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筋肉と鬼火と紐で、あやかし退治を致します  作者: マスケッター


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第38話 エピローグ

 それからすぐ、一同は黄金の事務室へ帰った。花坂は、挨拶もそこそこに、仲間を代表して結末を報告し始めた。


 黄金は口を挟まず聞いている。彼の背後には、ろくろ首が無表情に待機していた。着席しているのは黄金だけだが、むしろ立っている方が良かった。下手に座ると、のしかかる疲労で居眠りしかねない。


「以上です」


 花坂は、もっと長々と語らねばならないかと覚悟していた。いざ始めると、自分でも驚くほど、単純明快にけりがついた。


「まず、お前達の働きについてはおおむね満足だと述べておく」

「ありがとうございます」


 帯男の処理について、ああしたやり方が黄金の難癖を呼ぶこともあり得た。そうではなかったので、心から感謝した。


「細かい事後処理は、追って伝える。塚森と小角は、そのまま部屋で休め」


 花坂だけは別のようだ。


「ちょっと……」


 塚森が、身を乗りだしかけた。


「誤解するな。お前達の誰に対しても危害は加えん」

「先生、小角さん。とても申し訳ありませんが、聞くだけ聞いておかないといけないようです」


 花坂は、これまでの短い間で、黄金が幼稚な嘘をつかない人間なのを察知していた。


「先輩……」

「ああ、大丈夫だから」


 心配げに自分を見あげる小角に、花坂は軽く笑った。


「あたし達、いつでも駆けつけられるようにしておくよ」


 塚森の宣言を境に、二人は消えた。


「さて。改めて、お前の成しとげた成果を(たた)えよう。それを踏まえ、一つ要望がある」

「伺いましょう」


 お前達ではなく、『お前』という表現で、花坂は受かれるどころか警戒心を全開にせねばならなかった。海千山千の妖怪使いの前に、疲労など、どこかへ消えさっている。


「わしの養子にならないか?」

「先生にそう持ちかけた顛末(てんまつ)を、先生本人から聞いてますよ」


 塚森がそれと予期していたのではないが、この『ワクチン』がなければ、一撃で膝が笑いだしたことだろう。


「あれは、わしとしても展開を焦りすぎた。塚森が、借金を予想よりはるかに早く返済できたのも誤算だった」


 しかしながら、黄金の様子には何の焦りも見受けられない。


「なら、どうして俺にお(はち)が回ってきたんですか?」


 相変わらず立ったまま、花坂は促した。


「お前はわしと同じ種類の力を持つからだ」

「同じ……種類?」


 これほど意表を突く理由は他にない。


「そうだ。わしもお前も、塚森や小角のような独自の力はない。しかし、あたかもアタッチメントのように、他者の力を会得はできる」

「だからって……」

「わしの、妖怪を契約で縛る力は、塚森の伯父からもたらされた。ただし、それを詳しく語るのは、他の機会としよう」


 肺に貯えた空気が、瞬時に体外へ排出されそうになった。


「ともかく。借金を返したのは良いが、塚森は生活無能力者だ。それに、拝み屋の仕事などそうそうくるものではない。それでいて、塚森の金庫には金がうなっていた。何故だ?」

「俺が色んな雑務をこなすようにしたからでしょう」


 我ながら、苦しい弁明だった。


「そんな可愛らしい稼ぎで説明のつくことではないぞ」

「じゃあ、何なんですか」

「わしが、陰に陽に手を回した。妖怪を使ってな」

「えぇっ!? な、何のためにです?」

「お前の存在を、たまたまわしは知った。具体的ななりゆきは伏せる。断っておくが、わしとお前の実家の破産は無関係だ」

「ということは、俺がここに来るのを見こして、わざわざ先生の事務所を延命させていたんですか?」

「そういうことだ。塚森というより、お前の生活が安定するようにしておきたかったのだ」

「訳がわかりません」

「わしは、力の系統……いや、系譜として、わしと枝分かれした力を持つ塚森にこだわった。だが、それはもはや過去となった。お前は、枝分かれどころか、あらゆる意味でわしの力を継ぐにふさわしい」

「どうせ、この先何十年も、体よく俺をコキ使うんでしょう?」


 その程度しか、花坂には思いつけなかった。


「わしはこれから、新生TWCと資本提携を結ぶ。小角は、間違いなく新社長になる。その若さもあって、旧情報部に代わる非公式機関を必要とする」

「それは……小角さん次第だと思いますが……」

「お前は、わしの全権使節として、小角新社長との交渉一切を任せる。必要なら、妖怪を好きなだけ使え」


 時ならぬ落雷が、頭のてっぺんから爪先までを駆けぬけたような心地だった。小角に、堂々とかかわれる。公私のけじめはあるだろうが、そんなものはいくらでも乗りこえられる。問題は、会う機会を持てるかどうかだ。それに、黄金の全権使節とあれば、少なくとも地位としては不足ない。


