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筋肉と鬼火と紐で、あやかし退治を致します  作者: マスケッター


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第5話 プロペラ男との対決 その一

 花坂は、身体を床に投げだす形で塚森をかばってはいる。だが、塚森の力さえ通用しない相手に、正面きって戦うのは不可能だ。


 さらには、依頼人が応接室にいる。放りだして逃げるのは論外。こうなると、応接室が頑丈に造ってあるのも良し悪しだった。依頼人が自分から部屋をでるとは考えにくいから、手遅れになって初めて事態に気づくこともありえる。


「ピンホール効果っていうのは、俺のためにある」


 花坂らを見おろしながら、プロペラ男は自慢げにいった。風通しが良くなりすぎたガラス戸から、生ぬるい空気が出たり入ったりして、プロペラ男の衣服を微妙に波打たせている。


「ピンホール効果……?」


 花坂は、首をひねりながらも繰り返した。


「一九六四年、当時の東ドイツで視力の研究をしていたクライスト博士の成果だ。つまり、狭い穴を通して対象を凝視(ぎょうし)すればするほど、鋭い観察力と集中力が養われる」


 聞いたことがない。あったとしても、だから何だとしかいいようがない。そう思いつつ、賢明にも、花坂は無言を貫いた。


「さっき目にした通り、俺のプロペラは吹きつける風だけでなく引きよせる風も起こせる。それを一点に集中すれば、民家の壁に穴を開けるのは簡単だ」


 乱入の仕方やタイミングといい、この長広舌といい、花坂は嫌でも小角の依頼を連想せざるをえない。


「だが、やたらに風を吹かせるのは手間がかかる。それに、お前らが弱すぎて俺の敵にならないのもはっきりした。だから、チャンスをやろう」


 一方的かつ自分勝手な理屈を、プロペラ男は優越感に(ひた)りながら並べたてた。


「おっとその前に、俺の勝利を飾る風を起こさねばな」


 プロペラ男は、ふたたびプロペラを回しはじめた。室内で、クッションやコップがぐるぐる渦を巻いて飛びかいだす。


「ワハハハハハハ! 思いしったか! 俺の起こす風は、その気になれば地球を逆転させることも可能なのだ!」

「一つ弱点がある」


 花坂は、ようやく糸口を掴んだ。敵が馬鹿げた自己承認願望に突きうごかされたせいだ。さらに、ふだんから塚森に振りまわされて、精神的に鍛えられていたためでもあった。感謝する気にはとうていなれないが。


「なんだと?」


 プロペラが止まり、浮いていた家具や食器がばたばた床に落ちてきた。


「渦の中心は風がない。台風の目と同じだ」

「はあああぁぁぁ!? そこに隙があるとでもいうのか? お前には、この無数のプロペラが見えないのか? おたがいに渦の中心をカバーしあうから関係ないぞ!」


 当人は自分の力を誇示しているようだが、花坂にいわせればただの異常者にしかならない。しかも、せっかくの力を完全には使いこなせていない。


「なら、俺にもう一回やってみろ」

「この愚か者めが! チャンスをやるといっただろうが! 敗者の分際で勝者の話をさえぎるな!」

「そこまでいうなら聞いてやる」


 いざとなれば、花坂はいくらでも人を食った口が利ける。


「ちょっと前から、ストーカーの被害を相談しにきた女がいるはずだ! どの部屋に……」

「断る」


 問題外とはまさにこのことだ。


「おいっ! 勝者の話をさえぎるなといっただろう!」

「なら、お前こそ俺の話をさえぎるな」

「もういい! せっかく生きのこる機会を与えてやったというのに! 俺の風でズタズタにしてやる!」


 ここで初めて、花坂は塚森からはなれてたちあがった。プロペラ男は今一度、花坂めがけて風を放った。


「先生、今です!」


 花坂は、目線だけで塚森にプロペラ男の足元を示した。


「やぁっ!」


 花坂に風が届く直前、塚森は鬼火をプロペラ男の床にかけた。正確には彼の足元にいた頭蓋骨型の悪霊につけた。炎をまとった悪霊がプロペラ男の足から頭までを一気に跳ねあがり、自分は燃えつきつつも彼を火だるまにした。


