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第七話 血と包丁と

~食堂にて~

「…開いた!」

小刻みに震えながらなんとか鍵を開けると、海斗はそっと扉を押した。

キーと、静かだけど大きな音が響いた。

厨房にはいつもリズミカルに具材を切り刻んでいるおばちゃん達が、居ない。

でも、おばちゃん達が居た形跡は残っていた。

切りかけの野菜、肉。火を掛けっぱなしのお鍋。

そして、真新しい血痕。

遠目からでも分かるその血の量に、私達は思わず足を下げた。

「まさか、ここにも化け物が…」

口を押さえながら姫璃が無意識につぶやいた。

その言葉に有り得ないと、海斗は首を振る。

「そんな訳ない!おばちゃん達が入口の扉さへ開けなければ…」

入口さへ開けなければ…その言葉に私は引っかかった。

確かにあの扉を開けなければ、校内から化け物達が、おばちゃん達を襲うことはないはず。

だとしたら何で…。

「ぅう…」

突然の呻き声に、私達は文字通り飛び上がった。

でも直ぐに私達は、その声の主を見つけた。

40代位の女性が苦痛で呻きながら、私達に気づいてカウンターから顔を出した。

そう、あの人は給食のおばちゃんのうちの一人。

海斗は顔見知りらしく、一瞬固まった後、慌てて私を背負っているとは思えない程のスピードで、おばちゃんに駆け寄る。

姫璃も慌てて追い掛ける。

「おばちゃん!!」

海斗が大声で呼ぶ。

おばちゃんは私達の姿を、目を無理矢理こじ開け確認し、弱々しく微笑んだ。

「良かった…無事だったのね…海ちゃん…」

切れ切れに話すおばちゃんは、私達となかなか焦点が合わない。

あの子みたいに…。

それに気づかない、気づきたくない海斗は、目をそらしながら早口でまくし立てる。

「どうして…俺が鍵持ってたのに…どっからあいつ等が!」

「ごめんなさい」

突然謝るおばちゃんに、私達は目を丸くした。

「何で…謝るの?」

すると、おばちゃんが静かに嗚咽をもらしながら涙を伝わらせた。

「おばちゃんねぇ…扉、開けちゃったの…」

それだけ言うと、ガタタターンとボールや鍋を巻き込みながら、おばちゃんが倒れた。

「お、おばちゃん!?」

厨房に消えたおばちゃんを追うように、私を椅子に座らせ、カウンターを飛び越えた。

姫璃も厨房へ消えて行った。


~厨房にて~

おばちゃんが倒れた。

俺の心臓が一際大きく脈打った。

待ってろ、そう言い河野を椅子に座らせ、カウンターを飛び越えおばちゃんの下へ急いだ。

「おばちゃ…!」

俺は言葉を失った。

たった、たった一瞬でだ。

おばちゃんの顔は土色に染まり、唇が青くなっていた。

あいつ等みたいに…。

震え始めた体に鞭打ち、おばちゃんを抱き起こす。

「海…ちゃん…」

冷たい手で俺の頬を包む。

「血、だらけの人が来て…苦しそう…だったの…それで…」

俺はおばちゃんの手を掴み、首を振った。

「もう、いい。しゃべらないで」

おばちゃんは怪我人だと思い、従業員専用の扉を開けたのだろう。

でも、そいつは、怪我人を通り越した“死者”で、化け物だった。

「ごめんなさいね…海…ちゃん」

口を開く度に、おばちゃんは謝る。

どうしたら、いいのだろう。

すると、突然思い出したように、おばちゃんはハッと目を開け、俺に掴み掛かってきた。

「あの子…あの子は無事!?」

瞳を揺らし、唾を飛ばしながら、我が子の安否を確認する。

俺は答えるのに、たっぷり10秒くらい掛かった。

もしかしたら、それ以上だったかもしれない。

ようやく震える声を絞り出しながら、おばちゃんの求めている答えを口に出す。

「…大丈、夫。あいつは無事だよ、さっき見かけた。安心して」

ごめん、おばちゃん。

「そう、良かった…」

俺の言葉を疑いもせず、鵜呑みにした。

罪悪感が胸を包む。

「…!?ゲフッ!ゲホッゲホッ!!」

安心したのか、いきなりおばちゃんがむせ始めた。

「おい、おばちゃん…!」

「ゲホンッ!!ゲホンッゲホンッ!!」

咳が止まらない。

どうすればいい!?

とりあえず、背中をさする。

効果なし。

背中を叩く。

効果なし。

どんどん酷くなる咳に、俺はどうすることもできない。

脂汗が顎を伝い、手が震える。

「ゲフッ!…ゲボッ!?」

一際大きな咳をすると同時に、ビチャッと嫌な音も響いた。

「おばちゃん…!」

おばちゃんが血を吐き出した。

慌てて背中をまたさすろうとすると、後ろからぐいっと無理矢理立たせられた。

笠江だ。

突然のことに、おばちゃんを離してしまう。

おばちゃんは肩からゴトッと音を立てて、床に落ちた。

身をねじり、抗議する。

「お前…!何すんだよ!」

笠江は静かに、おばちゃんの足を指差した。

足がどうしたと目を向けると、驚愕と似た気持ちと、やはり…と思う気持ちが入り混じった。

この時の俺の顔程酷いものはないだろう。

自分でも分かるほど頬が引きつり、眉が下がった。

絶対に人に見せられる顔じゃない。

でも、そんな俺の顔を見ておばちゃんは、苦しいはずなのに、口を尖らせ笑った。

まるで、悪戯がばれた幼い少女のように。

おばちゃんの足の右ふくらはぎが、完全になくなっていた。

恐る恐る足元を見ると、想像通り赤い水で濡れている。

「おばちゃん…」

「私も…さっき…やられ、ちゃった…」

ピクピクと痙攣している足を見つめながら、つぶやく。

「他の人達も…みんな…。海ちゃん、噛まれた人がどうなるかは…知ってるわね?」

知ってる、もちろん知ってる。

だけど、うんとは言えなかった。

そんな俺の反応を無視し、おばちゃんは話を続ける。

「だから…これでっ…」

手探りでやっと見つけた物を、俺の足元へ投げる。

「これで…?」

意味が分からない。

この包丁で何を…?

「殺して」

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