第4話 依頼人とプロペラ男 その二
こういうときは、さすがに自分の勉強不足を自覚させられた。
「HMBとは、ハッピーマッスルベルトのことです。その名の通り、筋肉を強化するためのベルトです」
「失礼ですが、本当に効果があるんですか?」
無関係だが、ボディビルダーとしても聞き捨てならない。思わず背を伸ばしてしまった。
「はい。少し値は張りますが」
食いついてきた花坂の容姿は、気の弱い人間なら縮んでしまうところだ。小角からは、そんな萎縮など一つも現れていない。
「具体的に、どんなベルトなんですか?」
「見た目は、普通のベルトと変わらないです。使っていれば筋肉がつくっていう効能がうたわれております」
怪しい。商品の名前も怪しければ、効能も怪しい。
「その……ベルトのせいでどんな病気になったんですか?」
「急性心不全です」
ますます聞き捨てならない。だいいち本末転倒だ。
「なんとも、お気の毒です」
花坂は、ボディビルダーとしての義憤もさることながら、まず人としての良識を実行していなかったことに思い至った。
自分で自分を小突きたいところだが、とにかくお悔やみが先。
「はい、恐れいります。それで、同級生のご両親は、ベルトを作っていたTWCを提訴なさったんです。でも、裁判所が受理してすぐに、事故で亡くなられました」
「お二人同時に?」
「はい」
「その事故の原因と、あなたへのストーカーは密着していると考えてらっしゃるんですね?」
「そうです」
「どのような根拠がおありでしょう?」
「亡くなった同級生のお葬式のとき、ふと空を見上げたら……ドローンっていうのですよね、プロペラがついた……」
「ええ、そうですね」
「それが、中庭の上空を飛んでいました」
「同級生のご両親からの、飛行許可はあったんですか?」
「わかりません。でも、許可されるはずがなかったと思います。だいいち、やろうと思えば私達も撮影されてしまいます」
「確かに」
「同級生のご両親が、事故で亡くなられたときのお葬式でも、やはりドローンが飛んでいました」
「ええっ!? 同じドローンですか?」
「さあ……地上から見あげただけでございますし」
「うーん、でもやっぱり怪しいですよね」
「はい。そして、つい先日、洗濯物をベランダで干していたら、ドローンがいるのを目にしたのです」
「もう偶然じゃないですね、それは」
「そうです。もう毎日毎日、空を見てはドローンがつきまとってないかどうか気にしてばかりで、精神的にも日常生活的にもストレスが溜まる一方なのです」
「一応、伺っておかねばならないのですが、警察には相談されたんですか?」
「はい。でも、証拠になるような写真がございません」
「スマホでも撮影できない、と」
「そうです。何度かスマホを向けたことはございますが、その度にスピードをいきなり上げて飛びさってしまいます」
「なるほど……」
事態は理解できた。とはいえ、難物だ。機械だのコンピューターだのに詳しい人間がいれば、それなりに対処できるかもしれない。あいにく、塚森はもちろん花坂にもそんな知識はない。
「事情はわかりました。それでは、所長に話を伝えます」
「ありがとうございます」
「一度失礼します」
花坂はスマホの録音を切ってからポケットにしまい、応接室を出た。
居間に戻ると、塚森は食事を終えていた。空になった弁当箱とペットボトルがテーブルにあり……いうまでもなく、花坂の分は手つかずだが……本人はソファーでスマホをいじっている。
「先生、お客様からのご依頼がはっきりしました」
「……」
塚森はスマホに夢中だ。
「先生、大事なお話です」
「……」
「先生、ヒーゲンデッスの期間・地域限定イチゴ……」
著名なアイスクリームブランドの、とりわけイチゴ味は、塚森がなにをさておいても口にしたがる品だった。
「食べる!」
電光石火で返事がよこされ、同時に彼女のスマホはポケットに収まっていた。
「その前に、お仕事を解決せねばなりません」
「うーっ。どうしたの?」
花坂は、簡潔に小角からの依頼を伝えた。
「ふーん。無理」
「無理って、先生……」
「相手はドローンだよドローン。妨害電波でもだして墜落させるわけ? だいたい、その子の思いすごしってこともあるでしょ」
「そうかもしれませんが、せめて直接お会いになられて……」
「やだよ。同じ話の繰りかえしになるだけだし」
塚森は、こうなるとびくともしない。
「いっとくけど、あたしが許可しないのに自力で解決とかはなしだからね」
花坂の性格を見こして、塚森は釘を刺した。私生活はめちゃくちゃなのに、そうした先回りだけは人一倍鋭かった。
「わかりました。なら、お客様には……」
いいおえる前に、居間のガラス窓が破られた。甲高い音が二人の身をすくませ、破片がそこかしこに散っていく。
室内に、一機のドローンが乱入していた。ガラス窓はかなり頑丈なはずだが、それを体当たりで破ったのにプロペラも本体もまったく損傷がなさそうだ。形としては、大人の胸ほどの立方体が四つのプロペラを使っている。
意図的なつきまといだけでも犯罪だが、こんな登場の仕方は、明らかに危害を加えようとしているにきまっていた。
だが、具体的にどうするのかは検討もつかない。そもそも、どんな動機で花坂達を襲撃しようとしているのかさえ不明瞭だ。
「おおおぉぉぉっ」
頭骸骨型の悪霊が一体、ドローンに取りついた。悪霊は、場所か人間にしか憑依できない。ということは、ドローンは人間ということになる。ますます訳がわからない。
花坂達の目の前で、ドローンから人間の手足が生えた。かと思うと、プロペラを備えていた立方体が人間の胴体になり、頭が生えてくる。最初からあったプロペラは、身体に吸収されて消えた。
そうして変身……または変形……したのは、塚森と同い年くらいな背の高い男だった。衣服も着ており、街の大通りを歩いていても特に不思議ではない。もっとも、靴もはいていたので土足侵入となる。今さらどうでもいいが。
花坂は、この男よりもさらに背が高い。そうして対面していると、塚森はことさら小さく見えた。
「ここじゃ、こんなのが番犬か?」
尊大な口調で男は尋ね、右手で自分の首筋から悪霊を引きはがした。さらに、紙でも丸めるように、右手だけで悪霊をくしゃくしゃに丸めてたやすく潰してしまった。
塚森は、返事の代わりにソファーから立ちあがりざま男の全身に火をつけた。悪霊はいざ知らず、はっきりと人間の姿をしている相手にその力を使うのは……少なくとも花坂は……初めて目のあたりにした。
「ふふん、ちょっとは使えるみたいだな」
男は、燃えていく自分の全身から……衣服をつきぬけて……無数の小さなプロペラをだした。一つ一つは親指くらいな大きさで、それがいっせいに回転し始める。たちまち、男へ向けて、室内の空気が吸いよせられていった。扇風機のように、男から風が吹きつけられたのではない。その逆だ。
「危ない!」
花坂は、塚森の身体を抱えて床に伏せた。その直後、塚森が座っていたソファーが軽々と宙に浮いて男へと近づいた。
ソファーが彼に接触したかと思ったら、キャベツの千切りさながらに切断されていく。塚森のつけた火など、とうに消えていた。




