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ならひなりせば死出の山

頼純は、上田山にて討死。頼純の手勢は、ことごとく討ち取られ、あるいは自害し、そのあまたの亡骸は、近くに回向塚(えこうづか)を築いて葬られた。原の四兄弟の亡骸だけは葬られず、頼純の首とともに板鼻城に運ばれた。重房は、頼純の討死の報に安堵する間もなく、呆然としていた。まさか、自分の子供の全て討ち取られるなど、夢にも思わなかった。


4人の息子たちの亡骸を前に、重房は膝から崩れ落ちた。


重房「なぜだ…なぜこうなった…」


重房の横では、4人の息子の母が人目もはばからず取り乱し、大声で泣き伏していた。重房は後悔の念でさいなまれた。謀反が本当だったのか。本当ならば、これを討つのは正義。神仏の加護もあるはずだ。なのに、天罰かのごとく子の全てを失った。全てが信じられなかった。


重房(婿を討とうなどとしたワシが間違っていたという事か!!)


そうとしか考えられない現実が、重房の目の前にはあった。


一方、同じ板鼻城の別室には、弥生と月若が、更科とともに閉じ込められていた。まだ三つの月若は、疲れて、母の弥生の膝枕ですやすやと眠ってしまっていた。そんな弥生に、頼純の討死が伝えられたのは、原の手勢が戻ってから間もなくであった。


だが、幼子を抱いた母は取り乱すこともなく気丈であった。ただ、静かに天を仰ぎ、静かに目を閉じて何かをおもむろに堪えた。頼純が原の手勢に襲われ、頼純に逃がされた時、弥生は全てを覚悟していた。


それから頼純の死とともに、原の四兄弟の討死も弥生に伝えられた。原の四兄弟は、弥生にとっても幼い時間を共に過ごした実の兄や弟である。特に四郎などは、赤子の時から知っている可愛がっていた弟だ。けれども、それを聞いた弥生は、嬉しかった。兄弟が憎かったからと言うよりは、頼純の武勇が嬉しかった。


弥生「さすがはとの。」


そして、弥生は言った。


弥生「我が夫の首を見せてください。」


それを伝え聞いた重房は、それを許した。重房にしてみれば、それは罪滅ぼしの意味もあった。弥生の部屋に、頼純の首桶が届けられ、届けた家来が部屋を出て3人だけになると、更科が、その首桶を開けた。


更科「ああ、おいたわしや…」


そこには、確かに頼純の首があった。別人と思いたくても間違えようのない夫の首がそこにはあった。


泣き伏せる更科に月若を託すと、弥生は、そっと頼純の首を取り、しばらく見つめた後、静かにその首を胸の中に抱きしめた。その瞬間、弥生が堪えていたすべてのものが、弥生の目頭からあふれた。


弥生「との…さぞやご無念だったでしょう…」


それから弥生は、頼純の首を綺麗に洗い、髪を整えなおして死化粧を施した。


弥生「月若、父上は立派な武将だったのですよ。あなたも、父上のような勇敢な武将になるのですよ…」


月若は、穏やかな顔をして眠っていた。その月若を抱く更科に弥生は言った。


弥生「頼みがあります…」

更科「…」


その夜、更科は密かに板鼻城を離れた。幼い月若を抱き、頼純の首を持って…


弥生は、更科に全てを託した。頼純の首を塩谷の地に持ち帰り、菩提寺である六房寺に葬って欲しい事。月若を連れて隠し、育てて欲しい事。それが、弥生にとっての心残りだった。更科は、その弥生の意をくみ、今生(こんじょう)の別れと悟りつつ、全てを受け入れ、後ろ髪ひかれる思いで旅立った。


更科(御前様…必ずや月若様をお守りいたします。どうか…どうか、安らかに…)


更科と月若が去った部屋に、弥生は1人残された。いや、1人ではなかった。弥生には見えていた。灯りもない、月明かりすらも届かない真っ暗で静かな部屋の中に、頼純の面影がある事を。弥生の目の前に、確かに頼純は座っていた。そこに、ぬくもりはあった。


そして頼純は、弥生に一首、歌を詠んだ。


 連れて行く ならひなりせば死出の山

 闇路(やみじ)を迷う事はあらじな


愛し合って結ばれた夫婦(めおと)だからこそ、生き死にを共にしたい。私はお前とともに行きたい。お前とともにゆければ、もはや思い残すことはない。


弥生は応えた。


 連れて行く ならひなくとも死出の山

 暗き闇路を共に迷わん


夫婦ならば、夫を追って死ぬのが、この世のならい。けれども、そのようなならいなど関係ありません。私もずっと、あなたの(そば)にいたい。私も、ともにゆきたい。あなたとともに永遠に…


そして弥生は、短刀を自らの胸に突き立てた。


弥生「との、今、参りまする…」


弥生は、その刃を自らの胸に突き刺した。


後世に2人の悲劇を伝える古典「堀江物語絵巻」はこう記す。


 その歳つもりて十八歳と申すに、

 あしたの露と消えたまふ…


享年18。若く美しい命の最期であった。



頼純討死の報は、行利にも即日すぐに使者が走り伝えられた。行利は、死者を前に喜びを隠さず、明日にも板鼻に向かうと使者に告げた。これで弥生が自分のものになる。行利の満面の笑みの理由は、それだけであった。


だが翌日、板鼻城で行利が見たのは、弥生の変わり果てた姿であった。






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