第一話 いつもどうりの朝
「5月19日今日の天気は…」
朝食の珈琲を飲みながら、天気予報に耳を傾ける。
お母さんが焼く、玉子焼の匂いが部屋いっぱいに、広がる。
「…晴れです。気温は高く、初夏の陽気になりそうです。」
5月って、まだ春じゃなかったっけ?
一人疑問符を浮かべ、また珈琲を口にする。
「それにしても、あれね…」
お母さんが、玉子を巻ながら言う。
「最近は物騒なことが、多いわね…よっと!」
「お母さん、作るか喋るかどっちかにしてよ~」
「ごめんごめん!…ぅん、上出来。」
注意されたのにもかかわらず、私の言葉をスルーし、玉子焼の出来具合をチェックしている。
「だーかーらー、お母さ…ムグ!?」
ニヤリと笑い、玉子焼を口に突っ込む。
「どう?今日の出来具合は?」
聞かなくても、さっき自分で上出来って言ってたじゃんとは言わず、黙って口を動かす。
噛みしめるごとに、砂糖のほのかな甘みと、バターの風味が、口の中に広がった。
本当に美味しいなぁ。
どう?どう?と、目で聞いてくるお母さんに、にこりと笑い、親指を立てる。
「やっぱり?今日も成功ね!じゃあ、冷めないうちに食べちゃいましょう!」
タイミングよく、トーストが焼き上がり、手早くお皿に並べた。
「翡翠~、パパと陽介起こしてきて~!」
「はーい!」
返事を返し、階段を駆け上る。
階段を上がり、右手の部屋が弟“陽介”の部屋で、さらに奥の部屋が、お母さんとお父さんの部屋だ。
まずは、手強い陽介から起こす事にした。
ノックをせず、いきなり部屋に押し入る。
「陽介ー!起きなさーい…てなんだ、起きてるじゃない。」
部屋には、パジャマ姿ではなく、制服姿の陽介がいた。
「姉ちゃん!ノックしろってあれほど…」
「わかったわかった!ごめん!…じゃあ早く下に下りてね~朝ご飯冷めちゃうよ。」
「うん、わかった…じゃなくて!人の話は最後まで聞けってあれほど…」
まだ話を続けている陽介をおき、さっさとお父さんを起こしに行く。
それにしても…
「あの陽介が、自分から起きてくるなんて…世紀末じゃないの?」
その直後、どこからともなく盛大なくしゃみが聞こえた。
そのくしゃみを無視し、お父さんの部屋に向かう。
「さてと、お父さーん!起きてちょーだい!!」
シャッと、カーテンを開けると眩しそうにお父さんが、目を細める。
「おはよう、翡翠…」
「うんおはよう。早く起きないと、ご飯が冷めちゃうよ~」
「うん…すぐいくよ…」
と言いながら、早くも布団に潜ろうとするお父さんに、ボソッと呟く。
「今日はお母さんの玉子焼なんだけどな…」
すると、バッと起き上がり子供のように、目を輝かせる。
「なに!?今日はママの玉子焼なのか!!急がなくちゃ…」
年頃の娘がいるのにもかかわらず、いそいそと、着替えをし始めたお父さんに、遠慮なく罵声を浴びせる。
「キャーッ!?お父さんの変たーい!!」
まあ、子供の反応はこうなる。
「あっ、翡翠~!!お父さんを嫌いにならないでー!」
お父さんの叫びを無視し、部屋を飛び出す。
リビングに着くと、もう朝ご飯が揃っていて、お母さんと陽介はもう座っている。
「姉ちゃん朝から元気だな~」
「うるさいっ!もう食べようよ!」
「だーめーよ。ご飯は皆で食べなくちゃ!」
お母さんは、追加の珈琲をマグカップに入れ、香りを楽しんでいる。
「もう…ニュースでも見てようっと」
何気なくチャンネルを回していると、ある見出しが目に留まった。
「…河森大学の研究室で、爆破事故?」
この言葉に陽介が首を傾げる。
「あれ?河森大学って、隣町の大学だよな?」
「うん。隣の涼太お兄ちゃんが通ってる大学だよ…」
お母さんが心配そうに窓の外を見る。
「涼太君、無事だといいわね…」
涼太お兄ちゃんに、電話を掛けようと思った矢先、階段からドタドタと下りてくる音が聞こえた。
「いやー、お待たせお待たせ!」
「お父さん…」
「おっ、いい焼き目じゃないか!」
その言葉にお母さんが、またもや照れる。
「そぅ?パパに言ってもらえると、余計嬉しいわぁ!」
「さあ、食べよう食べよう!」
まったく、この二人は…。
陽介も同じことを思っていたようで、目が合うとニヤリと笑ってきた。
「多分大丈夫だろう。だって、あの涼太兄ちゃんだぜ?」
「そうだね、あの涼太兄ちゃんだもんね!」
ほっと、心が少し落ち着くのがわかった。
「さあ、朝ご飯にしましょう!皆、いただきます!」
『いただきます!』
涼太兄ちゃんの事は心配だっけど、まだ朝の7時だということもあり、事故に巻き込まれた訳でもないだろう。
そう思い、箸を進めた。
今思えば、なぜ涼太兄ちゃんに電話を掛けなかったのだろうと疑問に思う。
もし掛けていたら、少しでも遠くへ家族皆で逃げられたはずだ。