私と友人達とのお茶会。
さて、本日の稽古だった作法は特に問題もなく終えることが出来ました。
この稽古は私が三歳を迎えてから行うようになった習い事ですので、十六となった今では低く評価しても見られる動きをするようになっていると私は思っています。これも偏に、もう第二の母と呼んでも過言ではないほど根気よく付きっきりで教えてくださった先生のおかげです。昔は週八日のうち五日も家に来ていただいていたのが、今では一日となりました。……本当に厳しかったです……。
前世の私は庶民、どこにでもいるような普通の街娘だったので、どうしても貴族とは言い難い行動を取ることが多く……。今でこそ咄嗟の行動も貴族らしい挙措になったと思いますが、当時は『貴族ってアホか?』とよく思っていたものでなかなか身に付かなかったのですよ。
そう昔はよく『前世は前世、今世は今世』と自分に言い聞かせ、今の私は貴族に生まれたのだから日常の所作から夜会での淑女の動きを早く覚えないと、と毎日思っていました。けれどそう思えば思うほど、貴族であるための動きと言う名の制約にはほとほと呆れてしまいましたよ。何なの、如何に優雅に見せるというか魅せるコツって。どんなに苦しくても涼しい顔で居なさいって。貴族って面倒過ぎるでしょ、バカじゃないの、と。生粋の庶民だったのですから、そう思っても仕方ないですよね?
今もまどろっこしいとは思わないでもないですが、私は貴族の中でも上の地位にいる伯爵令嬢ですからね。侮られるにはいかないのです。……それに、馬鹿にされるのも癪ですしね……。ふふふふふ。
あ、因みに週五日で習っていましたが午前中まで、更に具体的に言うと昼食を摂り終えるまでです。午後は別の勉強をそれぞれ詰め込まれていました。それで何故昼食を取り終えるまでかと言うと、先生と一緒に昼食を摂るからです。食べ方の所作も稽古の内ですので、そんな時間となっています。
まあ今となってはこの所作は習い始めてから十三年間毎日三回はしている行為でとっくに完璧なのですが、お腹が空いているだろう昼前に先生を帰すのは失礼ですし、幼い頃からの習慣のため一緒に食べているんですよ。
……とまあ色々挟みましたが作法の時間についてはそんなところですかね。休憩もしましたし、お茶会の準備をしなくては!
*
稽古が終わり今は昼から少し過ぎた頃で、予定通りお茶会をしています。
お茶会とはそのままお茶を飲む会です。お茶を楽しみつつ気さくにお話しして親交を深めるために行います。とは言っても基本的に日中暇な貴族の女性が行うお茶会はそんな和やかなものではありません。親しい中以外で行われるそれは一種の戦場です。あらゆるものを駆使し自分を優位に立たせようとしたり、気に入らない人を徹底的にイジメぬいたり、情報のやり取りなどをします。はあ、女って本当に怖いですね……。出来るだけ行きたくないものです。
今回私が行うお茶会は、と言うか“も”ですね、ギスギスしたものではなくちゃんと本来の意味で親交を深め合うためのお茶会です。発案は友人達でしたが私の家の庭へ集まることになりました。ふう……庭師が丹精込めて育て上げてきた綺麗な花々の中で、親しい友人達と一緒に飲む紅茶……。本当、なんて素敵な時間なんでしょう……。
「おーい、カリンー? 早く戻ってきなさーい」
……はっ!
「……あら、私ったらまたどこかに行ってましたわ」
「本当にね。全くこの子ったら」
「今度は何を考えてたの~?」
飛んでいた意識を戻し、目の前にいる友人の二人を見ます。
私の右に座っていますのが、ケリー・マッキンリー。赤みの強い茶色の真っ直ぐな髪を顔の側面に一房ずつ垂らし、後の髪は後頭部ですっきり纏めて、ややつり目の燃えるような赤い瞳をしています。そんな勝気な顔をした子爵家のお嬢さんですよ。相変わらず凛々しくて綺麗な子ですねえ。
そして私から見て左に座っていますのが、メイベル・ラングウッド。薄くて淡いピンク色のふわっふわした髪を腰まで伸ばし、ややたれ目で柔らかい黄緑の瞳をしています。顔は小さくておっとりした顔の同じく子爵家のお嬢さんです。こちらも相変わらず保護欲を掻き立てられる可愛い子ですよ。因みにケリーは私の一つ上で、メイベルは三つ上です。
「久しぶりに会った友人達が相変わらず見目麗しくて、素敵なこの時間を持てたことに幸せを噛み締めていたんですの」
そこまで言ってから紅茶を一口。ああ、本当に幸せですわー……。
「うっ、あ、ありがとう……」
ともごもご真っ赤な顔をしてお礼を言いましたのがケリー。彼女、褒め言葉に弱いんですの。うふふふ。
「ありがとう~。私も美人なカレンに会えて幸せだよ~」
と癒しのスマイルを炸裂させますのがメイベル。さらりと流す言葉を言っていますが、この笑顔の時は嬉しいと思っているときですね。この笑顔と口調と言葉の選び方はどんな時でも変わらず、機嫌の良し悪しを判断するには微妙な笑顔の変化を見逃さないことです。私には全部判りますけどね!
