第6話 プロペラ男との対決 その二
塚森はとくにとがめなかったものの、言葉にしてから花坂は悔やんだ。自分の未熟さを、いよいよ強くさらけだしたように感じられたからだ。
「正式に依頼を受けてくださりそうなら、お話するつもりでおりました。花坂さんに伝えた、同級生一家が亡くなった事故から、人の視線に敏感になっていたのです」
「でも、ここにくるまでは大した力じゃなかったみたいね」
塚森は、自分のコメントを交えつつ、巧みに彼女の話を進めた。
「そうなのです。ストーカーのドローンくらいならわかりますが、さっきみたいな骸骨はつい二、三分前から見えだしました」
「それなら……どうしてそんなに冷静でいられるんです?」
もはや、花坂は細かい礼儀にかまっていられなかった。
「母から、私が独特の霊感を持っている可能性があると伝えられていましたから」
「お母さんから?」
「はい。念のために申しますが、私には、父はいません」
花坂にせよ、塚森にせよ、コメントしにくい事実だった。
「小さいころの私は、よく夢の中でお化けや幽霊と遊びました。さらに、続きやかかわりあいがある夢を、何回も見ました」
「そういうのは、もう見なくなったの?」
塚森は、ごく自然な形で尋ねた。
「はい。もちろん、他人様に喋ったりは致しません。でも、母は私が教える前から知っていたのです」
「ストーカーについては、お母さんに相談したの?」
「いえ。心配をかけたくないので」
「わかった。依頼料は、本当ならとても高くつくのだけれど……あたしからだす条件を飲むなら無料でいいよ」
「先生!」
ゼニカネについては、さすがの花坂もなあなあですませられない。こと仕事において、『無料』という言葉がどれほど危険なのか、すでにして彼は頭に叩きこんでいる。塚森とて、それは変わらないはずだ。
「条件、でございますか……」
言葉を切った小角の喉が、飲みこんだ自らの唾でかすかに盛りあがった。
「あたし達と一緒に、今すぐプロペラ男を追うの。そこからは、事件が解決するまで基本的にここで寝泊まりしてもらう。よそに行ったなら、よそでも一緒」
「先生!」
さらに大きな声を、花坂はだした。
「プロペラ男……?」
「そいつはドローンに変身できる。たぶん、あなたにつきまとっていた張本人ね」
塚森らは二人そろって花坂を無視した。
「私などが同行して、足手まといにならないのですか?」
「いちいち会話しなくともね、あなたがここでどんな力を持てたのかくらい、悪霊が耳打ちしてくれるの」
「そうなのですね……」
「ただ、ストーカーの被害者に頼めるようなことじゃない。だから、いやならここまでの話にしてもいいよ」
「具体的に、私には何をする必要があるのでしょう?」
「失礼だけど、ストーカーの視線を察したときの感覚を思いだせる?」
良識が通用する場なら、とうていできない要望だった。
「はい」
小角が即答すると、なんの前ぶれもなく、彼女の目の前の空中に、固まりかけた血のようなどす黒い縄とも紐ともつかない物体が浮かんだ。直径は十センチほどだろうか。一同がいる居間の空中から、プロペラ男が逃げだした道筋をなぞるようにのびている。
「それをたどるとプロペラ男の元へいける。一般人には見えやしないから気にしないで」
「私がいないと、この……縄みたいなのは消えるのですか?」
「うん」
「その、プロペラ男っていうのともう一度会ったら……」
「決着をつける」
決着が具体的にどんな要領になるのか、さっきの乱闘から推して知るべしだ。
「わかりました。条件を承諾致します」
「ありがとう。あなたの安全はあたし達で守るから、任せて。あと、名前は?」
「小角と申します。小さいツノです」
「そう。もうわかってると思うけど、あたしは塚森。そっちは花坂」
「よろしくお願いいたします」
ぺこっと小角は頭をさげた。掃きだめ同然の部屋でなければ、絵になる可愛さだ。
