最後の告白
思いつくままに書いた短編です。辻褄の合わないところはご愛嬌ということで許していただけると幸いです♪
夜の海は暗く、船に当たる波の音が同じリズムを繰り返す。
「こんなところに呼び出してどうするつもり?」
私は隣に立ち無言のままじっと海の彼方を見つめ続けていた友人……いや、元友人に声をかけた。
「……」
彼女はまだ海を見つめたままだ。
船の上は風が強く、もう夜も遅い。甲板に出ているのは私達二人くらいなものだ。
今日の婚約披露パーティーの喧騒が嘘のように今は波と風の音だけ。
風で髪が乱れる。パーティーの為にせっかく綺麗に編み込んだのに……そんなことをふと考える。隣に立つ彼女の長い髪もまるで吹き流しのようになびいていた。
「……寒くなってきたから、部屋へ戻るわ」
私は明日のことを思うと憂鬱になったが、ここで彼女の並んで海を眺めているよりましだ。
船上パーティーの翌日は南の島でのバカンス。さすが長者番付に載る家のご子息の婚約披露は派手だ。……元恋人ながら、ほとほと私とは住む世界が違ったのだと思い知る。
私の言葉に何の返答もないパーティーの主役を置いて、私は船の先の手摺から離れて歩き出した。
コツコツ響くとヒールの音を風が掻き消す。
「彼は……私を見てくれない」
コツッ── 。
私は足を止め、彼女を振り返った。
「何を……?婚約までしておいて」
私は鼻で笑った。
私から彼を奪い、今日の披露パーティーにわざわざ私を招待して、二人の姿を見せつけた彼女── 小林 花凛。
「婚約なんて、形だけよ!彼が私を愛してくれないことなんてずっと前から分かっていたわ!」
髪を振り乱しながら、彼女は叫んだ。強い風の中でも、彼女の声は良く響く。流石声楽科のトップだ。
「私と別れる前から貴女を優先していたじゃない。誰よりも貴女に優しくしていたじゃない。彼の愛情を受けていたのは貴女よ。それは貴女が一番良く分かって── 」
「全て嘘!彼は、貴女を愛していたの!」
彼女は声の限りに叫ぶ。わけが分からない。私は彼に捨てられた身だ。
両親が事故で亡くなった後、残してくれた少しの財産と私のバイトで弟と二人で慎ましく暮らしていた。父方の祖母は居たが、駆け落ち同然で結婚した両親を良く思っておらず、名ばかりの保護者だった。
高校を卒業したら直ぐに働こう。そう思っていた。大好きなピアノも、音大進学も諦めて生きていこう。そう心に決めていた。
せめて弟は大学に行かせてあげたい。その為なら私の夢なんてどうでも良い。そう思っていた。
高校最後のピアノコンクール。これを最後にピアノを辞めるつもりだった。そこで出会ったのが、彼──神品 裕貴だ。
彼は私に熱心にピアノを続けるように説得した。『必要な金なら出す。君のその才能を世に出さないのは勿体ないよ』
彼に絆され、私は推薦で音楽大へ進学した。裕貴はただ、私のピアノを幸せそうに聴いていた。私達が恋人同士になるのに、そう時間はかからなかった。
『君が大学を卒業したら、結婚しよう』
『私、まだ二十歳よ?気が早いわ』
『君はこれから世界的なピアニストになるだろう?早く僕のものにしておかないと、誰かに盗られてしまいそうで怖いんだ』
プロポーズの言葉とダイヤの指輪。あの時私は世界一幸せだと思った。
彼が世界的企業の御曹司であることが、私と彼を隔てる大きな壁であることは間違いないが、二人でなら乗り越えられると思っていた。
「何を。彼は貴女を選んだのよ?」
裕貴の態度がおかしくなったのは、私の弟の病気が発覚してからだった。
弟の病気には骨髄移植が不可欠だったが、私とは適合しなかった。
祖母の検査も無駄に終わり、私は骨髄バンクからの連絡を待つだけとなった。
『絶対に僕が何としてでも適合する人を見つけるから』
裕貴が泣きじゃくる私を慰めてくれた。── もちろん彼も適合しなかった。
