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筋肉と鬼火と紐で、あやかし退治を致します  作者: マスケッター


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第36話 社長と帯男 その二

「星浦は優秀な部下だが、帯男について知りすぎていた。だから、三辻に殺させた。その三辻は、お前達に殺された」

「俺達を殺せば、最終的にお宅の目論見を止める人々はいなくなるということか」


 花坂は、ここにきて初めて平岩に話しかけた。


「結論がついたな」


 平岩の台詞は、宣戦布告にひとしかった。


「先生、小角さん。三人でかからないと、あいつには勝てません」

「分かっています」

「あたしだってやる気まんまんだよ」

「根拠のない自信だな。私の達成感を共有すれば、すぐに我が身の愚かしさを悟るだろう」


 平岩は、右手で左の拳をぼきぼきと鳴らした。


 次の瞬間、花坂は海パン一丁で表彰台にいた。目の前のマイクスタンドごしに、何万人もの観衆が自分を取り巻いているのが嫌でも目にできる。


 ここはどこかの競技場のようだ。古代ローマの円形闘技場よろしく、すりばち状に同心円が重なる観客席の中心、平らになった底の部分に彼はいた。


「おめでとうございます! おめでとうございます!」


 どこからともなくアナウンスが連呼し、観衆から空をも揺るがす拍手喝采が湧きあがった。


「さあ、花坂さん! 優勝を期に、集まった皆さんへ最後のパフォーマンスを!」


 アナウンスが煽り、ようやく理解した。


 花坂は、国際ボディビル大会で優勝したのだ。やはり、鍛えた肉体は称賛を浴びたい。苦心と忍耐の果てに、それくらいの報酬を望んで何が悪い。


「先輩、平岩の罠です!」


 どんなポーズを取ろうかと考えていたら、小角が精一杯の大声を響かせ、正面の観客席から走ってきた。しかし、彼女の格好たるや、どこかのアイドルスターさながらのフリルまみれで微妙に露出の高い衣装だ。


「お、小角さん」


 二の句が出ない花坂を前に、表彰台までやってきた小角は壇に登るや否や彼を手で脇に押しやった。そしてマイクスタンドを両手で握り、宙に浮かせた。


「みんな、今日はきてくれてありがとう!」


 小角が朗らかに呼びかけると、花坂に浴びせられたのと同じくらい熱狂的な歓声が観客席から生まれた。


「お、小角さん、これは……」

「二人とも、平岩の罠だよ!」


 二人の背後で表彰台の床がパカッと左右に割れ、塚森がいあがってきた。彼女は、いつもと変わらない格好だった。


「せ、先生……」

「せ、背が……」


 花坂と小角は、時ならぬ乱入者である塚森に注目せざるを得ない。現れ方もそうだが、実際に表彰台で二人と向きあうと、花坂が記憶しているよりはるかに背が高くなっていた。おまけに胸はずっと縮んでいる。


「そう。あたしはついに、モデル体型を手に入れたの。これで、いつヒーゲンデッスを買いにいっても恥ずかしくない!」


 誇らしげにいったあと、塚森は二人を両手で割るようにしてマイクスタンドに面した。


 浮橋のときも、似たようなことはあった。しかし、あれはただの幻覚だったし、すぐに見ぬけた。


 今回のそれは、小角は小角で本物だ。塚森は一体どういうことか。いや、自分だって。


 幻覚なら、各自を本物と寸分違わぬように再現するはず。


「HMB最高ーっ!」


 塚森がマイクに声を張りあげると、観客全員が椅子から立って、両手が破れんばかりに激しく拍手を塚森に……というよりHDBに……捧げた。彼女が両手を振ると、群衆は同じ仕草で幾重もの波を作った。


 正気を失いそうだ。塚森の身長や身体つきはともかく、まさかそんな妄言を吐くはずがない。


「この偽者め!」


 花坂は塚森に殴りかかった。


「偽者はそっち!」


 塚森は、炎で花坂の拳を燃やした。


 超人的に強化されていても、熱いものは熱い。いや、心のどこかで、もう塚森の炎も自分には効かないという慢心が花坂にはあった。だからこそ、物理的な痛みが彼の理性を部分的にせよ呼びおこした。


「二人とも偽者でしょう!」


 やっと気づきかけたところで、小角が紐を使って花坂と塚森の首を絞めた。塚森は炎で燃やそうとするが、焼き切った端から新しい紐が出てくる。


 花坂は、紐を無視して小角の肩を両手で掴み、引きよせた。


「きゃあっ!」

「落ちつけ、最初から全部平岩の罠だ!」


 鼻先同士がくっつきかねない距離で小角を諭すと、紐の力がわずかに緩んだ。


 花坂は、自分を含めた三人が表彰台に集まったこと自体を不審に思った。まるで、意図的に一まとめにされているような……否、一包みにされているような……。


 ハッと気づき、自分の背中に右手を回した。何もないはずなのに、ごわごわした感触がある。思いきって、手の平を閉じた。タオルか何かを持った肌触りがする。


「罠の正体はこれだ!」


 あいかわらず透明なままの空間から、手の平を開けないまま、花坂は握り拳になった右手を自分達の中心になるように掲げた。小角もそれと悟り、花坂と塚森から紐を外した。それだけでなく、花坂の手から紐を用いて中身を引きずりだした。