「あと、小角さん」
塚森は、いつになく改まった口調になった。
「はい」
「敬語はそんなに仰々しくなくていいから。あたし達、これから手を取りあって戦わなくちゃならないし」
「かしこま……承知、です」
「なんだか時代劇みたいね。さっきよりはずっとましになったけど」
塚森は軽く笑った。
「い、いけませんか?」
「いや、そのくらいでいいし。まあ、生き延びられたらおいおいね。じゃ、花坂君。車だして」
それはまさしく、所長が助手に対して命じる言葉であり姿であった。
「かしこま……すぐに」
素で移りかけて、慌てて直した。今度は小角が小さく笑った。そのおかげで花坂は、ついさっきまで抱えていた不安……依頼人であるはずの小角を仕事に直接巻きこむことへの不安……がきれいさっぱり消えてしまった。
塚森が所長として決断したなら、花坂は従うのみ。むしろ、塚森生活相談所としてあるべき姿ですらあった。
数分後。
白塗りの普通車が事務所を出発した。プロペラ男につながっている赤い線は、あいかわらず空中に浮かんでいる。カーナビと照らしあわせると、都心ではなく神奈川方面に進むことになるのがわかった。
ハンドルを握る花坂からすれば、道筋としては迷いようがない。時間帯としては白昼にあたるし、なおさら確実だ。
「前置きは省くね。プロペラ男は、ただの変質者としてあなたにつきまとっていたとは限らない」
後部座席で、塚森は隣に座る小角に持ちかけた。
「どうしてそう判断できるんですか?」
「あたし達は、最初はプロペラ男に手も足もでなかった。にもかかわらず、あいつはすぐとどめを刺そうとしなかった」
仕事に一度切りかわった塚森は、情け容赦ないほど洞察が鋭くなる。それ自体は塚森もとうに経験ずみだが、今回は格別だ。同時に、自分の機転で逆転の機会がえられたことも誇らしかった。ふだんどれほどポンコツでグータラな所長でも、人として備えるべき基本的な枠はある。だからこそ、花坂にできることはすべて任せている。運転手もしかり。わざわざ口にはださずとも、塚森が感謝しているのは座席の背もたれごしに肌で感じている。
「はい」
「あなたを尾行してウチを突きとめるくらいならまだしも。プロペラ男は、あたし達の力をかなり正確に把握できていた」
そこは、花坂もぼんやりと疑問に思ってはいた。
「でなければ、いきなり襲撃なんてしない。でも、単独犯の変質者が最初からそんなことを理解できているなんて、ちょっと考えにくい」
「で、でも、私が依頼に伺ってからほんのわずかな時間しかないのに……」
「ドローンにコンピューターが内蔵されていてもおかしくないでしょう。電波さえ送受信できれば、ネットでもなんでも簡単に情報をやりとりできる」
「つまり、私は自分で考えているよりずっと困難な相手に絡まれているんですか?」
「そう。まだ降りることもできるけど、どうする?」
「このまま続けます。降りるだなんて絶対ダメです」
小角は即答した。彼女の厳しい表情をバックミラーで見ながら、花坂はプロペラ男への敵意が心に満ちてくるのを感じた。同時に、辺りが急に暗くなってきたのも。予報では、雨でも曇りでもなかったはずだ。現に、数十秒前までは明るい陽射しがまぶしいくらいだった。
「思ったより近い場所に逃げたみたいね」
「じゃあ、プロペラ男の自宅がそこにあるんですか?」
小角の台詞には、わずかな不安が見え隠れしていた。花坂でさえ恐ろしいのだから、当たり前だろう。
「自宅でもあるだろうけど、隠れ家かもね。どのみち好都合だし。こうなったら、法律なんて気にしなくていいから」
塚森の推察を聞きつつ、花坂はヘッドライトをつけた。周囲は闇夜同然になっており、街の風景はとうに消えている。これまでの経緯からして、何台の車がヘッドライトをつけようと明るくなるはずもない。




