は、お笑いについて講義をしながら(霧谷、お笑い好きやねんて!)コンテスト会場のアメリカンホールに到着した。
ここで、僕らはグランプリに輝くねんや!
「私は知り合いの人がいる部屋に行くから、ここで別れるね。」
霧谷が言った。
「そうなんや。演奏頑張ってや。」
「うん。」
僕たちは、受付に行って当選ハガキを提示、そして控え室を確認してから着席。という流れやった。
「うわー、緊張してきたわ…」
1番前の座席を確保して、テツが舞台を見上げて言った。
「もう、僕らはカンペキやねんから、大丈夫やって。霧谷の演奏聞いて落ち着くんちゃう?」
「そうやなぁ…」
テツは、めっちゃ心配性。その上クラスで1番背ぇが低いから、一部の男女からナメられてる。僕とかタッキーみたいに、テツを尊敬してる人も結構おるけど。
尊敬すべき点その一、お笑いに関する情報が高すぎて、何を言ってんのかが全く分からん時があるということ。難しい話題ではないはずやのに、難しいことを喋ってるように聞こえる。
尊敬すべき点その二、女子に全く興味を持たない。僕たち一般男児はおとなしいかつ顔がいい女子を見るとそのことで頭がいっぱいになる。が、テツは違う。霧谷を見たときも、ちらっ、無視。
以上の点や。
「本日は、待ちに待った少年少女漫才コンテストでございます!当選された方々、おめでとうございます!あなたたちは、お笑い芸人になるための切符を手にしたのです!さあ…」
どっかで見たことあるような女子アナが笑顔で挨拶を続けた。いよいよ始まったんやーー!
僕もテツも、そんな挨拶どーでもよかった。早く舞台で喋りたい!
「そして、本日は、緊張しているであろうみなさんのために、心安らぐクラッシック音楽を演奏してくださる方々がおられます!では、拍手でお迎えください!」
僕のライバルたちによる拍手に包まれて、バイオリンを持った霧谷が出てくる。負けてられん!僕は、1番大っきな音で手を鳴らした。霧谷が、僕とテツに気づいてちょっと笑う。
バイオリンファースト、バイオリンセカンド、ビオラ、チェロ。弦楽四重奏やな。霧谷以外は、全員大人やった。思ったよりすごいな。
曲は、霧谷のバイオリンの音から始まった。ビブラートがかかってて、濃い音。素人の僕でもちょっと分かるくらい濃かった。
途中でバイオリンのソロになったり、指をめっちゃ細く動かして弓を振り回してたり、ずっとビブラートがかかった長い音になったり、弦をはじいたり、霧谷の技術は思った以上に物凄かった。
最後は、4つの楽器全部がジャン!て弾いて終わった。大っきな拍手が続いて、霧谷たちは立ち上がって、お辞儀した。
「ありがとうございました!素晴らしい演奏でした!」
アナウンサーがニコニコしながら言った。ああ、これが終わったってことは…
「では、コンテスト出演者のみなさんは控え室の方に回ってください。ただいまから、10分間の休憩になります。」
「さ、行こか。」
僕は席を立って、控え室に向かった。客席横の階段を急ぎ足で上る。
「おい、ヤッキ!」
急に肩を掴まれて、僕はこけそうになった。ムッとして後ろ向いたら…
「タッキーやん。」
タッキーやった。やっぱり見にきてくれたんやな!
「頑張ってな。見とくわ。テツも。」
「うん!」
テツが妙に声を張り上げて言った。僕もうなずく。タッキーもうなずいて、自分の席に戻ってった。
「タッキーも見にきてくれたんや。」
テツが嬉しそうに僕に言った。
「うん、約束してたし。…はよ行こか。」
僕らはエントリーナンバー6番。結構早めやから急がな。
控え室には、すでに20組くらいの出演者がもう集まってた。みんな、リラックスして喋ってる。もしかして、緊張してんの僕とテツだけ?あかんやん、テツ、落ち着こ。
でも、テツはもう死にそうなくらい顔が真っ青やった。ええ!?大丈夫なん?
「めっちゃ緊張してはりまんなぁ。」
なんか京都弁っぽい大阪弁喋る男子が声かけてきた。歳は、中2くらい?目付き悪くて、僕らを見下ろしてる。あと、後ろにはもう一人、小太ったこれもまた目付き悪い年上みたいな男子がおった。おそらくコンビやねんやろう。
「初めてなんやなぁ。そんなガチガチやったら、舞台の上でなんか喋れはるん?」
にやっと笑いやがった!何やねん!?
