第十九話 襲撃
今のはいったい何だったんだろう。
遠くの暗闇を見つめながら、まだ荒れている心臓をなだめる。
一瞬夢だったんじゃないかと思ったが、手にザラザラと当たる細かいコンクリートの破片が、これは現実だよと私に教えてくる。
隣を見ると、ラケットが見事無残に真っ二つにポッキリと逝ってしまっていた。
もう使い物にはならなさそうだ。
「でも今までよく保ったよ…お疲れ様」
ラケットを一撫でし、カタカタ言っている膝をなだめながら立ち上がった。
これはどうも緊急事態かもしれない。
陽介に出くわさなくて本当によかった。
辺りを見渡すと本当に無残だ。
360度、右壁左壁、床、天井。
傷が一つもない面なんて無かった。
よくこんな場所で無傷で居られたなと我ながら感心する。ほ本当の事言うと無傷ではない。
擦り傷や軽い切り傷はある。
でもこんなのこの惨状を見たら怪我だとは言えないだろう。
ガタンガタン
扉が微かに揺れる。
扉を開ける妨げになる風はなくなった。
きっと姫璃達が心配してる。
(とりあえず開けないと)
ドアノブに手をかけた。
その時
「ッりゃあああぇ…うわああ!?っとっとっと」
物凄い勢いで海斗が飛び込んできた。
と同時に、私は扉を避け損ね真っ正面に扉とこちらも物凄い勢いでキスした。
ゴンッ
「ンギッ!?」
悲鳴を食いしばり、衝撃に耐える。
が、体はそのまま重力に逆らうことなく床へと吸い込まれていった。
絶対あおたんできたぞこれ。
床に吸い込まれるとき、私はあおたんができるであろうおでこを心配しながら次の衝撃に備えるべく、身を固くした。
▲▽▲▽▲▽▲
「だから悪かったって!!マジで!!」
「すごい痛かったんだから!!ちゃんと確認してから扉開けてよ!!」
「お前っ!俺何回も確認したぞ!?なのに開けなかったのそっちじゃねーか!!」
「はぁっ!?何それ、私のせいな訳!?信じらんない」
海斗も飛び込んだときに転んで、おでこに赤い膨らみをつけている。
私も悪かったが、怪我をしたからには黙っていられない。
「大体海斗が…」
「翡翠、それぐらいでもう良いんじゃない?」
お互いを罵り合う私達に嫌気が指したのか、姫璃は額を押さえながらまだ言おうとする私の言葉を遮った。
「姫璃、だって!」
「これ以上騒いだらせっかくまいた奴らが集まってくる。確かに山下も悪かったけど、山下は翡翠が心配だったのよ。そうでしょ?」
淡々と言葉を並べ、海斗を見据える。
「お、俺は…」
海斗は視線を床に流し、口を縛った。
「海斗…ごめん。姫璃も紫苑も、心配掛けてごめん」
その様子を見て、今まで詰まって出てこなかった謝罪がいとも簡単に出てきた。
ただ海斗は心配してくれただけなのだ。
いきなり扉が閉まって、応答がない。
扉が開かない。
私が逆の立場だったら、きっと海斗のように慌ててたのに違いない。
少し冷静になってから、申し訳なさがじわじわと胸に広がった。
「海斗…本当ごめん」
頭を下げる。
その様子に海斗は少し慌てたように身体をよじらせた。
「別にもういいよ。俺にも少し非があったかも…おでこ、本当ごめん。…お前が無事で良かった」
最後の方はぼそぼそしてて聞きづらかった。
けど、私の身は案じてくれたらしい。
後ろを見ると、紫苑の目に手を当て、ニヤニヤしている姫璃がそこにいた。
「あんた達、いちゃつくのは良いけど人目に付かないところで」
「「いちゃついてない!!」」
姫璃が言い終える前に否定しておく。
海斗を見ると、バッと顔を勢いよく逸らされた。
(態度悪っ!!)
