第九話 幸せ
凄まじい叫び声が、厨房を包み込んだ。
私はその悲痛に満ちた、叫び声から逃げるように、耳を両手で塞ぐ。
何事かと厨房に、目を向ける。
そして、目に映ったのは、大量の赤黒い血だった。
厨房には似合わないその色は、壁やらテーブルやら、ありとあらゆる物に、ベットリと張りついている。
これじゃあまるで…
「本当に…ホラー映画じゃん」
まるで現実味が無い、テレビでしか見たことのないこの光景を、私はなかなか理解することが、できなかった。
しかし、二人が戻って来たことで、私はこれは現実なんだと理解する。
姫璃と海斗が戻って来た。
二人とも朝は真っ白だったワイシャツが、今では赤茶で染まっている。
そして何より、今付いたであろう血が、ベットリと顔に付着している。
今厨房で何が起きたのかは、少なからず私も理解しているつもりだ。
今までの会話と、ちらっと見えた包丁で。
だから今の二人に、大丈夫?何て聞かない。
勿論、何があったの?なんて。
そんな空っぽの言葉を、私は言わない。
その代わり…
「私がついてるから…」
目を逸らさず、ちゃんと宣言する。
「私は絶対、死なないからっ!」
二人とも少し驚いたように、目を見張ったが、その瞬間、二人同時に溜息をついた。
「全然頼りにならないわ」
姫璃は首を振る。
でもその顔は笑っていた。
その言葉に海斗も続く。
「だな。それに絶対死なないって…お前不死身かよ!」
どうやら違う意味で、受け取ってしまったらしい。
私は慌てて意味を正そうと、首を振る。
「ちっ、違う!そうゆう意味じゃ…それに姫璃も!」
二人ともクスクス笑うばかりで、私の話を聞こうともしない。
絶対馬鹿にしてる。
何か文句をつけてやろうと、頭を回転させるが、考えている内に、気持ちが落ち着いた。
二人が笑っている。
爆笑とまではいかないが、二人とも心から笑っている。
だったら別に、いいかな。
今回は言い返さなくても。
また二人の笑顔が見れたんだから。
自然と私の頬が緩む。
それを見て、また二人が笑う。
たった一日で、こんな残酷な世界になって、友人が化け物になって、知り合いをこの手で殺して…
なのに、なのにも関わらず、私は本心からこう思ってしまった。
今、とても幸せだと。