「どうだ? お前にとって理想的な内容だろう」

「お断りします」


 花坂は、即答した。そうしないと、これほど強烈な誘惑にはとても逆らえない。


「何故だ」

「俺は……塚森先生の助手なんです。先生と交わした約束を、守らなければいけないんです」


 それもまた、花坂の本心だった。


「いいだろう。わしも、無理強いはせん。だが、覚えておくがいい。お前はいずれ、わしに頭を下げにくる。どうか養子にして下さい、とな」

「そうですか」


 他人ごとのように、花坂はあしらった。正確には、あしらう形を強調した。


「何年でも、何十年でも、わしは待つ。じっくり考えろ。ご苦労だった」

「失礼します」


 花坂は、自室に帰った。


 塚森も小角も、花坂が無事だとわかると、黄金からの話には一言も触れなかった。それは、花坂の性格を理解していればこそであり、心の中で彼は感謝した。


 一日は黄金のアジトで過ごしたものの、翌日にはそろって事務所に帰った。塚森は、遠慮する花坂にも小角にも規定以上の日当を支払った。ただし、毎日ヒーゲンデッスを一個という願いごとをおろそかにしないよう、花坂にくどく念押しもした。


 小角は、TWCの新社長となってすぐ、黄金と資本提携を結ぶつもりだと明かした。黄金の見たてに狂いがないのは確実だった。


 こうして、彼女は塚森生活相談所を『退職』した。


 数か月が、あっという間にすぎた。


 黄金が構えてくれたアジトは、花坂にせよ塚森にせよ、自分達のものとしていつでも好きなように出入りできることになった。黄金らしからぬ寛大さだが、その裏にはあわよくば……養子云々とは別に……二人の力を便利使いしようという思惑が()けて見えた。


 ただ、小角が依頼にきてからの経緯を、花坂は可能な限り正確な記録として事務所に保存しておいた。それは、結局は小角に何もいえなかった気持ちの、自分なりの決着だった。


「新社長は美人女子大生かぁ。ネットニュースもさ、他に書き方ってのがあるだろうにね」


 塚森は、居間のソファーでヒーゲンデッスのアイスクリームを食べながらスマホを眺めていた。秋も中盤なのに、暖房をかけながらでも毎日食べねば気がすまない。


「先生、溶けたアイスが画面に垂れますよ」


 向かいのソファーに座りながら、花坂は事務所にきた郵便物を整理していた。いつも夕方に配達されるので、夕食後の休憩時間にさっさと終わらせるようにしている。大半は、どうでもいいダイレクトメールの類だった。


 あれからは、大口の仕事がぱたりと止まった。迷子の飼い猫を探したり、身寄りのない高齢者に頼まれて買い物を代行したり。そんなのどかな話ばかりだ。どうにか事務所の経営はなりたっているが、黄金の差し金なのかただの偶然なのかははっきりしない。させる気もない。塚森も同感らしく、黄金のこの字も口にしなかった。


「いいのいいの、その前に食べちゃうから」

「はぁ」


 生返事をしながら、最後の一通を仕分け終えたとき。


 胸ポケットに入れてあった、花坂のスマホがぶるぶる振動した。画面に表示されたメールアドレスには、はっきりと見覚えがあった。


『花坂先輩


 突然のメールですみません。やっと事後処理が一段落しました。正式に、塚森生活相談所様と業務提携したいので、先生にご都合を伺って頂けないでしょうか。


 小角』


 危うくスマホを落とすところだった。


「せ、先生!」

「んー、何?」


 花坂は、メールについて説明した。


「ふーん。あたしは構わないから、適当に段取り組んどいて」

「はいっ!」

「それにしても、どうしてわざわざ花坂君にメールしたんだか」

「え? それは、助手の俺を通すのが奥ゆかしいと判断したからじゃないんですか?」

「奥ゆかしい、ねぇ。それは君も変わらないねぇ」


 塚森は、何故かにやにや笑っている。


「先生、アイスが溶けてます!」


 塚森が持っていたスプーンは、花坂から報告を受けている間に斜めになっていた。どろどろになったアイスクリームが(したた)り、彼女のスマホを灰色に覆っていた。


「あーっ! せっかく最後の楽しみにしていたのにーっ!」

「だからって一日一個は一個ですからね」


 そういいつつ、花坂は、今日くらい二個にしても良いのではないかとつい思ってしまうのだった。


                     終わり

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