姫璃は姫璃で問題有りだが、海斗は海斗でなかなか失礼だ。
少しムカッとしながらさっきの会話を思い出す。
「そうだ。姫璃、さっき私達のこと呼んでたじゃない?どうしたの?」
姫璃は首を振る。
「後で説明する。それより、これどうしたの?なにがあってこんなんになるの?」
「あ、うん…今から話すね」
私は今あったことを全て話した。
部屋に入ろうとしたら、何かの生き物に襲われた事。
暴風がすごかったという事。
後雄叫びや、壁にある傷。
分かるだけ全て話した。
話し終えると、海斗は海斗が顎を押さえた。
さっきのようなギスギスした雰囲気はもうない。
「もしかして、お前が出くわしたのは新種かもしれない」
「新種…」
なんとも実感のない言葉だ。
「確かに、人に感染しているのなら動物にも感染して何らかの被害が広がってるかもしれない」
姫璃がその線に乗る。
「新種!紫苑、会ったことないよ!新種!」
今まで大人しくしていた紫苑も、もう我慢の限界らしく、ぴょんと飛び跳ねながら「新種!」を連呼している。
「でも、それならお前を襲わなかったのは何でだろうな。その『新種』も所詮は奴らの仲間だ。何で襲わなかったんだ…」
「分からない。だからそれも含めて新種なのよ」
姫璃は投げやりに言い放った。
考えるのがめんどくさくなったらしい。
海斗を見ると、苦笑していた。
「私の話は以上。それで姫璃、さっきの話だけど…」
「そうだ。山下、あんたもまだ見てないでしょ?三人ともこっちに来て」
姫璃が髪をなびかせながら、身を翻す。
その様子に少し見惚れた。
「ほらっぼさっとしてない!こっち!」
「はーい!」
そして私達はその部屋へ足を踏み入れた。
▲▽▲▽▲▽▲▽
そこはなんとも狭苦しい部屋だった。
背が高い細い棚が十数個きれいに並んでおり、一段一段に所狭しと物がぎゅうぎゅう詰められている。
部屋自体は広いが、一が歩くスペースがほとんどない。
例えるなら部屋ではなく、物置だろう。
しかしここはただの部屋ではなさそうだった。
姫璃が棚の間を迷いなくスイスイ縫って進み、ある場所まで来ると、ピタッと止まった。
「これ…」
姫璃が棚に置いてあった、黒い四角い箱を取り出した。
「驚かないでね」
海斗の後ろから覗く。
姫璃が黒い重そうなふたを開けた。
「これ、なんだと思う?」
姫璃が見せてきたそれは、黒光りし、何とも冷たい表情をした、
拳銃だった。
海斗の背中が上がった。
「何でそんな物がこんな所に…」
海斗は驚愕で染まった声で呟く。
私は足元を見た。
同じタイプの箱が散乱してる。
試しに拾ってみるが軽かった。
もう中身が抜き取られた、もぬけの殻だった。
近くの棚を見ると、まだ開けられてないであろう大中小様々な大きさの箱が置いてあった。
「拳銃、多分あるのそれだけじゃない」
部屋の奥をみると、何とも堂々と壁にライフルが立て掛けてある。
近くへ寄ると、本物特有の緊張感が伝わってきた。
「これも本物っぽいし!」
紫苑も不思議そうに眺めている。
「翡翠、これ、本物?」
「らしいよ。すごいね…」
「ねー」
紫苑がねー、と返してくる。
それにしても、何でただの区役所にこんな銃があるのだろう。
いや、でもこの区役所は色々おかしい。
学校の地下と繋がってたり、通路の構造から、まだ他の建物とも繋がっているだろう。
それに…さっきの化け物。
外からの進入物ではないはず。
きっと中に元々いたのが逃げ出したのだ。
だとしたら、この建物は一体…。
「この部屋…武器倉庫なのかも」