「喋れますよ。嫌味言わんとってください。」
落ち着け、冷静に、冷静に…
「嫌味とちゃいますがなぁ、心配してまんねん。あーあ、でもそんなに落ち着いてなかったらグランプリなんて無理なんとちゃいます?くっくっく、おぼっちゃまは家でゆっくり積み木遊びしてたらええんとちゃいますのん?」
何をっ!僕は確かに金持ちのおぼっちゃまやけどなぁ、おぼっちゃまなめてたらしまいやっ!
と思ったけど、僕は無視して固まって黙ってるテツ連れて違う場所に移動した。
「エントリーナンバー5番から10番の方は舞台袖に集合してください。」
案内役の人がそう言って、僕たちは舞台袖に向かった。僕とテツは反対側から出てくるから、ここで一旦別れる。でも、テツは何も言わんかった。黙って反対方向に進んでいく。
おい、テツ、大丈夫か?これに失敗したら、もう後がないんやで。だって、この抽選の倍率、30倍やねんから。来年や再来年コンテスト出場狙おうと思っても当たらんねんで。
そう言いたいのに、全く喉から言葉が出えへん。なんで?さっき水飲んだばっかりやのに?喉が仕切りで塞がってる…
「次は、エントリーナンバー4番…」
あと2番…頭が真っ白になった。どうしよ、どうしたらええねん。やばい。反対側の舞台袖見たら、相変わらずテツは青い顔して震えてるし、時間は黙々と過ぎてく…この危機的状況をどうしたらええん!?
「はっはっは~!」
「キャハハ!」
笑い声が聞こえる。やめろっ!僕は思わず耳を塞いだ。僕たちはお客さんの笑い声を聞きに来たのに、笑い声、聞きたくない………
「次は、エントリーナンバー5番、『ピッコロ兄弟』さんです!」
もう次や。…テツ、やめてや、本番でセリフ飛ぶとかど忘れとか…そんなことなったら…あかん、考えたあかん。集中や、集中!泰紀、集中せい!
「…ありがとうございました!えー、続いては、エントリーナンバー6番、『ヤッテツ』さんです!どうぞ!」
僕は、かすれた声で、「どうもどうもー、ヤッテツでーす!」と叫びながら、ふらふらの足で舞台の真ん中まで進んでいった。もう、何も考えられへんかった。あたりは真っ暗で、この世界に僕とテツだけが存在してると思った。最初のセリフ、「こんにちは、テツでーす!」のテツの言葉を待つ。
…え?テツの言葉で始まるんやと思った。でも、テツの声が聞こえへん。なんで!?テツ、はよ言え!「こんにちは」だけでもいいから言え!
「…あれ?一人だけ?」
「もう一人は?」
…え?僕は横を見た。そこには…テツがおらんかった。…なんで、なんでテツがおらへんの!?
はっと舞台袖を見た。そしたら、テツが控え室の方に逃げてくのが見えた…
僕は呆然と舞台の真ん中に立ち尽くしてた。辺りがざわざわしてるのが聞こえる。でも僕は何も喋られへんかった。喉から何にも出て来ーへん……
…と、だだだっと階段を上る音がした。僕は、はっとそっちを向いた。
「こんにちはーー!代理Aのタッキーでーす!」
タ、タッキー!?それと…
「どーも!代理Bのアイでーす!」
霧谷っ!?はぁ?なんでっ!?
