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さらば!!

平氏追討の戦いを終えて、惟頼と惟広は塩谷の地に凱旋した。

一年以上もの長い戦いを終えて帰ってきた。

付き従う兵士たちも、久しぶりの家族との再会にむせび泣く者も多かった。


だが、戦いは終わったわけではなかった。

この時、すでに頼朝の目は奥州に向いており、自分の地位を脅かす事の出来る同じ源氏である弟たち、すなわち範頼や義経に向けられていた。

そして、最初に目をつけられたのが義経であった。

平家追討の戦いが終わって間をおかず、2人の対立は顕著になり、文治2年(1185年)10月には、義経は頼朝追討の院宣を後白河法皇より受け、諸国に対して、頼朝追討のために上洛するように(げき)(手紙の事)を発したのである。


これは、堀江山城にいた惟頼の下にも届けられていたが、この時、すでに惟頼は病に臥し、ほとんど床を離れられないようなほどにやつれきってしまっていた。

この檄を見た惟頼は、鎌倉にいた惟広に使者を出した。惟頼は、正義に塩谷の地の政務の全てを託す一方で、鎌倉には惟広を出仕させていた。

惟広の下にも義経からの檄は届いていたが、使者は惟頼のそれに対する意思を伝えるものだった。


惟広「兄はなんと?」

使者「時流は変えるべきではない…」

惟広「…さようか…」


惟広は、惟頼の意見に同意であった。

確かに義経が戦に強い事は解っていた。それなりの兵を整えて頼朝と戦えば、頼朝は負けるかも知れない。しかし…

義経は、政治には向いていなかった。軍事においても決して戦略家ではない。戦闘員としては素晴らしかったが、指揮官としては、決して将軍の器ではない。

平家が滅んで源氏の世になって、世は天下泰平に向かいつつある。皆、勝つために戦っていたわけではない。閉塞した世の中を変え、新しい秩序を築くために戦ってきたのだ。

世は今、頼朝の下で、新しい秩序を築き、平和に向かいつつある。天下布武と元和偃武(げんなえんぶ)はいつの世も表裏一体でなければならない。



 天下布武

 天下に武を(ひろ)める。

 転じて、世の中を武力によって変え治める事の意味。


 元和偃武

 平和が(はじ)まり、武を()せる。

 読んで字のごとく、世が治められたのならば武器を収めよとの意味。



そんな時代の中で義経が戦おうとしても、誰もついては来ない。兵は集まらないだろう。皆、もう戦いに疲れている。これ以上、新しく生まれた時流を変えるべきではない。

その空気を読めていなかった時点で、義経には、天下を取る器ではない。惟頼はそう見ていた。

惟広も同意であった。惟広は、義経の求めには応じなかった。

そして、頼朝と義経の対立は、ほとんど戦いに至るまでもなく、義経が不利になっていく。

それこそ、まさに政治力の差であった。



一方、この頃惟広は、新しく領地とした喜連川の地に新しい城を築こうとしていた。

場所は、大蔵崎(おおくらがさき)。南東に向かって半島のように細長く伸びる山並みの先端に、そういう場所があったが、この尾根筋を掘り切って、山の上に城を築いていたのである。

そして、翌年の文治3年(1186年)、以後400年以上にも渡って喜連川塩谷氏の居城となる大蔵崎城(おおくらがさきじょう)(別名・喜連川城)が完成し、惟広は入城した。


だが、この頃、惟頼の容体が一気に悪化する。いよいよ食べ物も受け付けない体になり、全身青白くやせ細って、起きる事もままならなくなっていたが、ある日、突然血を吐き、こん睡状態に陥ったのである。

これを聞いた惟広は、すぐさま堀江山城にかけつけた。惟広がかけつけた時、まだ息はあったが、虫の息という感じで、まだ意識は戻っていなかった。

惟広は、ずっとそんな惟頼の傍についていたが、その夜、部屋に惟広と2人だけになった時、惟頼は、静かに目を開け、意識を取り戻した。


惟広「兄上…」


惟広は、惟頼の手を取って静かに呼びかけた。

惟頼は、こん睡状態であった事が嘘のようにしっかりした眼差しで惟広を見つめた。


惟頼「惟広か…」

惟広「はい。」

惟頼「どうやら、もうすぐ桔梗に会いに行けそうじゃ…」

惟広「何を弱気な…」

惟頼「いや、実はずっと会いたかったのだ。桔梗に死なれて以来ずっと…」

惟広「……」

惟頼「わしが堀江の当主であるばかりに城を留守にする事が多く、桔梗にはさみしい思いをさせてしまった。じゃが、これでわしも全てから解放される。ずっと桔梗の傍にいられるのじゃ…。」


惟広は、何も言えなかった。

そして、そんな惟頼の傍に桔梗が来ているような気がした。


惟広(俺でなく、先に兄上を連れて行くのか…)


その瞬間、惟広は、桔梗の声が聞こえたような気がした。

今の心の声に答えるように…


桔梗「はい。」


…と。その桔梗は、微笑んでいるような気がした。

そして惟頼は言った。


惟頼「惟広。あとの事を頼む。正義も弟たちも、まだまだ未熟じゃ。塩谷の地を治めるだけの器にない。もし、党首としての器がないとみるなら、当主の座を奪ってくれても構わない。それくらい強く、堀江の家を支えて欲しい…」

惟広「奪うなど…だが、正義殿は、必ずお支えいたします。」

惟頼「頼んだぞ。この塩谷を守ってくれ!! それだけで良い。ただ、出来れば、桔梗の子供たちの事は良しなに頼む…。」

惟広「……」

惟頼「では、桔梗に会いに行くぞ。さらばじゃ!」


そう言い残すと、惟頼は、眠るように息を引き取った。

惟広の呼びかけにも、二度と目を覚ます事は無かった…



惟頼の死後、惟頼は、堀江家の菩提寺である六房寺に葬られた。

桔梗の墓の隣に、その墓は置かれた。

そして惟広は、桔梗の墓を掘り起こすと、桔梗の骨に惟頼の骨を交ぜ、改めて土の中に葬った。

それは、尊敬する男と愛する女に対する惟広の最大の敬意であった。


惟広(あの世で仲睦まじくな…)


そして惟広も、堀江山に背を向けた。


 

 兄上、桔梗… さらば!



その墓の傍らでは、白と紫の桔梗の花が静かに風に揺れていた。








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