"あやつり人形"
甲冑に包まれた騎士が両腕を掴み、僕を立ち上がらせる
間髪を置く事なく、自分の身の丈程もある剣の腹で顔を打たれて僕は咳込んだ
鼻腔に溜まった血が溢れ返り、口内にまで拡がった結果の窒息だった
部屋の外の廊下からも、一方的な掃討戦の打撃音や悲鳴、命乞いや嘲笑の有様が聞こえてくる
戦況は誰の眼にも明らかだった
言葉で美しく飾る事は簡単だが、落城と云うものは本来こういうものだ
まして人間が僕達吸血鬼に対して行う事だとすれば、其処まで不思議な出来事では無い
僕は戦に出る歳では無かった為、死ぬ事なく落城を迎えた
終わらない苛みの中で『せめて誇り高く死ねれば』とも思ったが、城内に夥しく重なる吸血鬼たちの正視に耐えない死骸を視るに、勇敢な死すらが僕には名誉と思え無かった
そうして居る内にも二回、三回と、腕を掴まれて庇う事も許されない頬や鼻を、冷たく分厚い金属の暴力が打ち据える
奥歯が割れて、口の中に石ころみたいな感触が散らばった
強い不快感を感じて吐き出す
折れた奥歯が数本、血でくるまれて床に転がった
頭部を打たれ過ぎて思考力が落ちて居たからか、僕は其れを暫く恍惚と眺めた
状況を観察して居た騎士が近寄ってきて、鋼の籠手で覆われた指で僕の足元に在る、血で出来た水溜りの中の歯を屈んで一つ一つ精査した
彼はやがて無感動に立ち上がると、兜の頭をゆっくりと左右に振る
「牙が折れて居ないぞ、下手くそめ」
剣で僕を打ち据えて居た騎士を侮蔑すると、甲冑の拳をがしゃり、と握る
僕が「やめて」と懇願するより早く
彼は左手で僕の髪を握り締めると、利き手と思しき右手で数回、僕の顔を打撃した
両手を石の様に固く掴んで居た拘束が、外される
ごほごほと咳き込みながら、僕は俯せに倒れると、顔を指で覆いながら躰を丸めて小刻みに痙攣した
痛みはもう其処までは感じ無い
しかし、顔中が炎で炙られた様に熱かった
臓腑の中に病じみた嫌悪感が拡がると、たまらず、僕は泣きながら吐瀉物を吐き出した
横腹を蹴られ、転がされる
悪態を吐きながらさっきの騎士が、吐瀉物を精査した様だった
『よし』『両方、牙が折れたようだ』
金属の足音が殺到する
怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い
全身のあちこちを踏み付けられながら、意識は其処で途絶えていった
眼覚めると、昏く窓の無い部屋だった
衣服は総て破り捨てられて居て、傍らには刃こぼれした剣が一つ
空腹だった
鉄格子の開閉音がして、視ると
部屋の唯一の出入り口らしき牢扉から、僕とそう変わらない背丈の若年騎士らしき少年が、怯えながら剣を両手で握り締めつつ入って来る
『負けても噛まれる心配が無い』『思いっきりやってみろ』と、扉の外の暗がりから大人の声がした
少年が剣を構え、一歩ずつ距離を詰めて来る
僕は其れを手で制する様に、手のひらを彼に向けて「やめて」「………お願いだから、もうやめて」と訴えた
少年が狼狽えながら、扉の外に視線を向ける
『出来ないなら、次はお前が訓練の的になる』
大人の人間の声に、少年は泣きそうになりながら僕の方へ向き直る
握った刃が、取り落としそうな程に酷く震えて居た
危機を感じ、咄嗟に落ちて居た剣を拾う
剣戟の閃く音と共に、握ったかに思えた武器は直ぐ様に部屋の隅へと弾き飛ばされた
無意識に、切り払われ弾き飛ばされた剣に視線を向ける
その隙に少年の靴底が、僕の皮膚をしたたかに遠くまで蹴り飛ばした




