第十五話 黒幕
「紫苑…あんた…」
姫璃が呆然と呟く。
「なぁに、姫璃?」
紫苑がいつも通りの満面の笑みで振り返る。
その顔には、本人は気づいていないのか、赤い血が点々と貼りついていた。
その姿はまるで…死神。
「紫苑…あの、その…」
とりあえず御礼を述べようとするが、口に錘がついたように重く、上手く開けない。
私が固まっていると、海斗が一足先に行動に出た。
「紫苑、ありがとうな!俺達を助けてくれて…本当ありがとう!」
それにハッとしたように、姫璃も続く。
「ありがとう、お陰で助かったわ…」
その言葉を待っていましたと言うように、紫苑はその場で勢い良く跳ねた。
跳躍力は半端なかったが。
最初は反応がなかった私達を恐々と見つめていた紫苑だが、お礼を言われたことで、そんな事はどうでもよくなったらしい。
今はジャンプして喜びを表現している。
「嬉しい、嬉しい!紫苑、頑張った!海斗、姫璃、褒めた!嬉しい!」
この光景だけなら、微笑ましく見ていられるが、喜んでいる理由が理由だから、三人とも心境はあまり穏やかではない。
この重い空気の中、意を決して口を開く。
「ねえ、紫苑?」
なるべくいつもどうりに問いかけたが、若干声が裏返ってしまった。
汗が顔を伝い、鳥肌が立った。
「なに?翡翠、なに?」
飛び跳ねながら、無邪気な返事が返ってきた。
生唾を飲み込み、伏せていた顔を上げる。
上手く笑えているだろうか。
「さっきはありがとう、助かったよ!」
そう告げると、さらに目を輝かせて飛び跳ね始めた。
「嬉しいっ!嬉しいっ!翡翠、褒めてくれた!」
んなに喜んでくれるのは嬉しいが、今はそれどころじゃない。
洗いざらい聞き出す。
「ねぇ、紫苑?さっき、奴らをやっつけてくれたよね!その体のこなし方、どこで習ったの?」
聞き方がキモくなった気がするが、この際紫苑に感ずかれなければ何でも良い。
幸い紫苑に気づかれることはなかった。
「んーとねぇ…」
長い髪を揺らしながら、こめかみに人差し指を当てる。
思い出そうと頑張っているらしい。
数分悩みに悩んで、思い出したのかアッと、小さな声を上げ、私たちを見渡した。
「声だよ!紫苑、声に教えて、もらったよ!」
ピクリと眉を潜め、姫璃が口を開く。
「声?いつ誰にどんな人に教えて貰ったの?」
マシンガンな質問に追いつけず、紫苑は目を回している。
「その人の顔は?名前は?」
そう問ながら、紫苑の肩を掴んだ。
勢い良く姫璃に飛びつかれ、さすがの紫苑も尻餅をついた。
そのまま姫璃は紫苑にまたがり、胸ぐらをつかむ。
「何でも良いから答えて!!」
突然の変貌に呆然としていたが、紫苑が苦しそうにもがいているのを見て、慌てて姫璃を剥がしにかかる。
「紫苑っ、大丈夫!?ほら、姫璃も離れてっ!!」
「おいっ!離れろよ!落ち着けよ!!」
無理やり剥がし、二人を離れさせる。
紫苑はいまだに状況が理解できないらしく、皺になったシャツを撫でている。
対する姫璃は呼吸が荒れていて、フーフーと獣のように唸っている。
しばらくすると、姫璃も落ち着いてきた。
これならまともに話せるはず。
「姫璃、どうしたの?らしくないよ」
姫璃はビクッと体を震わせ、ふっと体の力を抜いた。
「ごめん、取り乱して…でも、その声の人が分かれば、この状況を奪還できると思って…」
「つまりは…?」
海斗が首を傾げて目を細めている。
「馬鹿ね…説明するわ。あ、もう大丈夫よ。手をどけて」
「う、うん…」
とても大丈夫とは思えなかったが、考えるより先に手を離してしまった。
「その声の人が分かれば、私達は助かるかもしれないという事よ」
私を含め、誰もが首をひねっていると、姫璃ははーぁっとため息を吐いた。
「つまりは、紫苑の身のこなし、見たでしょ?あれは対人用の身のこなし方じゃなかった。確実に殺るための身のこなしだった。…ここまで言っても分からない?」
首を横に振ると、又してもため息を吐かれた。
「紫苑に戦い方を教えた人物は、奴らの出現を見通してた可能性が高い。そして、それを知っているとうことは…世界がこうなってしまった原因の首謀者を知っているはず。そしてそいつ等は一番安全な所にいる。紫苑の正体も分かるはずよ。黒幕にたどり着いたらだけどね」
「ちょっと待てよ!いくら何でも話がデカすぎないか!?紫苑の正体は黒幕に辿り着けば分かるって…」
ボーとしていたが、私の脳もやっと起動し始めた。
「そうだよ!それにそんな話がデカいんじゃ、日本全体が関わってくるんじゃない?政治とか自衛隊とか…」
「紫苑、わかんなーい」
各々が意見を述べてゆくと、姫璃はクスリと笑った。
「馬鹿ね、あくまで可能性の話よ。フフフッ…ここまで真面目に受け取られるとは思わなかったわ!」
は?
二人して固まっていると、姫璃は紫苑の下へ向かった。
大丈夫かと固唾をのんで見守っていると、姫璃は紫苑の手を持ち、目を閉じた。
「ごめんね、紫苑。取り乱しちゃって…許してくれる?」
その言葉に紫苑は素直にうんと頷く。
「うん、いいよ!姫璃、大好き!」
ほっと胸をなで下ろし、海斗と目が合い笑った。
一時は自分もどうにかしてた。
紫苑がどうも信じられなかった。
でも…
「紫苑は紫苑なんだよな…」
海斗がぽつりと呟いた。
まさに自分が思ってた言葉を言われて、ドキリとする。
見上げると、海斗がしてやったりと笑っていた。
「どうせこんな感じだろ、お前が考えてること」
「…変なところで鋭いね。いつもと大違い」
ちょっとおちょくってみると、思った通り気に障ったらしく、怪訝な顔をする。
「おい、どうゆう意味だよそれ!」
「そのまんまの意味ですー!」
「なんだとこらぁっ!!?やんのかこらぁっ!!」
「上等じゃない!!かかってきなよ!!」
「紫苑もー!」
私はこの四人なら、この世界でも生き残れるのではないかと思った。
でも、それは叶わなかった。
なんでこんな事になったの…
教えてよ…
脳が単純バカな三人は、上手く騙されてくれた。
喋りすぎてしまったかもしれない。
でもそのうち話さなくてはいけなくなるから、丁度良かったかもしれない。
じゃあなんで今回話さなかったのかというと、この話は今の三人には荷が重すぎるからだ。
紫苑の正体はなんとなく見当がついた。
少しショックだったが、早めに知れて良かったと思ってる。
後はあなたの居場所だけです。
それさえ分かれば、大切な人を守ることができる。
私ははしゃいでいる三人に聞こえないように、ぽつりと呟いた。
「どこですか、師匠」