「そ、そうよ! 私達よりもカレンの方が美人じゃない! あと私も会えて嬉しいわ!」
「『あと』って言ってちゃんと返すケリーは本当に律儀ね~。可愛いわ~」
「ちょっと、ベルまで何なの!? 私を褒めても得なんてないわよ!」
うふふふふふ。ふふふふ。
「そこ! にやにやしながら見ないでよ!」
あら、にやにやしてましたか。でも、無理な注文ですね。
「無理ですね。ケリーが可愛くて仕方がないのが悪いのですわ」
「私が悪いの!?」
「私もカレンが今まで見てきた中で美人だと思うよ~」
「ベルはベルで会話内容がずれてるわよ!?」
「うふふ、ありがとうですわ。メイベル」
「あれっ、ずれてない!?」
「「うふふふふふ」」
「なんでこういう時に限って二人は寸分の狂いもなく息ピッタリなの!?」
それから涙を浮かべて真っ赤っかな顔をしたケリーが「もうやめてください!」と言うまで二人で可愛がったのでした。これぞ俗に言うギャップ萌ってやつですわね!
「はー……はー……はー……」
肩で息を整えていますが大袈裟ですねえ。あ、紅茶のおかわり貰えます?
傍にずっと控えていますメイドに紅茶のおかわり、いえ、もう面倒なのでティーポットごと貰うことにしました。普通のお嬢様は自分では入れないのですが、まあ私は特別製ですので。勿論余所ではしませんよ? けれどここは私の家で二人は気にしない質ですの。本当私には勿体無い友人ですわ。因みに紅茶を持ってきたメイドがいつもの三割増しに良い笑顔でしたよ。ケリーだけ気付いてません。いつものことですね。
「楽しかったわ~。それで話を戻すけど~、カレン、というかこの伯爵家の皆様って綺麗だよね~」
「話を戻しますの? でも綺麗って言われて嬉しいですわ」
自惚れだって思わなくて済みますので、とチラリと思ってしまう私がいますね。
さて、美人だと二人が言ってくださる私の容姿ですが、肩下までの緩いウェーブがかかった蜂蜜色の金髪に赤みが強い紫の瞳をしています。ここは母似ですね。顔立ちは自分で言うのも何ですが、目が大きくぱっちりとしていて整った顔立ちをしていると思うんですよね。……真顔になるとものすごく怖いと言われますが。そこは父に似てしまいました。ついでにお兄様は、黄色味の強い金髪猫っ毛に青い瞳ですよ。父似です。顔立ちは朝の食事の時も思いましたが、柔らかい笑顔が似合う甘いマスクのイケメンです。ああ、少したれ目ですね。母似ですよー。両親はー、これで分かりますよね?
と言う訳で金髪美人一家なんですよ。ふふふ。
「うんうん。本当に皆様美人よ~。で、そんな美人な一員のカレンは~、何でカッコいいと持て囃されているルイス様と婚約していないの~?」
「うぐっ」
あ、危うく紅茶を噴くところでしたわ。うう、私としたことがメイベルの手の平で転がされていたとは……。こんな話の流れにしてくるとは思いもしませんでしたよ!
「そおよ! カレンとルイス様って幼馴染なんでしょう? 今まで婚約してないのがおかしいとは思うけど早く婚約……いや、いっそのこと結婚しちゃいなさいよ!」
ちっ、いつの間にかケリーが復活してましたわ! くうう、今度は私が標的ですか!