それから程なくして……彼は私の友人の一人であった花凛を特別扱いするようになったのだ。
私との約束より、花凛のわがままを優先する日々。
最初は何が起こっているのか分からなかったが、最後に彼は言った。
『花凛と結婚することになった。別れてくれ。……金銭の支援は続けるし、弟さんの治療費も全て出す。君は今まで通りピアノに励めば── 』
ずっと後回しにされ続けた結果がこれだ。いや……分かっていた。彼がいつの間にか花凛を愛していたことを。
しかし、私は彼にしがみつくようなみっともない真似はしたくなかった。
『結構よ。貴方の世話にはもうならない。今までありがとう』
私は左手の薬指の指輪を外して彼に投げつけ、その足で大学を退学した。
「選んだ……選んだね。確かに私は選ばれた!彼を手に入れた!でも……それは形だけ。形だけだったのよ!彼に近づく為に、貴女の友達のふりをして……貴女が彼に邪険にされる度、心がスッと軽くなった気がした!でも……それでも彼の心は手に入らない……」
そう言って凛は泣き崩れた。
知っていた。彼女の狙いが私の隣の裕貴だったことを。でも、まさか裕貴が心変わりするなんて思っていなかった。慢心していた私にも原因があったのかもしれない。
今の私には彼女が泣き崩れる理由がわからなかった。
「でも……何にせよもう終わったことよ。私だってこうして今日、ちゃんとお祝いしに来たもの」
招待状を貰った手前、来なければ負けな気がした。船上パーティーとは知っていたが、まさか出港して翌日の南の島まで付き合わされるとは思っていなかったが。
弟は今は状態が落ち着いているが、早く帰りたくて仕方ない。
「それよ、それ!貴女はいつも飄々としていて……もっと傷ついた顔してよ!絶望して見せてよ!私が選ばれたのに……どうして負け犬みたいな気分を私が味合わなきゃいけないのよ!」
彼女が私に指差して絶叫する。その時、暗闇の中でキラリと光る物が見えた。
「花凛!貴女何を持って── 」
私は身構えた。もしや……彼女は私を──。
「これ?本当はね、貴女が死ねば彼が手に入るって思ってたの。だから貴女を殺そうって。でもね……貴女が死んだら彼の心の中に貴女が永遠に残るだけって気づいたの。彼の心の全てを死んだ貴女の美しい思い出が独り占めするなんて、許せない。だから── 」
花凛は自分の喉元に手の中で光るナイフを当てた。
「私が死ぬわ。そうすれば……貴女も裕貴も一生後悔する」
確かにここで彼女を死なせてしまえば、私も裕貴も後悔するだろう。でも……いつかは風化してしまう。── 少なくとも私は。裕貴を手に入れる為に私を利用した花凛を心の片隅でずっと許せずにいる私は。
「死んで裕貴の心に残るというの?そんなの馬鹿げてる」
目の前でみすみす自害させるのは目覚めが悪い。私は一歩、彼女へと近づいた。
「来ないで!」
花凛が金切り声を上げた。その時── 。
「花凛!やめろ!」
裕貴が甲板へ飛び出してきた。
花凛は裕貴の姿に喉元に当てたナイフを両手で握り直した。
「裕貴!私、死ぬわ!」
「何故?!!婚約したじゃないか!結婚……するんだろ?」
裕貴と花凛の会話を見守りながら、私はまた一歩彼女に近づいた。
向かい合う私と花凛の距離は約三、四メートル。裕貴は花凛の左側──距離は十メートルあるかないかだ。
止められるのは、私しかいない。花凛が裕貴に気取られている間に見つからないように近づくしかない。
「どんなに側に居ても貴方は……貴方の心はずっと乃愛の方に向いていた。私がそれに気づかないとでも?」
「……何が言いたいんだ?それは──契約に含まれていない」
裕貴の声に影が落ちる。
契約?何のこと?私の足もふいに止まった。
「フッ……契約ね。確かに貴方の心まで私に捧げろとは書いていなかったわ。書けばよかった。でも……私、自信があったの。神品家に乃愛は相応しくない。家柄的にも私の方が貴方に合ってる。顔だってスタイルだって、乃愛に負けているなんて思ったことない!だから、ずっと側に居れば、きっと貴方も私を好きになるって。そう信じていたのに……」