「ぐわあああっ!」

「中心、というのはお前自身のことだよ。プロペラ野郎」


 花坂からすれば、塚森の方がはるかに恐ろしい。あくまで比較すればの話だが。


「お……おのれっ! 許さん! 許さんぞっ!」


 もはやそよ風さえ起こせず、プロペラ男はよろめいた。


「先生、とどめを!」


 花坂の台詞が終わるまでに、敵はまたしてもドローンに変身した。塚森が力を使う前に外にでて、そのまま飛びさった。


「どうにか撃退しましたが、なんだったんでしょう」


 がらくた置き場になった室内を見わたしつつ、花坂は呟いた。


「あたしにわかるわけな……ぶはははっ!」


 塚森は、花坂の頭を指さしながら笑った。せっかくのバスタオルがどこかにいってしまい、さっきの騒ぎでますますひどくなったチリチリ頭がさらされている。


「先生、真面目な話をしているんですよ」

「だって面白すぎるんだもん!」

「それは今……」


 と、そこで花坂は気づいた。小角をほったらかしにしたままだ。


「依頼人のお話、受けなくちゃ」

「ええっ!?」


 話が百八十度も異なる。


「あいつの話ぶりだと、ここをめちゃくちゃにした奴は、依頼人に用があったんだよね? なら、解決に進めていけばまた会えるじゃない」

「はい。でも、どうにか撃退したとはいえ、かなりな実力でしたよ」

「さっきので、あたし、新しい必殺技を覚えたし」

「新しい必殺技?」

「これ」


 塚森は、床と天井から鬼火をほとばしらせた。


「どう? これなら……」

「先生、それ、悪霊がいないと使えないです」

「ええっ!?」

「悪霊が手伝ってくれてるからできるので、ここを離れたら使えません。もう一度ここで対決するならかまいませんが」


 敵もバカではない。またここにくるのなら、それなりの対策を講じてくるだろう。


「ぶーっ。花坂君のヒントでせっかく思いついたのに」

「とにかく、依頼人をこれ以上待たせるのはやめましょう」


 花坂が、応接室へ身体のむきを変えると、小角と目があった。しかも、彼女は背中から悪霊の骸骨にしがみつかれている。ちょうど、恋人が首の横側に頬ずりしているような格好だ。


「わーっ!」


 花坂は素で腰を抜かした。


 この類に、我ながら不感症になっていたと自覚していたのに。小角のような一般人……だろう……に取りついた様相は、幽霊画がそのまま現実になったような恐ろしさがあった。


 思いかえせば、塚森がいざ除霊をしようという瞬間、花坂は席を外してばかりいた。


 そこでようやく理解した。塚森は、自分以外の人間が悪霊に(から)まれている光景を、花坂に見せないよう配慮していたのだ。ぐうたらなポンコツ所長だと決めつけていた我が身の偏見を、花坂は心のなかで恥じた。


 しかし、今さらいうまでもなく、塚森が憑かれているのを目にするのはべつになんともない。


「勝手にでてきて申し訳ございません」


 小角はていねいに詫びた。


「いえ、こんなめちゃくちゃな室内を……」

「あなた、見えてるね」


 たちあがった塚森は、花坂達を同時に黙らせた。ゴキブリを目にして錯乱した一件とは、似ても似つかぬ冷静さだ。


「はい……」


 小角の視線が、自分にまとわりついた悪霊へ移るほんの一秒足らずの間に、塚森はそれを焼きはらった。しかも、小角はもちろん床にも壁にも天井にも火の粉一つ散ってない。


「前から?」

「いえ、ここにきて急に。でも、漠然とそんな気はしておりました」

「じゃあ、あたし達が殺されかけたのも理解できる?」

「はい」

「ど、どういうことなんです?」


 沈黙に耐えられなくなり、花坂は口を挟んだ。

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