 幅二十センチほどの、藍色の帯の端が、三人の目の前に現れた。小角の紐が巻きついた状態で、あたかも空中に浮かんでいるように思えた。


「先生!」

「うんっ!」


 塚森の炎で、帯に火がついた。


「バ……馬鹿な! ぎゃあああぁぁぁっ!」


 頭上から、平岩の絶叫が轟いた。耳を塞ぐまでもなく、三人がいる空間そのものがふたたびがらりと変わった。


 いや、元に戻ったというべきか。


 花坂だけでなく、小角と塚森も、競技場に至る前の姿になっている。そして、ここは道場だ。


 依然として横たわる星浦の隣に、二人の男がいた。一人は平岩で、星浦に寄り添うようにして倒れている。せっかくの一張羅(いっちょうら)が、どこもかしこもブスブスと煙をたてて焦げていた。喉も手足も丸焼けになっていて、カッと見開かれた両目にはもはや生気の欠片(かけら)もない。


 もう一人は、立っていた。


 時代劇に出てくるような、和服姿で(まげ)()っている。背は塚森より少しだけ高く、歳の頃は彼女とほぼひとしいくらいか。歌舞伎役者のような整った目鼻立ちをしている反面、血という血が身体から消え失せた肌合いをしていた。


 そして、何より、この世にこれほど陰気な(つら)はないとさえ感じられるほどゾッとする表情をしている。


「どちらさんも、初めまして」


 和服姿の陰気な男は、ニコリともしないまま、花坂達に挨拶した。


「こちらこそ。こんにちは」


 花坂は、礼儀正しく返事をした。あとの二人は、身を寄せあって花坂の背後に隠れている。


「もうお察しでしょうが、俺が帯男です」


 はっきりと、彼は正体を明かした。


「俺は花坂。あとの二人は……」

「小角さんに塚森さん。死ぬほど怖がってらっしゃるんで、自己紹介は要りません」

「やけに物わかりがいいな」

「あなたに対してだけはね」

「俺に?」


 こんな邪悪な『人造妖怪』から敬意を寄せられても困る。


「俺を使っていた平岩社長は死にました。俺は、誰かに使われるしかない妖怪なんです。で、あなたはそちらさんの中ではずば抜けて強い。となれば……」

「断る。それより、俺が知ってる……」

「黄金さんのことなら、願い下さげです」


 花坂と帯男は、互いに互いの語尾を打ちけしあった。


「どうして黄金さんを知ってる」

「俺だって、一応は妖怪ですから」


 真っ青なその顔は、妖怪というより死霊というべきだった。


「なら、俺達はお前を殺さないといけない」

「ええ、そうしてください。そもそも俺は、人間に造られた妖怪です。何をどうしたって神様だか神様みたいな力だかには行きつけやしません」

「さっきの幻覚は見事だったぜ」


 花坂の賛辞……探りを入れるためであって、本心ではないが……に、帯男はかすかに笑った。病に苦しむこどもにとどめを刺すような、冷酷な笑いだった。


「まさか、俺の力を浮橋辺りと比較してるんじゃないでしょうね。俺の力は、社長がいってましたが、『現実化した夢』なんですよ。俺がいる限り、どちらさんもああした世界で生きていけるんです」

「なら、あの場では、俺達の無意識な願いが叶っていたのか」

「はい。でも、社長の要求はそちらさんの全滅でした」

「だからこそ、俺達は互いに、自分以外の人間が幻覚としてやってきたと考えさせられたんだな」

「そうです。皆さんの、そうした夢同士をつなげたんですよ。社長が自分に都合のいいように。もうちょっとで、皆さん同士討ちをして終わりになるはずだったんです」

「そういった、個人個人の精神的な世界もお前の帯でつながるんだな」

「はい」


 まさしく、偶然のもたらした察知がなければ、自分達が現実と思いこんでいるところの造られた現実の中で死んでいた。


「そういえば、お前の造り方を初代平岩に教えたカマイタチはどうなったんだ」

「初代平岩に、結局は殺されました。俺の造り方が漏れないように」

「ふうん。いろいろ知ることができたよ」

「じゃあ、ぼつぼつ……」

「殺さないよ」

「え?」


 帯男の疑念に、小角と塚森がひとしく一文字の平仮名を重ねた。

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