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筋肉と鬼火と紐で、あやかし退治を致します  作者: マスケッター


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第37話 社長と帯男 その三

「最初の情報なら、お前を殺してきれいに解決となっただろうな。でも、そうじゃない」

「どうだというんです?」


 およそ生き物という生き物を遠ざける、酷薄(こくはく)な帯男が、初めて困惑した。


「社長も星浦も、とうに死んでた。お前の力で、社長が俺達と戦っているように見せかけただけだ。ついでにいうと、社長が語っていた、三辻に星浦を殺させたという話は嘘だ」

「何を根拠に……」

「先生が力を使ったことで社長が焼け死んだのに、道場は焦げめ一つついてない。ここは、お前が考えている『現実化した夢』だ」

「……」


 絶句することでようやく、帯男はかろうじて人間めいた表情をしてみせた。己の必殺技が破れ、絶望した表情を。


「邪悪な力でむりやり結びつけられた世界は、これで終わりだ!」


 花坂は、自分と帯男に挟まれた空間を右手で握った。カーテンを引きちぎるように、思いきり右腕を振ると、ビリビリビリと布が裂かれる音がした。


 またしても、花坂を取りまく環境ががらりと変わった。豪華な執務机にふかふかの絨毯(じゅうたん)、壁のまるまる一面を用いたガラス窓から見おろされる都内の喧騒(けんそう)。残りの壁は分厚い本がぎっしり詰まった本棚や、数十個のモニターなどで埋められている。


 執務机にふさわしい、茶色い革張りの大きな椅子には、平岩社長が座っている。がっくりとうなだれ、首には藍色の帯がきつく巻かれていた。


 彼と執務机を挟んで、星浦が絨毯に横たわっている。こちらも社長と同じく、首を藍色の帯で絞められていた。


 小角と塚森は、ソファーに座った状態で、二人まとめて胴体をぐるぐる巻きにされていた。いうまでもなく、藍色の帯で。


「先輩!」

「花坂君!」

「遅くなってすみません。お二人とも大丈夫ですか?」

「先輩、うしろ!」


 小角が警告するまでもない。花坂は、背中ごしに右手を回して帯を掴んだ。


「往生際が悪いな、帯男」

「痛えっ! 痛えって!」


 帯が人間の形に変化し、さっきまで花坂と相対していた帯男になった。頭を(わし)づかみにされている。


「さっきお前を殺したら、実は先生と小角さんを殺すことになっていたんだろ」


 怒りを隠さず、花坂は左手で帯男の髷を引っぱった。


「そ、そうだ」

「星浦は、お前を操る力を手に入れた。それで社長を殺害した。だが、社長の死でお前は自由の身となり、星浦を殺した。それから三辻を倒した俺達がきたので、自分の力で『一位総取り』を狙った」


 『星浦は知りすぎた』という社長の言葉。そして、社長の都合通りなようでいて異なる世界。それらから導きだされる結論は、一つしかない。


「ご明察……と、いいたいところですが、どこでそんな考えのきっかけを拾ったんですか?」

「まず、黄金からの情報と推察。そして、妖怪化人間同士のちぐはぐな不協和音ぶり。妖怪化が、精神や理性に悪影響をおよぼすというだけでは、説明がつかない。社長が指揮系統をきっちり見張っていれば、こうはなってないはずだ。上層部の乱れが、そのまま部下達の足なみまでおかしくさせたんだろう?」

「へっへっへ……こりゃあ、最初から叶いませんや。まあ、お陰様でたくさん殺せましたがね」

「どのみち星浦は、中途半端にしかお前やTWCについて知らなかった。それなのに、自分では、万全だと思いこんでいた。三辻も三辻で、そんな星浦に感化されて下剋上を狙っていたんだろう」


 つまるところ、TWCは最初から分裂しかけていた。いうまでもなく、花坂が塚森と小角の助けを得て、黄金の情報を入手するという努力の積み重ねがあったればこそ生きのびられた。それで初めてこうした事実にたどりつけた。


「好き勝手にやっていいっていうのが、こんなに楽しいとは思いませんでした」


 帯男は生まれて初めて自由になり、生まれて初めて自分の意志だけで人を殺した。


 星浦が、完璧に社長の知識を備えていたら、単純な『人事異動』が果たされただけだっただろう。そして、自分の安全さえ確保し直せば。花坂達には、ややこしい小細工などせずとも、傭兵でも殺し屋でも差しむければすんだ。