「け、結婚って……。確かに十六になりましたので、適齢期に突入しましたが……」
しどろもどろになりつつも反論しようとしましたが、確かに貴族の年頃の娘が婚約すらしていないのはおかしいか、と不覚にも思ってしまい言葉が続けられなくなりました。
その隙にケリーが腕を組んで力説してきます。
「そうよ。一般的に女は十六から二十二までが適齢期。とは言ってもそれが本当に適齢期かと言われれば庶民はともかく、貴族の暗黙の常識として答えは否。ほとんど早くに婚約または結婚していて、二十頃にはもう立派な“売れ残り”ってやつよ」
「う、うう~~……」
ケリーのあの勝ち誇ったかのような顔が無性に腹が立ってきますね……。睨みつけますが、ケリーはどこ吹く風といった顔で流します。悔しい……。
……そーですよねー。二人とももう婚約してますものねー。っけ。成人は十五からなんですから早く結婚しちまえですよ。っけ。
「そうよ~。良い人は早い者勝ちなのよ~。だから早くルイス様捕まえておかないとあのご令嬢じゃなくてもいつか盗られるよ~?」
敗北感をギリギリと味わっていた私の耳にメイベルの言葉が届きます。
「でもですねえ、って……ん? あの?」
けれどメイベルの言葉がなかなか呑み込めません。今私の知らないことが含まれていましたよ? 顔を向けると優雅に紅茶を飲んでいました。
「うんそう~。『あの』よ~。知らない~?」
えールイス様はお兄様同様お嬢様方に人気なのですが、持ち前のどこか抜けている性格で“私に脈があるかも”なんて勘違いも抱かせないほどガードが固いとか言われていたりします。そのような方に、『あの』と言われるほど親密な方っていましたかしら? むむむ。
などと考えていたらいつの間にか私の眉間に皺が寄っていたのでしょう、メイベルにぐにぐにと眉間を伸ばされながら指摘されてしまいました。
「カリンったら眉間に皺が寄っているわよ~」
「うっ、くっ、メ、メイベル。押さ、押さないで下さいなっ」
席が少し離れているため、メイベルが皺を伸ばそうと撫でる度に後ろへ押されて倒れそうになります。足で踏ん張りながら手をばたつかせて何とかバランスを取ろうと結構必死になります。
「ベル、もう少しカリンに近寄りなさいよ。本当にひっくり返りそうよ」
「なるほど~」
「ケリー……それよりも止めさせて欲しかったです……」
ケリーのお陰でメイベルがズルズルと椅子ごと近寄って来たのでひっくり返ることはなくなったのですが、止めさせればそれで終わったのでは?と思ってしまうのは贅沢ですかね?
「それで……えーと、ああ、そうご令嬢のことよ! 名前はヘンリエッタ=イニス。今ルイス様に周りが引くほど熱を上げている男爵家のご令嬢様。カリン本当に知らない?」
ケリーが話を進めるべく私に振ってきました。メイベルのお陰でと言うべきか、せいでと言うべきか、私もちょっと忘れかけていましたよ。
さて、ヘンリエッタ=イニスですか。うーん、私これでも様々な情報を握っていると思っていたのですが……。イニス男爵家……もしかしたら最近地方から出て来たかもしれませんわね。
「……ええ、やはり知らないですね。ルイス様にそんな方いましたの? …………メイベル、皺はもう寄ってないので止めて下さい」
未だに眉間を撫で続けているメイベルにやんわりと言いました。気の済むまでと思っていたのですが、にこやかに笑っているのが撫でるほど深くなって終わる気配がありませんし、正直鬱陶しくなりました。
残念~、と言って気分を害した風もなく止めてくれましたが椅子は戻さず、自分のカップを寄せて私に近寄った席のまま飲み始めました。……本当にマイペースですね……。さっきから脱線してばっかりですよ……。
メイベルに向けていた視線をケリーへ移すとお茶を飲んでいました。私の視線にすぐに気が付いたケリーの目は『もういい?』と言ってましたよ。
さっきから話の腰を折ってすみませんねえ。何せ婚約とかムカムカする話ですので。……まあ、ルイス様の相手とか、まあ、………………気に、なりますけど…………。
私は何の返事もしませんでしたが、ケリーは持っていたカップをソーサーにカタッと戻してから再び話し始めます。ちょっと真面目な顔をしていますが、これが今回の“本題”なんでしょうか。
「さっき『そんな方』って言ってたけど、多分カリンが思っているのと違うわよ?」
「え、そうなんですか?」
思っていることと違うということは、特に親密ではないと? ……今までルイス様から特定の女性の名前すら出て来なかったのでてっきり……。
「ということはその方の一方的な片思い、ってことですか?」