さっきから二人の会話がよくわからない。
「とにかく!今死ぬのは、契約違反だ。僕は約束通りずっと君の言うことを聞いてきた。乃愛より君を優先したし、君との仲を見せつけた後で乃愛と別れた。三ヶ月後には君と結婚する。これ以上僕にどうしろっていうんだ!」
裕貴は握りしめた拳で自分の太ももを思いっ切り殴った。
「裕貴……私、貴方の笑顔が好きだったの。長い指も、柔らかな黒髪も……でも笑顔が一番好きだった。なのに……私と居ても全然笑ってくれないんだもの」
「笑ってたろ?無理矢理、笑ってただろ!」
二人がだんだんと壊れていくように見える。私はゾッとした。
「二人とも何を── 」
その時、船が少し揺れ、私は二歩程ふらつくように花凛に近づいてしまった。
「近づかないで!」
花凛の絶叫と共に彼女の手に握られていたナイフの刃先が白い喉を傷つけた。暗闇だが、目を凝らすと血が流れているように見えた。
「花凛!約束を守れ!お前の望み通りにしてやっただろ!」
気づけば裕貴が後五メートル程の所まで詰めていた。いつの間に── 。
「約束、約束煩いのよ!私が死んだら乃愛、貴女の弟は終わりよ!」
「ど、どうして蒼が?」
私は弟のことを引き合いに出され、動揺した。
「フフッ。最期だから教えてあげる。私と貴女の弟との骨髄の型が適合したの。他人で合うのって確率が低いのよね?なら私が死んだら?貴女の可愛い弟もだんだんと弱って死んじゃうかもしれないわよね?」
私は青ざめた。……さっきまでの二人の会話を思い出す。『契約』『約束』……私の頭に恐ろしい考えが浮かぶ。
「もしかして……裕貴との契約って── 」
「貴女が想像した通りよ。私の言うことを聞けば、私がドナーになってあげるっていう契約。結婚が私からの最後の条件だった」
私は裕貴を見た。彼は何とも言えない表情で立ちすくんでいた。
「裕貴……本当?」
「……」
無言は肯定ということだろう。
私は花凛に顔を向けた。
「花凛。裕貴のことは関係ない。私からもお願いするわ。いや、私が何でも貴女の言うことを聞く。命だって貴女にあげる。だから弟を助けて」
私は頭を下げた。唯一の家族である弟の為なら、私の命も惜しくない。ここで死ねと言われれば、私は死んだっていい。後のことは……裕貴に任せよう。
「私が今、貴女に望むのは『絶望』よ。でもこれだけは忘れないで。私が死を選ぶのは裕貴のせい。私を愛してくれなかった裕貴のせいよ。だから恨むなら裕貴を恨んで。一生……ね」
そう言って花凛はナイフの先をグッと喉へと近づけた。
私は駆け出した。ヒールが走りにくく前のめりに体がグラリと傾く。花凛の持つナイフへ手を伸ばしながら、結局、彼女へ体ごと飛び込むような形になった。
すると── 。
スッと花凛が体を横へ避ける。私はその勢いのまま船の手摺へ体を預け──そのまま船の揺れに任せ体ごと海へ投げ出された。
「乃愛!!!!!」
暗い海面が目の前に近づく寸前、裕貴の絶叫が聞こえた。
ザバン!! ドボン!
暗い海は上も下も分からず、私は手足をバタつかせる。焦れば焦る程、体は沈んでいく。
パーティーで着ていたドレスが体に張り付いて、自由はどんどんと奪われた。
(ああ……もうダメかもしれない。蒼……ごめんね)
意識が遠のく。冷たい冷たい水の中で体温が奪われていく感覚に襲われた……その時だった。
誰かが私の体を後ろから抱き締めている。その懐かしさに私は泣きそうになる。
「君を愛してる。ずっと」
耳元でそう呟く声が聞こえた気がした。
読んでいただきありがとうございました。
いつもの私の作品と雰囲気の違う物語…いかがでしたか?
結末はハッピーエンド?それともバッドエンド?
皆様のご想像にお任せしたいと思います。




