突然の雨Ⅱ
それからしばらくして、「本日は大雨のため1.5便は欠便します。2便は18:00に出発予定です」という校内放送が流れた。
「…優輝くん、久しぶりに…話さない?」
石川は躊躇いがちにこう言った。
僕は正直、できるだけ石川と関わりたくなかった。
僕の中ではもう石川とはとっくのとうに終わっていたし、ましてや、せっかく相澤さんと話ができるチャンスを潰したくなかった。
しかし
「わたし、先に行ってるね」
と、相澤さんがさっと気遣ったおかげで、僕は石川とふたりきりにさせられてしまった。
とりあえず、何か話をしないと間が持たないので
「突然留学なんて…どこに行ってたの?」
と、以前から疑問に思っていたことを投げかけた。
「うん、オーストラリアに行ってたの」
石川と付き合ってからまともに会話したことがなかったが、彼女は思った以上に普通に話せる子だった。
「私ね、ずっと優輝くんに謝らなきゃって思ってた。」
「え?なんで?」
「だって付き合ってからほとんどまともに話せていなかったし、あれっきり連絡も取っていなかったでしょう?なんかとても失礼なことしちゃったかなあ…って」
当たり前だ、と僕は思った。
石川が行ってしまったあとは本当に落ち込んだし、馬鹿にされてるんじゃないか、と思っていたくらいだ。
でも僕は冷静を装って
「…別にいいよ。」
と言った。
「でもわたしね、本当に優輝くんが付き合ってくれるなんて思ってなくて…
その、優輝くんてすごくかっこいいし、モテるだろうから、
わたしが留学してる間に誰かに取られちゃうのやだなあ…って。ごめんね、すごく勝手だよね」
「え?俺がかっこいいって…?」
「気付いてないの?みんな入ったころすごく噂してたのに」
そんなこと僕は自然と女子を避けていたので、あまり気にとめていなかったが
「っていうか、そもそもこの1年間誰とも付き合ってないし、何もなかったんだけどな」
「ほんと?よかったあ…」
石川がホッとした表情を見せる。
「じゃあさ、私まだ優輝くんの彼女でいてもいいんだね」
「はっ…!?」
その言葉で確信した。こいつの中ではまだ僕と続いてたのか…僕にはその神経が全く信じられなかったが、
「もしかして、迷惑だったかな…」
と、困った表情を見せると、なかなか石川も可愛いところがある気がして一瞬ウっとなる。
相澤さんとは対照的で、色白で二重のぱっちりとした目が特徴的だった。
髪が伸びてふわふわのパーマをかけていて、人形のように可愛い。
相澤さんが密かにモテるタイプだとすると、石川はきっと第一印象で目立つタイプである。
しかし、いくら石川が可愛いからといって、僕の中ではもう終わっている付き合いだ。
それに…
「…ごめん、正直言うと…」
「ん?」
「…俺…いま、す…好きな人がいるんだ」
僕が口ごもり気味にそう言うと、石川は一瞬にして血の気の引いた顔をした。
「好きな人、って誰?」
石川に言えるはずがなかった。さっき、君の隣にいた人だなんて、言ったらどうなるか…
「…ごめん、それは言えない」
「…そっか」
石川は言うことは直球の癖に、意外と素直な子だった。
「まあ、1年も離れてたら、しょうがないよね…
勝手に私が舞い上がって、振り回しちゃってごめんね」
「いやいや…」
「でもさ、その子とはまだ付き合っていないんでしょう?
だったら、もう一度頑張ってみてもいいよね?」
へ?って僕が言う前に
「とりあえず、一旦友達から仲良くさせてもらうから!
今度は、いっぱい話せるように頑張るから、ね?」
僕は唖然とした。去年の石川とはまるっきり別人に変わってしまったようである。
あんなに消極的で、大人しいと思っていた石川が、こんなにしたたかな女だったなんて…
「じゃ!あんまり花梨…あ、花梨てさっき一緒にいた子ね。
その子とサッカー部のマネージャーやってるんだけど、待たせるといけないから私もう行くね!
久しぶりに話できてよかったよ!ありがと、じゃあね!」
石川はあっという間に僕の前から去って行ってしまった。
気がつくとさっきまでの嵐はおさまり、少し弱い雨に変わっていた。
さあああ、と水が流れる音が聞こえる。
僕の頭からも、さああああ、と血の気が引く音が聞こえるような気がした。