「ヤッキ!はよ始めんで!1人で派手なカッコしてるくせに、何カピパラが湯に浸かってるときみたいにボーッとしてんねん!」
霧谷っ!?霧谷は、僕の頭をこづいた。
「ぎゃはははは~」
「ははははは~!」
会場から笑いの渦巻きが飛んできた。
目の前がカラフルになった。
そして、いつもの笑い声が聞こえた。
「終わった…」
僕は、思う存分笑い声を聞いた。そして、その舞台から退場した。
「タッキー、霧谷!」
僕は、2人が入った反対側の舞台袖に向かおうとした。…こいつらがおらんかったら僕はあの後どうなってたんやろ。
「ちょっと君、『ヤッテツ』って峰泰紀くんと南哲士くんの2人やんな?」
急に係員の人に呼び止められた。南哲士…この名前を聞いて思い出した。あいつが僕を裏切ったんや。あいつが逃げたんや。
「はい。そうですけど。でももうあいつはもう仲間じゃないんです。逃げたんで。名簿の名前、代えといて下さい。大樹真一と霧谷愛乃に。」
きっぱり言った。もう次からはこの2人と組む。3人トリオでやっていきたい。
「それは無理やわ。相方の替え玉はルール違反や。だから、君たちのコンビは棄権かつ違反として、失格な。もう帰っていいで。」
失格。
かくんと肩が落ちた。いつにまにか、僕はそのまま座り込んでた。
「あ、そこ邪魔やからどいて。次の人通られへんから。」
係員は、冷たく言い放った。僕は、ゆっくりとその係員を睨んでから、その場を立って、反対側の舞台袖の方に向かって走った。
「なんで、なんで、なんでや…あいつのせいで、なんでこんな目に遭わなあかんねん…あいつのせいで…!」
涙が溢れ出てきた。なんであいつのせいでこんな目に遭わなあかんの!?なんで…
「ヤッキ!」
タッキーが、壁まで突っ込んでいこうとした僕を引き止めた。
「ヤッキ…お客さん、めっちゃ笑ってたで。爆笑やん!」
タッキーが言った。
「ほんと、楽しかった!峰くん、じゃなくてヤッキくんと、大樹くんと一緒に漫才したの、ほんとに楽しかったよ!」
霧谷も言った。
「客も笑ってた、僕も楽しかった。けど、けど…あいつのせいで…失、格やって…」
2人の表情ががらりと変わった。
「なんであいつのせいでこんな目に遭わなあかんの!?なんで、なんでなん!?あいつが逃げたから、裏切ったから!」
「うるさい!客席にも響いてんねん!」
係員が怒鳴った。タッキーと霧谷は、泣き崩れる僕を抱きかかえて楽屋に連れ込んだ。
「ヤッキ…まだまだチャンスはあるって!」
タッキーが言った。
「大丈夫よっ!」
霧谷が言った。分かってた。このコンテストでグランプリ取れんでも芸人になることは可能やって。でも、でも、あいつのせいで、僕の、グランプリっていう夢が蹴られるのは許されへんねん!
すると、ガチャっと楽屋のドアが開いた。あ、あの嫌味ばっかり言ってきたコンビ…
「よお、おぼっちゃま。あのガチガチなってはった相方はん、逃げてしまいはってんなぁ~、残念やなぁ~。」
背ぇたかいソバカスが言いおった。
「やっぱりおぼっちゃまやもんなぁ。ママが恋しくなったん?それとも、おもらししちゃんたん?」
今度は小太りのブタが言った。ボロカス言うてくる。何やねん、こいつら。悔しい。悔しすぎる。僕は、なんか言い返そうとした。
「あっ、そういえば僕ちゃんら、代理人AさんとBさんやなぁ。Bさん、可愛いなぁーめっちゃ美人やーん」
「楽器も演奏してたやんなぁ。なあなあ、俺と付き合わへんー?」
なんやねん、こいつらっ!霧谷は、2人をめっちゃ睨みつけとった。
「誰がお前らなんかと付き合うかバーカ」
って言ったのはタッキーやった。ソバカスは、
「おお、僕ちゃん、よく言うねぇー俺らをなめてんのかぁ?ああ?」
と言って、タッキーの服の襟を掴んだ。あかん!
「やめろっ!」
僕は、ソバカスをタッキーから引き剥がした。そいつは、僕の力にちょっとびっくりしたみたいや。フン。
「よお、ぼっちゃん、やるやん…」
「年下のくせになんやねん…やる気か?」
2人が近づいてくる。どうしよう…悔しい、悔しい、悔しい!
ん?僕はふと、ソバカスが持ってるリュックを見た。リュックの、名前を書くところに注目すると…
「6年1組…?」
僕は思わずつぶやいた。6年1組、6年。こいつら、僕らと同い年やっ!
タッキーも霧谷も気づいたみたいやった。ソバカスとブタは、顔を見合わせた。
「なんやねん、6年1組がなんか悪かったか?」
ブタが言った。
「お前ら…」
僕とタッキーは2人を睨みつけた。
「はぁ?急に態度でかなったなぁ。なんやねん、年下の…」
タッキーが、ソバカスの言葉をさえぎった。
「同い年のくせに、何偉そうにしてんねん。」
2人は、顔を真っ青にした。
「お、おい…こいつら同い年…?」
「くっそ、吉田、行こーぜっ」
なんや、めっちゃ気ぃ弱いやつらやん…吉田っていうらしいブタは、鼻が詰まってるらしく、鼻息がブヒブヒ言ってた。ソバカスが、苦しそうにもがくブタの手を掴んで楽屋から出た。ブタの放牧か。笑える。
「なんか、変な人たちだったね…」
霧谷が言った。
「うん、でもめっちゃませてたやんなぁ、あのソバカスとブタ。」
僕が言った。
「ソバカスとブタか。くっくっ、俺は遊牧民とブタやと思った。服がさ、上と下つながってて、サスペンダーついてるズボンやったやん。」
タッキーが言った。あ、そーいえばそんな服やったな…お笑いのネタ、それにしたらおもろそう。
「あ、もうすぐグランプリ発表やで。行こ。」
発表まであと5分や。…って、あれ?僕、あかんかってんよな、グランプリ…
なのになんで見にいくなんて自分で言ったんやろ?