「そうね、苛烈な一方通行の思いって感じかな? 最近ここ、王都に来た商人上がりの家らしいよ」
「ああ、やはり来たばかりですか」
「うん~。頑張って(・・・・)王都に来たって話よ~。でね~、そこのご令嬢がルイス様に一目惚れしているとかで振り向かせようと頑張っているみたいよ~」
「へー……」
すごいパワフルな方なんですねえ。面と向かわれても“好き”の“す”も言わせもしないとか言われていますあの方にアタックですとは。それに身分的には同じ貴族ですが、上から順に公、候、伯、子、男と分けられているこの階級社会ですよ? ひとつ爵位が違うだけで権力の差が歴然としている上に、三つも上の相手を振り向かせようとするとは並大抵な根性ではありませんね。素直に感心です。
「そんな感心しているような声を出している場合じゃないわよ!」
「えー? 何故ですか?」
ツリ目がちな目を更に上げて凄みのある声で言ってきましたが、私は思わず首を傾げてしまいます。すごいものはすごいと思いますが。
「うふふ~、そんな分からないフリなんてして~。あなたなら私がさっき言ったことも今ケリーが何を言いたいのか解るでしょう~? カリン=エスタフォードなら~」
メイベルを見ますと、顔は変わらずにこにこ笑っているのに目は笑っていませんでした。……こういうところを見るとメイベルは年上なんだなあとつくづく思いますよ。
――……エスタフォード家の娘ならイニス男爵家が王都に『頑張って』来たという意味も解るだろう、と言うことですよね。それはつまりお金をばら撒きコネを作って無理矢理来た、ということでしょう。きっと目的の為なら手段を選ばない相手なんでしょうね。
王都とはその名の通り、王が御座す都です。他の街に比べて王都は入るにも警備が厳しいところなんです。商売をするにしてもここでは許可証が必要で下手な物は売ることが出来ません。しかしその厳しい分だけ認められれば品質は公的に保証されているということになります。なので商売人としては王都で商売することが最高の栄誉だと聞きました。
その王都へ商人上がりの貴族が『頑張って』来たのは何故なんでしょうね?
「……取り敢えず詳しく調べておきます。で、今の長い長い話はその男爵令嬢が男爵にお願いして、ルイス様の幼馴染である私に危害を加える可能性があるから気をつけろと言っているのですよね? それでお茶会を開こうと言って来たのですか……」
二人を交互に見遣りますとケリーはそっぽを向いて、メイベルは笑みを深くしていました。
「大体はそうよ~。知らなかったら教えてあげようと思ってね~。でも逢いたかったのが一番の理由よ~?」
いつもながら直球ですねえ。こっちが赤面してしまいそうですよ。
「ふふ、二人共本当にありがとうございます」
ふっ、と朝から入っていたのだろう力が抜けていきます。やはり持つべきものは友人ですね。心の底から二人と友人になれて嬉しいと思いますよ。
「ど、どういたしまして……。うう、美人が笑って更に美人になったカリンにお礼を言われるといつもより照れる……」
「本当ね~。私も顔が赤くなりそうだわ~」
いつの間にこちらに向きなおしていたケリーがそんなことを言い、メイベルもそれに同意します。……二度目になりますがケリーは本当に素直な言葉にはいい反応しますねえ。メイベルもほんのり赤いようです。
さて二人がいち早く情報を持ってきてくれたのですから、十分気を付けなければいけませんね。しかし……。
「でもですよ?」
「ん?」
「何~?」
和やかな空気の中二人が同時に聴いてくれました。私は右手を顎に持っていき、今ふと思ったことを言ってみました。
「いくらルイス様の幼馴染でも、私婚約してませんよ? それなのに男爵家が伯爵家の娘に危害を加えますかねえ?」
「「………………は?」」
「私に危害を加えるのはデメリットの方が大きそうなんですが……」
「いやいやいやいやいや」
ケリーが力強く“待った”と言わんばかりに手の平を私の前にビシッと声と共に出してきました。おおう……。
「確かにデメリットの方が大きいだろうけど、暴走している恋する女にはそんな理屈や常識は通用しないわよ。それに婚約はしてないけど、何れはするんでしょう?」
「私からはする予定はありませんが?」
「え、でも向こうがしてくるんじゃないの?」
「向こうのご両親は『婚約は恋人同士になってから』と言っていますよ。因みにルイス様とは恋人になったこともなる気もありません」
はっきりきっぱりここに宣言しました。そう言えば最初は私の婚約云々の話をしていましたね。これで二人の疑問は解消されたでしょうか?
