機械の兵士
王国の、まるで端に追いやられたかの様に建てられている古びた塔があった。
その塔には絶大な魔力を持ち、誰もが恐れる魔女が一人暮らしているという……。
「魔女様、今日は貴方様の為に異国の面白い物を持って参りました」
それはある日の事、いつもの様にご機嫌伺いにやって来た城からの使いが、いつもの様につまらない物を持って来た……と、窓辺に座る一人の幼女はそう思った。彼女は古びた塔に一人で暮らし、その幼い姿でありながら数百年とうう歳月を生きている。
……そう、この幼女こそが誰もが恐れる魔女その人なのである。
「入れ」
と、響いた使いの声に、部屋の扉が開く。魔女は目も向けずに窓の外を眺めていた。
「………で、…これは…………というような……」
何やら説明をしていたが聞くのも面倒だった。
今日は、いや今日も眠い。
「おい、クソガキ」
「?!」
うとうとしている所に突然の罵声が聞こえ、魔女の眠気も思わず吹き飛んだ。声は使いの者の声ではなかった。
こちらを見下ろす様にして、見知らぬ若い男が目の前に立っている。
「だ、誰だお前?!」
「は? お前、何にも聞いてなかったんだな……」
「なに……?」
「俺は今日からお前の遊び相手をする事になった機械の兵士だ」
と、青年は自らの自己紹介をした。
「き、機械??」
「ああ、良く出来てるだろ? そこらの人間よりお前より優秀だぜ」
魔女は余りの事態に何処から何を言えばいいのか分からなかったが、機械はもっと物静かな物じゃないのか?!とは第一に思った。
「とりあえずだ……お前、もう少し着飾るとかしろよ。そんなガキ丸出しの格好嘗められるだけだぜ?」
不良品だ……! 返品だ……!!
と、魔女は思ったのだが、機械の兵士は魔女の静止を全く聞かず、勝手に衣装を発注してしまった……。
その後、塔に訪れた使いの者に返品を申し出ようとしたのだが、その度上手いこと機械の兵士に阻まれその機会を逃し続けたのだった。
傍若無人な機械の兵士が塔に住み着いてから、いつの間にやら数ヶ月が経とうとしていた。
「今日は戦だって?」
今日の予定を確認して来る機械の兵士に、魔女は頷いて返した。もう機械の兵士が住み着いてしまったのを諦めてそのままにしている現状であった。
「戦なんて出来るのかよ?」
「……剣を持って戦う訳じゃない。私は魔法で蹴散らしてやるだけさ」
「ふうん」と、薄い反応を機械の兵士は返すと、
「まあ、俺もついて行ってやるから安心しろよ?」
そんな事を言った。魔女はそれに対して鼻で笑ってみせる。
……どうせお前も私の魔法を見たら態度を変えるさ……と、魔女は思っていたのだ。
だが、機械の兵士は魔女の予想とはまるで違う反応を返したのだった。
魔女の魔法で辺り一面に雷が落ち、大地が割れると、城の兵士達は口々に魔女を恐れる言葉を放ったのだが、
「やるな、お前」
それが機械の兵士の反応だった。魔女を恐れてなどいない。それどころか、
「あんな魔法使うんなら、もっと肉とか食うようにしろよ」
などと言って、細くて小さい魔女を抱き上げてみせた。魔女が「降ろせ!」と騒ぐと機械の兵士はただ笑った。
それからの日々は目まぐるしく、機械の兵士に連れられるまま、森へ花畑へ時には城下町にも連れ出された。
魔女を恐れていた町の者も、機械の兵士と楽しげに話す魔女を見て、段々と恐れる事をやめていった。今では挨拶をして来る者も居るようになる程だった。
……まるで色の無い世界が鮮やかに色付く様な……そんな心地を魔女は感じていた。
「私はこの命の何もかもを諦めていたんだ」
城下町へ寄った後の塔への帰り道で、魔女がぽつりと呟いた。傍らには並んで歩く機械の兵士の姿がある。
「始めはこの何でも出来てしまう力を、好きな様に使って遊んだ。だけどそれも直ぐに飽きた。何がしたいのか何が楽しかったのか分からなくなったんだ……そして、この国に拾われた。利用されるだけでもどうでも良かったから……」
「お前、相当ガキだな」
相変わらずな機械の兵士の生意気な言葉に、魔女は微笑んだ。それは愛らしい子供の笑顔だった。
「けど、今は違う。私は私の意思でこの国を護りたいと思うんだ……そう思うには、少し遅かったかもしれないが」
「どういう意味だ……?」
「もう暫くしたらこの国に敵の大軍勢が押し寄せる」
魔女の言葉に機械の兵士は一気に顔色を変え、「城の奴等に伝えに行く!」と踵を返したその手を魔女が掴んだ。
「伝えた所でどうにもならない」
「お前……!」
「私が命懸けで奴等を殲滅する」
「命懸け? 何言ってんだ……?」
「私はもう直ぐ悪魔との契約期限が切れて死ぬんだよ。その所為で魔力も弱まって命懸けでもないとこの国を護れない」
魔女の目は本気で、機械の兵士はこれ以上何を言っても魔女を止められないと悟り、魔女に掴まれていた手で逆に魔女の手を握り返した。
「俺も一緒に行くからな」
「それは」
「ダメだとか言うなよ。お前は俺の主なんだ。だから、お前は俺を置いて行くなんて選択肢は選べないんだよ」
同じ様に機械の兵士は魔女を真っ直ぐに見詰め、何を言っても聞かない奴だとは魔女もよくよく分かっていた。
「好きにしろ……」と魔女が返すと、答える様に握られた手を更にぎゅっと握られた。
「…………俺はこれでも不良品だったんだ」
「何を今更」
大軍勢のものだろう砂塵が近くに迫って来ており、指揮を取る者の声だろうか人の声が馬の駆ける音の合間に聞こえてくる。
「廃棄処分されそうになったのを逃げ出して、あの城の使いに拾われたのさ」
「……相変わらずとんでもない事をするなアイツは」
「おかげでお前に会えたけどな……で、俺は不良品なりにお前の事を幸せにしてやろうと尽くした訳だ」
もうあと少しで二人が会話をする事は出来なくなる。
「というか、もっと早く言えよな。そしたら日数掛けて旅行とかもありだっただろうが」
「大丈夫だ」
「何が」
「今、私は最高に幸せだよ」
光が辺りを包んだ。
天の光の様なそれは大軍勢を瞬く間に飲み込んだ。
王国は大軍勢からの危機を逃れ、塔に住んでいた魔女はそれ以来姿を消してしまった。
その後暫く王国は栄えたが、魔女に頼っていた王国は敵の度重なる侵攻に耐え切れず、ついにはその歴史に幕を下ろす事となってしまう……。
しかし、塔に住んでいた誰もが恐れた魔女は、王国を護った勇敢な魔女として人々の記憶に残ったのだった。
終