海斗も頷く。
「この現状見たら、そうでしかなさそうだな」
姫璃も小さくうなずく。
「これ見て、銃を挿しておくためのベルト。それにあっちの棚は弾が種類別に置いてあった」
姫璃が私達を見つめた。
「これ、邪魔にならない程度に借りてくわよ」
今度は姫璃を見つめる番だった。
「ひ、姫璃!?なに言ってるの?使い方も分からないしそれに…」
姫璃が肩掛けバックを一個背負い、ベルトを着ける。
姫璃は持っていた銃を私の胸に押しつけた。
「これ、持ってて」
言われるがままに銃を持つ。
「河野…」
山下が心配そうに見てくる。
姫璃が言っていることはもっともだ。
これからは自分の身は自分で守らなくてはならない。
それにさっきの新種。
これから何が起こるか分からないこそ、こんなチャンスを逃さず、銃を持っていた方がいい。
でも…
「それ寄越せ。俺が持ってる」
「でもっ…」
「お前あっちも見てきたらどうだ?俺もまだあそこは見てない」
そう言うと、パッと手に持っていたはずの銃が消えた。
海斗は銃を手のひらに乗せ、しげしげと眺めている。
「ごめん…」
情けない。
この期に及んでまだ私には覚悟ができていない。
昔の記憶が蘇る。
自分に向けられた黒い穴。
男の醜い笑い顔。
紅く染まった部屋。
ゾワッと鳥肌が立った。
(いや、もう終わったことだ)
腕をさすりながら海斗に背を向ける。
自分にできることを探そう。
そう思い部屋を歩き回る。
防護服や、姫璃が言った通り銃弾が入っているケース。
軽く戦争に来たような気持ちになった。
さらに探索を続けると、ダンボールとダンボールの隙間に扉が顔をのぞかせた。
「あっ!」
思わず小走りになる。
これでやっと陽介に会える。
扉にピトリと耳をつける。
足音は聞こえない。
でもその代わりに、私達四人以外の話し声が聞こえた。
助かった
ドアノブに手を掛けるが、寸のところで思いとどまる。
そう言えば、まだ誰にも言っていない。
こんな大切なことを言い忘れるとは…。
私は顔を上げ、みんなに手招きする。
「みんな!ここに扉があるよ!!」
「本当?山下、紫苑、準備できたでしょ?翡翠の持って早く来て!」
集合した三人は腰に銃を挿し、各々気に入ったバックを背負っていた。
紫苑は小振りのタイプの銃を二丁、腰につけていた。
姫璃曰わく、紫苑は予備の銃を持っているだけで使う気はサラサラ無いらしい。
海斗は猟に使うようなライフルを二丁背中に背負っている。
銃弾は腰に巻いてあるバックの中だろう。
姫璃はライフルを一丁肩に掛け、リュックに大量の弾を詰めたらしい。
その姿を見て何とも言えない気持ちになったのは私だけだろうか。
そんな私に一歩紫苑が近づく。
「これ、翡翠のやつ!はい!」
受け渡されたそれを見ると、小振りのライフル一丁と、腰に巻くタイプのバック。
紫苑をみると、柄にもなく、心配そうな顔をしていた。
ほんの少し空気を吸う。
バックと銃を身につけた。
「いいよ。ありがとう」
紫苑がうれしそうに笑った。
「よし、じゃあお前等後ろに下がってろ。一応な」
言われた通り後ろに少し下がる。
「開けるぞ」
海斗がガチャッとドアノブを回す。
扉を開けて、当たりを確認すると目を見広げて口を開けた。
「撃てエエエエエエエエエエエ!!!!」
男の野太い声が耳にガンッと飛び込んできた。
海斗は事態が把握できてない私達三人を思いっきり押し倒す。
すでにしまった扉からけたたましい何かを打ち付けるような音がしばらく止まずに響いていた。




