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父の裏切り

頼純と弥生は、居城に帰る途中、宗綱の居城である宇都宮城に立ち寄り、その北に座する二荒山神社(ふたあらやまじんじゃ)を参拝した。


二荒山神社は、宇都宮と日光に二つある事で知られているが、一般的には、両社は同じ系統のものと勘違いされ、どちらも「ふたらさんじんじゃ」と呼ばれがちだが、漢字表記では同じ名前の神社であっても、その名前の呼び方は、日光の二荒山神社を「ふたらさん」と呼ぶのに対して、宇都宮の二荒山神社は、正式には「ふたあらやま」と呼び、二つの二荒山神社は全く異なる。系統も、遠い親戚みたいな歴史はあるのだが、原則的には別の神社であり、祭神(奉られている神様)が異なる。


歴史は、宇都宮の二荒山神社の方が古い。その主祭神は、第10代 崇神(すじん)天皇の時代、東国平定のために関東に下ってきた崇神天皇の子である豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)とされている。その曾孫である奈良別王(ならわけのみこ)が、第16代 仁徳(にんとく)天皇の時代に下野の国造(くにのみやつこ)(現在で言う都道府県知事)に任命された時に、曾祖父である豊城入彦命を氏神として奉ったのが宇都宮の二荒山神社の始まりである。


東路(あずまじ)の多くの(えびす) (たい)らげて

(そむ)けば討つのみや」とこそ聞け

     (宇都宮)


後世には、豊城入彦命を讃えるこんな歌も残されている。


豊城入彦命は、天皇の長男(第一皇子)でありながら、天皇にはなれずに東国に下ってきた。その親中派複雑であったろう。頼純は、神社に参拝しながら、自分と少し似た境遇の豊城入彦に思いを馳せていた。


弥生「宇都宮大明神(豊城入彦命)様は、武の神様とか…」

頼純「そうだ。下野武士すべての氏神だ。ぜひにもあやかりたいものだ…」


二礼二拍手一礼…


頼純(宇都宮大明神よ、我が野望遂げさせ給え…)


頼純は、そう強く祈っていた。



その一方で、同じ頃、行利からの呼び出しの使者はすぐに弥生の父重房の下に()ち、驚いた重房は、すぐさま支度し、翌日には下野国府に参上した。突然の呼び出しに、重房は、何か不手際があったのではないかと戦々恐々としていた。すでに顔見世の謁見はとうに終えており、自分の身分を考えれば、国司に直接呼び出されることなどまずない。不手際があったとしか思えなかった。


その重房の予感は、半分当たっていた。国府に到着した重房であったが、国府ではなく、行利の屋敷に行くよう命じられ、その屋敷の一室に通され、そこで行利と2人きりにされたのである。


重房(まさかもわしはここで斬られるのか…)


ところが、行利が口にしたのは、全く思いもよらぬ話であった。


行利「重房、お前には、良からぬ話をしなければならぬ。」


その瞬間、もしかしたらという重房の淡い期待は、一瞬にして打ち砕かれた。そして重房は、自らの死をも覚悟するほどに内心は取り乱していた。


重房「何か不祥事でもござりましたか…」

行利「いや、お前の事ではない。お前の娘婿の事じゃ。」

重房「娘婿と言いますと、堀江にござりますか?」

行利「左様じゃ。」


お前の事ではない…と聞いて、少し安堵感を持った重房は、次第に我を取り戻していった。


重房「堀江が何か?」

行利「どうやら、謀反を企んでいるらしい。」

重房「真にこざりまするか?」


すると、話に食いついてきた重房を見て、行利は内心ニヤリとした。


行利「そうらしいのじゃ。奴は、源氏として、祖父義家を慕う関東の者どもを集めて兵を挙げ、この関東を支配しようとしているのじゃ。」

重房「まさか…」

行利「わしもまさかと思うたわ。あのような若造がそこまで大それた事をとな。じゃが、奴も今年で二十歳(はたち)。どうやら、それを待っていたらしい。すでに源氏に心寄せる者たちに、(げき)(手紙の事)を発したらしいとも聞く。」

重房「なんと…」

行利「奴は、まずはわしを討って北関東を制するつもりじゃ。じゃが、それだけの軍勢を集めるには、まだまだ時間がかかるはず。その前にわしは頼純を討とうと思うが、もし、わしが直接出て行けば、その類は、堀江だけでなく、一族にも及ぶ。」

重房「…と申しますと…」

行利「そうなれば、お前も処分しなければならなくなる。」

重房「な、なんと!?」


ゆゆしき事態である。重房の動揺は、自分でも計り知れないほどに大きかった。まさに青天の霹靂である。だが、それを見て行利は、心の中でほくそ笑んでいた。


もちろん、これはすべて行利が作った嘘であった。だが、権威に弱い重房は、行利の話を信じてしまっていた。国司様が、このような嘘をつくはずがない、第一、こんな嘘をついたところで何の得もない、そう思ってしまったのである。


まさか、行利の狙いが弥生で、そのために頼純を廃そうとして嘘をついているなど、重房は夢にも思わなかったのである。


そして行利は、本題に入った。


行利「じゃから、お前を直々に呼び出したのじゃ。この件を内々に収めるためにの。」

重房「…と申しますと。」

行利「おぬしが、堀江を討て。」

重房「わ、わたしがですが?」

行利「そうじゃ、おぬしを助ける手立てはそれしかない。そうでなければ、わしは、お前を朝敵として、堀江とともに討たねばならぬ。内々に収めるには、それしかないのじゃ。」

重房「…」

行利「どうじゃ、出来るか?」


重房は、じっと目を伏せた。


重房(なぜ、このような事になってしまったのじゃ… 本当に頼純は謀反など… しかし、こうして国司様に目をつけられるということは、頼純に落ち度があったということじゃ…)


そして、そうこう考えているうち、重房の中には、ふつふつと頼純に対する怒りが込み上げてきた。


重房(これぞと見込んで、わしは弥生を与えたというに… わしの期待を裏切りおって… 許せん!)


行利「どうじゃ、覚悟は決まったか?」

重房「はは、解りました。ただひとつだけお願いがござりまする。」

行利「なんじゃ?」

重房「わが娘、弥生の命は、助けていただきとうござりまする。」


その言質(げんち)が出た瞬間、行利は、しめた!と思った。


行利「もちろんじゃ。」


行利にしてみれば、それが最大の目的なのだから…


重房「ありがたき幸せ。では、これより国元に帰り、堀江を討つ支度を整えまする。」

行利「あいわかった。では、これよりわしとの連絡を密にして、事の次第を詳細に報告するよう。わしの命があるまでは動くでないぞ。」

重房「ははっ!!」


こうして、重房は、娘婿である頼純を討つ決意をしたのだった。





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