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私は夢にうなされているらしい。
暗い天井を眺めながら目を覚ますと尋常ではないほどの汗をかいている。人肌に温まった布団から出れば身震いする寒さのなかで、びっしょりと汗をかいているその異様さに自分は病気ではないかと不安に思うことが何度もあった。
精神科に相談するべきかと会社の同期に相談すると年を取ればそういった悪夢にうなされるものだと聞いた。
妙に納得した。
疲れているのだ。
そう思った。
それで気は晴れたが、同僚の愚痴を聞いているうちに新しい靄が頭をかすめるようになった。
悪夢にうなされる原因はなんなのか。
ストレスがないということはない。それでも、げっそりとした表情でパソコンを睨む同僚と比べれば私のストレスなど些細なものだと思う。子供はいないものの妻もおり、会社では役立たずと言われないほどの地位は築けている。自分では満足しているつもりだった。
そんな私が悪夢にうなされるのだろうか。
普段無口な同期が饒舌に上司の悪口を話すのを遮って精神科に行くべきだろうかと再度相談すると考えすぎだと一蹴された。
それでも食い下がり相談していると同期はそんなに言うならと一つの提案を私に教えてくれた。
その日、私はボイスレコーダーを購入した。
帰り道、これで今の悩みが少しでも解明すると落ち着いていたが、いざ家の前につき家電量販店の袋を見ると急に恥ずかしくなった。
自分がうなされているかどうかは妻に聞けばすぐに分かるではないか。
無駄な買い物をしたようだ。
隠すように鞄の中へ押し込んだ。
いつものように玄関まで迎えに出る妻に今日も寒いと呟き顔を隠すように自分の部屋へ行き鞄を放り出した。
「ご飯にしますか?」
背後から聞こえる妻の声に曖昧に頷く。
魚の小骨を取り除きながら、ぼんやりとテレビに顔を向けている妻に聞いた。
「寝ているとき」
テレビに向けていた顔を妻はこちらに向けた。
「私はうなされているか?」
妻はしばらくテレビを見ているとのと同じような表情のまま押し黙っていたが「うなされているんですか?」と小首をかしげた。
「忘れてくれ」
それだけ言い、小骨を取る作業に戻った。
風呂から上がり寝室へ移動する際、自分の部屋が目に入った。放り出されたままの鞄を見て試すぐらいはやってみればいいと思い直した。
幸い、小型のボイスレコーダーを購入したのでパジャマのポケットに収まった。妻に知られる心配はない。
スイッチを入れ、寝息をたてている妻の横で目をつむる。
目を覚ますと汗をかいていた。
私は額の汗だけ拭いまた目をつむった。
次の日ボイスレコーダーの存在を思い出したのは顔を洗っているときだった。胸ポケットにささっているそれを見て、すぐにそれを鞄の中へ押し込んだ。
妻が玄関まで私を見送り会社へ向かった。
それを聞いたのは昼休みだった。私は昼飯を食べたのち会社から少し離れた喫茶店に入り離れた席に座るとイヤホンを耳にさした。
無音に近い静寂の中で妻の寝息が聞こえた。
それ以外の変化はなく数分程度聞いただけだったが何故か安心した。
何も変わりはないじゃないかと早送りを続ける。しばらく何の変化もなかったが、ある音に気が付いた。