少しの沈黙の後、メイベルが「ふふふ」と無理矢理笑ったような声を出しました。
「……またそんなこと言って~。それじゃあルイス様が可哀相よ~。カリンしか見てないのに~」
「“しか”ってことは……」
「“しか”に決まってるでしょう。じゃなきゃ、お見合いの申し込みを裏で片っ端から潰すなんてしないでしょう? 自分のとカリンのをさ」
隙あらば狙ってくる輩を駆除するのも大変そうよねーとか、ルイス様ご自身で縁談を来させないようにしているらしいね~とか、二人で笑い合ってます。
ええと。
「……何ですか、それ……」
ルイス様が、私の縁談も握りつぶしていると……?
そう私が呟いた瞬間、私以外の全ての動きが止まりました。不自然な笑みのまま固まるケリーとメイベル、それに後ろで控えているメイド達も少しも動きません。けれどすぐにケリーが口許を引き攣らせながら言ってきました。何故そんな顔をしているのでしょうか?
「……カリン……怒ってるの?」
恐る恐るといった声です。あれ? 怒っているように見えるのでしょうか? さっきから変わってないと思うのですが。
「怒ってませんよ?」
「本当に?」
「ええ」
「じゃあその真顔は何よ……!?」
ケリーのその必死な言葉をゆっくり咀嚼し、やっと自分が真顔になっていることに気が付きました。………………なるほど、この空気は私の顔のせいでしたか。
カップに手を伸ばしゆっくり紅茶を一口飲みます。目を閉じて、長ーーく息を吐き出しました。
「落ち着いた~?」
息を出し切った時に窺うようにメイベルが訊いてきました。ぱちっと目を開き周りを見回しますと、固まっていた空気が徐々に弛緩していきます。
「ええ、もう大丈夫です。すみませんでした」
「カリンが真顔になったところすっごい久しぶりに見たわー……。何と言うか、すごい威力よね……」
「そ~ね~、一瞬にして皆凍りついちゃったわよ~」
「……出来れば忘れてください……」
真顔になることを自ら封印していたのにやってしまいました……。くう、昔の古傷が痛み出しそうです……!
「それで何を考えていたか訊いても良い~?」
私が思わず真顔になるほどのことでしたのでメイベルが興味津々で訊いてきます。っち。仕方ないと観念しつつ少し目を逸らしてから答えました。
「……昔、私って魅力ないのかなって悩んでいたことを思い出していました。たとえ婚姻に興味がなかったとしても気付いていなかった自分が残念でなりませんわ……」
「あー、全く話が来ないからねえ。そこでおかしいって思わないのがカリンらしいけどね」
「でも今もカリンが知らなかったってことは知らせたくなかったってことよね~? 余計なこと教えちゃったわ~」
はあ、と溜め息を一つ吐き行儀が悪いですが、テーブルに頬杖を付きます。
「いえそんなことはないですわ。確かに皆で私に黙っていたようですが、それはただ“聴かれなかったから”だと思います。まあ聴いても簡単には教えてくれないだろうけれど、それは私が本気で知りたいと思っていないということですし、気にするほどのことでもありませんよ。……それよりも」
「「それよりも?」」
二人が少し身を乗り出し、声を揃えて訊いてきました。私は一拍置いたのち、抑えられなかった不機嫌さが声に交じって出て行きます。
「……今私が狙われそうになっているのは、私とルイス様はもう結婚する一歩手前ぐらいの仲だとその男爵令嬢は捉えているからですよね? 主にルイス様が全力で縁談を私の分まで拒否していますのが原因で。独占欲丸出しな風に見えますこの行動で」
「えーと……平たく言えばー……」
「そうかもね~……」
私へ傾けていた体を戻し微妙に視線をずらしながら頷いてくれました。……全く……!!
「……このルイス様の行動って結構有名なんですか?」
「そんなことないよ~? 裏でやっていることなのに皆知っていたら大変でしょう~?」
「私達はカリンの友人だから簡単に知りえたことなんだけど」
「けど?」
「……頑張れば調べられる」
「ですよね」
人の口に戸は立てられぬ、ということですよねー……。いつかは漏れてしまうものです。
またまた荒ぶりそうな気持ちを落ち着けるべく、何杯目かの紅茶をぐいっと飲み干します。ふう。
…………ふう、全く余計なことをしてくれやがりましたわね!!