「ん、いこか。」
タッキーも平然としてる。霧谷も、クスッと笑って、
「うん。そうね。」
と言った。
僕たちは、客席についた。会場は緊張に包まれてて、宇宙みたいに静かやった。
「ではまず、優秀賞を発表します。優秀賞は…」
じゃかじゃかじゃか…とBGMが鳴る。
「『ピックル』さんです!壇上に上がってください!」
会場が歓声で埋めつくされる。ピックルの2人は、顔を紅潮させて舞台に上がり、表彰状を貰った。
「特別賞は、『おーちゃん』さん!どうぞ!」
なんと、小3の2人やった。すげぇなぁ。まだ童顔の2人は、ニコニコ笑ってピースしてた。
「そして、グランプリ優勝者は………」
誰や、誰や。客席の人々はそんな雰囲気やった。僕も、絶対自分なんかじゃないのになんとなく願ってた。奇跡を狙ってた。さっきよりもやたらBGMが長ったらしい。
「『遊牧民』さんです!!!」
遊牧民…?もしかして…あいつら?
「見て!さっきのあいつらよっ…」
霧谷に言われて、僕とタッキーは、ハシャギながら舞台の上に上がる2人を見る。
やっぱり、あのソバカス(タッキー説では遊牧民)と鼻詰まらせてるブタ…
「クッソー!あいつらーっ」
僕は周りに聞こえへんように小声で言った。けど、全然ムカつかへんかった。むしろ、親近感湧いた感じ?なんで?
「では、『遊牧民』の吉田さん、コメントをどうぞ!」
ブタが、マイクにかじりつくように喋り始めた。
「いやーー、嬉しいですわ。なんかね、頑張った甲斐がありましたわ。客の笑い声が聞こえた時、めっちゃ幸せな感じがしてねー、ほんま、いい経験になりましたー。これからも頑張って行きますんでー」
意外といいこと言うやん。ブタ。
「では、倉岡さん。ほかに、このコンビは面白かった、良かったという感想はありますか?」
ソバカスがうなずいた。倉岡っていうんや。
「舞台から逃げてしまいはった人、おりはるんですけど、『ヤッテツ』さんですわ。」
えっ…?
「舞台に取り残された人を、代理人さんが来て助けて、客を笑かす…俺はなんか、感動しましたわ。ヤッキくんでしたっけ?俺にも、そういうダチがおればいいのにって思いますわ。」
おい…なんなん、こいつ、いいこと言うやん…気ぃちっちゃいくせに。
「違反で、無効になったと思うんやけど、ほんまにヤッテツは良かったと思いますわ。将来期待できるんちゃいます?同い年が言うのもアレですけど。」
気がつけば…僕の目頭が熱くなってた。ソバカスとブタのくせに。なんでこんないいこと言うんやろ。タッキーは、そんな僕を見てちょっと笑ってた。
「ヤッテツさん、良かったですね!また来年も挑戦してくださいね!」
アナウンサーがそう言った。…感、動。
やっぱり、僕の目からは熱い水滴が落ちてきた。また、泣いてもた…。
タッキーは、「ヤッキ涙腺緩いな」とはやしたててきたけど、嫌な気はせんかった。むしろ、くしゃみして鼻の穴拭いた後みたいに、気持ちよかった。
で、無事少年少女漫才コンテストは終わった。
タッキーと霧谷のおかげで、僕はほんまにいい思い出を作れたと思う。
テツが逃げたことについてタッキーによると、
「客席で、お前とテツと会った時、テツ、変に明るい声出しておかしいと思ってた。そのあと、あいつからメール来て、『俺、もう無理。』って。テツが逃げるんやったら、お前漫才できひんやん?だから、いつも俺がテツ役で練習してたノートを一応見直しといて、1人で舞台に出んのは恥ずかったから霧谷に覚えこませて、分担した。」
やって。っていうか、霧谷、暗記力天才的!?普通あの短時間であのセリフ、覚えれるもんなんか?
その時はそのことで頭がいっぱいやったけど、後からテツの弱さが分かった。二度とあいつとコンビは組まへん。
それっきり、テツとは一回も喋らへんかった。グランプリにこだわるのはやめた僕。でも、裏切ったテツを許すつもりはない。