リモートワーク
ヘッドマウントディスプレイを装着した山本は、自宅からオフィスの様子を確認していた。山本の操るロボットがカメラで社内の状況を捉え、その映像を山本に届けていた。手足や指の動きを感知するスーツを山本は装着しており、山本の動作は正確にロボットに伝えられた。山本は自宅にいながらオフィスの業務のすべてをこなすことができた。
「毎朝、満員電車に揺られながら通勤するのは絶えられない」
山本はずっとそう思って働いて来た。行き返りに要する通勤時間は無駄であり、苦痛だった。周囲の人たちとの密着を余儀なくされ、時々、痴漢を見るような目で女性に睨まれることもあった。汗臭い男性が隣に来て、嫌な臭いをずっと我慢しなければならないこともあった。そんな時、パンデミックが襲来し、リモートワークが解禁されたのだが、パンデミックの終息と共に元に戻ってしまった。そして通勤地獄が再開した。いつまで続くのだろう? 定年までずっとこんな状況が続くのだろうか? そう思うととても憂鬱だった。だがそれから数年後、ロボティクスと融合したリモートワークシステムが実現した。山本はもう通勤で嫌な思いをすることはなかった。通勤時間も有意義に活用することができるようになった。毎日、就業時刻になると山本はヘッドマウントディスプレイを装着し、専用のスーツを着用した。そして会社にいるロボットを操作して必要な作業を実行した。カメラで把握したオフィスの状況を元に的確な動作を実行できるロボットは、現場で必要とされるあらゆる業務をこなすことができた。そして定時になると、山本はログオフした。ヘッドマウントディスプレイを外し、スーツを脱いだ。その瞬間、山本は仕事から解放された。通勤で浪費する時間もストレスもなかった。
「就業時間外で申し訳ないが、急ぎで頼む」
そんなある日、仕事を終えて自宅のソファでくつろいでいると上司から電話があった。新製品が市場で不具合を出しており、重要顧客のキーパーソンが怒り心頭になっているということだった。今後の契約が打ち切られかねないということで重役から早急に事態を収拾するよう指示が出たということだった。山本はその製品の開発担当ではなかったが、原因究明の人手が足りないということで駆り出されたのだった。山本はさっきまで身に着けていたヘッドマウントディスプレイとスーツを再び装着した。不具合だから仕方がない。そう思って働くしかなかった。ひと段落ついたと思ってリモートワークから戻ると、もう真夜中だった。
「山本君。就業時間外で申し訳ない。また不具合が発生してしまった。君の卓越した技術力が頼りだ。担当外ということはわかっている。顧客優先ということで急ぎで頼む」
それから何かある度に上司から連絡があった。自宅でくつろいでいた山本はすぐに呼び戻されることになった。
「処遇を改善してもらえないでしょうか?」
度重なる時間外業務ですっかり疲弊してしまった山本は処遇の改善を上司に申し出た。仕事が増えて給料が現状維持というのは納得がいかなかった。時間外業務を無くすか、もっと給料を増やしてもらいたいと考えていた。
「山本君。君の言いたいことはわかるが、今は会社も厳しい状況だ。なんとかこらえてほしい」
上司の対応は慇懃だったが、実質的には無回答だった。山本はうなだれた。いっそのこと辞めてしまおうかと考えた。いや、辞めると脅せば処遇を改善してもらえるかもしれない。会社は私の知識とスキルを必要としているはずだ。山本はそう考えた。
「そうですか。折り合いがつかないのなら、少し考えさせてもらいます」
「どういう意味ですか? まさか辞めたいと言っているのですか?」
「あらゆる選択肢を排除せずに考えてみます」
その日は結局、話は物別れのままだった。その後、時間外業務の依頼が来ることはなくなった。会社の方も考え直したのかもしれないと山本は思った。そしていつものようにヘッドマウントディスプレイとスーツを装着し、リモートワークを始めようとした。
「システムはオートモードで起動しています」
突然、音声が聞こえた。オートモードって何だ? 山本は思った。次の瞬間、カメラがオフィスの状況を映し出した。山本は会社にあるロボットを操作しようとしたが、ロボットは勝手に動いていた。そしてテキパキと業務をこなしていた。
「これはいったい・・・」
ロボットは普段、山本がやっている業務を完璧にこなしていた。知識も推論も、手足や指先の動作も山本そっくりのことをしていた。
「リモートワークを介して私の仕事ぶりはすっかり記録されてしまったのか? 推論と結びついた行動パターンはすべて把握されてしまったのか?」
もはや自分に手持ちのカードがないことを山本は悟った。クビにならないようしばらくは穏便に振る舞うしかなさそうだった。