 帯男が、せめて星浦を生かして手を組めば、そうしたやり方もあった。だが、彼は自分の力で人を殺すことにだけ酔いしれていた。それ以外の考えなど想像もしないしできなかった。


「もうお前の手品は種切れだ。今度は観念するしかないな」


 絶句をもって推察を裏づけた帯男に、花坂は容赦なく宣言した。


「ああ、もう終わりだ。だから、髷を放してくれよ」

「その前に、二人を解放しろ」

「わかった」


 小角と塚森を封じていた拘束が解けた。


「良し。心おきなく……」

「待って!」


 塚森が、鋭く制止した。


「どうしました、先生?」

「小角さんの意見を、聞いてあげられない?」


 そう。ことの発端は、彼女の依頼だった。諸悪の根源が無力化されている今、生殺与奪の権は彼女が握るべきだ。社長との因縁からしても。


「はい、俺もそう思います」

「じゃあ、小角さん。どうしたいの?」

「お二人とも、ありがとうございます。できたら、私は、帯男さんを殺したくないです」

「どうして? お友達の仇でしょう」

「だからこそです。死ぬより、もっと辛い目に会わせます」

「どうやって」


 花坂の問いに対し、小角は、無言で無数の紐を出した。それらが帯男を包囲するかのように、空中で壁を作った。


「ま、まさか。やめろ。やめてくれ。いっそ殺せ」

「嫌です」


 帯男の嘆願をにべもなく跳ねつけ、小角は紐を帯男の身体に食いこませた。ヤツメウナギが獲物の体液を吸っていくように、帯男の身体から繊維が抜けていく。つまり、小角は自らの紐の力を用いて、帯男をバラバラの糸にほぐしていった。


「俺の……俺の力……俺がせっかく貯えた数々の魂……」

「百五十年くらい、その悪行を重ねてきたんですよね。あなたの寿命に直結して殺された人々だけでも、五十人くらい。殺してから、やっぱり適性が合わなかった人も含めたら……何千人? 何万人?」

「い、いちいち数えてなんて……」

「黙りなさい」


 小角に命じられてか、もはや言葉を(つむ)ぐことさえできなくなってか。そこからは、帯男は一言も喋らなくなった。


 最後の一本に至るまで『分解』された帯男は、当人としての理性や見識を完全に失った。しかし、卑俗な意味では死んでない。彼の力は、小角に取りこまれた。花坂が三辻や柿庭の力を吸収して大幅なパワーアップを果たしたのと同様、小角は帯男を我が物にしてそれを果たした。


「すみました。改めて、お礼を申し上げます」


 小角は、花坂と塚森に深々とお辞儀した。


「それはいいですけど、危険じゃないんですか?」

「はい。元々、こうする手はずだったんです」

「手はず!?」

「父からの遺言なんです。私がTWCを継ぐための。もちろん、帯男の分身はもう全部消しました。HMBはただのベルトです」

「い、一体……」

「ごめんね、黙っていて。夕べ、小角さんから聞いたの」


 塚森が、曖昧に笑いながらわざとらしく両手を合わせた。


「どういうことなんですか!」

「先代……じゃなくて先々代社長か。つまり小角さんのお父さんが、あらかじめ遺言を残していたのね。知勇が暴走したら、小角さんの自由意志でこれを止めろって」

「正確には、母から伝えられました。私がTWCを継ぐかどうかも自由でしたけど。責任をもって後始末をする人間が必要ですし、母は引退しています。それに、大半の社員は何も知らないんです」

「つまり……つまり……」


 花坂は、馬鹿みたいに繰り返した。


「つまり私は、TWCの新社長になります」


 正論だ。悪魔になろうが妖怪になろうが、小角の方針と誠意には毛ほどの傷さえつけられまい。


「とにかく、あとはワクさんに報告するだけだし。小角さんなら、彼ともうまくやれるでしょ」


 だから帰ろうという呼びかけを、花坂は敏感に悟った。


「そうですね。でも、当分ヒーゲンデッスはお預けです」

「えーっ!?」

「そりゃそうでしょう。最後まで黙ってたんですから」

「お二人とも、続きはアジトでしませんか?」


 小角の提案に、元より不満はなかった。

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